訳あり人外救済 外道街の解呪屋さん

青野イワシ

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分岐点Ⅰ

分岐点Ⅰ─雄牛の助力Ⅱ

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 アストライオスが施主を知りたがる理由を大まかに聞いたマヴロスは、自分が巻き込まれていることの恐ろしさに初めて気がつく。
「あ、あんた結構物騒な奴だったんだな」
 巨体に見合わず大人しい部類のマヴロスは、アストライオスが起こそうとする凶行に身震いしたくなった。
「俺だって外道街の一員だ」
 アストライオスはほんの僅かに口の端を吊り上げる。
「これ以上無関係のあんたを巻き込むわけにはいかない。これを手に入れてくれただけでも、本当に助かる。あとは忘れて欲しい」
「勝手なこと言うな」
 まるで自分を突き放すかのような言葉に、マヴロスは憤る。
「まあ、俺が同じ立場でも殺ると思うから止めはしない。その、乗りかかった船ってやつだ。手伝わせてほしい」
「何故」
 頬を掻きながら明後日の方を見つつ、実に聴き取り辛い声量で話すマヴロスの言葉を、アストライオスは間髪入れずに弾き返した。
「何故ってお前……わ、分かれよ……」
「……」
 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
 ただ、目を白黒させているのはマヴロスだけであったが。
「そもそも会って数回だから、こんなこと言われて困る気持ちは分かる。でも、俺は初めて会った日から、ずっとあんたのことが頭から離れないんだ」
 マヴロスは首から提げていた魔除けを握りしめる。
 それが特別な意味を込めて贈られた物で無いことくらい、マヴロスもよく理解している。
 だが、それでもマヴロスにとっては宝物であった。
 硬い表情のまま、アストライオスが口を開く。
治療をしたから、錯覚してるだけなんじゃないのか。俺はあんたに好意を向けて貰えるほど好い男じゃない」
 やんわりとした拒絶の中には、マヴロスのことをどう思うかという事が一切入っていない。
 マヴロスはその事がもどかしくてたまらなかった。
「錯覚かどうかは俺が決める。あんたの気持ちはどうなんだ」 
 思いの丈をぶつけられても眉一つ動かさないアストライオスに、マヴロスは胸の内が焼け爛れる思いであった。
「俺の、気持ち」
「そうだ。俺じゃあ駄目なら、はっきりそう言ってほしい……」
 マヴロスの言葉は尻すぼみになり、最後は消え入りそうなほど小さい声になる。
 勢いあまって告白したマヴロスは、次第に冷静さを取り戻していく。
 こんな時に、こんな風に言うつもりじゃなかったのに。
 他者との関わりが希薄な若い雄牛でさえ、勝算が薄いことは分かっていた。
 アストライオスに助力し、頼れる漢と認めてもらったうえで、胸の内を明かそうと思っていたのだ。
 頭を抱えたくなる衝動を抑えているマヴロスの精神を引き戻したのは、無論意中の男の声だった。
「分からない」
 それは嫌悪も、戸惑いも、喜びもない、淡々とした返事だった。
「わか、分からないって」
「本当に分からないんだ。今の俺にとって感情の揺らぎは、どこか遠くで起こるものなんだ。マギアを使いすぎて、人としての心が一部、欠けていると言ったらいいのか」
「……」
 アストライオスは心を失ったわけではない。
 強い感情は水底に沈められ、揺れる水面越しにそれを眺めている。そのような感覚があった。
「目的を達成したら、それは解けるのか?」
「俺にも分からない。目的を失って、燃え尽きるかもしれない」
 アストライオスは両親の仇を討ったその先を、未だ描けずにいる。
「俺のこと嫌いじゃ、ないんだな?」
「ああ」
 アストライオスにとって、マヴロスは好きだの嫌いだのを覚えるほど深く関わってはいなかった。
 自分に好意を持っている者を利用しようとしている、僅かながらの自己嫌悪を感じるだけだ。今は、まだ。
「好きでもない?」
「ああ」
「仇討ちが終わったら、あんたのすり減ったニンゲンの部分は戻ってくるのか」
「どうだろうな。研磨された石が元に戻らないように、俺もこのままかもしれない。一生、あんたへきちんとした返事ができない可能性だってある」
 マヴロスは決して振り向かない、人形のような男を想うのはやめろと、そう言われているように思えてならない。
 だが、それに屈するマヴロスではなかった。
 失恋の痛手を知らぬ若い雄牛に出来ることは、突き進むことのみ。
「それでもいい。やること全部やって、肩の荷がおりたら、もう一度考えてくれたらいい。そのためにも、俺はあんたを手伝う」
 意中の男に振り向いてもらうためなら、恐ろしい計画にも手を貸す。
 その点においてマヴロスは立派な怪物であったと言えよう。
「今なら、全て聞かなかったことに出来る。これからも、死んでからも、明るい道を進めなくなるぞ」
 アストライオスによる最後の警告だ。
「構わない。今までも似たようなもんだった。俺は何も怖くない」
 大柄で怪力の牛頭達を恐れた人々によって、島暮らしを余儀なくされているようなものだ。
 迷宮のような危険極まりない坑道で過ごしてきたマヴロスにとって、日陰者であり続けることなど何の障害にもならなかった。
 傍に想い人がいるのなら、尚更。
「分かった。事が済んだら、もう一度この話をしよう」
 アストライオスの口元が僅かに緩む。
 カラヤンニスとかいう腐れ外道をぶっ殺したら、もっと笑ってくれるか。
 マヴロスの心中に、凶暴な貌を持つ希望が産まれた。

 ✧

 ──十数日後
 アストライオスは帝都の中心部を歩いていた。
 入ってみると、あっけないものだな。
 全身を覆うローブのフードを目深にかぶったアストライオスは、忙しなく行き交う人々から浮いているものの、誰もアストライオスの存在を気にも留めない。
 ここはあらゆる土地から人間が流れ込む大都市であった。
 魔導士は身体や頭を覆う装いを好む。
 野暮ったいアストライオスの恰好は、周囲の眼にはインチキ占いで小金を作った田舎魔導士が物見遊山しているようにしか映っていないだろう。
 勿論アストライオスもローブ一枚で変装と潜入が出来るとは思っていない。
 長い時間をかけ、様々なヒトの手に渡ったガラクタから抽出した残留思念をマギアに変え、ローブに付与した。
 アストライオスは今、誰でもない男になっている。
 このローブを着ている限り、視る者はそのローブを着ていそうな男の顔をアストライオスの顔面に重ねるのだ。
 誰でもない、空想上の男だ。見る人によって相貌も様々だった。
 そして誰でもない男の身元を保証するのは、特例でこの都市に出入りすることを許された獣人達が携えた保証書である。
 今日、アストライオスは知己であるマヴロスの元を訪ねるという名目で、通行証を取得し、故郷へと戻って来たのだ。
 外道街の解呪屋アストライオスという身さえ虚像であるのに、これ以上別の人間になるとは。
 下手をすると自分が誰だか分からなくなりそうだ。
 そんなことを考えながら、アストライオスは大通りを突っ切り、急ごしらえの壁に囲まれた一画へ向かう。
 彼も外からやってきた雇われ者なのだろう。
 赤ら顔の半人半山羊サテュロスが怠そうに見張りをしていた。
「工事員の宿舎はどっちだ」
「あん?」
 珍しく人間から話しかけられたサテュロスは、間の抜けた声を上げる。
「お前誰? 何の用?」
「ここで働いてる奴の身元保証人だ。黒い雄牛に会いたい」
 アストライオスは懐から偽造保証書の写しを見せる。
「黒ミノタウロスなんか掃いて捨てるほど居るぜ。あとなあ、現場に部外者入れんなって言われてんの」
「困ったな。貸した金を返してもらいたいんだが。ちょっと通してもらうだけでいいんだ」
 アストライオスは淡々と言いながら、更に懐を弄って小瓶を取り出す。
 それを半ば無理やりサテュロスの手の中へ突っ込んだ。
「これ、お前……」
 サテュロスは突然の賄賂に驚きつつも、にやけが止まらない。
 いかにも上等な小瓶に入った葡萄酒は、飲んで歌って騒ぐことが生きがいの種族にとっては命の水だった。
「あーしょんべんしたくなっちまったなー。いいか―建付け悪いけど、勝手に入るなよー」
 見張りは股間を抑える仕草をしながら、粗末な木製の壁をずらす。
 その隙間からするりと中へ入ったアストライオスは、サテュロスの指さす方向へと足を向ける。
 いかにも廃材を継ぎ合わせた掘っ立て小屋群を目指し、アストライオスは石畳を踏みしめていった。

 分岐点Ⅰーつづく
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