【第二部】恋するホストと溺れる人魚と、多分、愛の話

凍星

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第7章 溺れる人魚は夢をみる

◆4 「ユキ」大学内で捕まる

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***



―――王子がなかば死んだように荒波にもまれているところをすくってあげたのだと思うと、姫はうれしくてなりませんでした。

そして、王子の頭がどんなにじっと自分の胸の上に、もたれていたか、また、どんなに心をこめてキスをしたか、思いだされるのでした。

王子のほうではそんなことは少しも知りませんでした。姫のことなど、夢にさえみるはずはありませんでした………



***



――僕の中の先輩への気持ちが、少しずつ露わになっていく。


「――傍にいて、ずっと眺めていたいとか、もしも困っているなら全力で助けたい、と思うとか………そんなの、『恋』以外の何物でもないだろうが」


阿久津のあの言葉が、頭からずっと離れない。

僕にはまだよく分からなかった。『恋』というものをしたことがないから。

――傍にいて欲しい。
どこにも行かないで欲しい、と願う、子供みたいなこの気持ちが。
本当になのかどうか、確かめる術がなかった。

自分から生まれるものと、自分に向けてもらえるもの。
これまで、あえて感じないようにして過ごしていた他人の感情。

そういうものに敏感になり始めている自分。
戸惑いと、それでいて何かが始まりそうな、その変化に。
僕の心は、揺れながら。
震えながらも。
きちんと確かめたいと思い始めていた――



***



ホストとしてのお仕事は、先輩と一緒に何とか頑張れていて、ここまでは順調だった。そうして売り上げが着実に伸びていく一方で。先輩や阿久津が心配したように、僕の大学生活にはある変化も起きていた。

以前は、「ああ、あの華道家の息子ね」「なんかいつももっさりした人でしょ?」という具合で、周りから視線は感じるものの、遠巻きにされている感じだったんだけど。

―――7月も2週目に入ると、状況は一変した。



ケース1:選択授業で

「司滌くん、おはよ!隣空いてる?座っていい?」

今まで一度も挨拶したことのない女子から急に親し気に話しかけられ、返事をする前に隣に座られる。


ケース2:教室移動の最中に

「司滌くん!軽音部頑張ってる?学祭でライブやる時、絶対見に行くから!」

すれ違った時に、やっぱり知らない女子から急に肩を叩かれ、声を掛けられる。相手が誰かを確認する前に、その人はいなくなってしまった。


ケース3:トイレから出てきた所で

「司滌くーん。ね、今日のお昼、良かったら一緒に食べない?」

え……いきなり?ちなみに君は誰ですか??


「……………」

――朝から何人目だろう。
司滌くん、司滌くんと、ひっきりなしに女子から声を掛けられる。
大学生活を始めて1年と3ケ月くらいだけど、移動するだけでこんなに人から話しかけられるようになったのは初めてだ。
大学での僕は相変わらず。ボサボサ頭に黒縁の冴えない眼鏡と、そして部屋着みたいなファッションで、愛想が無いのも今まで通り。なのにどうしてこんなに周りの反応が変わるんだろう?
多少の覚悟はしていたけど……ちょっとビックリしていた。

「ごめん、急いでるから」

と、そういった突撃をそそくさと避け続けていたものの、お昼の時間になり学食に来た途端。

「司滌くん!ちょっとだけ話したいことがあるんだけど」
「……え?いや、そんな大人数で……?」
「お願いー、そんなに時間は取らせないから、少しだけ」

いっせいに、何人もの女子の群れに取り囲まれてしまった。10人近くいる。

……首相の囲み取材かな??
インタビューお願いします!みたいな雰囲気に圧倒されてしまう。
皆、僕に向ける視線がやけに熱い。キラキラというか、ギラギラというか……少し、怖いかもしれない。
この子たちはどういうつながりの集団なんだろう?

「大丈夫!みんなで一緒にお昼食べながら、とかでいいから」
「いや、お昼まではちょっと……」
「じゃあ、お茶だけでも!ね」

ぐいぐい来られて、嫌だと言っても後から一緒についてきた。
まるでカルガモの行列である。
この謎の集団を、見ている周りの学生たちはざわつきながら遠巻きにしていて、僕が動けばまるでモーゼのごとく行く先々で人混みがサッと割れていく。

とりあえず昼食は諦め、飲み物を手にして席につく。僕から話したいことも特にないし……そのうちつまらなくなっていなくなるだろうと、軽く考えていた。
だけど、ぞろぞろついて来た子たちは、僕を囲むように周りの空いている席に、どんどん勝手に座ってきてしまう。

(………逃げ場がない………)

男子一人を取り囲む女子の集団。周りからは沢山の視線が飛んでくる。図書館にでも逃げた方がいいのかも、と思い始めた時。隣に陣取った一人がスマホを素早く操作して、とある画像を僕に突き付けてきた。

「ねえ!……これ司滌くん、だよね!?」

――画面に映し出されていたのは、ホストの『ユキ』のアカウント。
そこには、メイクをした僕の写真があった。








***


【引用文】

『アンデルセン童話集2-人魚姫-』H.C.アンデルセン 作 大畑末吉 訳 岩波書店 より



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