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9月9日 火曜日
第29話 放送室ジャック決行
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私は教室でお昼を食べながらも、中村くんによる「放送室ジャック」がいつ決行されるか気が気でなかった。
もちろん、教室で「見守る」だけの私にできることはないし、私が緊張するのも変な話なのだけれど。そしてそれは自分でも重々理解しているのだけれど。
と、スピーカーがプツッと小さな音を立てた。そして次の瞬間──。
「──ヘーイ! お前ら聞こえるか? 今日の放送室は俺たち合唱祭実行委員会が占拠した!」
私はちょうど飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。
「ねえ、今合唱祭実行委員って言った?」
一緒にお弁当を食べていた友達、佐藤梨花が言う。
私はそれに返事をすることも忘れ、文字通り頭を抱えた。
「この放送は今、学校中のスピーカーから流れてるわ。職員室もよ。ってことは、今にでもセンセーがすっ飛んでくるかもしれない。時間がないの! よく聞いて」
今度は女子の声が聞こえてきた。
「ひ、輝……」
中村くんが輝を指名したのはこういうわけだったのだ。中学時代、演劇部のいわば看板女優として何度も主演を張った輝にとってはこんな寸劇、造作ないに違いない。
「今年の合唱祭は、なんだか知らねえが学校側の都合で知らないうちに中止になっちまいやがった。なんの説明もないままにだ。だから今年は、俺たちが合唱祭を主催する。俺たちの、俺たちによる、俺たちのための合唱祭だ!」
中村くんの演技も負けていない。
力強く叫んでいるのに音声が割れず聞き取りやすいのは、彼が冒頭で言ったように無理矢理「占拠」したわけではなく、放送部員が協力してくれているからだ。もちろん、聞いているみんなはいちいちそんなところまで考えないだろうけれど。
「なんで洋画の吹き替え調なの?」
「わかんない。でもウケる」
少し離れたところでそんな声が上がる。
はっと思い出して乾の方を見てみれば、いつも一緒にいるメンバーと一緒に大笑いしていた。自分も当事者の一人であることなどすっかり頭から抜け落ちているのではないだろうか。本当にもう、男子というやつは。
「いいか? 合唱祭は来月の第一金曜だ。午後の授業をまるまる潰して開催する。参加したいヤツは今日の放課後、噴水のある中庭に集合だ!」
「歌いたい人はもちろん、指揮や伴奏をしてくれる人も待ってるわ!」
洋画の吹き替え調とは、まさに言い得て妙だと思う。
私にもだんだん、映画の宣伝のように聞こえてきた。「劇場で待ってるわ!」みたいな。
「強制参加じゃない、やりたいヤツだけで作る合唱祭の力、見せてやろうぜ!」
「いい? 今日の放課後に中庭よ!」
そこで、わざとらしく雑音が入る。
なんとなく感じてはいたのだけれど、私はこの瞬間に確信した──放送部の部員たちも、この昼放送ジャックを楽しんでいると。
「え、えーと……なんとかマイクを取り戻しました、今日の放送担当、田中です。今週のリクエスト曲、ワッツ・アップの『オーバー・ザ・レインボー』。お聴きください」
合唱祭実行委員の二人とは打って変わって平坦な声での放送に続き、最近あちこちで耳にする洋楽のイントロが流れ始める。いつもの昼放送が戻ってきた。そういえばこの手の音楽は本当に誰かがリクエストしているのか、それとも放送部員の独断と偏見に基づく選曲なのか。そんなことをふと思う。
「え、何だったの? 今の……」
「ってか合唱委員っていつから劇団になったんだよ」
もう誰も、放送なんて聴いていない。それなのに話題は合唱祭のことでもちきりだった。
これはもう完全に、中村くんの作戦勝ちだと認めざるを得ない。
合唱祭実行委員会の委員長である新垣くんにしても、生徒会長である桐山会長にしても、こんな突拍子もない参加呼びかけにはならなかったはずだ。でも、彼らに似つかわしい真面目なトーンで話していたのでは、昼休みをにぎやかに過ごす生徒たちの耳には届かない。内容云々以前の問題だ。
きっと中村くんは最初からそれをわかって自ら手を挙げたに違いない。侮れない──いや、さすがだと思う。
「──ねえ、木崎さん。さっきの合唱祭の話ってさ……」
私が合唱祭実行委員だったと覚えていたのだろう。ちょうどお昼を食べ終わった私と梨花のもとに、クラスメイトが数人集まってきた。
(ああ本当に、合唱祭ができるんだ……!)
そんな感動に心の内だけで震えながら、私は彼女たちの応対をした。
もちろん、教室で「見守る」だけの私にできることはないし、私が緊張するのも変な話なのだけれど。そしてそれは自分でも重々理解しているのだけれど。
と、スピーカーがプツッと小さな音を立てた。そして次の瞬間──。
「──ヘーイ! お前ら聞こえるか? 今日の放送室は俺たち合唱祭実行委員会が占拠した!」
私はちょうど飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。
「ねえ、今合唱祭実行委員って言った?」
一緒にお弁当を食べていた友達、佐藤梨花が言う。
私はそれに返事をすることも忘れ、文字通り頭を抱えた。
「この放送は今、学校中のスピーカーから流れてるわ。職員室もよ。ってことは、今にでもセンセーがすっ飛んでくるかもしれない。時間がないの! よく聞いて」
今度は女子の声が聞こえてきた。
「ひ、輝……」
中村くんが輝を指名したのはこういうわけだったのだ。中学時代、演劇部のいわば看板女優として何度も主演を張った輝にとってはこんな寸劇、造作ないに違いない。
「今年の合唱祭は、なんだか知らねえが学校側の都合で知らないうちに中止になっちまいやがった。なんの説明もないままにだ。だから今年は、俺たちが合唱祭を主催する。俺たちの、俺たちによる、俺たちのための合唱祭だ!」
中村くんの演技も負けていない。
力強く叫んでいるのに音声が割れず聞き取りやすいのは、彼が冒頭で言ったように無理矢理「占拠」したわけではなく、放送部員が協力してくれているからだ。もちろん、聞いているみんなはいちいちそんなところまで考えないだろうけれど。
「なんで洋画の吹き替え調なの?」
「わかんない。でもウケる」
少し離れたところでそんな声が上がる。
はっと思い出して乾の方を見てみれば、いつも一緒にいるメンバーと一緒に大笑いしていた。自分も当事者の一人であることなどすっかり頭から抜け落ちているのではないだろうか。本当にもう、男子というやつは。
「いいか? 合唱祭は来月の第一金曜だ。午後の授業をまるまる潰して開催する。参加したいヤツは今日の放課後、噴水のある中庭に集合だ!」
「歌いたい人はもちろん、指揮や伴奏をしてくれる人も待ってるわ!」
洋画の吹き替え調とは、まさに言い得て妙だと思う。
私にもだんだん、映画の宣伝のように聞こえてきた。「劇場で待ってるわ!」みたいな。
「強制参加じゃない、やりたいヤツだけで作る合唱祭の力、見せてやろうぜ!」
「いい? 今日の放課後に中庭よ!」
そこで、わざとらしく雑音が入る。
なんとなく感じてはいたのだけれど、私はこの瞬間に確信した──放送部の部員たちも、この昼放送ジャックを楽しんでいると。
「え、えーと……なんとかマイクを取り戻しました、今日の放送担当、田中です。今週のリクエスト曲、ワッツ・アップの『オーバー・ザ・レインボー』。お聴きください」
合唱祭実行委員の二人とは打って変わって平坦な声での放送に続き、最近あちこちで耳にする洋楽のイントロが流れ始める。いつもの昼放送が戻ってきた。そういえばこの手の音楽は本当に誰かがリクエストしているのか、それとも放送部員の独断と偏見に基づく選曲なのか。そんなことをふと思う。
「え、何だったの? 今の……」
「ってか合唱委員っていつから劇団になったんだよ」
もう誰も、放送なんて聴いていない。それなのに話題は合唱祭のことでもちきりだった。
これはもう完全に、中村くんの作戦勝ちだと認めざるを得ない。
合唱祭実行委員会の委員長である新垣くんにしても、生徒会長である桐山会長にしても、こんな突拍子もない参加呼びかけにはならなかったはずだ。でも、彼らに似つかわしい真面目なトーンで話していたのでは、昼休みをにぎやかに過ごす生徒たちの耳には届かない。内容云々以前の問題だ。
きっと中村くんは最初からそれをわかって自ら手を挙げたに違いない。侮れない──いや、さすがだと思う。
「──ねえ、木崎さん。さっきの合唱祭の話ってさ……」
私が合唱祭実行委員だったと覚えていたのだろう。ちょうどお昼を食べ終わった私と梨花のもとに、クラスメイトが数人集まってきた。
(ああ本当に、合唱祭ができるんだ……!)
そんな感動に心の内だけで震えながら、私は彼女たちの応対をした。
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