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第7章 溺れる人魚は夢をみる
◆2 夜のいきもの②
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「あれ、お兄さん」
「?」
ぐっと顔を近づけて、まじまじと覗き込んで来たのでびっくりしてしまう。
初対面の知らない人に、こんなに距離を詰められるなんて――普通はない。
でも僕は父親が有名人なせいで、そういうことがしょっちゅうある人間だったから、この時も「またか」と思って一瞬、身構えてしまった。
でも目の前にあったのは……屈託のない無邪気な笑顔、だ。
中性的な美貌だけれど、凛々しい眉と目力の強さが目立つ、華やかな顔立ちだった。
白のスーツを着こなしたそのファッションから、夜のお仕事の人かなという雰囲気はあった。
こちらを見詰める大きな瞳には、何か言いたそうな、悪戯っぽい色が浮かんでいる。思わず吸い込まれそうな特別な輝きがあって――視線を逸らせない。
同時にフワッと爽やかな良い匂いに包まれ、湿度で重苦しいはずの呼吸が、一瞬だけ軽くなる。
「……何か用ですか?」
「綺麗な瞳してるよね」
そう言いながらこちらの顎に指をかけ、少し上向かせるようにして更に顔を近づけてくる。
――睫毛が長い、なんて。そんな事まで判る距離。
顔の作りじゃなく、瞳を褒められたのは……初めてで。
ちょっとドキッとさせられてしまう。
(この人の方が、よっぽど綺麗な瞳をしてるのにな)
僕は照れくさくて、ついそんな風に思ってしまった。
「意思が強そうでいいなぁ。思わずスカウトしたくなる」
「……!?」
驚いて固まっているこちらを気にすることもなく、
「なーんてね。気になる人を見つけると、すぐ口説きたくなるのが悪いクセなんだ」
ごめんねと、一層笑みを深くして。拾ったキャップと、持っていたどこかのお店のチラシをぎゅっとこちらの手に握らせてきた。
「良かったら、いつでも遊びにおいで」
夜空に咲いた花のような笑顔と、気障なウィンクをひとつ残して。
そのまま身を翻し、バシャリと水飛沫を上げて駆けていく。
(……ウィンクとか日常で本当にする人、初めて見た)
そして何をするかと思えば、問題の二人組に近付いて行って、まるで知り合いみたいに肩を組んだ。これには見ていた僕も驚いたが、突然、親しげに話しかけられた男達もびっくりしている。
全然、知り合いではなかったらしく。
「何だテメェ」という罵声が響いた。
まぁまぁと宥める声と、殴り合いにでもなりそうな一触即発の気配が漂って、一体どうなってしまうのかとハラハラしながら見ていた僕は、ケンカになったら警察に通報しなくちゃ、と思っていたのだが――
次第に男達の声のトーンが落ち着き、普通の会話になっていって。少ししたら、笑い声まで聴こえてきて。
一体どんな話しをしたのかと、スゴく気になった。
絡まれていた女の子はいつの間にかその場から遠ざけられ、逃れることに成功していた。
自分とぶつかったあの人は、その2人を引き連れてどこかに向けて移動しながら、近くを歩いていた2人組の女性にも声を掛け、何やらチラシを渡し、二言三言話したかと思うと。
何とその女性達も連れて一緒に歩き出した。
(え、どういう状況……??)
呆気に取られて見ていると、後からまた1人、派手なスーツ姿の男が合流する。一緒にチラシ配りをしていたのだろうか、手には紙の束を持っていた。
あっという間に大人数になったグループを軽口で笑わせながら、あの人はその場からゆっくりと離れていく。
夜の街の明かり、街灯や色とりどりの看板の光に照らされた彼は、白いスーツに沢山の色彩を映り込ませていて――まるで熱帯魚のようだった。
群れを纏めて悠々と。
纏わりつくような水のベールの中を、自由自在に泳いでいる……
「?」
ぐっと顔を近づけて、まじまじと覗き込んで来たのでびっくりしてしまう。
初対面の知らない人に、こんなに距離を詰められるなんて――普通はない。
でも僕は父親が有名人なせいで、そういうことがしょっちゅうある人間だったから、この時も「またか」と思って一瞬、身構えてしまった。
でも目の前にあったのは……屈託のない無邪気な笑顔、だ。
中性的な美貌だけれど、凛々しい眉と目力の強さが目立つ、華やかな顔立ちだった。
白のスーツを着こなしたそのファッションから、夜のお仕事の人かなという雰囲気はあった。
こちらを見詰める大きな瞳には、何か言いたそうな、悪戯っぽい色が浮かんでいる。思わず吸い込まれそうな特別な輝きがあって――視線を逸らせない。
同時にフワッと爽やかな良い匂いに包まれ、湿度で重苦しいはずの呼吸が、一瞬だけ軽くなる。
「……何か用ですか?」
「綺麗な瞳してるよね」
そう言いながらこちらの顎に指をかけ、少し上向かせるようにして更に顔を近づけてくる。
――睫毛が長い、なんて。そんな事まで判る距離。
顔の作りじゃなく、瞳を褒められたのは……初めてで。
ちょっとドキッとさせられてしまう。
(この人の方が、よっぽど綺麗な瞳をしてるのにな)
僕は照れくさくて、ついそんな風に思ってしまった。
「意思が強そうでいいなぁ。思わずスカウトしたくなる」
「……!?」
驚いて固まっているこちらを気にすることもなく、
「なーんてね。気になる人を見つけると、すぐ口説きたくなるのが悪いクセなんだ」
ごめんねと、一層笑みを深くして。拾ったキャップと、持っていたどこかのお店のチラシをぎゅっとこちらの手に握らせてきた。
「良かったら、いつでも遊びにおいで」
夜空に咲いた花のような笑顔と、気障なウィンクをひとつ残して。
そのまま身を翻し、バシャリと水飛沫を上げて駆けていく。
(……ウィンクとか日常で本当にする人、初めて見た)
そして何をするかと思えば、問題の二人組に近付いて行って、まるで知り合いみたいに肩を組んだ。これには見ていた僕も驚いたが、突然、親しげに話しかけられた男達もびっくりしている。
全然、知り合いではなかったらしく。
「何だテメェ」という罵声が響いた。
まぁまぁと宥める声と、殴り合いにでもなりそうな一触即発の気配が漂って、一体どうなってしまうのかとハラハラしながら見ていた僕は、ケンカになったら警察に通報しなくちゃ、と思っていたのだが――
次第に男達の声のトーンが落ち着き、普通の会話になっていって。少ししたら、笑い声まで聴こえてきて。
一体どんな話しをしたのかと、スゴく気になった。
絡まれていた女の子はいつの間にかその場から遠ざけられ、逃れることに成功していた。
自分とぶつかったあの人は、その2人を引き連れてどこかに向けて移動しながら、近くを歩いていた2人組の女性にも声を掛け、何やらチラシを渡し、二言三言話したかと思うと。
何とその女性達も連れて一緒に歩き出した。
(え、どういう状況……??)
呆気に取られて見ていると、後からまた1人、派手なスーツ姿の男が合流する。一緒にチラシ配りをしていたのだろうか、手には紙の束を持っていた。
あっという間に大人数になったグループを軽口で笑わせながら、あの人はその場からゆっくりと離れていく。
夜の街の明かり、街灯や色とりどりの看板の光に照らされた彼は、白いスーツに沢山の色彩を映り込ませていて――まるで熱帯魚のようだった。
群れを纏めて悠々と。
纏わりつくような水のベールの中を、自由自在に泳いでいる……
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