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第4章 溺れる人魚は音を紡ぐ
◆7 思いがけない言葉
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***
「……つまりは、その先輩が辞めるために必要な売上アップに、司滌が協力して。今のNo.1に勝たないといけない、と?」
「うん」
「なんだよ、それ……そんなブラックな店、さっさと辞めちまえばいいだけの話じゃないか?」
「正直、僕もそう思ったよ?でも先輩はそうは思わない人なんだ。だったら僕は、これまでの恩を返すために、先輩の意地を通させてあげたくて……それが理由」
「……………」
2人はお互い顔を見合わせて、複雑な表情をしていた。
藤田が何か言うより先に、阿久津が口を開く。
「お前さ、まさか――店で酒飲んだりはしてないよな?」
「勿論」
「それで売上に貢献するって言ったって、結構難しいんじゃないか?ホストって、自分でもめちゃくちゃ飲んで稼ぐんだろ?」
「まぁ普通はそうだね」
「……こんな事は言いたくねぇけど、それってお前を本格的に店にハメる為の作戦とか……ベテラン2人が実は結託してて……良いように転がされてるとか、そういう可能性はないのか?」
「…………え?」
全く思ってもみなかった事を言われて――僕は驚いてしまって。
事情を知らない他人が聞くと、そう考えてしまうようなこと……なのかな?
「そんなのあり得ないよ。先輩は面倒見のいい、とっても良い人だし。一緒に頑張りたいって言ったのは僕からだしね?」
「あー……お前には、そう見えてるんだろうけどさ。常識的な人とか店なら、普通、未成年にそこまでさせないと俺は思うけどな」
「………!」
そう言われて――言葉に詰まってしまった。
今回のことは、自分で強引に決めたことだ。だけど、見習いホストの僕がそこまでしたいと思う気持ちの部分が、2人には理解できないんだろうし……僕も、自分の感情を上手く言葉にできないでいた。
先輩は良い人だから大丈夫……って言ったって、あの人を知らない2人には説得力がない。だったらどうしたら……?
そんな風にぐるぐると考え込んでしまって。
何だか喉に棘が刺さったみたいに、ますます思っていることを伝えられなくなってしまった。
「そもそもお前は、『僕は至って普通の常識人です』みたいな顔してるけど、世間知らずのお坊ちゃんだって自覚、ちゃんと持てよ?俺は、お前のそういう所が――」
―――『世間知らずのお坊ちゃん』
阿久津が、悪気無く口にしたひと言。
その言葉に、僕の身体はこわばった。
それは。
『実家』のことは――僕にとって触れられたくないことだから。
僕の家のことを、阿久津は知ってる。多分、藤田も。僕が何も言わなくても、世間の大抵の人が知っている。
『ああ、あの司滌の』って。
その事実が、時々、僕の呼吸を苦しくさせる原因になってしまう……
「…………うん」
「うん?」
「言っても分かってもらえない、なら仕方ないよね」
「!」
僕はガタリと大きな音をたてて席を立った。
「とにかく、そういう事で……悪いけど、宜しくお願いします」
「おい!まだ話しは終わってないぞ」
「司滌!?」
騒ぐ阿久津と、困っている藤田を置き去りにして、僕は足早にその場から離れて行く。
――阿久津は、常識的なものの見方をしているんだろう。
僕を心配しているのも分かる。
冷静に、まぁそういう見方もあるよね、でも……って。
普段ならもう少し言えた気がするのに。
――言えなかった。
喉に引っかかって、出て来なかった言葉が急に暴発するみたいに。
大きな声を出してしまいそうだった。
「そんなことない」って。
何も分かっていないのに、勝手なことを言わないで欲しいって。
自分の中の、先輩への感情。それは。
僕にとってはとても大切な――複雑な気持ちがあるんだけど、それをどうやって他人に理解してもらったらいいのか分からないんだ。
いつも低体温の、僕らしくもなく……頭に血が昇った気がした。
――カルシウムが必要なのは阿久津だけじゃないかも。
藤田がせっかく奢ってくれたクリームソーダを置き去りにしてしまった。
ソーダに溶けていくアイスを想像すると、胸が痛む。
「ごめん」と心の中で2人に謝罪してみたけど。
感謝も謝罪も、伝わらなければ。
伝えなければ――意味がないのに。
僕は逃げてしまった。
「……つまりは、その先輩が辞めるために必要な売上アップに、司滌が協力して。今のNo.1に勝たないといけない、と?」
「うん」
「なんだよ、それ……そんなブラックな店、さっさと辞めちまえばいいだけの話じゃないか?」
「正直、僕もそう思ったよ?でも先輩はそうは思わない人なんだ。だったら僕は、これまでの恩を返すために、先輩の意地を通させてあげたくて……それが理由」
「……………」
2人はお互い顔を見合わせて、複雑な表情をしていた。
藤田が何か言うより先に、阿久津が口を開く。
「お前さ、まさか――店で酒飲んだりはしてないよな?」
「勿論」
「それで売上に貢献するって言ったって、結構難しいんじゃないか?ホストって、自分でもめちゃくちゃ飲んで稼ぐんだろ?」
「まぁ普通はそうだね」
「……こんな事は言いたくねぇけど、それってお前を本格的に店にハメる為の作戦とか……ベテラン2人が実は結託してて……良いように転がされてるとか、そういう可能性はないのか?」
「…………え?」
全く思ってもみなかった事を言われて――僕は驚いてしまって。
事情を知らない他人が聞くと、そう考えてしまうようなこと……なのかな?
「そんなのあり得ないよ。先輩は面倒見のいい、とっても良い人だし。一緒に頑張りたいって言ったのは僕からだしね?」
「あー……お前には、そう見えてるんだろうけどさ。常識的な人とか店なら、普通、未成年にそこまでさせないと俺は思うけどな」
「………!」
そう言われて――言葉に詰まってしまった。
今回のことは、自分で強引に決めたことだ。だけど、見習いホストの僕がそこまでしたいと思う気持ちの部分が、2人には理解できないんだろうし……僕も、自分の感情を上手く言葉にできないでいた。
先輩は良い人だから大丈夫……って言ったって、あの人を知らない2人には説得力がない。だったらどうしたら……?
そんな風にぐるぐると考え込んでしまって。
何だか喉に棘が刺さったみたいに、ますます思っていることを伝えられなくなってしまった。
「そもそもお前は、『僕は至って普通の常識人です』みたいな顔してるけど、世間知らずのお坊ちゃんだって自覚、ちゃんと持てよ?俺は、お前のそういう所が――」
―――『世間知らずのお坊ちゃん』
阿久津が、悪気無く口にしたひと言。
その言葉に、僕の身体はこわばった。
それは。
『実家』のことは――僕にとって触れられたくないことだから。
僕の家のことを、阿久津は知ってる。多分、藤田も。僕が何も言わなくても、世間の大抵の人が知っている。
『ああ、あの司滌の』って。
その事実が、時々、僕の呼吸を苦しくさせる原因になってしまう……
「…………うん」
「うん?」
「言っても分かってもらえない、なら仕方ないよね」
「!」
僕はガタリと大きな音をたてて席を立った。
「とにかく、そういう事で……悪いけど、宜しくお願いします」
「おい!まだ話しは終わってないぞ」
「司滌!?」
騒ぐ阿久津と、困っている藤田を置き去りにして、僕は足早にその場から離れて行く。
――阿久津は、常識的なものの見方をしているんだろう。
僕を心配しているのも分かる。
冷静に、まぁそういう見方もあるよね、でも……って。
普段ならもう少し言えた気がするのに。
――言えなかった。
喉に引っかかって、出て来なかった言葉が急に暴発するみたいに。
大きな声を出してしまいそうだった。
「そんなことない」って。
何も分かっていないのに、勝手なことを言わないで欲しいって。
自分の中の、先輩への感情。それは。
僕にとってはとても大切な――複雑な気持ちがあるんだけど、それをどうやって他人に理解してもらったらいいのか分からないんだ。
いつも低体温の、僕らしくもなく……頭に血が昇った気がした。
――カルシウムが必要なのは阿久津だけじゃないかも。
藤田がせっかく奢ってくれたクリームソーダを置き去りにしてしまった。
ソーダに溶けていくアイスを想像すると、胸が痛む。
「ごめん」と心の中で2人に謝罪してみたけど。
感謝も謝罪も、伝わらなければ。
伝えなければ――意味がないのに。
僕は逃げてしまった。
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