この歌声が届くまで

蒼村 咲

文字の大きさ
6 / 55
8月26日 火曜日

第6話 半年前の回想

しおりを挟む
「──塚本くんって、なんで実行委員になったの?」

 年度が新しくなって間もない頃の、合唱祭実行委員の顔合わせをした日のことだ。
 話が一段落したところで、私は偶然近くにいた塚本くんに何の気なしにそう訊いたのだ。
 すると塚本くんはなぜか少し照れたように首をかしげた。

「えっと、去年の合唱祭が楽しかったから、ですかね……」

「ええ……純粋すぎてまぶしい……」

 やや大げさだったことは認めるけれど、紛れもない本心だった。
 でも同時に、私の心には一つの心配が浮かぶ。

「でもそれだと、二年生は基本裏方になるから、去年みたいには合唱祭を満喫できないかもしれないよ?」

 実行委員として立ち働くということは、合唱そのものに向けておける集中力や労力が単純に目減りするということなのだ。

「? どういうことですか?」

 不思議そうに目を瞬く塚本くんに、私は「たとえば」と説明を始めた。

「私の例で言えば、去年は舞台裏のタイムキーパーだったんだけどね。おかげで肝心のステージはほとんど聴けずじまいだったのよ」

 舞台の進行具合を確認しながら、次の順番のクラスが待機する舞台袖と、そのさらに次のクラスが最終確認を行うリハーサル室の間を、文字通り駆けずり回っていたのだ。当然三年生のハイレベルな合唱に聴き惚れる余裕なんて微塵もなかったし、自分の学年の発表ですら半分聴けたかどうかというくらいだった。
 一応、後から録画は見せてもらったけれど、やっぱり生の演奏・歌声に敵うものではない。そう思うと、なんとももったいないことをしたような気がしてしまうのだ。
 そんな内容のことを、言ってみればあちこち破れかけたようなオブラートに雑に包んで言うと、塚本くんはなぜかおかしそうに笑った。

「じゃあなんで木崎先輩は……今年も実行委員になったんですか?」

「え」

 そんなこと、今の今まで考えたこともなかった。改めて振り返ってみるが、情けないことにちゃんとした動機は思い浮かばない。強いて言うならなりゆきだった。

「私はね……そう、あそこにいる牧村輝って子に去年無理矢理引っ張り込まれて。それで今年も半ば惰性で来ちゃったっていうのが一番近い気がする」

 合唱祭実行委員会に眩しいくらいの希望や夢を抱いている若者──って言っても一歳しか違わないけど──に返す言葉としてはあまりにお粗末だけれど、事実なのだからしょうがない。
 ふと見てみれば、件の輝は窓際で別の後輩を相手に先輩風を吹かせていた。

(……って!)

 今更ながら、いい加減でやる気も不十分な先輩として、実行委員のマイナス面を力説してしまったことに気づく。どうしよう、これで塚本くんが「じゃあやっぱり一般生徒として参加することにしようかな……」なんて言って、実行委員を辞めてしまったら──…。
 内心大慌てでフォローの言葉を探し始める私の焦りを知ってか知らずか──いや、おそらく私のそんな焦りを察したのだろう、塚本くんはくすりと笑った。

「うちの生徒なら誰もが見られる景色は去年見ましたから。今年は委員じゃないと見られない景色を見てみようと思ってるので」

「──!」

 思わず言葉を失ってしまった。だって、塚本くんは実行委員になるのが初めての二年生で、一方私は実行委員も二度目になる先輩だというのに。まったくこの差は何なのだろうと悲しくなってくる。もちろんそれは見方を変えれば、頼りがいのある優秀な後輩が加わってくれた、ということではあるのだけれど。


(ああ、それなのに……)

 気づけば目的地である教室に着いていた。
 そっと盗み見た限りでは、塚本くんの表情に落胆や絶望の色はない。
 それでも、塚本くんが初めて「委員じゃないと見られない景色」を目にできるはずだった今年の合唱祭が中止されてしまったということは、少なくとも現時点では受け入れざるをえない現実なのだった。

 二学期に入ってからの突然の中止宣告は、もちろん私も含めて誰にとっても青天の霹靂だったと思う。
 でも合唱祭への想いをあんなふうに語ったていた塚本くんが受けたショックは……もしかしたら私の比ではないかもしれない。なんとなく大人びたところのある塚本くんのことだから、それをわかりやすく表に出すことはないのだろうけれど。
 でも、だからこそ私は前を見据えなければいけないのだと思う。私自身のためだけじゃなく、塚本くんや、合唱祭を楽しみにしてた大勢の人のためにも、中止の原因や理由を突き止めて、そしてその決断を下した誰かに中止を撤回させないといけない。
 今日だって、そのためにここへやって来たのだから。今はまだ、何の手がかりもないけれど。それでも。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...