93 / 120
第7章 溺れる人魚は夢をみる
◆4 「ユキ」大学内で捕まる
しおりを挟む
***
―――王子がなかば死んだように荒波にもまれているところをすくってあげたのだと思うと、姫はうれしくてなりませんでした。
そして、王子の頭がどんなにじっと自分の胸の上に、もたれていたか、また、どんなに心をこめてキスをしたか、思いだされるのでした。
王子のほうではそんなことは少しも知りませんでした。姫のことなど、夢にさえみるはずはありませんでした………
***
――僕の中の先輩への気持ちが、少しずつ露わになっていく。
「――傍にいて、ずっと眺めていたいとか、もしも困っているなら全力で助けたい、と思うとか………そんなの、『恋』以外の何物でもないだろうが」
阿久津のあの言葉が、頭からずっと離れない。
僕にはまだよく分からなかった。『恋』というものをしたことがないから。
――傍にいて欲しい。
どこにも行かないで欲しい、と願う、子供みたいなこの気持ちが。
本当にそうなのかどうか、確かめる術がなかった。
自分から生まれるものと、自分に向けてもらえるもの。
これまで、あえて感じないようにして過ごしていた他人の感情。
そういうものに敏感になり始めている自分。
戸惑いと、それでいて何かが始まりそうな、その変化に。
僕の心は、揺れながら。
震えながらも。
きちんと確かめたいと思い始めていた――
***
ホストとしてのお仕事は、先輩と一緒に何とか頑張れていて、ここまでは順調だった。そうして売り上げが着実に伸びていく一方で。先輩や阿久津が心配したように、僕の大学生活にはある変化も起きていた。
以前は、「ああ、あの華道家の息子ね」「なんかいつももっさりした人でしょ?」という具合で、周りから視線は感じるものの、遠巻きにされている感じだったんだけど。
―――7月も2週目に入ると、状況は一変した。
ケース1:選択授業で
「司滌くん、おはよ!隣空いてる?座っていい?」
今まで一度も挨拶したことのない女子から急に親し気に話しかけられ、返事をする前に隣に座られる。
ケース2:教室移動の最中に
「司滌くん!軽音部頑張ってる?学祭でライブやる時、絶対見に行くから!」
すれ違った時に、やっぱり知らない女子から急に肩を叩かれ、声を掛けられる。相手が誰かを確認する前に、その人はいなくなってしまった。
ケース3:トイレから出てきた所で
「司滌くーん。ね、今日のお昼、良かったら一緒に食べない?」
え……いきなり?ちなみに君は誰ですか??
「……………」
――朝から何人目だろう。
司滌くん、司滌くんと、ひっきりなしに女子から声を掛けられる。
大学生活を始めて1年と3ケ月くらいだけど、移動するだけでこんなに人から話しかけられるようになったのは初めてだ。
大学での僕は相変わらず。ボサボサ頭に黒縁の冴えない眼鏡と、そして部屋着みたいなファッションで、愛想が無いのも今まで通り。なのにどうしてこんなに周りの反応が変わるんだろう?
多少の覚悟はしていたけど……ちょっとビックリしていた。
「ごめん、急いでるから」
と、そういった突撃をそそくさと避け続けていたものの、お昼の時間になり学食に来た途端。
「司滌くん!ちょっとだけ話したいことがあるんだけど」
「……え?いや、そんな大人数で……?」
「お願いー、そんなに時間は取らせないから、少しだけ」
いっせいに、何人もの女子の群れに取り囲まれてしまった。10人近くいる。
……首相の囲み取材かな??
インタビューお願いします!みたいな雰囲気に圧倒されてしまう。
皆、僕に向ける視線がやけに熱い。キラキラというか、ギラギラというか……少し、怖いかもしれない。
この子たちはどういうつながりの集団なんだろう?
「大丈夫!みんなで一緒にお昼食べながら、とかでいいから」
「いや、お昼まではちょっと……」
「じゃあ、お茶だけでも!ね」
ぐいぐい来られて、嫌だと言っても後から一緒についてきた。
まるでカルガモの行列である。
この謎の集団を、見ている周りの学生たちはざわつきながら遠巻きにしていて、僕が動けばまるでモーゼのごとく行く先々で人混みがサッと割れていく。
とりあえず昼食は諦め、飲み物を手にして席につく。僕から話したいことも特にないし……そのうちつまらなくなっていなくなるだろうと、軽く考えていた。
だけど、ぞろぞろついて来た子たちは、僕を囲むように周りの空いている席に、どんどん勝手に座ってきてしまう。
(………逃げ場がない………)
男子一人を取り囲む女子の集団。周りからは沢山の視線が飛んでくる。図書館にでも逃げた方がいいのかも、と思い始めた時。隣に陣取った一人がスマホを素早く操作して、とある画像を僕に突き付けてきた。
「ねえ!……これ司滌くん、だよね!?」
――画面に映し出されていたのは、ホストの『ユキ』のアカウント。
そこには、メイクをした僕の写真があった。
***
【引用文】
『アンデルセン童話集2-人魚姫-』H.C.アンデルセン 作 大畑末吉 訳 岩波書店 より
―――王子がなかば死んだように荒波にもまれているところをすくってあげたのだと思うと、姫はうれしくてなりませんでした。
そして、王子の頭がどんなにじっと自分の胸の上に、もたれていたか、また、どんなに心をこめてキスをしたか、思いだされるのでした。
王子のほうではそんなことは少しも知りませんでした。姫のことなど、夢にさえみるはずはありませんでした………
***
――僕の中の先輩への気持ちが、少しずつ露わになっていく。
「――傍にいて、ずっと眺めていたいとか、もしも困っているなら全力で助けたい、と思うとか………そんなの、『恋』以外の何物でもないだろうが」
阿久津のあの言葉が、頭からずっと離れない。
僕にはまだよく分からなかった。『恋』というものをしたことがないから。
――傍にいて欲しい。
どこにも行かないで欲しい、と願う、子供みたいなこの気持ちが。
本当にそうなのかどうか、確かめる術がなかった。
自分から生まれるものと、自分に向けてもらえるもの。
これまで、あえて感じないようにして過ごしていた他人の感情。
そういうものに敏感になり始めている自分。
戸惑いと、それでいて何かが始まりそうな、その変化に。
僕の心は、揺れながら。
震えながらも。
きちんと確かめたいと思い始めていた――
***
ホストとしてのお仕事は、先輩と一緒に何とか頑張れていて、ここまでは順調だった。そうして売り上げが着実に伸びていく一方で。先輩や阿久津が心配したように、僕の大学生活にはある変化も起きていた。
以前は、「ああ、あの華道家の息子ね」「なんかいつももっさりした人でしょ?」という具合で、周りから視線は感じるものの、遠巻きにされている感じだったんだけど。
―――7月も2週目に入ると、状況は一変した。
ケース1:選択授業で
「司滌くん、おはよ!隣空いてる?座っていい?」
今まで一度も挨拶したことのない女子から急に親し気に話しかけられ、返事をする前に隣に座られる。
ケース2:教室移動の最中に
「司滌くん!軽音部頑張ってる?学祭でライブやる時、絶対見に行くから!」
すれ違った時に、やっぱり知らない女子から急に肩を叩かれ、声を掛けられる。相手が誰かを確認する前に、その人はいなくなってしまった。
ケース3:トイレから出てきた所で
「司滌くーん。ね、今日のお昼、良かったら一緒に食べない?」
え……いきなり?ちなみに君は誰ですか??
「……………」
――朝から何人目だろう。
司滌くん、司滌くんと、ひっきりなしに女子から声を掛けられる。
大学生活を始めて1年と3ケ月くらいだけど、移動するだけでこんなに人から話しかけられるようになったのは初めてだ。
大学での僕は相変わらず。ボサボサ頭に黒縁の冴えない眼鏡と、そして部屋着みたいなファッションで、愛想が無いのも今まで通り。なのにどうしてこんなに周りの反応が変わるんだろう?
多少の覚悟はしていたけど……ちょっとビックリしていた。
「ごめん、急いでるから」
と、そういった突撃をそそくさと避け続けていたものの、お昼の時間になり学食に来た途端。
「司滌くん!ちょっとだけ話したいことがあるんだけど」
「……え?いや、そんな大人数で……?」
「お願いー、そんなに時間は取らせないから、少しだけ」
いっせいに、何人もの女子の群れに取り囲まれてしまった。10人近くいる。
……首相の囲み取材かな??
インタビューお願いします!みたいな雰囲気に圧倒されてしまう。
皆、僕に向ける視線がやけに熱い。キラキラというか、ギラギラというか……少し、怖いかもしれない。
この子たちはどういうつながりの集団なんだろう?
「大丈夫!みんなで一緒にお昼食べながら、とかでいいから」
「いや、お昼まではちょっと……」
「じゃあ、お茶だけでも!ね」
ぐいぐい来られて、嫌だと言っても後から一緒についてきた。
まるでカルガモの行列である。
この謎の集団を、見ている周りの学生たちはざわつきながら遠巻きにしていて、僕が動けばまるでモーゼのごとく行く先々で人混みがサッと割れていく。
とりあえず昼食は諦め、飲み物を手にして席につく。僕から話したいことも特にないし……そのうちつまらなくなっていなくなるだろうと、軽く考えていた。
だけど、ぞろぞろついて来た子たちは、僕を囲むように周りの空いている席に、どんどん勝手に座ってきてしまう。
(………逃げ場がない………)
男子一人を取り囲む女子の集団。周りからは沢山の視線が飛んでくる。図書館にでも逃げた方がいいのかも、と思い始めた時。隣に陣取った一人がスマホを素早く操作して、とある画像を僕に突き付けてきた。
「ねえ!……これ司滌くん、だよね!?」
――画面に映し出されていたのは、ホストの『ユキ』のアカウント。
そこには、メイクをした僕の写真があった。
***
【引用文】
『アンデルセン童話集2-人魚姫-』H.C.アンデルセン 作 大畑末吉 訳 岩波書店 より
17
あなたにおすすめの小説
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
想いの名残は淡雪に溶けて
叶けい
BL
大阪から東京本社の営業部に異動になって三年目になる佐伯怜二。付き合っていたはずの"カレシ"は音信不通、なのに職場に溢れるのは幸せなカップルの話ばかり。
そんな時、入社時から面倒を見ている新人の三浦匠海に、ふとしたきっかけでご飯を作ってあげるように。発言も行動も何もかも直球な匠海に振り回されるうち、望みなんて無いのに芽生えた恋心。…もう、傷つきたくなんかないのに。
好きです、今も。
めある
BL
高校の卒業式に、部活の後輩・安達快(あだち かい)に告白した桐越新(きりごえ あらた)。しかし、新は快に振られてしまう。それから新は大学へ進学し、月日が流れても新は快への気持ちを忘れることが出来ないでいた。そんな最中、二人は大学で再会を果たすこととなる。
ちょっと切なめな甘々ラブストーリーです。ハッピーエンドです。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
午前2時、 コンビニの灯りの下で
結衣可
BL
眠れない夜、ふらりと立ち寄ったコンビニで出会った店員・成瀬海。
その穏やかな声に救われた芹沢智也は、やがて週に一度のその時間を心の支えにしていく。
海の優しさは、智也の孤独を少しずつ溶かしていった。
誰かに甘えることが苦手な智也と、優しいコンビニ店員の海。
午前2時の灯りの下で始まった小さな出会いは、
やがて“ぬくもりを言葉にできる愛”へと変わっていく――。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる