ダブル・アイデンティティ

ブリリアント・ちむすぶ

文字の大きさ
42 / 69

また違う恐怖

しおりを挟む

「ユウヤ!!」

 トオルはユウヤの名を叫んだ。
 バランスを崩し階段から落ちようとするユウヤに咄嗟に手を伸ばす。
 しかし、その手は空振りに終わった。アリユキが落ちかけたユウヤをまた掬うように抱きしめたのだ。
 その代わり、ユウヤの手から離れた松葉杖が勢いよく音を立て階段から落ちる。

「わりぃ瀬名、手、滑った」

 アリユキは笑いながら、自分の腕の中に納まる形になったユウヤに謝る。
 ユウヤの顔は青ざめていた。自分が本当に落ちると思ったことだろう。トオルもそうだ。
 無事だとわかった今でもトオルの心臓はうるさいほど脈打っている。

「大丈夫か?」
「……」
「瀬名?」
「ぁ……、だ、い、じょぶ……」

 アリユキに抱きしめられたままのユウヤは震えながら頷いた。
 トオルは急いで落ちた松葉杖を拾い、ユウヤに手渡す。

「あ、ユウヤ、サンキュ。瀬名、立てるか?」
「う……、うん」

 ユウヤは震えた手で松葉杖を取り、それを見たアリユキが手をパッと放した。
 アリユキの腕から解放されたユウヤはおぼつかない足取りでなんとか松葉杖を使い、1人で立つ。
     アリユキはそんなユウヤをじっくりと観察している。

「ごめんな瀬名。ほんと突き落とす気はなかったんだけどさ」
「う、ん……」
「ユウヤも、びっくりさせちゃったな」
「……アリユキ」

 アリユキの目は、笑っていなかった。
 これは故意だとトオルは確信する。アリユキはわざとユウヤを突き落としたのだ。

「……なんで」
「おい、さっきの音、大丈夫か!?」

 トオルが言いかけたところに現れたのは中村だった。
 松葉杖の落下音で飛んできたのだろう。
 この際どうなってもいい。トオルは中村の方を向く。

「先生! アリユキが――」
「少し、手を滑らしちゃっただけです。それを、有田君と瀬名君が助けてくれました」
「なっ――!」

 ユウヤのアリユキをかばう言葉に絶句する。トオルを無視し、ユウヤは言葉を続けた。

「驚いて、大きな声だしましたけど。大丈夫です」
「怪我はないか?」
「はい。松葉杖も、拾ってもらいました」

 アリユキをかばう嘘を重ねるユウヤにトオルの顔がどんどん険しくなる。
 それをアリユキが面白そうに見つめている。
 何も知らない中村は露知らず、ユウヤが何もないとわかると3人に話始める。

「瀬名、足が痛むようだったらエレベーターを使え。せっかく治りかけているのに、階段から落ちたら意味がないぞ」
「すみません」
「有田も桐島も、手伝うのはいいが一緒に落ちたら危険だ。気をつけろよ」
「はーい」
「……」
「ほら、教室、いけるか?」
「はい」

 ユウヤは中村に手を借り、階段を上る。
 それをトオルは守るように隣に歩く。アリユキはその後ろで、トオルをユウヤの二人を見上げている。
 トオルはアリユキを睨みつけた。その視線をアリユキは笑みで返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

お兄ちゃん大好きな弟の日常

ミクリ21
BL
僕の朝は早い。 お兄ちゃんを愛するために、早起きは絶対だ。 睡眠時間?ナニソレ美味しいの?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...