【第二部】恋するホストと溺れる人魚と、多分、愛の話

凍星

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第4章 溺れる人魚は音を紡ぐ

◆8 藤田Side:取り残された僕たち

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「くそ!あの野郎、逃げやがって……!!」

そう言うと、阿久津はクリームソーダのグラスを乱暴に掴み、猛烈な勢いでアイスを口に運びだした。その姿を、僕はただ呆然と眺めているしか出来ない。
彼を突き動かしているのは司滌に対する怒りだろうか?
あっという間に空色のソーダもごくごくと飲み干し、ダン!と音がするほど強く、テーブルにグラスを叩きつけた。
それで少しは怒りが収まったのかなと思いきや。

「………どういうつもりや、アイツ」

今度は、突然ゴン!と音を立てて阿久津がテーブルに額を打ちつけたので、びくりとしてしまった。首を打ち落とされる寸前の武士みたいな図である。

「おい……大丈夫?」

彼がさっきのやり取りを後悔していることは明らかだったけど、何と声を掛けるべきか分からなかった。

「俺、大分キツイ言い方になってたか……?」

テーブルに顔を俯せたまま、阿久津らしからぬ消え入りそうな小さな声でそう呟いた。

「もう少し、違う言い方をすれば良かったかも、ね」

(あと『世間知らずのお坊ちゃん』はマズかった気がする……)

そう思ったけど、そこは口にはしなかった。それでも阿久津は、僕が言わんとすることを感じ取ったのか、がばっと勢いよく跳ね起きた。

「……俺はあくまで可能性の話をしただけや。お前だってアイツの話しを聞いて、危なっかしいと思たやろ?」
「それは勿論、僕だって大丈夫かなと思ったよ」

僕は椅子を移動させて阿久津の近くに座り直し、宥めるように肩に手を置いた。まだまだ話したいことはあったのに、司滌に逃げられてしまったのは悔やまれる。

「でも司滌が好きな人のことをあんな風に悪く言ったら、そりゃあ、ああいう反応にもなるんじゃない?」
「――好きな人!?」
「いや、尊敬する人って言うべきなのか、その辺は良く分からないけど」

ここで僕はアレと思った。
『好きな人』という単語に何故そこまで激しく反応を?

「……いや、その人のために自分の時間を犠牲にしようとしてるんだから、よっぽどじゃなきゃ出来ないよね」

阿久津はどこか納得しかねる様子だった。

「…………アイツは、熱中しだすと周りが見えなくなるタイプだろ?ただ必死になってるだけなんじゃないか?それにポワンとしてて純粋そうだから……やっぱり騙されてると俺は思うんだが」
「………」

言葉から少しずつ関西弁が抜けていくのは、冷静になってきた証拠なのだろうか。
だけど、出来ればどっちかに統一して欲しいなと苦笑する。正直落ち着かない。

……それにしても。

(「純粋」かぁ)

同級生の男子に向けて、普通使う言葉かな?

何だか過保護な母親っぽい目線が入っている気がした。
そういう言葉を、阿久津が司滌に使うことに対して妙な違和感を覚える。

「心配なら心配だって、もっとストレートに言えば良かったのかな。僕より、普段そういうこと言わなさそうな阿久津に真剣に心配されたら……響いたかもよ?」

そう言うと、一瞬、うっと口籠ったようになって。

「いや、なんていうか、その――そういうベタベタしたのは嫌がられるかと」

頭を掻き、バツが悪そうにそっぽを向く。
普段、他人にどう思われようとあまり気にしない阿久津の、弱気で、遠慮がちな発言に僕はまたまた驚かされた。

……薄々感じてはいたけど。

(司滌に対してだけは、阿久津は少し態度が変わるんだ?)

何というか。
ちょっと興味深い、なんて。
この状況でそんなこと考えてるのは不謹慎か。

作詞をしたりする人間の悪い癖だなぁと思う。
人の、感情の動きに好奇心が強いのは。

他人に興味が薄いタイプ同士の2人。
その関係性は、今はまだ、発展途上なんだろうけど……

(この先、どう変わっていくんだろ)

僕は、阿久津の気持ちが、少しずつ気になり始めていた。


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