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2月
第21話:本命バレンタイン_3
しおりを挟む――昨日はなかなか寝付けなかったが、今日になってようやく社内報ともえのさんを突き合わせる気になった。今さら良い結果がなんなのかもわからないし、そんなもの出るはずがない。ただこの人が誰なのか正確にするために、私は社内報に載っている新入社員の名前ともえのという名前を照らし合わせていった。
「もえの……もえの……」
昔からある名前というよりは、比較的最近の名前な気がする。若い子のイメージ……といっては語弊があるかもしれないが、なんとなく、そんな感じがした。その感覚に頼って、まずはここ三年ほどの社内報を昔から最近に向けて確認していった。
「あ。あった……! この子じゃない……?」
【小鳥遊萌乃《たかなしもえの》】という名前を見つけた。去年……年度としては今年度の、社内報で。つまりは一番最近の新入社員なのだ。間違いなく、私よりも若い。
「今年度なら、社内報まだ全部あるじゃん。……たまにインタビュー載ってなかったっけ?」
私は社内報――コピーではないほうの、見やすい原本を一枚一枚めくっていった。社内報ではそれぞれの自己紹介を行う企画がある。彼曰く『やりたくない人も多い』とのことだが、それゆえに断り辛い新人へ白羽の矢が刺さることも多いと言っていた。もえのさんの記事が載っているかもしれない。
年度初めの社内報だけではなく、今年度の社内報をすべて持ってくる。どうせ、彼はまだ帰ってこない。今日はまた朝から彼は出かけていて、私の予想ではなにも連絡を入れていないし向こうからも来ていないから、帰宅は深夜になるか明日の朝だ。だから、時間はまだ十分にあるはずだ。
「あああ、あった! これだ!」
ご丁寧に生年月日から血液型、最近は待っていることに趣味や好きな物まで書いてある。確かに私だったらお断りしたくなる。全社員に、こんな個人情報を晒したくない。今どき珍しいと思ったが、会社の伝統でやめるにやめられないのだろうか。今の私にとっては救世主以外なにものでもないのだが。……ここに一緒に書いてあるやってみたいことは仕事の内容だったが、生年月日を見るにどうやら彼女は専門卒か短大卒のようで、年齢は二十一歳、私のいつつも年下だった。彼から見て見ると、ひと回り近く歳が離れている。随分と年下じゃあないか。
「え、本当に? こんな年下の子と浮気してるの……?」
子どもとまではいかないが、まだ学生でもおかしくない年齢だ。彼が以前付き合っていた人の話をツレの友人から聞いたことがあるが、その人たちも軒並み年下だった気がする。年下が好き……なのだろう。今はまだひと回りにも満たないが、このまま歳を重ねていけば、ひと回り以上、親子ほど年の離れた女の子を好きになるときが来るのではないかと、想像したくもないことを想像してしまった。しかも、新入社員だなんて、役職者に迫られたら、強く言えないのではないだろうか。……少なくとも、自分は飲み会を断ったりはできなかった。怖かったのだ。相手が上司だから。会社という繋がりがあるから。断ったら、どうなるのかわからなくて。
手紙を見る限りもえのさんもノリノリのように見えたから、その部分は安心できる……彼の上司権限を利用した強制ではないとうかがえる。ということは、両者合意の下で浮気をしているということになるのか。……それはそれで、気持ちの悪いものだが。
「これで名前がわかったから、あとはサトコに顔を確認するだけかな?」
私は社内報の写真をサトコへ送り、隣にいたのはこの女性で間違いないかという旨を一緒に添えた。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。
「え、早いな」
サトコからの返事はすぐに来た。
『間違いないよ! この子だよ!』
その言葉に、私はがっくりと首を項垂れた。わかってはいたものの、いざこうやって答えが出るとなんとも言えない気持ちになる。離婚を決意していても、自分の夫が浮気していたとわかるのは悲しいものだ。
「ありがとう。やっぱりこの子なんだ……」
『名前わかったの?』
「うん。フルネーム。社内報に載ってたから、間違いないと思う」
『そっか……。どうするの? 相手に言いに行く? それとも、蒼飛さん問い詰める?』
「悩んでる。バレンタインのチョコもらってきてさ。その中に、この子からのチョコもあったわけ。ご丁寧に、手紙まで添えてあったよ」
『ひゃー恐ろしい……。浮気っぽいこと書いてあった?』
「『大好きなゆげ係長へ』とか『今年は去年よりもいっぱいふたりでお出かけしようね。もちろん奥さんには内緒だよ』とか。あとオシャレなホテルに泊まりたいとか、豪華な食事がしたいとかそんなの」
『うーん。浮気確定っぽいけど、これだけじゃインパクトには欠けるよね……』
「やっぱりサトコもそう思う? 私もそう思っててさ。決定打には欠けるんじゃない? みたいな」
『どうせなら、もうちょっとパンチほしいよね。一発K.O.くらいの』
「それあったら本当にありがたい……」
『……一番はふたりで会ってるところを問い詰めるとか?』
「でもさ、いつ会ってるかわかんないんだもん。下手にあともつけられないし。用心されても困るし……」
『今わかってることだけだと、牽制はできそうだけどね? 既婚者なわけだし』
「牽制……大人しく話聞いてくれるかな?」
『なんかさ、その手紙の内容、蒼飛さん良いように使われてそうな気もする』
「……オシャレなホテルも、豪華な食事もお金がかかりそうではある。しかも、いっぱいとなると余計に」
『金蔓と思われてない?』
「我が家、そんなにお金があるわけでもないんだけどな……。残業だって、実際はあんまりしてなかったわけだし」
『お金がないって思わせれば、相手の子いなくなるかもよ?』
「ちょっと、考えてみる」
『頑張れ!』
年齢の割に、彼の給与は高いと思う。役職もついているし、残業代も出るからだ。サトコに言われて不安になった私は、夫婦で生活費を入れている口座を確認することにした。この口座は、生活費と謳っているが実際は多めにお互い入れるようにしていた。残ったぶんは貯蓄へ回せるように。結婚して、この家へ引っ越してから、その準備を除いて大きな買い物はしていない。食費や日用品などの自分たちの手で使う生活費は月の初めにまとめて下ろし、小分けの袋に入れて管理している。カードを使用したときは面倒だが、一番わかりやすくて良いと思っている。家賃や水道光熱費は、この口座から引き落とされるようにしている。足りなければ少しこの口座の中から借りれるように……と思っていたが、実際追加で出したことはない。
私は自分の給与用の口座から、この口座へ自動でお金が引き落とされるように設定した。毎月お金をおろしてくるのは彼の担当で、もらう額が足りない、なんてことは一度もなかった。が、実際今口座にいくら貯まってるのかはわからない。
この口座に、通帳はなかった。ネットバンクだから、わざわざログインしないと見られないため、めんどくさくて見ていなかったのだ、今まで。お金は問題なく渡されていたし、自分の口座から引き落としがされているのも確認していたから、それで十分だった。
「ええっと……契約者番号が……」
しまっていたログイン情報を引っ張り出して、初めてこの共同口座へログインする。結婚してから今までの貯金が、その口座にはあるはずだった。
「……は?」
――ほぼ、空っぽだった。引き落とすことができなかったのだろう、小銭ぶんだけ残っている。つまり、数百円程度しか残っていなかったのだ。
「え? は? なんで?」
目の前に表示された数字を見て、私は心臓が痛くなった。冷や汗もかいている。 そんなはずはない。私たちふたりで多めの生活費を入れていたのだから、最初に決めた額を入れていたのなら貯まっているはずだ。
震える手で入出金記録を開く。
「……? 途中から私しか入れてない……? 黒字が入金で、赤字が出金でしょ……? 私の名前が黒で、こっちも黒で、でも途中赤で名前が……?」
(――あぁ、そういうことか――)
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