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2月
第20話:本命バレンタイン_2
しおりを挟むバレンタインは、絶対家には帰ってこないと思っていた。なのに、帰ってきたのだ。てっきり、一日浮気相手と過ごして、会社もそのまま行くと。我が家には帰ってこないと。そんな予想は見事に外れて、彼は上機嫌で帰ってきた。手に大きな紙袋を持って。
「これ、中身見てちょうどいい値段のお返し見繕って買っておいて。来月のホワイトデーまでに」
「え?」
「『え?』じゃなくて。買っておいて。あー、やっぱ、もらったのよりちょっといい値段にしといて」
「値段わからないんだけど……」
「メーカーのホームページでも見て調べれば良いじゃん。そんなこともわからないの?」
「……それなら、自分でやれば良いんじゃない? そんなこと、なんでしょ?」
自分のことなのに丸投げしてくる態度にイライラしてしまって、つい言い返してしまった。今までなら、面倒でもはいはいと言われた通りにしていただろう。でももう違う。ひどく驚いたような顔をしたあとで、すぐにムッとした表情を見せる彼は、思い通りに行かない、口答えしてきた私が気に入らないのだろう。面白いくらい顔に出ている。
「……は? 俺忙しいんだけど?」
「私も忙しいよ?」
「お前なんかと一緒にすんなよ。……はぁ……。いいからやっとけよ、クソ」
彼のこの言葉を聞いて、私はもう彼が『離婚を視野に入れている』ことを感じ取った。でなければ、こんな態度をとるはずがない。仲が悪くなって、良いことなんてないのだから。
冷たい言葉を吐いて、彼はお風呂へ向かった。どうしてそんな言いかたができるのかは疑問だったが、私にとって現状はとても都合がいい。もし、このバレンタインのチョコレートの中に、浮気相手から受け取ったモノが入っていたら。それは私にとって重要なアイテムになるかもしれないから。しばらくはお風呂から出てこないだろう。私は紙袋からひとつずつチョコレートを出していった。
明らかに義理チョコと思えるものから、小さな紙袋に入ったブランド品、手作りまで中身はさまざまだった。私は彼に頼まれた通り、中身の確認をすべくひとつずつ開封していく。
「……ん?」
メッセージカードのついたチョコレート。名刺サイズのカードに『お疲れさまです』と書かれたそれは手作りに見えた。が、中身はブラウニーが一切れである。これは義理だろう。一番最後に残ったのは、気になっていたブランドのチョコレート。硬い紙の紙袋の口を閉じたシールを外すと、中から箱と一緒に手紙が出てきた。手紙は封がされていない。
(これは見てもバレないのでは……?)
中になにが入っているのかはわからない。可愛らしい清楚な白い封筒だし、薄いから手紙だと予想しただけだ。
私は、恐る恐るその封筒の中身を覗いて、一枚入っていた紙を取り出した。
「大好きなゆげ係長へ。いつも優しくしてくれてありがとうございます。私の好きなお店のチョコレート買いました。料理が苦手だから、手作りじゃなくてごめんなさい。でも、もえのからだから良いよね? 今年は去年よりもいっぱいふたりでお出かけしようね。もちろん奥さんには内緒だよ。オシャレなホテルに泊まって、豪華なご飯食べよ? お返しは美味しいディナーと可愛いアクセサリー希望します。あおとさん大好き。もえのより」
淡々と口に出して読んだが、実際はハートマークがてんこ盛りで、思わず口をキュッと真一文字に閉じてしまった。出だしは役職で彼を呼んでいるし、この文字の感じは年下の女性だろう。間違いなく、同じ会社の。……会社の上司への手紙で、名前の前に【大好きな】なんてつけるのは聞いたことがない。『去年よりもいっぱいふたりでお出かけしよう』と書いているから、間違いなく既に何度か出かけているはずだ。……これは、大当たりなのではないか。
「……いや、こんなにわかりやすく書くものなの……? それとも宣戦布告……?」
万が一、会社の人間にバレたらまずい内容に読める。だって『私は弓削係長と不倫しています』と書いているようなものだから。わざわざ既婚者を誘って、しかもふたりきりで奥さんに内緒で出かけることなんかあるだろうか。私はそこに、やましさしか読み取れない。浮気相手もよくもまぁこんな手紙寄こしたなと思ったが、中を確認せず私に渡す彼も彼だ。わざとでなかったら、とんでもない大バカ者である。この部分は浮気相手に詰められても仕方がないと思う。
廊下に出てからお風呂場のシャワーの音を確かめ、私はこの手紙のコピーを取った。ついでに、中身も一緒に添えて写真も撮る。正直、彼がこの手紙の存在に気が付いていないのなら、私はこの手紙を渡したくない。直近の浮気の証拠になるから。
「はぁ……こんなやりとりしてるの? しかも会社で? なに考えてるのよ……」
呆れて溜息が出る。いや、溜息しか出ない。隠すつもりがあるなら、もっと気合を入れてわかりにくくしてほしい。そういう問題ではないのはわかっているが、いざ証拠を探せばなにかしら出てくる今の状況が、自分の夫の間抜けさと自分自身の見る目の無さを雄弁に語っているようで、無性に空しくなった。
浮気相手の女性の名前はわかった。【もえの】だ。同じ会社に何人もいる名前ではないだろう。少なくとも、私は今の会社でもえのという名前を見たことが無いし、今まで生きてきた中でも今回見るのが初めてだ。フルネームを確認するために社内報を確認して、そしてフルネームに合わせて顔が分かるはずだから、その顔がサトコの見た女性と一致しているかを確認する。それで確実に相手がわかる。
もうすぐそこなのだ。相手が判明するまで。知りたいような、知りたくないような、そんな状態だが知るしか道はない。
「あ、あれ……?」
あと少しで浮気を問い詰めることができる、そう思ったら急に涙が出てきた。私は今まで無理をしていたのだろうか。そんな自覚はなかったが。手紙のインクが涙で滲まないように、私は服の袖で涙を拭いながら、急いで封筒へと入れるとすべて紙袋へ戻した。これを一番最後に残して良いて良かった。記録として、ブランドや品名、値段をメモしておく。お返しを頼まれたのだから、これは当たり前だ。わかりやすいように、差出人の名前があるものは一緒にメモしておく。もえのさん以外にも、メッセージが付いていたり名前を残している人はいたが、とくに怪しさはないように感じた。
このままもえのさんのフルネームと顔を調べようと思ったが、そんな気分になれなかった。やらなければならないのだが、こう、手が動かない。今日はもう、彼とのやり取りで疲れてしまったのだ。うっかり泣いてしまったことも大きい。これ以上、今日はダメージを自分に与えないほうが良いに違いない。
すべてのチョコレートが入った紙袋は、溶けないように場所を廊下へと移した。手作りは早く食べたほうが良いと思うが、教えない。それで腐らせてしまっても、相手からの感想に応えられなくても、私のせいではない。中身をきちんと確認しなかった、彼が悪いのだから。
「はぁぁ、しかし、モテますねぇ……」
昔からモテるのは、女性に対してマメだからだろう。……今となっては、私以外の。優しいし、言いかたは悪いが外面が良いから好感が持てる。これが内弁慶というものなのだろう。義理や渋々の付き合いを含めたとしても、ニ十個を超えていた。そういえば去年もこれくらいもらっていたっけ。食べ切れなくて、チョコレートが大好きな私は半分ほどお願いされて食したから、よく覚えている。そのときは本当に中身のお菓子だけしか確認しなかったから、今年のように手紙が入っていたのかはわからない。
「……今年も、私に食べて……って持ってくるのかな……。嫌だな持ってこないでほしいな……」
食べ物に罪はない。が、深い意味はなかったとしても手作り品は遠慮したい。……それ以上に、あの本命チョコは避けたいが。……いっそのこと、私が食べて手紙の返事でも出すべきなのだろうか。もえのさんに。『受けて立とうじゃないか』と。
「……やめやめ。気持ち悪くなってきた……」
今は彼と喋りたくないし、顔も見たくない。日記だけ書いて、私は寝室へと向かった。
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