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〈マネージャーの話〉アイドルの憂鬱
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「はい、終了。みんなおつかれさま」
「葉山、今のインスタライブ、アーカイブ残せるか内容チェックよろしく」
dulcis〈ドゥルキス〉のチーフマネージャーの三木が私を見る。上司から命令、NOなんて言わせない圧がある。
「わかりました」
おしゃれなカフェのような空間に置かれたソファに、5人のイケメンがいる。
「じゃあ、これで今日はおしまいね」
チーフマネージャーの言葉に、みんながバラバラと席を立った。
ここは、都心にある芸能事務所〈MICO プロダクション〉は、ラテン語で輝くという意味で、若いアイドルグループや研修生と称した見習いアイドルを抱える中堅事務所だ。
私の目の前にいる、5人はdulcis〈ドゥルキス〉のメンバーで、彼らの爆発的な人気で事務所もかなり勢いがある。
入社下手の頃、10年前は雑居ビルの一室にオフィスを構えていたのに、 今では中目黒の自社ビルに引っ越し絶好調だ。
「ケイちゃん、俺が振りの個人レッスンしてあげるから居残りね。今夜は帰らせないよ」
最年長で面倒見の良いアラタが、末っ子ケイタの首根っこをつかんでいる。
「えーー!やだよ、ボクこれから六本木で飲み会だもん。ジュン、助けて!」
「まぁ、がんばれ。お先に」
クールなジュンが荷物を持って去って行く。もう1人のメンバー、サクヤはすでに部屋にいない。
「ねえ、ケイタ。その六本木の飲み会は、誰の主催でどんな方が来るかしら?」
「そんなの知らないよ、みぃちゃんから誘われただけ」
人気アイドルや俳優と浮き名を流す、アイドル上がりの女優だった。私のような業界の裏方には、ひどく評判が悪い。
なるほど、それなら。
「アラタ、しっかりお願いね。ライブでファンがガッカリしないよう、振り入れは大切だもの」
アイドルの私生活の把握もマネージャーの大事な仕事。規制し過ぎるとストレスに、自由にさせ過ぎるとスキャンダルに。とくに、遊びたい盛りの若者は難しい。
まもなく始まる、ドームツアーの前に不祥事が起きたら大変だもの。
「ほら、スタジオ行くよ~~」
「葉山のお姉さん、ひどいよ!」
引きずられるように部屋を出ていった。やれやれ、静かになった。
「おつかれさま。コーヒー飲むでしょ?」
もうひと仕事をしようとした私に、声をかけてくれたのは、国宝級イケメンと称されるコウキだ。
「ありがとう、いただくわ」
dulcis〈ドゥルキス〉はみんなスタッフにも気さくに挨拶をするし、スタッフからも評判はいい。その中でも、コウキはさりげない気遣いができて気が利く。
密かに本気で惚れている若いスタッフは多い。まさに、スタッフキラーだ。
「コウキは帰らないの?」
「アラタとケイタの、様子見てからかな」
ほら、そういうところも優しいし。なんだかんだ言って、2、3曲はダンスレッスンに付き合うんだろう。
「今日は3月25日の金曜日か。世間では給与ね。そろそろ桜も咲く頃だし、目黒川あたりの店は大盛況よね」
暗い窓の外を見て思わず愚痴る。
「こんな仕事してたら、曜日の感覚もないしね。最近じゃ友達からの誘いも減ったわ」
学生時代の友達はほとんど結婚してママになった。仕事仲間である業界人とは、プライベートまで一緒にいたい人は少ない。
アラフォー独身は仕事に生きるが正解。
「ごめんなさいね、こんな愚痴」
忙しいのは、担当グループが売れている証拠。喜ぶべきなのにね。
「金曜日か」
コウキはポツリと呟くと、スマホを見て小さくため息を吐いた。誰からかの、連絡を待っているのは明らかだった。
ここ数ヶ月、コウキは変わったと思う。
忙しさのせいか、前はもっとピリッとした雰囲気があったが、最近は穏やかな表情を時おり見せる。
それは、決まってスマホで誰からからのメッセージを確認したとき。
「彼女から連絡を待ってるの?」
「こっちのメッセージが既読にならない。とっくに仕事は終わってるはずなのに、なんでだろう」
「事務所の社員には否定して欲しかったわ」
「嘘は嫌いなんだ。知ってるだろう」
長い付き合いなんだから。そうね、まだ10代の研修生の頃から知っているもの。彼らは弟のような存在だ。
「まぁ、あなたは無茶な行動はしないでしょうから、心配ないけどね。ケイタにこそ、しっかりと手綱を握ってくれる彼女ができないかしら」
守るべきものが無い、大事なものが無い、そんな考えのケイタは、とても危なっかしい。過去には悪いファンに引っ掛かり、週刊誌に出たこともある。
「そういえば、アラタも最近やけに機嫌がいいわね。何か知ってる?」
「さあね」
これは、知ってる顔だ。嘘が嫌いだから、YESもNOも言わないのね。
まぁ、アラタは過去に痛い目を見ているから、バカなことはしないでしょう。
「どんな人なの?国宝級イケメンの心を捕らえた恋人は」
「普通の会社員だよ」
「それなら、仕事のあとで飲んだりしてるんじゃない?金曜日だもの」
「誰と?」
「それは知らないけど。友達とか。同僚とか」
「あ」
スマホを見て声をあげると、コウキは窓際に移動して会話し始めた。
彼女との電話だろう。あんなに、素直に嬉しそうな顔しちゃって。まるで高校生の恋愛みたい。
「なんだ、すぐ近くにいるんだ」
コウキはあまり感情を露にしないタイプなのに。
国宝級イケメンにそんな表情をさせるのは、いったいどんな女なのか。
いいなぁ。素直にそう思う。
アイドル事務所の社員だから、色々なジャンルの男性を日々見ているが、それは仕事であり、彼らはあくまで「商品」だ。
「質問を変えようか。美咲は俺に、会いたいの?それとも、会いたくないの?」
おや?なんだか、ご機嫌ナナメなご様子だが、
「うん、わかった。じゃあ、今から行くから」
一変して嬉しそうな顔をしている。
どうやら、愛しい彼女に会えるらしい。スケジュール表を見れば、コウキは明日は午後から都内のスタジオでドラマの撮影予定。
今夜はのんびり過ごせるだろう。
「プライベートは任せてはいるけど、週刊誌ネタは避けてよね」
電話を終えたコウキに警告する。
「わかってる。迷惑はかけないよ。でも、三木さんには黙ってて。あの人に言うと、すぐ社長にまで伝わりそうだから」
「確かに、それは面倒ね」
「じゃあ、アラタとケイタに声をかけて帰るから」
「おつかれさま」
「葉山さんも、早めに帰ってね。居なくなったら困るのは、俺だけじゃないからさ」
炭酸飲料水のような爽やかな笑顔で去っていく。
俳優としても人気のあるコウキだから、恋愛経験者はあって損はない。恋愛ドラマや中高生向けの胸キュン映画のオファーは多い。
「あーーあ、私も誰かに愛されたいわ」
やれやれ。
「さ、仕事しよ」
今夜もたぶん、深夜まで残業かな。
「葉山、今のインスタライブ、アーカイブ残せるか内容チェックよろしく」
dulcis〈ドゥルキス〉のチーフマネージャーの三木が私を見る。上司から命令、NOなんて言わせない圧がある。
「わかりました」
おしゃれなカフェのような空間に置かれたソファに、5人のイケメンがいる。
「じゃあ、これで今日はおしまいね」
チーフマネージャーの言葉に、みんながバラバラと席を立った。
ここは、都心にある芸能事務所〈MICO プロダクション〉は、ラテン語で輝くという意味で、若いアイドルグループや研修生と称した見習いアイドルを抱える中堅事務所だ。
私の目の前にいる、5人はdulcis〈ドゥルキス〉のメンバーで、彼らの爆発的な人気で事務所もかなり勢いがある。
入社下手の頃、10年前は雑居ビルの一室にオフィスを構えていたのに、 今では中目黒の自社ビルに引っ越し絶好調だ。
「ケイちゃん、俺が振りの個人レッスンしてあげるから居残りね。今夜は帰らせないよ」
最年長で面倒見の良いアラタが、末っ子ケイタの首根っこをつかんでいる。
「えーー!やだよ、ボクこれから六本木で飲み会だもん。ジュン、助けて!」
「まぁ、がんばれ。お先に」
クールなジュンが荷物を持って去って行く。もう1人のメンバー、サクヤはすでに部屋にいない。
「ねえ、ケイタ。その六本木の飲み会は、誰の主催でどんな方が来るかしら?」
「そんなの知らないよ、みぃちゃんから誘われただけ」
人気アイドルや俳優と浮き名を流す、アイドル上がりの女優だった。私のような業界の裏方には、ひどく評判が悪い。
なるほど、それなら。
「アラタ、しっかりお願いね。ライブでファンがガッカリしないよう、振り入れは大切だもの」
アイドルの私生活の把握もマネージャーの大事な仕事。規制し過ぎるとストレスに、自由にさせ過ぎるとスキャンダルに。とくに、遊びたい盛りの若者は難しい。
まもなく始まる、ドームツアーの前に不祥事が起きたら大変だもの。
「ほら、スタジオ行くよ~~」
「葉山のお姉さん、ひどいよ!」
引きずられるように部屋を出ていった。やれやれ、静かになった。
「おつかれさま。コーヒー飲むでしょ?」
もうひと仕事をしようとした私に、声をかけてくれたのは、国宝級イケメンと称されるコウキだ。
「ありがとう、いただくわ」
dulcis〈ドゥルキス〉はみんなスタッフにも気さくに挨拶をするし、スタッフからも評判はいい。その中でも、コウキはさりげない気遣いができて気が利く。
密かに本気で惚れている若いスタッフは多い。まさに、スタッフキラーだ。
「コウキは帰らないの?」
「アラタとケイタの、様子見てからかな」
ほら、そういうところも優しいし。なんだかんだ言って、2、3曲はダンスレッスンに付き合うんだろう。
「今日は3月25日の金曜日か。世間では給与ね。そろそろ桜も咲く頃だし、目黒川あたりの店は大盛況よね」
暗い窓の外を見て思わず愚痴る。
「こんな仕事してたら、曜日の感覚もないしね。最近じゃ友達からの誘いも減ったわ」
学生時代の友達はほとんど結婚してママになった。仕事仲間である業界人とは、プライベートまで一緒にいたい人は少ない。
アラフォー独身は仕事に生きるが正解。
「ごめんなさいね、こんな愚痴」
忙しいのは、担当グループが売れている証拠。喜ぶべきなのにね。
「金曜日か」
コウキはポツリと呟くと、スマホを見て小さくため息を吐いた。誰からかの、連絡を待っているのは明らかだった。
ここ数ヶ月、コウキは変わったと思う。
忙しさのせいか、前はもっとピリッとした雰囲気があったが、最近は穏やかな表情を時おり見せる。
それは、決まってスマホで誰からからのメッセージを確認したとき。
「彼女から連絡を待ってるの?」
「こっちのメッセージが既読にならない。とっくに仕事は終わってるはずなのに、なんでだろう」
「事務所の社員には否定して欲しかったわ」
「嘘は嫌いなんだ。知ってるだろう」
長い付き合いなんだから。そうね、まだ10代の研修生の頃から知っているもの。彼らは弟のような存在だ。
「まぁ、あなたは無茶な行動はしないでしょうから、心配ないけどね。ケイタにこそ、しっかりと手綱を握ってくれる彼女ができないかしら」
守るべきものが無い、大事なものが無い、そんな考えのケイタは、とても危なっかしい。過去には悪いファンに引っ掛かり、週刊誌に出たこともある。
「そういえば、アラタも最近やけに機嫌がいいわね。何か知ってる?」
「さあね」
これは、知ってる顔だ。嘘が嫌いだから、YESもNOも言わないのね。
まぁ、アラタは過去に痛い目を見ているから、バカなことはしないでしょう。
「どんな人なの?国宝級イケメンの心を捕らえた恋人は」
「普通の会社員だよ」
「それなら、仕事のあとで飲んだりしてるんじゃない?金曜日だもの」
「誰と?」
「それは知らないけど。友達とか。同僚とか」
「あ」
スマホを見て声をあげると、コウキは窓際に移動して会話し始めた。
彼女との電話だろう。あんなに、素直に嬉しそうな顔しちゃって。まるで高校生の恋愛みたい。
「なんだ、すぐ近くにいるんだ」
コウキはあまり感情を露にしないタイプなのに。
国宝級イケメンにそんな表情をさせるのは、いったいどんな女なのか。
いいなぁ。素直にそう思う。
アイドル事務所の社員だから、色々なジャンルの男性を日々見ているが、それは仕事であり、彼らはあくまで「商品」だ。
「質問を変えようか。美咲は俺に、会いたいの?それとも、会いたくないの?」
おや?なんだか、ご機嫌ナナメなご様子だが、
「うん、わかった。じゃあ、今から行くから」
一変して嬉しそうな顔をしている。
どうやら、愛しい彼女に会えるらしい。スケジュール表を見れば、コウキは明日は午後から都内のスタジオでドラマの撮影予定。
今夜はのんびり過ごせるだろう。
「プライベートは任せてはいるけど、週刊誌ネタは避けてよね」
電話を終えたコウキに警告する。
「わかってる。迷惑はかけないよ。でも、三木さんには黙ってて。あの人に言うと、すぐ社長にまで伝わりそうだから」
「確かに、それは面倒ね」
「じゃあ、アラタとケイタに声をかけて帰るから」
「おつかれさま」
「葉山さんも、早めに帰ってね。居なくなったら困るのは、俺だけじゃないからさ」
炭酸飲料水のような爽やかな笑顔で去っていく。
俳優としても人気のあるコウキだから、恋愛経験者はあって損はない。恋愛ドラマや中高生向けの胸キュン映画のオファーは多い。
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