この歌声が届くまで

蒼村 咲

文字の大きさ
13 / 55
8月29日 金曜日

第13話 それぞれができること

しおりを挟む
 まずは前回までのミーティングの内容の復習から始める。といっても、復習が必要なほどの収穫はなかったのだけれど。

「……とりあえず、合唱祭中止の理由というか原因がわからないことには、こっちとしても動きようがない」

 乾の言葉に、私は無言でうなずく。
 彼の言う通り、中止の理由がわかって初めてスタートラインなのだ。
 まずその理由は、合唱祭という行事を中止するに値するものなのか。もしそうなら、中止の決定を覆すために何が必要なのか。
 一方、もしその理由が中止には値しない程度のものだったとしたら、にもかかわらず中止の決定が下された理由が何なのか、を探るところから始めなければならない。

(ああ、もうっ……)

 考えていると頭がこんがらがりそうになる。
 それでも、今は考えるしか、知恵を絞り意見を出し合うしか、できることがないのだった。気が急いているのは自分でもわかっていたけれど。

「……音楽の教員が減ったからとか、近隣住民からの苦情があったんじゃないかとか、生徒審査をめぐる喧嘩のせいだとか、いろいろ可能性は考えてみましたよね」

 塚本くんが、いつになく静かな声で言った。私がうなずくより先に、「うん」と声がした──中村くんだ。

「で、どれも今ひとつ、合唱祭を中止にするほどの理由だとは思えないって話だった」

 中村くんの声は相変わらず淡々としている。
 でも私は、その言葉で塚本くんの瞳が揺れたのを見てしまった。

「……僕たちにはどうしようもないってことなのかもしれません。理由がわからないっていうのは、そういうことなんじゃないですか」

 その言葉は、私たち全員に向けられたものだった。
 合唱祭実行委員という、全校生徒の中で最も合唱祭に近いところにいるはずの私たちが、中止の原因に一向にたどり着かないのだ。
 それはつまり、私たち生徒のあずかり知らぬところの、あずかり知らぬ理由のせいなのではないかと。あるいは、最初から「理由」なんてないのではないかと。
 塚本くんがそう言おうとしていることはよくわかった。
 だからこそ、私は伝えなければいけない。

「……中村くん」

 小声で呼ぶと、彼はわざわざ立ちあがって隣まで移動してきてくれた。

「昼休みのあの件、話そうと思うんだけど」

 私の言葉に、中村くんはうなずく。

「まあ、その方がいいでしょうね」

 突然こそこそとやり取りを始めた私たちに、あとの三人が何か言いたげな視線を向けたのが感じられる。私は改めて三人の方に向き直った。

「あの……これから言うことはオフレコでお願いしたいんだけど」

 三人がうなずいたので、私は隣の中村くんを見た。
 それを「君が説明しなさい」という合図だとでも思ったのだろうか。中村くんが口を開く。

「合唱祭の中止は、校長か理事会の判断だと思います」

 これには私も思わずぽかんとしてしまった。

「ちょっと待てよ、いったいどこでそんな──」

「あーごめん、順を追って説明する!」

 乾の疑問はもっともだったのだけれど、長くなりそうなので遮らせてもらう。

「実は、合唱祭中止を嘆いてたら……誰かは伏せるけどとある先生に『トップダウンとはそういうものだから仕方ない』って慰められたの」

「『トップダウン』?」

 つぶやくようなその声の主は新垣くんだった。私は軽くうなずいて続ける。

「そう。その場に偶然中村くんもいて、たぶんその発言は、合唱祭の中止がトップ──つまり「上」の指示だっていう結論に至ったの」

「現場の人間──つまり教師に上から指示を出せる人間ってなると、校長とか理事長とかかなって思ったので」

 中村くんがそう言って締めくくる。

「つまり……上からの指示に逆らえなくての中止、ってことか?」

 乾の確認に、私は「たぶん」とうなずく。

「わざわざそれを木崎さんに伝えたっていうのが気になるね」

 新垣くんがそう言って、こちらを見た。
 意味がよくわからなくて、私は「どういうこと?」と尋ねる。

「今回、先生たちは一様に──なんというか、まるで示し合わせたように、この件については口をつぐんでいる気がしない?」

 改めて言葉にされると、確かにそうだと思う。
 私自身が感じていたのはもちろん、幸穂ちゃんも「なんとなく訊けなかった」と言っていた。

「確かに、『何も答えません』みたいな雰囲気は出てる気がしますね」

 塚本くんまでもがそう言っている。

「それってもしかしたら、『我々はこの決定には関与していない』っていう表明なんじゃないかな、とふと思って」

 新垣くんの言葉にはっとする。

「じゃあ私にそれとなく教えてくれたのは……それに不満を持っていたから?」

 相変わらず、合唱祭中止の直接的な理由はわからないままだ。
 でもなんとなく、たとえほんの少しだとしても、何か真相に近づけたような気がしてならない。
 山本先生の発言──「メッセージ」を受け取ったあの時、中村くんがその意味を教えてくれた。
 そして今、新垣くんたちの力を借りて、さらに彼女の発言そのものに意味を見出した。もちろん、それはあくまで想像とか仮説の域を出ないものだけれど。
 今改めて、私たちは「チーム」なのだと実感する。「三人寄れば文殊の知恵」は伊達じゃない。

「この問題、思いのほか根が深いかもな」

 乾がぽつりとつぶやく。
 同感だった。塚本くんが言ったように、所詮生徒の集まりに過ぎない私たちには手の届かない問題なのかもしれない。
 それでもこうして集まって、あれやこれやと話し合うのは、やっぱり本当のことを知りたいからだった。そして何より、合唱祭への希望を捨てきれないから──…。

「……各自、できることをやるしかないね」

 新垣くんが静かに言った。

(……?)

 どういう意味だろう。それに、私にできることって何だろう。委員長である新垣くんは、自分にできることをもうわかっているのだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えながら、私は彼の端正な顔を見つめた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...