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番外編
はじめての、しっと1
しおりを挟む「チイっていうのはお前か?」
突然、知らない人に声をかけられた。
それは、ランチをとるために隊の仲間達と一緒に食堂へ向かっていた時だった。
今週は各地域のえらい人達が王都に来ていて、式典や会議など様々な催しが開かれている。隊長もそこに出席しているので夜まで別行動だ。
声をかけて来た人が付けている隊章は普段見かけないものなので、王都と離れた地域の一般軍所属なのだろう。
僕より少し年上に見えるキリリとした顔立ちで、一つにまとめた黒くて長い髪が印象的だ。スマートで大人っぽい落ち着いた雰囲気だった。僕と同じくらいの身長なのでヒト族かと思ったけど、後ろで揺れている長い尻尾が見えたので霊長目の獣人なのかもしれない。
「はい、そうです。あなたは……」
「隊長のお相手って噂の奴はお前か。フン、こんなちんちくりんが? どうやって色目を使ったんだ?」
チンチクリン? イロメ? 知らない言葉だけど、強い言い方や口を歪めた笑い方で悪意のある意味なのだと感じる。これは、僕の事を好きじゃない人――故郷の人と同じ態度だ。皆がそうだったから気付かなかったけど、今なら悪意のある態度だとわかる。
僕はこの人を知らない。はじめましての挨拶や名前も名乗っていないのに嫌な感じの事を言ってくるなんて、これは隊長がいつもダメだって言ってる「失礼な態度」ってやつじゃないか。どう答えていいか迷っていると、一緒にいたリッキー先輩が、あっと声をあげた。
「思い出した! お前、前にうちの隊でスタッフやってたライディじゃねえか。西の方の部隊に異動したのは去年だったか?」
「ヴァゲッタ師団だ。今は団長の補佐官をしている」
「へぇ、最近評判のとこじゃねえか。なかなかの出世だな。会議のお偉いさんについて来たのか? それともクビになって戻ってきたのか?」
いつも陽気なリッキー先輩にしてはちょっと感じ悪い言い方だった。知り合いのようだけど、仲が悪かったんだろうか。
「仕事だ。ついでに確認しに来たんだよ。難攻不落だったはずの隊長がガキにたらしこまれてるって噂が本当かどうか」
またよくわからない言葉が出てきたけど、隊長の悪口のように聞こえてつい言い返してしまった。
「失礼なこと言わないでください。僕、知らない人に突然そんなこと言われたくないです」
「お前は知らないだろうけど俺さ、魔特にいた頃は何度も隊長のお相手してて、結構気に入られてたんだよねえ。恋人は作らないっていうから諦めてたのに、ガキと付き合い始めたって噂を聞いたから見に来てみれば、こんなショボイ奴とはね。安心したよ、どうせ遊びだろ?」
こんな失礼な態度の人を隊長が気に入っていただなんて、そんなことあるとは思えない。驚いて言葉を返せないでいると、ライディはニヤリと感じの悪い笑顔のまま続けた。
「俺に隊長を譲ってよ。俺の方がどう見ても隊長の相手として釣り合いが取れてるだろ? 今夜、声を掛けたらノッてくれると思うんだよね」
「……は?」
この人は隊長と恋人になりたかったんだろうか。それにしても隊長は物じゃないのに譲ってだなんて、何を言っているんだろう。本当に失礼な人だ。
「ライディ、お前こそ何も知らねえようだから教えといてやるけどよ、隊長は諦めろ。もう無理だよ。じゃあな。腹減ったからさっさと飯食いに行こうぜ、チイ」
リッキー先輩が割り込むようにそう言って、僕を引っ張りさっさと食堂へと歩き始めた。ライディはそこに立ち止まったまま僕を睨みつけていた。
ランチを食べながら、先輩達がライディの事を教えてくれた。
去年まで彼は魔特のサポートスタッフとして働いていて、時々隊員のセックスの相手もしていたそうだ。隊長に憧れていたから何度も恋人としてのお付き合いをお願いしていたけど全く相手にされなくて、それが嫌になって別の仕事に移ったらしい。
「あいつ、自分の見た目に自信満々でモテると思ってるから、なんで隊長と付き合えないんだってよく愚痴っててさ。隊長は最初からきっぱり断ってたのに、まだ未練あったなんてかなりしつこいよな」
「隊長と付き合いたい理由だって、かっこよくて強くて地位もあるとか、ステータスが欲しいだけだしな。そういうのが見え見えで他の隊員達とも微妙な感じだったんだよ」
「そういうの目的で隊長に言い寄る奴、何もわかってねえよな。相手にされるわけない。あいつは一般軍に行ってよかったんじゃねえの?」
先輩達の話を聞いて、気がついてしまった。
とても素晴らしい隊長のことを隊員みんなが大好きなのは知っている。 だけど僕と同じように「恋」の好きになる人がいてもおかしくないし、恋人になりたい人がいても全然不思議じゃないんだ。
隊長は僕のことを大好きって言ってくれてとても大切にしてくれる。でも、もしもその気持ちを向ける相手が別の人に変わることがあったら――
(隊長が僕じゃない人と恋人になるなんて、嫌だ……絶対、絶対に嫌だ)
胸の辺りに雨雲のような暗い何かがモヤモヤと湧き上がってきて息苦しさを感じる。なぜだか涙が込み上げてくるのを堪えているとバルテ先輩が顔を覗き込んできた。
「どうした? 隊長はあんな奴には見向きもしないから心配するなって。隊長がチイを溺愛してるのは、自分でもわかってるだろ?」
「はい……」
先輩の言ってくれた通りだと頭ではわかっているけど、心に湧き出たモヤモヤは消えてくれなかった。
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