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本編
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※ 『横書き』で書いておりますので設定は『横書き』推奨です。
** **
私、戸田香澄。24歳。看護婦。恋人なし。好きな人は“いた”。
なぜ過去形か、それは単純。1週間前に失恋したから・・・。
しかも現在、失恋の痛みに追い討ちをかけるような出来事が起こってマス。
事の発端は、引越をしたことから始まった。
ここ数年、看護婦寮での生活を送っていた私。
寮生活は快適か?と聞かれれば・・・私の場合、否。
そこは女性の悲惨な現実を目の辺りにする場所だった。
女性が集まれば話のネタは決まっている。
男の話、仕事の愚痴、そして遠回しに自分の自慢。
男の話も実際に女性だけだと際どいモノばかり。
仕事の愚痴は同じ事を何回も聞かされ、飽きてくる。
そして他の人間を押しのけてまで繰り広げられる自分の自慢。
普通に聞いてれば謙遜してるその言い草も、裏を返せば自分は誰にも負けないわ、と言わんばかり。
そんな環境に嫌気が差して、引越を決意。
貯金を叩いて引越資金に当て、ようやく1週間前に実行できた。
月々の出費は痛いが、精神的に解放される為には止むを得ない。
引越先は、マンションの2LDKの角部屋。駅から遠い事もあって、家賃が安かった。
病院から近いという理由で選んだが、結果的には満足だった。
部屋の片付けが終わったところで、とりあえずお隣りの方へご挨拶。
最近じゃ、そんなこともしなくなったらしいけど一応・・・ね。
ピンポーン。
ボタンを押してみる。
この瞬間ってドキドキする。
だって出てくる相手は全く面識のない人で、しかも男か女かもわからないし・・・。
ドアの横に設置されてる表札なんて書いてなくて真っ白。
カチャッとカギの外れる音。
そしてゆっくりと開くドア。
目の前に現れた人物を見た瞬間、時が止まった。
髪を濡らし、無造作に首に掛けられたバスタオルに滴り落ち、明らかに今までバスタイムだったことをアピールしている上半身裸の男性。
そしてこの時、私は彼に一目惚れをした。
「・・・君は・・・誰?」
彼の一言で覚醒した私は慌ててぺこっと頭を下げた。
「あっ!すみません!今日、隣りに引っ越してきた戸田と申します。ご挨拶をと思いまして・・・」
そう言って、小さめの包みを渡す。
自分の手が震えてる事を知られないように、素早い動きで相手の懐へと押しやった。
結果的に、無理強いしたみたいな感じになっちゃったけど・・・。
彼も咄嗟の事で、即座に動けず私のなすがままだったけど、受け取った品物を見てようやく言葉を発した。
「あ、わざわざどうも・・・」
そう言って、包みを軽く持ち上げた。
「そ、それじゃ・・・」
ずっと彼を見ておきたいのは山々だったけど、かぁ~っとなった私の脳細胞が完全停止状態に追い込まれ、その場を立ち去るしかなかった。
キュッと踵を返して、すぐさま自分の家に舞い戻った。
玄関でカギを掛けたとたん、緊張が緩み、その場に座り込んでしまった。
「はぁ~・・・不意打ちだぁ・・・」
とにかくこの恋は、訪れたのが突然であれば終わりも突然なものだった。
どうにか落ち着きを取り戻し、1階の管理人室でご挨拶と引越完了の報告を済ませ、何気にオートロックのドア横にある郵便受けに目をやる。
私の部屋はまだ名札がない。これから付けなきゃ・・・と思いながら、その隣りにも目線が行く。
そして気付いてしまった。
彼の名前らしきものの隣りに並ぶもう1つの名前。彼の名前(らしきもの)柚木田 章吾、そして美幸と。
そう、彼にはパートナーがいた。
いきなり失恋!?
最短記録を作ってしまった・・・いやいや、そういう問題じゃない。
私は今まで一目惚れというものを否定してきた人間だった。
それなのに今日、その否定してきたものを肯定したばかりなのに、失恋という結果に終わったのだ。
ショックに打ちひしがれながら自室へと戻る私。
人生、こんなもんさ!と自己解決してこの1週間、彼と会うことはなかった。もちろん相手の美幸さんとも。
まぁ、それは私の職業が看護婦ということもあって時間が不規則だし、確率的に低いらしい。
ただ・・・1週間経った今、目には見えないが耳では聞いてしまう二人の情事。
そりゃ、マンションってだけあってそれなりに防音はされているはず・・・なのになんで!?
艶かしい女性の喘ぎ声。時折聞こえる男性の悶える声。
ちょっとは声を控えろぉ!お隣りさん!!
なんで・・・なんで私がそんな場面の音声を生で聞かなきゃいけないの!
しかも!!仮にも・・・失恋した相手のモノだし!
ダブルでショックだわ・・・。
ショックを受けてから2ヶ月が経ち、その間にお隣りの情事を聞くこと数回。
さすがにそこまでとは思ってなかった私も、ようやくというか、もう?というか“引越”を考え始めた。
だって嫌だもん、決まって日勤の日の夜に聞いてしまう淫声を聞き続けることが。
そして2ヶ月の間に彼と偶然会ったのは6回。
たいてい準夜勤の帰りにばったりと。
失恋して2週間後に久々に会った時はちょっと複雑だったけど、さすがに隣人だし声をかけないのはどうかと思って後ろから声をかけたらなぜか彼は驚いていた。
理由を聞くと簡単なものだった。
挨拶しに行ったときは、私の顔が見えてなかったんだって。
普段はコンタクトしてて、あの時風呂上りだったから外していたとか。
そしてちょっと照れた顔をしながらも、私との会話を楽しんでくれた。
それから数回、彼の仕事帰りと私の準夜勤上がりがちょうど同じ時間になった時はエントランスで見かけるようになった。
お互いにどちらからともなく声をかけ、他愛のない話をしながらそれぞれの家へと帰っていく。
そして最近思うこと、それは彼への恋心を無理に消してしまう事はないかな・・・と。
密かに想う事は自由だし、何よりも私がそれで満足している。
きっと相手の女性に会うまでは、この気持ちを持ち続けるだろう。
私と彼の関係は、ただの隣人。
その“隣人”という区切りの中でも、親しい部類に入るだろう。
相変わらず彼とは、仕事帰りにたまに会う。
彼と最後に会話したのは3日前。
それまでにわかったこと。
年齢は32歳。
会社では一応、課長らしきものをしてるらしく、帰りはたいてい終電でたまにしか早く帰れない。
つまり・・・早く帰ったときに、あの声を聞いてしまうのか・・・と心の中で思う。
休みは基本的に土日の週休2日。
でも実際は日曜日しか休んでいないとか・・・。
休みはたいてい家でのんびりと過ごすらしい。
そして今でも聞けないこと、それが相手の人の話。
なんだか聞いてしまったら、私自身が落ち込む気がして・・・。
それ以前にそんな勇気がありませんが・・・。
そんなことをリビングで考えていると、ピンポーンと呼び出し音。
インターホンで相手を確認。
『お届け物ですが・・・』
と作業着姿のおじさんが映し出される。
「今、開けます」
そう言ってオートロックを解除。
暫く後、今度はドアの呼び出し音。
覗き穴で確認後、おじさんが差し出した送り状にハンコを押してパタンとドアを閉める。
そして気が付いた。
あれ?これ・・・隣りのだ・・・
あのおじさん間違ったのね。
と言うか、気付こうよ。ここに来るまで2度も確認する機会があったんだから。
ひょっとしたら確信犯かもしれない。
隣りが留守で、また来るのが面倒だとか思って私に預けたとか・・・。
まさか・・・ね。
さて、これをどうしたものか。
普通は、管理人に預けるものだけど・・・。
とりあえず、隣りへと持っていく。
やはり留守らしく、呼び出しボタンをポンポン押しても誰も出てこない。
自分宅に戻り、時間を見てみると、午後2時半過ぎ。
そりゃ、こんな半端な時間じゃいないか・・・。
今日は準夜勤の為、限りある午後をのんびりと過ごしていた。
う~ん・・・管理人に預けようかしら・・・
だけど結局、自分で渡すことに決めた。
その理由のひとつが、相手の人を見てみたい、ということ。
もちろん、受け取りに来る人は彼かもしれない、でも相手の人かもしれない。
期待と不安が混ざりながらも、隣人へとメモを残す事にした。
『荷物をお預かりしています。不在の時は090-○○○○-○○○○まで御連絡ください。戸田』
うん、これでいいだろう。
仕事中は携帯禁止。着信があれば相手の番号もわかるだろう。
折り返しかけ直せば大丈夫。
お隣りのドアポケットへとそのメモを挟み、再び自宅へ戻る。
あ~、なんだか緊張しちゃう。
連絡が来たのは、次の日の夜だった。
病院に着く直前、携帯が震えた。
慌てて通話ボタンを押しながら、やや離れた場所へ移動する。
『もしもし、柚木田ですが・・・』
電話の先で聞こえてきたのは、彼の声だった。
嬉しい反面、期待が外れたという落胆が心を占めた。
「あ、こんばんは。今、お帰りになったんですか?」
『えぇ。昨日メモに気付いたんですが時間がかなり遅かったので今日になってしまいました。すみません、荷物。しかも今日もこんなに遅くに連絡してしまって・・・今、大丈夫ですか?』
「私も仕事が不規則だから気にしないで下さい。それにちょうど病院に入るところだったので良いタイミングでしたし。えっと、それで荷物なんですが・・・」
『そうですね・・・明日、取りに窺います。戸田さんの方は大丈夫ですか?』
「えぇ、大丈夫です」
『では、明日お伺いする前にもう一度、お電話しますね。』
「はい、わかりました。では、明日。」
『お仕事頑張ってください。では。』
ボタンを押し、電話を切った。
そしてふと頭によぎった事がある。
この時間まで連絡がなかったということは、相手の女性は何をしてるのかしら・・・?
メモ自体はドアポケットに目立つように差し込んだ状態だったから気付かないはずはない。
1日経っているのに・・・。
旅行とか?それはあり得る。
変な勘ぐりを入れた自分が恥ずかしい。
病院内へと向かいながら、相手の女性のことを考えていた。
引っ越してきてから一度も会った事がない。
ちょっと不自然な気がしないでもないけど・・・。
まぁ、私がほとんど家の中に閉じこもってるってのもあるし、この職業のおかげで他人との生活のリズムも違っている。
同じマンションに住む住人でよく会うのは、準夜勤上がりに彼と同じく仕事帰りのおじさまやキャリアウーマン風の女性と日勤で出勤する際に会う学生等。たまにゴミを出しに出る奥様達とも会うが、隣りに住む女性と顔を合わすことはなかった。
彼に聞くことはずっと避け続けている。
彼も特に話す素振りもない。
聞きたいが聞けない、そんなジレンマがもどかしい。
今の状態が居心地が良かった。
でももうちょっと親密な関係になりたい、という気持ちもある。
もう一度携帯の画面を開き、着信履歴を表示させる。
とりあえず登録しなきゃ・・・。
映しだされた番号を素早く電話帳に登録する。
パタンと携帯を畳むと、しーんとした病院の静けさだけが私を包んでいた。
翌日、夜勤明けで帰ってきた私は、普段どおりに疲れた体に鞭打って洗濯をしながらお風呂に浸かる。
今日は休みだぁ・・・疲れた。
そう言えば、何時頃に取りに来るんだろう・・・。
今日は土曜日だけどお仕事かしら?
だったら取りに来るのは夜か・・・
でも代わりに彼女が取りに来るかも!
ひょっとしたら今日こそ、彼女さんとご対面!?
可能性はある。
そう思い始めたら、のんびりとお風呂になんか入ってられなかった。
急いでお風呂から上がり、髪を一つにまとめてピンで後頭部に留める。
軽くバスローブを羽織って、お肌のお手入れを開始。
何故だかわからないけど、気合を入れる。
さすがに化粧はしないが、最低限の見れる顔に整える。
そしてバスローブをパサっと脱ぎ捨て、用意していた下着を着けず、別の下着を選びなおす。
なぜだかわからないけど、身に付けるものにも気合を入れた。
心の奥で、彼女に負けたくないという想いが私にそうさせた。
お揃いのレースのキャミソール、ブラ、ショーツ。
色は深紅色。
伊達に看護婦寮で生きてきたわけじゃあない。
ご丁寧にその人に合う色を指導してくれる先輩ナースが私に助言した色がコレ。
下着を身に付け、キャミソールの上に軽くカーディガンを羽織り、膝丈のフレアスカートを履いた。
今から来るわけじゃないのに・・・
連絡が来てもいないのに、こんなに準備万端にしてるなんて、よく考えれば可笑しい。
ただ荷物を取りに来るだけなのに・・・
そう考えながら、くすっと自嘲気味に笑う。
ちょうど洗濯物を干している時に、携帯からメロディが流れてきた。
急いで携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「も、もしもし!」
慌てていたこともあって、言葉が上擦ってしまった。
『あ、戸田さん?柚木田です。おはようございます。これからそちらに伺おうと思ってるんですが、大丈夫ですか?』
彼の声が耳に響いて、思わず息を呑んだ。
携帯のさきから聞こえる優しいテノールの声質。
鼓動が激しく騒ぎ出す。
『戸田さん?』
返事のないことを怪訝に思ったのか、私の名前を再度呼ぶ声。
はっと我に返り、携帯をぎゅっと握り締める。
「あ、ご、ごめんなさい。今から大丈夫、です。お待ちしてます。」
「じゃ、すぐに行きますので」
そう言って電話は切られ、続いて無機質な電子音がツー、ツーと流れ始めた。
携帯を閉じて、もう一度鏡を見に洗面所へとむかった。
スッピンでも・・・いっか。
電話の感じで、彼が取りに来る事はわかった。
また彼女を見れず終い。
はぁっと息を1つ吐く。
と、その時に部屋に鳴り響くチャイム。
荷物を玄関先に置き、ドアを開けた。
思ったとおり、彼がそこには佇んでいた。
「おはようございます。すみません、夜勤明けなのにこんな朝早く・・・」
「いえ、ちょうど洗濯が終わったところだったので・・・」
そう言って彼に微笑みかける。
彼は一瞬、私をじっと見つめ、そしてくすっと控えめに微笑みかけた。
「あの・・・」
なぜ笑われたのだろう・・・
「あ、すみません。えーっと荷物はコレですか?」
彼はそう言って足元に置いてある荷物を指差した。
「えぇ。ちょっと重いですよ。」
「ははは。これでも一応、男ですから大丈夫です。」
そう言って荷物を軽々と持ち上げ、左肩に載せると玄関の外へと歩き出した。
あ、もう帰るのか・・・
なんとなく名残惜しい。でもそうだよね、隣りの部屋で待ってる人がいるんだし・・・
そう思って、ドアノブを掴み、彼の体が全て通路に出終わるのを待った。
「それじゃ・・・」
彼に切り出される前に自分から切り出した。
彼はぱっと振り返り、空いているもう片方の手をドアに掛け、締めようとする私の行動を止めた。
「戸田さん、これから寝ちゃいます?」
「・・・え?」
「お礼に朝食をどうかと思いまして・・・」
にこっと微笑む彼。
朝食・・・二人で?
いや隣りには彼女がいるんだし、きっと3人で食べるんだろう。
それはやだなぁ・・・。
一応、まだ彼に好意を抱いてるんだもん。
彼女とのラブッぷりを魅せ付けられるのは避けたい。
なんとかお誘いを断ろうと口を開きかけると、それよりも前に彼が話を続けた。
「ちょうどおいしいパンを買ってきたんですよ。準備もしてあるし、すぐに食べられますよ。ぜひ来てください。」
すでに準備されてるなんて・・・
なんだか断りきれなくて、仕方なく頷くしかなかった。
惚れた弱みだわ・・・
一度、部屋に戻りカギを掛けて彼の部屋へと出向く。
はぁ・・・彼女を見るだけじゃなく話をしなきゃいけないんだわ・・・
重い雰囲気のまま、彼の家の中へと進む。
しかし、もう1つの存在が見当たらない。
キョロキョロと見回していると、後ろでククっと笑う声が聞こえた。
「そんなに珍しいですか?男の部屋が・・・」
私の近くまで歩み寄り、微笑みながら尋ねてきた。
「え、あ・・・いえ、そうじゃなくて・・・」
そこまで言って、次の言葉を言おうとする自分をなんとか押し留めた。
カノジョハ、ドコカヘイッタンデスカ?
浮かんだセリフを慌てて打ち消した。
やだ、何を言おうとしてるんだろう・・・
自爆してしまいそうになる自分に呆れた。
「どうかしました?」
振り返って、心配げに私を覗き見る彼の顔を見た瞬間、体温が一気に上昇した。
彼の顔が思ったよりも近くて、しかもその端正な顔と私に向けられる瞳にドキッとしてしまい、思わず後ず去ってしまった。
「い、いえ・・・」
火照る頬を両手で押さえ、必死に激しく鳴り響く鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
「とりあえず座ってください。何か飲み物を持ってきますね。ご希望はありますか?」
彼はリビングに置かれてるダイニングテーブルへと進み、椅子を引いて私に座るように促す。
私も素直にそれに従い、腰を落ち着けた。
「えーっと、コーヒーでいいです。」
「了解。」
そう言って彼はキッチンへと向かって行った。
対面式のキッチンで、こちらからも彼が見える。
何気に見ていると、彼がちょっとハニカミながら呟いた。
「そんなに見つめないで下さい。」
慌てて目線を逆方向へと逸らした。
見渡すと、ローボードの上に大画面のテレビ。ホームシアターも置かれてある。
すごいなぁ・・・。
部屋の飾りは至ってシンプル。
濃いブルーで統一されていて白い壁とツートンカラーを醸し出していた。
彼のイメージにぴったり。
「そんなに部屋を見られると困っちゃうな。なんだか刑を宣告される被告人の気分だ」
彼は笑いながら、テーブルにコーヒーカップを置いていく。
「ごめんなさい。なんだか落ち着かなくて・・・。あ、悪い意味じゃなくて・・・その、あんまり他人の家に入る事って今までなかったから・・・」
自分で言いながら、なんだか余計に墓穴を掘ったような気持ちになる。
彼は次々とテーブルに食器を配置していく。
「へぇ~。彼氏の家とかは?行かないの?」
「か、彼氏なんていませんよ~。看護婦って結構、一人身が多いんですよ。だって、会う時間がないし、付き合ってもすぐに別れちゃうんです。」
あぁ、言ってて空しい・・・
「それは経験談?」
目の前にカゴに入ったパンを置いて、テーブルを挟んだ席へと彼が座った。
「ご想像にお任せします。」
こう言った時点で肯定してるようなもんだけど・・・。
今まで付き合った彼氏は全部で3人。
一人目は高校1年の時。2年続いたけど、受験の煽りを受けて破局。
二人目は看護学校時代に、コンパで知り合った人。優しい人だと思って付き合った。そして1年後に破局。理由は、彼の浮気。というか、二股?三股?優しい男は誰にでも優しかったらしい。
三人目は、看護婦になってから。ナース友達の知人で普通の社会人。いい人だった。けど、あえない時間が二人を引き裂いた。半年の付き合いだった。
だんだんと付き合う期間が短くなってるのはなぜだろう・・・
はたと勝手にフラッシュバックしてる自分に気が付き、慌てて食事をとり始める。
「でも、会う時間ってどうにでもなるんじゃないのかなぁ、お互いが頑張れば。」
「う~ん・・・そうかもしれないけど、結局は相手も私のことをそこまで好きではなかったと言う事なんですよ!きっと。」
「ふ~ん・・・やっぱり経験してるんだ」
そう言われて初めて自分のことを話してしまったことに気が付いた。
嵌められた・・・
なんか悔しい。
「そ、そう言う柚木田さんはどうなんでか!?」
「俺?俺は・・・秘密」
彼はふっと笑い、コーヒーを口に運ぶ。
さらに悔しくて、さっき聞けなかった事を聞いてみる事にした。
「ここで一緒に暮らしてる人は?今日はいないんですか?」
目線を合わせず、目の前のサラダを突付きながら尋ねた。
「あ~、アイツ?今日は出掛けてる。何?アイツの事が気になるの?だからかぁ・・・さっきからソワソワして・・・」
「い、いえ違います!ソ、ソワソワしてるのはさっきも言いましたけど、慣れてないから!です!」
「あはは、慌てて言ってるところが怪しいよね。」
ちょっと意地悪な笑顔で痛いところを突いてくる。
心を落ち着かせようとコーヒーを飲み、視線を泳がせた。
「アイツに会いたいの?」
その一言で、私の動きがストップした。
会いたいというか、見てみたかった。
でも見てしまったら、この恋が終わりを告げる。
黙ってしまった私に向かって彼は一言。
「会わせないよ」
え?
意味がわからず彼を見上げると、彼もまた私をじっとみつめていた。
沈黙がやけに胸を焦がし、居た堪れない。
会わせない・・・どういうことだろう。
彼は何が言いたいの?
なぜだか彼の次の言葉を聞くのが怖かった。
何か嫌な予感がして・・・
「ところで・・・戸田さん、下の名前は何?」
話題が逸れた事に正直、ほっとした。
彼も先程の真剣さは欠片もなく、にこりと笑顔を浮かべて話し掛けてくる。
「名前、ですか?香澄です。」
今頃名前を聞かれるとは思わなかった。
すでに数ヶ月が過ぎてるし・・・
「香澄ちゃんか。可愛い名前だね。うん、ぴったりだ。」
彼は頷きながら一人で納得している。
「可愛い・・・初めて言われましたよ、それ。」
ちょっと照れながらもお世辞だろうと、冗談交じりに言葉を返す。
「いやいやホントに。今度から名前で呼んでもいいかな?」
「え・・・あ、まぁ良いですけど・・・じゃあ私も柚木田さんのこと名前で呼ぼうかな」
「お!いいねぇ。お互いにそうしようよ。」
「は?あ、いえ・・・さっきのは冗談で・・・」
「別に章吾って呼んでくれて構わないよ。試しに言ってみて?」
「え!?今、ですか?」
急展開に付いて行けず、驚くばかりの私。
そんな私を面白そうに見ながら、彼は続ける。
「今!ほら、言ってみて!」
「あー・・・と・・・章吾、さん・・・」
なんだかとても照れる。
改めて彼の名前を言ってみて、恥ずかしい。
本人が目の前にいるのに・・・。
「うん、いい感じ。なんだか付き合い始めた恋人みたいでいいね。」
満足げに微笑む彼に対して、私は俯くしかなかった。
卑怯です・・・
彼女がいるのに、そんなに期待をさせるなんて。
ただでさえ、今二人きりなのに・・・え?そうだ・・・二人きりだ・・・
うわぁ、ヤバイ!気付いてしまったよ。
私ってかなり大胆だよね。
彼女の居ない時に部屋に上り込んで、しかも食事まで一緒にしてる。
これは、ばれたら彼がただじゃすまないよ。
早く引き上げなきゃ、修羅場になっちゃう!
そう思ったら自然と食べる速度が速くなる。
と言っても、すでにほとんど食べ終わっているんだけどね。
皿を重ねて、キッチンへと運ぼうとすると彼が静止した。
「あ、いいよ、置いといてくれれば。荷物のお礼の意味がなくなるし。」
「でも、片付けくらいしなきゃ悪いですし・・・」
「気にしなくていいって・・・」
そう言って私の手から皿を取り上げ、一人でどんどん片付けていく。
やることを取り上げられ、居た堪れない。
そろそろ部屋に戻ろう。
そう思ってカギを手に持ち、キッチンにいる彼に声をかけた。
「あの、そろそろ失礼します。朝食、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げ、玄関へ向かおうと体を回転させた。
「あ、ちょっと待って。」
後ろから引き止められ立ち止まると彼は閉じられた部屋の1つへと入っていった。
しばらくして戻ってきた彼は名刺を1枚差し出した。
「これに携帯のアドレス書いてあるから、暇な時はメールくれると嬉しい。」
彼はなぜ私の心を乱すようなことをするのだろう。
もし彼女がいなければ喜んでメールをするだろう。
だけど現実は彼女持ちだ。
彼女はこういうことを気にしないのだろうか。
それとも・・・彼は遊びなれてるの?
彼のことがよくわからない。
とりあえず、差し出された名刺を受け取り一言、後でメール入れておきますね、とだけ伝え自宅へと戻った。
リビングにどかっと腰を下ろすと一気に力が抜けた。
手に収まっている名刺を目の前に翳し、書かれているアドレスの文字列を眺めた。
とりあえず、お礼を送っておこう。
携帯を取り出し、彼へメールを送る。
『今日は御馳走さまでした。香澄』
簡潔すぎるとは思いながらも、これ以上彼には近づいてはいけない気がしてそのままメールを送信した。
数分後、彼からのメールが届いた。
『また一緒に食事しましょう。お暇な時にでも連絡ください。 章吾』
食事しましょう・・・か。
行きたい、彼に彼女がいなければ。
でも行けない。
私はそこまで割り切れない。
きっと彼と会えば会うほど、自分の気持ちを止められなくなる。
彼のことを知れば知るほど、深海に嵌っていくのがわかる。
だから・・・これ以上近づいてはいけない。
もう彼と二人で会うのはやめよう。
そう心に決め、彼へのメールも絶った。
** **
私、戸田香澄。24歳。看護婦。恋人なし。好きな人は“いた”。
なぜ過去形か、それは単純。1週間前に失恋したから・・・。
しかも現在、失恋の痛みに追い討ちをかけるような出来事が起こってマス。
事の発端は、引越をしたことから始まった。
ここ数年、看護婦寮での生活を送っていた私。
寮生活は快適か?と聞かれれば・・・私の場合、否。
そこは女性の悲惨な現実を目の辺りにする場所だった。
女性が集まれば話のネタは決まっている。
男の話、仕事の愚痴、そして遠回しに自分の自慢。
男の話も実際に女性だけだと際どいモノばかり。
仕事の愚痴は同じ事を何回も聞かされ、飽きてくる。
そして他の人間を押しのけてまで繰り広げられる自分の自慢。
普通に聞いてれば謙遜してるその言い草も、裏を返せば自分は誰にも負けないわ、と言わんばかり。
そんな環境に嫌気が差して、引越を決意。
貯金を叩いて引越資金に当て、ようやく1週間前に実行できた。
月々の出費は痛いが、精神的に解放される為には止むを得ない。
引越先は、マンションの2LDKの角部屋。駅から遠い事もあって、家賃が安かった。
病院から近いという理由で選んだが、結果的には満足だった。
部屋の片付けが終わったところで、とりあえずお隣りの方へご挨拶。
最近じゃ、そんなこともしなくなったらしいけど一応・・・ね。
ピンポーン。
ボタンを押してみる。
この瞬間ってドキドキする。
だって出てくる相手は全く面識のない人で、しかも男か女かもわからないし・・・。
ドアの横に設置されてる表札なんて書いてなくて真っ白。
カチャッとカギの外れる音。
そしてゆっくりと開くドア。
目の前に現れた人物を見た瞬間、時が止まった。
髪を濡らし、無造作に首に掛けられたバスタオルに滴り落ち、明らかに今までバスタイムだったことをアピールしている上半身裸の男性。
そしてこの時、私は彼に一目惚れをした。
「・・・君は・・・誰?」
彼の一言で覚醒した私は慌ててぺこっと頭を下げた。
「あっ!すみません!今日、隣りに引っ越してきた戸田と申します。ご挨拶をと思いまして・・・」
そう言って、小さめの包みを渡す。
自分の手が震えてる事を知られないように、素早い動きで相手の懐へと押しやった。
結果的に、無理強いしたみたいな感じになっちゃったけど・・・。
彼も咄嗟の事で、即座に動けず私のなすがままだったけど、受け取った品物を見てようやく言葉を発した。
「あ、わざわざどうも・・・」
そう言って、包みを軽く持ち上げた。
「そ、それじゃ・・・」
ずっと彼を見ておきたいのは山々だったけど、かぁ~っとなった私の脳細胞が完全停止状態に追い込まれ、その場を立ち去るしかなかった。
キュッと踵を返して、すぐさま自分の家に舞い戻った。
玄関でカギを掛けたとたん、緊張が緩み、その場に座り込んでしまった。
「はぁ~・・・不意打ちだぁ・・・」
とにかくこの恋は、訪れたのが突然であれば終わりも突然なものだった。
どうにか落ち着きを取り戻し、1階の管理人室でご挨拶と引越完了の報告を済ませ、何気にオートロックのドア横にある郵便受けに目をやる。
私の部屋はまだ名札がない。これから付けなきゃ・・・と思いながら、その隣りにも目線が行く。
そして気付いてしまった。
彼の名前らしきものの隣りに並ぶもう1つの名前。彼の名前(らしきもの)柚木田 章吾、そして美幸と。
そう、彼にはパートナーがいた。
いきなり失恋!?
最短記録を作ってしまった・・・いやいや、そういう問題じゃない。
私は今まで一目惚れというものを否定してきた人間だった。
それなのに今日、その否定してきたものを肯定したばかりなのに、失恋という結果に終わったのだ。
ショックに打ちひしがれながら自室へと戻る私。
人生、こんなもんさ!と自己解決してこの1週間、彼と会うことはなかった。もちろん相手の美幸さんとも。
まぁ、それは私の職業が看護婦ということもあって時間が不規則だし、確率的に低いらしい。
ただ・・・1週間経った今、目には見えないが耳では聞いてしまう二人の情事。
そりゃ、マンションってだけあってそれなりに防音はされているはず・・・なのになんで!?
艶かしい女性の喘ぎ声。時折聞こえる男性の悶える声。
ちょっとは声を控えろぉ!お隣りさん!!
なんで・・・なんで私がそんな場面の音声を生で聞かなきゃいけないの!
しかも!!仮にも・・・失恋した相手のモノだし!
ダブルでショックだわ・・・。
ショックを受けてから2ヶ月が経ち、その間にお隣りの情事を聞くこと数回。
さすがにそこまでとは思ってなかった私も、ようやくというか、もう?というか“引越”を考え始めた。
だって嫌だもん、決まって日勤の日の夜に聞いてしまう淫声を聞き続けることが。
そして2ヶ月の間に彼と偶然会ったのは6回。
たいてい準夜勤の帰りにばったりと。
失恋して2週間後に久々に会った時はちょっと複雑だったけど、さすがに隣人だし声をかけないのはどうかと思って後ろから声をかけたらなぜか彼は驚いていた。
理由を聞くと簡単なものだった。
挨拶しに行ったときは、私の顔が見えてなかったんだって。
普段はコンタクトしてて、あの時風呂上りだったから外していたとか。
そしてちょっと照れた顔をしながらも、私との会話を楽しんでくれた。
それから数回、彼の仕事帰りと私の準夜勤上がりがちょうど同じ時間になった時はエントランスで見かけるようになった。
お互いにどちらからともなく声をかけ、他愛のない話をしながらそれぞれの家へと帰っていく。
そして最近思うこと、それは彼への恋心を無理に消してしまう事はないかな・・・と。
密かに想う事は自由だし、何よりも私がそれで満足している。
きっと相手の女性に会うまでは、この気持ちを持ち続けるだろう。
私と彼の関係は、ただの隣人。
その“隣人”という区切りの中でも、親しい部類に入るだろう。
相変わらず彼とは、仕事帰りにたまに会う。
彼と最後に会話したのは3日前。
それまでにわかったこと。
年齢は32歳。
会社では一応、課長らしきものをしてるらしく、帰りはたいてい終電でたまにしか早く帰れない。
つまり・・・早く帰ったときに、あの声を聞いてしまうのか・・・と心の中で思う。
休みは基本的に土日の週休2日。
でも実際は日曜日しか休んでいないとか・・・。
休みはたいてい家でのんびりと過ごすらしい。
そして今でも聞けないこと、それが相手の人の話。
なんだか聞いてしまったら、私自身が落ち込む気がして・・・。
それ以前にそんな勇気がありませんが・・・。
そんなことをリビングで考えていると、ピンポーンと呼び出し音。
インターホンで相手を確認。
『お届け物ですが・・・』
と作業着姿のおじさんが映し出される。
「今、開けます」
そう言ってオートロックを解除。
暫く後、今度はドアの呼び出し音。
覗き穴で確認後、おじさんが差し出した送り状にハンコを押してパタンとドアを閉める。
そして気が付いた。
あれ?これ・・・隣りのだ・・・
あのおじさん間違ったのね。
と言うか、気付こうよ。ここに来るまで2度も確認する機会があったんだから。
ひょっとしたら確信犯かもしれない。
隣りが留守で、また来るのが面倒だとか思って私に預けたとか・・・。
まさか・・・ね。
さて、これをどうしたものか。
普通は、管理人に預けるものだけど・・・。
とりあえず、隣りへと持っていく。
やはり留守らしく、呼び出しボタンをポンポン押しても誰も出てこない。
自分宅に戻り、時間を見てみると、午後2時半過ぎ。
そりゃ、こんな半端な時間じゃいないか・・・。
今日は準夜勤の為、限りある午後をのんびりと過ごしていた。
う~ん・・・管理人に預けようかしら・・・
だけど結局、自分で渡すことに決めた。
その理由のひとつが、相手の人を見てみたい、ということ。
もちろん、受け取りに来る人は彼かもしれない、でも相手の人かもしれない。
期待と不安が混ざりながらも、隣人へとメモを残す事にした。
『荷物をお預かりしています。不在の時は090-○○○○-○○○○まで御連絡ください。戸田』
うん、これでいいだろう。
仕事中は携帯禁止。着信があれば相手の番号もわかるだろう。
折り返しかけ直せば大丈夫。
お隣りのドアポケットへとそのメモを挟み、再び自宅へ戻る。
あ~、なんだか緊張しちゃう。
連絡が来たのは、次の日の夜だった。
病院に着く直前、携帯が震えた。
慌てて通話ボタンを押しながら、やや離れた場所へ移動する。
『もしもし、柚木田ですが・・・』
電話の先で聞こえてきたのは、彼の声だった。
嬉しい反面、期待が外れたという落胆が心を占めた。
「あ、こんばんは。今、お帰りになったんですか?」
『えぇ。昨日メモに気付いたんですが時間がかなり遅かったので今日になってしまいました。すみません、荷物。しかも今日もこんなに遅くに連絡してしまって・・・今、大丈夫ですか?』
「私も仕事が不規則だから気にしないで下さい。それにちょうど病院に入るところだったので良いタイミングでしたし。えっと、それで荷物なんですが・・・」
『そうですね・・・明日、取りに窺います。戸田さんの方は大丈夫ですか?』
「えぇ、大丈夫です」
『では、明日お伺いする前にもう一度、お電話しますね。』
「はい、わかりました。では、明日。」
『お仕事頑張ってください。では。』
ボタンを押し、電話を切った。
そしてふと頭によぎった事がある。
この時間まで連絡がなかったということは、相手の女性は何をしてるのかしら・・・?
メモ自体はドアポケットに目立つように差し込んだ状態だったから気付かないはずはない。
1日経っているのに・・・。
旅行とか?それはあり得る。
変な勘ぐりを入れた自分が恥ずかしい。
病院内へと向かいながら、相手の女性のことを考えていた。
引っ越してきてから一度も会った事がない。
ちょっと不自然な気がしないでもないけど・・・。
まぁ、私がほとんど家の中に閉じこもってるってのもあるし、この職業のおかげで他人との生活のリズムも違っている。
同じマンションに住む住人でよく会うのは、準夜勤上がりに彼と同じく仕事帰りのおじさまやキャリアウーマン風の女性と日勤で出勤する際に会う学生等。たまにゴミを出しに出る奥様達とも会うが、隣りに住む女性と顔を合わすことはなかった。
彼に聞くことはずっと避け続けている。
彼も特に話す素振りもない。
聞きたいが聞けない、そんなジレンマがもどかしい。
今の状態が居心地が良かった。
でももうちょっと親密な関係になりたい、という気持ちもある。
もう一度携帯の画面を開き、着信履歴を表示させる。
とりあえず登録しなきゃ・・・。
映しだされた番号を素早く電話帳に登録する。
パタンと携帯を畳むと、しーんとした病院の静けさだけが私を包んでいた。
翌日、夜勤明けで帰ってきた私は、普段どおりに疲れた体に鞭打って洗濯をしながらお風呂に浸かる。
今日は休みだぁ・・・疲れた。
そう言えば、何時頃に取りに来るんだろう・・・。
今日は土曜日だけどお仕事かしら?
だったら取りに来るのは夜か・・・
でも代わりに彼女が取りに来るかも!
ひょっとしたら今日こそ、彼女さんとご対面!?
可能性はある。
そう思い始めたら、のんびりとお風呂になんか入ってられなかった。
急いでお風呂から上がり、髪を一つにまとめてピンで後頭部に留める。
軽くバスローブを羽織って、お肌のお手入れを開始。
何故だかわからないけど、気合を入れる。
さすがに化粧はしないが、最低限の見れる顔に整える。
そしてバスローブをパサっと脱ぎ捨て、用意していた下着を着けず、別の下着を選びなおす。
なぜだかわからないけど、身に付けるものにも気合を入れた。
心の奥で、彼女に負けたくないという想いが私にそうさせた。
お揃いのレースのキャミソール、ブラ、ショーツ。
色は深紅色。
伊達に看護婦寮で生きてきたわけじゃあない。
ご丁寧にその人に合う色を指導してくれる先輩ナースが私に助言した色がコレ。
下着を身に付け、キャミソールの上に軽くカーディガンを羽織り、膝丈のフレアスカートを履いた。
今から来るわけじゃないのに・・・
連絡が来てもいないのに、こんなに準備万端にしてるなんて、よく考えれば可笑しい。
ただ荷物を取りに来るだけなのに・・・
そう考えながら、くすっと自嘲気味に笑う。
ちょうど洗濯物を干している時に、携帯からメロディが流れてきた。
急いで携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「も、もしもし!」
慌てていたこともあって、言葉が上擦ってしまった。
『あ、戸田さん?柚木田です。おはようございます。これからそちらに伺おうと思ってるんですが、大丈夫ですか?』
彼の声が耳に響いて、思わず息を呑んだ。
携帯のさきから聞こえる優しいテノールの声質。
鼓動が激しく騒ぎ出す。
『戸田さん?』
返事のないことを怪訝に思ったのか、私の名前を再度呼ぶ声。
はっと我に返り、携帯をぎゅっと握り締める。
「あ、ご、ごめんなさい。今から大丈夫、です。お待ちしてます。」
「じゃ、すぐに行きますので」
そう言って電話は切られ、続いて無機質な電子音がツー、ツーと流れ始めた。
携帯を閉じて、もう一度鏡を見に洗面所へとむかった。
スッピンでも・・・いっか。
電話の感じで、彼が取りに来る事はわかった。
また彼女を見れず終い。
はぁっと息を1つ吐く。
と、その時に部屋に鳴り響くチャイム。
荷物を玄関先に置き、ドアを開けた。
思ったとおり、彼がそこには佇んでいた。
「おはようございます。すみません、夜勤明けなのにこんな朝早く・・・」
「いえ、ちょうど洗濯が終わったところだったので・・・」
そう言って彼に微笑みかける。
彼は一瞬、私をじっと見つめ、そしてくすっと控えめに微笑みかけた。
「あの・・・」
なぜ笑われたのだろう・・・
「あ、すみません。えーっと荷物はコレですか?」
彼はそう言って足元に置いてある荷物を指差した。
「えぇ。ちょっと重いですよ。」
「ははは。これでも一応、男ですから大丈夫です。」
そう言って荷物を軽々と持ち上げ、左肩に載せると玄関の外へと歩き出した。
あ、もう帰るのか・・・
なんとなく名残惜しい。でもそうだよね、隣りの部屋で待ってる人がいるんだし・・・
そう思って、ドアノブを掴み、彼の体が全て通路に出終わるのを待った。
「それじゃ・・・」
彼に切り出される前に自分から切り出した。
彼はぱっと振り返り、空いているもう片方の手をドアに掛け、締めようとする私の行動を止めた。
「戸田さん、これから寝ちゃいます?」
「・・・え?」
「お礼に朝食をどうかと思いまして・・・」
にこっと微笑む彼。
朝食・・・二人で?
いや隣りには彼女がいるんだし、きっと3人で食べるんだろう。
それはやだなぁ・・・。
一応、まだ彼に好意を抱いてるんだもん。
彼女とのラブッぷりを魅せ付けられるのは避けたい。
なんとかお誘いを断ろうと口を開きかけると、それよりも前に彼が話を続けた。
「ちょうどおいしいパンを買ってきたんですよ。準備もしてあるし、すぐに食べられますよ。ぜひ来てください。」
すでに準備されてるなんて・・・
なんだか断りきれなくて、仕方なく頷くしかなかった。
惚れた弱みだわ・・・
一度、部屋に戻りカギを掛けて彼の部屋へと出向く。
はぁ・・・彼女を見るだけじゃなく話をしなきゃいけないんだわ・・・
重い雰囲気のまま、彼の家の中へと進む。
しかし、もう1つの存在が見当たらない。
キョロキョロと見回していると、後ろでククっと笑う声が聞こえた。
「そんなに珍しいですか?男の部屋が・・・」
私の近くまで歩み寄り、微笑みながら尋ねてきた。
「え、あ・・・いえ、そうじゃなくて・・・」
そこまで言って、次の言葉を言おうとする自分をなんとか押し留めた。
カノジョハ、ドコカヘイッタンデスカ?
浮かんだセリフを慌てて打ち消した。
やだ、何を言おうとしてるんだろう・・・
自爆してしまいそうになる自分に呆れた。
「どうかしました?」
振り返って、心配げに私を覗き見る彼の顔を見た瞬間、体温が一気に上昇した。
彼の顔が思ったよりも近くて、しかもその端正な顔と私に向けられる瞳にドキッとしてしまい、思わず後ず去ってしまった。
「い、いえ・・・」
火照る頬を両手で押さえ、必死に激しく鳴り響く鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
「とりあえず座ってください。何か飲み物を持ってきますね。ご希望はありますか?」
彼はリビングに置かれてるダイニングテーブルへと進み、椅子を引いて私に座るように促す。
私も素直にそれに従い、腰を落ち着けた。
「えーっと、コーヒーでいいです。」
「了解。」
そう言って彼はキッチンへと向かって行った。
対面式のキッチンで、こちらからも彼が見える。
何気に見ていると、彼がちょっとハニカミながら呟いた。
「そんなに見つめないで下さい。」
慌てて目線を逆方向へと逸らした。
見渡すと、ローボードの上に大画面のテレビ。ホームシアターも置かれてある。
すごいなぁ・・・。
部屋の飾りは至ってシンプル。
濃いブルーで統一されていて白い壁とツートンカラーを醸し出していた。
彼のイメージにぴったり。
「そんなに部屋を見られると困っちゃうな。なんだか刑を宣告される被告人の気分だ」
彼は笑いながら、テーブルにコーヒーカップを置いていく。
「ごめんなさい。なんだか落ち着かなくて・・・。あ、悪い意味じゃなくて・・・その、あんまり他人の家に入る事って今までなかったから・・・」
自分で言いながら、なんだか余計に墓穴を掘ったような気持ちになる。
彼は次々とテーブルに食器を配置していく。
「へぇ~。彼氏の家とかは?行かないの?」
「か、彼氏なんていませんよ~。看護婦って結構、一人身が多いんですよ。だって、会う時間がないし、付き合ってもすぐに別れちゃうんです。」
あぁ、言ってて空しい・・・
「それは経験談?」
目の前にカゴに入ったパンを置いて、テーブルを挟んだ席へと彼が座った。
「ご想像にお任せします。」
こう言った時点で肯定してるようなもんだけど・・・。
今まで付き合った彼氏は全部で3人。
一人目は高校1年の時。2年続いたけど、受験の煽りを受けて破局。
二人目は看護学校時代に、コンパで知り合った人。優しい人だと思って付き合った。そして1年後に破局。理由は、彼の浮気。というか、二股?三股?優しい男は誰にでも優しかったらしい。
三人目は、看護婦になってから。ナース友達の知人で普通の社会人。いい人だった。けど、あえない時間が二人を引き裂いた。半年の付き合いだった。
だんだんと付き合う期間が短くなってるのはなぜだろう・・・
はたと勝手にフラッシュバックしてる自分に気が付き、慌てて食事をとり始める。
「でも、会う時間ってどうにでもなるんじゃないのかなぁ、お互いが頑張れば。」
「う~ん・・・そうかもしれないけど、結局は相手も私のことをそこまで好きではなかったと言う事なんですよ!きっと。」
「ふ~ん・・・やっぱり経験してるんだ」
そう言われて初めて自分のことを話してしまったことに気が付いた。
嵌められた・・・
なんか悔しい。
「そ、そう言う柚木田さんはどうなんでか!?」
「俺?俺は・・・秘密」
彼はふっと笑い、コーヒーを口に運ぶ。
さらに悔しくて、さっき聞けなかった事を聞いてみる事にした。
「ここで一緒に暮らしてる人は?今日はいないんですか?」
目線を合わせず、目の前のサラダを突付きながら尋ねた。
「あ~、アイツ?今日は出掛けてる。何?アイツの事が気になるの?だからかぁ・・・さっきからソワソワして・・・」
「い、いえ違います!ソ、ソワソワしてるのはさっきも言いましたけど、慣れてないから!です!」
「あはは、慌てて言ってるところが怪しいよね。」
ちょっと意地悪な笑顔で痛いところを突いてくる。
心を落ち着かせようとコーヒーを飲み、視線を泳がせた。
「アイツに会いたいの?」
その一言で、私の動きがストップした。
会いたいというか、見てみたかった。
でも見てしまったら、この恋が終わりを告げる。
黙ってしまった私に向かって彼は一言。
「会わせないよ」
え?
意味がわからず彼を見上げると、彼もまた私をじっとみつめていた。
沈黙がやけに胸を焦がし、居た堪れない。
会わせない・・・どういうことだろう。
彼は何が言いたいの?
なぜだか彼の次の言葉を聞くのが怖かった。
何か嫌な予感がして・・・
「ところで・・・戸田さん、下の名前は何?」
話題が逸れた事に正直、ほっとした。
彼も先程の真剣さは欠片もなく、にこりと笑顔を浮かべて話し掛けてくる。
「名前、ですか?香澄です。」
今頃名前を聞かれるとは思わなかった。
すでに数ヶ月が過ぎてるし・・・
「香澄ちゃんか。可愛い名前だね。うん、ぴったりだ。」
彼は頷きながら一人で納得している。
「可愛い・・・初めて言われましたよ、それ。」
ちょっと照れながらもお世辞だろうと、冗談交じりに言葉を返す。
「いやいやホントに。今度から名前で呼んでもいいかな?」
「え・・・あ、まぁ良いですけど・・・じゃあ私も柚木田さんのこと名前で呼ぼうかな」
「お!いいねぇ。お互いにそうしようよ。」
「は?あ、いえ・・・さっきのは冗談で・・・」
「別に章吾って呼んでくれて構わないよ。試しに言ってみて?」
「え!?今、ですか?」
急展開に付いて行けず、驚くばかりの私。
そんな私を面白そうに見ながら、彼は続ける。
「今!ほら、言ってみて!」
「あー・・・と・・・章吾、さん・・・」
なんだかとても照れる。
改めて彼の名前を言ってみて、恥ずかしい。
本人が目の前にいるのに・・・。
「うん、いい感じ。なんだか付き合い始めた恋人みたいでいいね。」
満足げに微笑む彼に対して、私は俯くしかなかった。
卑怯です・・・
彼女がいるのに、そんなに期待をさせるなんて。
ただでさえ、今二人きりなのに・・・え?そうだ・・・二人きりだ・・・
うわぁ、ヤバイ!気付いてしまったよ。
私ってかなり大胆だよね。
彼女の居ない時に部屋に上り込んで、しかも食事まで一緒にしてる。
これは、ばれたら彼がただじゃすまないよ。
早く引き上げなきゃ、修羅場になっちゃう!
そう思ったら自然と食べる速度が速くなる。
と言っても、すでにほとんど食べ終わっているんだけどね。
皿を重ねて、キッチンへと運ぼうとすると彼が静止した。
「あ、いいよ、置いといてくれれば。荷物のお礼の意味がなくなるし。」
「でも、片付けくらいしなきゃ悪いですし・・・」
「気にしなくていいって・・・」
そう言って私の手から皿を取り上げ、一人でどんどん片付けていく。
やることを取り上げられ、居た堪れない。
そろそろ部屋に戻ろう。
そう思ってカギを手に持ち、キッチンにいる彼に声をかけた。
「あの、そろそろ失礼します。朝食、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げ、玄関へ向かおうと体を回転させた。
「あ、ちょっと待って。」
後ろから引き止められ立ち止まると彼は閉じられた部屋の1つへと入っていった。
しばらくして戻ってきた彼は名刺を1枚差し出した。
「これに携帯のアドレス書いてあるから、暇な時はメールくれると嬉しい。」
彼はなぜ私の心を乱すようなことをするのだろう。
もし彼女がいなければ喜んでメールをするだろう。
だけど現実は彼女持ちだ。
彼女はこういうことを気にしないのだろうか。
それとも・・・彼は遊びなれてるの?
彼のことがよくわからない。
とりあえず、差し出された名刺を受け取り一言、後でメール入れておきますね、とだけ伝え自宅へと戻った。
リビングにどかっと腰を下ろすと一気に力が抜けた。
手に収まっている名刺を目の前に翳し、書かれているアドレスの文字列を眺めた。
とりあえず、お礼を送っておこう。
携帯を取り出し、彼へメールを送る。
『今日は御馳走さまでした。香澄』
簡潔すぎるとは思いながらも、これ以上彼には近づいてはいけない気がしてそのままメールを送信した。
数分後、彼からのメールが届いた。
『また一緒に食事しましょう。お暇な時にでも連絡ください。 章吾』
食事しましょう・・・か。
行きたい、彼に彼女がいなければ。
でも行けない。
私はそこまで割り切れない。
きっと彼と会えば会うほど、自分の気持ちを止められなくなる。
彼のことを知れば知るほど、深海に嵌っていくのがわかる。
だから・・・これ以上近づいてはいけない。
もう彼と二人で会うのはやめよう。
そう心に決め、彼へのメールも絶った。
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