この歌声が届くまで

蒼村 咲

文字の大きさ
12 / 55
8月29日 金曜日

第12話 また一人と……

しおりを挟む
「──あの、すみません! 私も、抜けます……」

 昨日、グループから抜けずに残った六人が揃うや否や、真紀ちゃんがそう言って頭を下げた。
 曰く、真紀ちゃんの所属する美術部は、秋の展覧会に向けててんてこ舞い状態らしい。

「本来なら合唱祭の準備って言えば大丈夫なはずだったんですけど……」

 彼女はそこまでしか言わなかった。けれど、続きがどんな内容なのかは容易に想像がつく。
 つまり、中止になった行事のために部活を休むなんて──それも準備で大変なこの時期に──というようなことだろう。

「そんな、謝らなくていいよ。事情が事情だし」

 私は真っ先にそうフォローした──この場にいる唯一の同性の先輩として、彼女を責めるつもりがないことは何よりも伝えておきたかったのだ。
 真紀ちゃんは申し訳なさそうにうなずく。
 そんな彼女に「高野さん」と呼びかけたのは、委員長である新垣くんだった。

「合唱祭が無事実施ってことになったら、その時、戻ってきてくれたら嬉しいな」

 その声は存外に優しくて、私は失礼だとは思いながらもついその顔を凝視してしまった。

「もちろん、気が向いたらでいいから」

 乾が横から言い添える。
 すると真紀ちゃんははっとしたように、うなずいた。

「はい! その時は必ず」

 そしてまたぺこりと頭を下げ、教室を出て行った。


 真紀ちゃんが律儀にもきちんと閉めていったドアを見つめながら、私はため息をつく。

「ついに五人まで減っちゃったか……」

 残ったのは委員長である新垣くんに、副委員長である乾、そして二年生の中村くんと塚本くんだ。私はその顔を順に眺めていく。

「……もし他にも辞めたい人がいるなら今にしてね。今ならまだ傷が浅くて済むから」

 言ってしまってからはっと我に返る。
 何を言っているのだろう。こんなこと、絶対に言うべきじゃなかった。空気が悪くなったら私のせいだ。

「……僕なんかは、辞めるとしたら木崎先輩だと思ってましたけどね」

 中村くんが、いつもののんびりした雰囲気で言った。

(私……?)

 どうして私が、と思うものの、中村くんは私の合唱祭への思い入れなんて知る由もないのだ、と思い直す。

「ちょ、お前、そういうこと言うか?」

 一方、私の合唱祭への想いを何かしら察しているらしい塚本くんは、小声で中村くんを小突いている。
 けれど中村くんは「意味がわからない」とでも言いたげに首を傾げた。

「だって、もう他に女子いないわけだし」

 その言葉に、塚本くんもはっと手を止めた。

「ああ、そういうことね」

 言われるまで気づかなかったけれど、さっき真紀ちゃんが去ったことで実行委員会に女子はもう私しかいなくなってしまった。
 でも、それが何だというのだろう。
 この男女比で合唱──混声合唱をやれと言われたなら困る。混声合唱には普通女声を多くそろえるというし、最低でも男女同数は必要だから。
 けれど私たちは合唱団じゃない──合唱祭実行委員会なのだ。

「……そろそろ始めようか」

 新垣くんのその一言を皮切りに、私たちは適当な席に着いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...