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想い
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██
シュウとアリユキは救急車に乗せられ、病院に運ばれて行った。
警察も想像以上の惨状に慌てている。トオルとユウヤはしばらくは部屋の隅で縮こまるだけであった。
「……リクだ」
ユウヤの呟いた言葉はトオルにしか聞こえない。
だが、その言葉にトオルも小さく頷いた。
きっと、リクがこの家に来たのだ。
トオル達が警官に連れられ1階に降りた時、部屋は荒れていた。
花瓶が割られ、所々にアリユキかシュウの血痕らしきものがある。
トオルとユウヤがいた部屋が防音の造りになっていたことで事態の把握が出来てなかったのだ。
怯えるトオル達を警官は優しく声をかける。
「瀬名くんと、桐島くんだね。歩ける?」
「は、はい。ほら、ト――、ユウヤ。手を貸すから」
「うん」
「君らの両親には連絡はする。だけど、まず何があったか話を聞きたい」
「その、リクは?」
リク、という言葉にトオル達を囲んでいる警察官たちは疑問の表情を浮かべる。
まるでそんな人物はいない、というように。
「救急車に運ばれた彼らと、君ら2人以外にもう誰かいたのかい?」
「……!」
トオルとユウヤの顔は大きく目開く。
その表情を見て、警察官たちの顔は途端に臨戦態勢に変わる。それぞれ互いに目を合わせ、視線だけで会話をしているようだ。
そのうちの一人が平然を装ってトオル達に言う。
「……とにかく、ここはこれから調べなくてはいけない。君らは、早く車に乗りなさい」
そういいながらトオル達に聞こえない声で話し始めた警察を横目にトオル達は歩いた。
シュウの家は広い。ここは別宅らしいがここでもトオルの家の2倍ほどの広さがある。
捻挫した足では歩くのも一苦労だ。車に乗ったら、支えてくれているユウヤに礼を言わなければ。
「……」
アリユキの怪我。
あんなことをするのはリクしか思いつかない。
昨日、この家の鍵は指紋認証だと言っていた。リクの指紋の情報は削除され、もう家には入れない。だから、アリユキの指を切り取ったのだろう。
だが――、リクはそれをして何をしようとしていた? アリユキやシュウを襲うだけ?
「……」
トオルがリクなら、何をするだろうか。
リクの様子はおかしかった。トオルとユウヤを入れ替わる前の名前で呼ぶほどに。
そんなリクがアリユキとシュウのみ襲うか? トオルとユウヤがここにいる可能性が高いことも分かっていたはずだ。
けど、トオルとユウヤを襲うよりも前に、自分より体力のあるアリユキに勝てるのは難しい。
なら、先にアリユキ達を襲い、障害を無くしてからトオルとユウヤが外に出たタイミングを狙うのがいいのでは無いか。
「トオル?」
「えっ、あっ……」
「靴、履くから」
ユウヤに言われ、トオルは靴を履く。
広い玄関は警察官の靴が所狭しに置いてあり、履きにくいのをユウヤの助けもありながら履き終えた。
家の扉が開く。雨はまだ降り続いていたが、多くのパトカーが並び、近所の人間もこの家で起きた自体を興味深く眺めている。
リクの姿はない。当たり前だ。
こんな警察官が沢山いる場に、リクがいる訳ないのだから。
「ほら、この車に」
警察官は目の前に置かれたパトカーでは無い黒塗りの車を指さす。
ご丁寧に車に乗る数歩の道でも警官達はトオル達が濡れないように傘を広げてくれている。
「ありがとう、ございます」
頭を下げると、トオルの父親くらいの年齢の警察官は頼りがいのある笑みを見せた。
その笑顔に安心しユウヤの方を見ると、未だ顔はきつく引き締まったままだ。
それを、トオルは傘を指してくれた警官のようにユウヤに笑いかける。
ユウヤは気づいていない。けど、車に乗った時にでも気がついてくれればと思い、トオルはユウヤの方を向いたままにした。
トオル達の足がシュウの家の敷地内を出た時、誰かの水を蹴る音がした。
「えっ?」
じわりと服に滲む赤い水。
腹部からの激痛。
「ガッーーッ!」
大雨の中、崩れ落ちる。
水がトオルを濡らす。
反射的に抑えた手の間から、本物の血が流れた。
「ト、オル?」
ユウヤの声。
子供のような、か細く、何も分かっていないような、そんな声。
「確保!!」
だれかが叫ぶ。
その方向に目線を向けると、たくさんの警察官の中に1人、見慣れた人物が倒されていた。
リクだ。
ここでようやくなにがあったかわかった。リクが、トオルを刺したのだ。
「桐島君!」
誰かがユウヤの名前を叫ぶ。
違う。自分はトオルだと、そう言いたいが声が出ない。
「桐島君! 寝るな!」
違う。自分は、トオルだ。
ユウヤは、トオルの目の前にいる。
「ト、トオル! トオル!」
ユウヤの声。
心地よい、その声にトオルは腹の痛みを忘れてしまう。
「ユ、ウヤ……」
「トオル!! 目を開けて!」
ユウヤの顔。
黒髪と黒い目。平凡な見た目だが、その目には控えめながら強い意志があり、その目がトオルは好きだった。
元は自分の顔だったのが嘘みたいに、今のユウヤにその顔が馴染んでいた。
そんなユウヤが、トオルを見て泣き叫んでいる。
「ュ……、ウャ」
トオルは血だらけの手でユウヤの顔を触った。
暖かい。心地よい暖かさにトオルの力は無くなってゆく。
「トオル! トオル!」
視界がだんだん、暗くなる。
ああ。自分は本当に死ぬのだ。
ユウヤと入れ替わった時のような紛い物の死では無い。
本当の死を感じながらトオルの目は閉じた。
シュウとアリユキは救急車に乗せられ、病院に運ばれて行った。
警察も想像以上の惨状に慌てている。トオルとユウヤはしばらくは部屋の隅で縮こまるだけであった。
「……リクだ」
ユウヤの呟いた言葉はトオルにしか聞こえない。
だが、その言葉にトオルも小さく頷いた。
きっと、リクがこの家に来たのだ。
トオル達が警官に連れられ1階に降りた時、部屋は荒れていた。
花瓶が割られ、所々にアリユキかシュウの血痕らしきものがある。
トオルとユウヤがいた部屋が防音の造りになっていたことで事態の把握が出来てなかったのだ。
怯えるトオル達を警官は優しく声をかける。
「瀬名くんと、桐島くんだね。歩ける?」
「は、はい。ほら、ト――、ユウヤ。手を貸すから」
「うん」
「君らの両親には連絡はする。だけど、まず何があったか話を聞きたい」
「その、リクは?」
リク、という言葉にトオル達を囲んでいる警察官たちは疑問の表情を浮かべる。
まるでそんな人物はいない、というように。
「救急車に運ばれた彼らと、君ら2人以外にもう誰かいたのかい?」
「……!」
トオルとユウヤの顔は大きく目開く。
その表情を見て、警察官たちの顔は途端に臨戦態勢に変わる。それぞれ互いに目を合わせ、視線だけで会話をしているようだ。
そのうちの一人が平然を装ってトオル達に言う。
「……とにかく、ここはこれから調べなくてはいけない。君らは、早く車に乗りなさい」
そういいながらトオル達に聞こえない声で話し始めた警察を横目にトオル達は歩いた。
シュウの家は広い。ここは別宅らしいがここでもトオルの家の2倍ほどの広さがある。
捻挫した足では歩くのも一苦労だ。車に乗ったら、支えてくれているユウヤに礼を言わなければ。
「……」
アリユキの怪我。
あんなことをするのはリクしか思いつかない。
昨日、この家の鍵は指紋認証だと言っていた。リクの指紋の情報は削除され、もう家には入れない。だから、アリユキの指を切り取ったのだろう。
だが――、リクはそれをして何をしようとしていた? アリユキやシュウを襲うだけ?
「……」
トオルがリクなら、何をするだろうか。
リクの様子はおかしかった。トオルとユウヤを入れ替わる前の名前で呼ぶほどに。
そんなリクがアリユキとシュウのみ襲うか? トオルとユウヤがここにいる可能性が高いことも分かっていたはずだ。
けど、トオルとユウヤを襲うよりも前に、自分より体力のあるアリユキに勝てるのは難しい。
なら、先にアリユキ達を襲い、障害を無くしてからトオルとユウヤが外に出たタイミングを狙うのがいいのでは無いか。
「トオル?」
「えっ、あっ……」
「靴、履くから」
ユウヤに言われ、トオルは靴を履く。
広い玄関は警察官の靴が所狭しに置いてあり、履きにくいのをユウヤの助けもありながら履き終えた。
家の扉が開く。雨はまだ降り続いていたが、多くのパトカーが並び、近所の人間もこの家で起きた自体を興味深く眺めている。
リクの姿はない。当たり前だ。
こんな警察官が沢山いる場に、リクがいる訳ないのだから。
「ほら、この車に」
警察官は目の前に置かれたパトカーでは無い黒塗りの車を指さす。
ご丁寧に車に乗る数歩の道でも警官達はトオル達が濡れないように傘を広げてくれている。
「ありがとう、ございます」
頭を下げると、トオルの父親くらいの年齢の警察官は頼りがいのある笑みを見せた。
その笑顔に安心しユウヤの方を見ると、未だ顔はきつく引き締まったままだ。
それを、トオルは傘を指してくれた警官のようにユウヤに笑いかける。
ユウヤは気づいていない。けど、車に乗った時にでも気がついてくれればと思い、トオルはユウヤの方を向いたままにした。
トオル達の足がシュウの家の敷地内を出た時、誰かの水を蹴る音がした。
「えっ?」
じわりと服に滲む赤い水。
腹部からの激痛。
「ガッーーッ!」
大雨の中、崩れ落ちる。
水がトオルを濡らす。
反射的に抑えた手の間から、本物の血が流れた。
「ト、オル?」
ユウヤの声。
子供のような、か細く、何も分かっていないような、そんな声。
「確保!!」
だれかが叫ぶ。
その方向に目線を向けると、たくさんの警察官の中に1人、見慣れた人物が倒されていた。
リクだ。
ここでようやくなにがあったかわかった。リクが、トオルを刺したのだ。
「桐島君!」
誰かがユウヤの名前を叫ぶ。
違う。自分はトオルだと、そう言いたいが声が出ない。
「桐島君! 寝るな!」
違う。自分は、トオルだ。
ユウヤは、トオルの目の前にいる。
「ト、トオル! トオル!」
ユウヤの声。
心地よい、その声にトオルは腹の痛みを忘れてしまう。
「ユ、ウヤ……」
「トオル!! 目を開けて!」
ユウヤの顔。
黒髪と黒い目。平凡な見た目だが、その目には控えめながら強い意志があり、その目がトオルは好きだった。
元は自分の顔だったのが嘘みたいに、今のユウヤにその顔が馴染んでいた。
そんなユウヤが、トオルを見て泣き叫んでいる。
「ュ……、ウャ」
トオルは血だらけの手でユウヤの顔を触った。
暖かい。心地よい暖かさにトオルの力は無くなってゆく。
「トオル! トオル!」
視界がだんだん、暗くなる。
ああ。自分は本当に死ぬのだ。
ユウヤと入れ替わった時のような紛い物の死では無い。
本当の死を感じながらトオルの目は閉じた。
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