14 / 53
第一章:境界線
第14話:そこで蠢くモノ_6
しおりを挟むまたあの音が聞こえた。逃げ出してきた廃屋で、燃やし尽くしたはずの異形。死んでいたらどんなに良いかと思っていた異形。今度も同じようにすぐ近く、廃屋の外で軋むような音が聞こえている。美咲が悲鳴をこらえ、涼が即座に立ち上がった。
「まずい……来たぞ……!」
四人は身を低くして扉に視線を向けた。外の月明かりに、黒い影がゆらりと動くのが見える。
「……燃えて死んだんじゃ、なかったのかよ……」
圭介が青ざめた顔で呟く。しばらく動いた後、異形は扉の前で立ち止まった。呼吸音が再び響く。
――ゴボゴボ……ギチギチ……
突然、窓ガラスが粉々に割れた。あの時と同じように、異形が壁を突き破り、だが今度は圭介に飛びかかる。
「うわあああっ!!」
圭介は持ってきた鉄パイプを必死に振るうが、異形はそれを易々と弾き飛ばした。涼がそれを拾い上げ、構えて飛びかかる。黒焦げになって一部は爛れた肌、焦げてまとわりつくような臭い。引きつって不気味な音を立てる、辛うじて保たれた身体。
「! ダメだ! 圭介、伏せろ!」
――だが一歩遅かった。異形の口が圭介の腹部に食い込み、血が吹き上がる。ギャァァァァ――と圭介の絶叫が廃屋に響き、すぐに途切れた。
「圭介ぇぇっ!!」
悠里が叫ぶが、涼が腕を引いて制した。
「行くぞ! ここに留まったら全員死ぬ!」
美咲が泣き叫びながらも、涼に手を引かれて立ち上がる。涼たち血を吹き出す圭介を横目に家を飛び出し、また闇の中を駆け抜けた。後方では、圭介叫び声と身体を貪る咀嚼音が響いていた。
――修平に続き、圭介も失ったが、涼は足を止めない。
(……こんなところで死ねるか。必ず、この村の真実を暴く)
圭介を失った四人――いや、今は三人になってしまった――は、夜の村をひたすら走り続けていた。何度も泥と根っこに足を取られながらも、涼たちは決して立ち止まらない。
「……はぁ、はぁ……涼……どこに行くの……?」
悠里が震える声で問う。
「村の中心部に向かう。あそこなら、何かしら避難できる建物があるはずだ」
涼の声は低く、感情を抑え込んでいる。
「それって、あの広場? 井戸のあった……?」
「いや、その奥だ」
「もうやめようよ! 何でそんなに進もうとするの!? あたし、もう嫌だよ、こんなの……!」
とっくに限界を迎えていたが、気丈に振る舞っていた悠里が言う。それでも、涼は立ち止まらずに答えた。
「ここで止まったら、修平や圭介みたいになるだけだ。お前も。死にたいのか?」
その言葉に悠里が絶句し、嗚咽をこらえるように口を押さえた。美咲がそんな悠里の肩をそっと支える。
「……頑張りましょう、悠里さん。……一緒に、生きて帰りましょう……」
悠里は涙に濡れた顔を伏せ、震えながら小さく頷いた。
広場を抜け、村の中央に差し掛かると、石段の上に小さな祠が見えてきた。苔むした鳥居が傾き、その奥に朽ちた社が佇んでいる。
「……あれ、見ろ」
涼が囁く。三人は祠へと慎重に近づいた。中は暗く、しかし中央に古い木箱が置かれていた。涼が蓋を開けると、中には黄ばんだ紙と古い札が収められていた。その札には、かすれた文字でこう記されている。
【胎主御使禁忌ノ血供物】
美咲が小さく声をあげた。
「……胎主って、書いてある……?」
涼は紙束を取り出し、手早くページをめくる。そこには奇妙な儀式の図が描かれていた。
「『生贄を胎に返し、御使を鎮める』……これは……」
悠里が震える声で遮った。
「や、やめて……そんなの読まないで……こんな気味悪いの、もう嫌……!」
涼はそれでも読み進めようとしたが、突然、外から異様な音が響いた。
ズルズル……ズル……
涼たちは一斉に顔を上げた祠の外、月光に照らされて、長い髪のようなものを引きずる異形がゆっくりと近づいていた。
美咲が青ざめた顔で呟く。
「……何か、前のヤツと……違う…………お、女の人、みたいな……」
その異形は四足ではなく、まるで人間のように立ち歩いている。だが髪の毛は異様に多くて長く、腕が何本もあるように見える。顔には目鼻がなく、口だけが異様に裂けていた。
「【供物喰らい】……? ……胎主に【供物】を運ぶ役目をした失敗作……?」
悠里は自然とその口を動かしていた。これはあの研究資料に載っていた異形だ。――異形は涼たちの存在に気付き、ゆっくりと頭を傾けた。そして次の瞬間、ギィヤアアアアッ!! と耳をつんざくような悲鳴を上げ、一直線に突進してきた。
「二人とも下がれ!」
涼の言葉に、美咲と悠里は祠の奥に後退した。
異形が長い髪を鞭のように振り下ろす。涼は紙一重でそれをかわし、腕に鉄パイプを叩きつけた。
――ゴキッ。
異形の細い腕が不自然に折れるが、それでも動きを止めない。
「涼さん!」
美咲が手に持った石を全力で投げつけた。石は異形の裂けた口に直撃し、異形が一瞬ひるむ。その隙に涼が異形の喉元を狙い、鉄パイプを突き刺した。
ズズッ――!!
黒い体液が飛び散り、異形が激しく痙攣する。やがて異形は痙攣を止め、ぐったりと崩れ落ちた。涼が荒い息をつきながら異形の死体を確認していると、外から何かの気配がした。今の異形とは別のものだ。――だが、それは襲いかかってくる気配ではない。
「涼さん……あ、あれ……誰か、いる……?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる