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9月25日 木曜日
第40話 大した偶然
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「何よ! 休校だの授業の遅れがどうだのって、あんなの口実に決まってるわ!」
重苦しい雰囲気が漂う生徒会室で、輝が憤慨する。
「そんなことは俺たちだってみんなわかってる。問題はその口実に正当性があるってことだろ」
そうなのだ。全員で確認してみたところ、間の悪いことに今年は、一学期の終わり頃と二学期に入ってしばらく経った頃に一回ずつ、暴風警報による休校措置が計二回あった。「何日か」と言うには少ない気もするが、授業時限数が削られていたのは事実だ。
よって乾はただ現状を口にしただけなのだが、輝に「それこそわかってるわよ!」とかみつかれている。
「まさか教員側に刺客がいたとはねえ……」
中村くんがのんびり言う。こんな時でもマイペースを貫けるのはさすがかもしれない。
一方の塚本くんは、難しい顔をして黙り込んでいる。
「私としては、力ずくで中止させたいのは学校側なのに、自分たちは矢面に立たず私たちに発表させようとしてるのが何より受け入れられないかも」
私は誰にともなく言ってため息をついた。
こんな、直前も直前になってからの合唱祭の中止となれば、きっと参加予定の生徒からは不満が噴出する。当り前だ。来週の本番のために、みんなどれほど時間と労力をつぎ込んできたか。
学校側は、その不満と怒りの矛先を向けられたくなくて、私たち──特に合唱祭開催の実質的なリーダーである新垣くんや、全校生徒の代表たる桐山会長をスケープゴートにしようとしているのだ。
「会長、なんとかならないの?」
そっと言ったのは河野さんだった。
やはり彼女は合唱祭にまつわる桐山会長の事情を知っているらしい。
「学生の本分はどうしたって勉強だ。だから……授業の時限数だとか遅れだとか細かい現場のことに対してはあまり発言権がない。方針や理念にはいくらでも口を出せるだろうが……」
桐山会長は「理事会」と直接口にはせずに、静かにため息をついた。
今回に関しては、力を借りるのは難しいようだ。
「……桐山くん。もしどうしてもということになったら、中止は僕が宣告するよ。合唱祭の最高責任者は──実行委員長である僕だ」
新垣くんの静かな声が生徒会室に響く。
桐山会長は無言で新垣くんを見つめた。どう答えるべきか考えあぐねているのかもしれない。
「僕は合唱祭に関わらなければ所詮、しがない一生徒に過ぎない。でも君は違うだろう。わざわざ敵を増やすことはないよ」
新垣くんは、いざという時には桐山会長の盾になるつもりなのだ。やるせなさに胸が痛くなってくる。
「ちょっと、ここまで来て諦めるっていうわけ?」
輝が二人の間に割って入った。
もちろん、そう簡単に諦める人たちではないと思う。新垣くんだって「どうしても」と言っていた。でも、状況はとてつもなく不利だ。
「諦めちゃだめです」
真っ先に口を開いたのは、新垣くんでも桐山会長でもなく塚本くんだった。
「もちろんよ。だけど……どうすればいいの?」
輝が少し口調を和らげる。けれど塚本くんは悔しそうにうつむいた。
「それは……考えるしかないです」
生徒会室を、再び重苦しい沈黙が支配する。
(私も考えなきゃ……)
合唱祭にはなんだかんだで全校生徒の半数近くが参加するし、参加しない生徒にとっても、当日は午後の授業が言ってみれば合唱鑑賞イベントに変貌するのだ。だから正直、過半数とか三分の二以上とか、大勢の署名を集めることは自体はそう難しくはないと思う。でも時間がないのだ。
それに何より、生徒の署名では、学校側──というか教頭先生がまるで印籠のように振りかざしている「学生の本分は勉強」という大義名分に対抗できないだろう。
そもそも、休校措置がとられたのは二日で、うち一日は途中下校だったのだから、欠けたのは時限数でいえば十時限にも満たない。
その上今年は午後の授業が合唱祭の練習に充てられることもなかったのだから、冷静になって考えてみればその程度でカリキュラムに遅れが出るはずなんてないのだ。
その意味で輝が「口実」だと言ったのは正しい。その口実を、どうやったら崩せるのだろう……。
「……あの」
私の頭が考え事モードに突入しかけたとき、ふと誰かの声が聞こえた。
「もしかしたらひとつ、方法があるかもしれない」
その言葉に、みんな一斉に声の主を振り返る。山名さんだった。彼女は一斉に自分を振り返った十数人の中から、とある一人に視線を定めた。
「高野さん。あなたと私が二人とも合唱祭実行委員になるなんて──なんというか、大した偶然だなって思ってた。でももしかしたら、このためだったのかもしれないと思わない?」
何の話だろう。「偶然」とは? 二人はもともと知り合いだったのだろうか。こっそり周囲をうかがってみても、みんな同じような反応だ。けれど真紀ちゃんは、何か思い当たることがあったのか「あっ」と声を上げた。
「え、何? どういうこと?」
わけがわからなかったのは私だけじゃなかったようで、輝なんかはキョロキョロと二人を交互に見比べている。
「先輩。私、話してみます」
真紀ちゃんはやや緊張したような面持ちでうなずいた。
「まさか……」
つぶやいたのは桐山会長だ。二人のやりとりの意味がわかったのだろうか。
山名さんは、軽く微笑みながら桐山会長を振り返る。
「さすがね。たぶん、そのまさかよ」
重苦しい雰囲気が漂う生徒会室で、輝が憤慨する。
「そんなことは俺たちだってみんなわかってる。問題はその口実に正当性があるってことだろ」
そうなのだ。全員で確認してみたところ、間の悪いことに今年は、一学期の終わり頃と二学期に入ってしばらく経った頃に一回ずつ、暴風警報による休校措置が計二回あった。「何日か」と言うには少ない気もするが、授業時限数が削られていたのは事実だ。
よって乾はただ現状を口にしただけなのだが、輝に「それこそわかってるわよ!」とかみつかれている。
「まさか教員側に刺客がいたとはねえ……」
中村くんがのんびり言う。こんな時でもマイペースを貫けるのはさすがかもしれない。
一方の塚本くんは、難しい顔をして黙り込んでいる。
「私としては、力ずくで中止させたいのは学校側なのに、自分たちは矢面に立たず私たちに発表させようとしてるのが何より受け入れられないかも」
私は誰にともなく言ってため息をついた。
こんな、直前も直前になってからの合唱祭の中止となれば、きっと参加予定の生徒からは不満が噴出する。当り前だ。来週の本番のために、みんなどれほど時間と労力をつぎ込んできたか。
学校側は、その不満と怒りの矛先を向けられたくなくて、私たち──特に合唱祭開催の実質的なリーダーである新垣くんや、全校生徒の代表たる桐山会長をスケープゴートにしようとしているのだ。
「会長、なんとかならないの?」
そっと言ったのは河野さんだった。
やはり彼女は合唱祭にまつわる桐山会長の事情を知っているらしい。
「学生の本分はどうしたって勉強だ。だから……授業の時限数だとか遅れだとか細かい現場のことに対してはあまり発言権がない。方針や理念にはいくらでも口を出せるだろうが……」
桐山会長は「理事会」と直接口にはせずに、静かにため息をついた。
今回に関しては、力を借りるのは難しいようだ。
「……桐山くん。もしどうしてもということになったら、中止は僕が宣告するよ。合唱祭の最高責任者は──実行委員長である僕だ」
新垣くんの静かな声が生徒会室に響く。
桐山会長は無言で新垣くんを見つめた。どう答えるべきか考えあぐねているのかもしれない。
「僕は合唱祭に関わらなければ所詮、しがない一生徒に過ぎない。でも君は違うだろう。わざわざ敵を増やすことはないよ」
新垣くんは、いざという時には桐山会長の盾になるつもりなのだ。やるせなさに胸が痛くなってくる。
「ちょっと、ここまで来て諦めるっていうわけ?」
輝が二人の間に割って入った。
もちろん、そう簡単に諦める人たちではないと思う。新垣くんだって「どうしても」と言っていた。でも、状況はとてつもなく不利だ。
「諦めちゃだめです」
真っ先に口を開いたのは、新垣くんでも桐山会長でもなく塚本くんだった。
「もちろんよ。だけど……どうすればいいの?」
輝が少し口調を和らげる。けれど塚本くんは悔しそうにうつむいた。
「それは……考えるしかないです」
生徒会室を、再び重苦しい沈黙が支配する。
(私も考えなきゃ……)
合唱祭にはなんだかんだで全校生徒の半数近くが参加するし、参加しない生徒にとっても、当日は午後の授業が言ってみれば合唱鑑賞イベントに変貌するのだ。だから正直、過半数とか三分の二以上とか、大勢の署名を集めることは自体はそう難しくはないと思う。でも時間がないのだ。
それに何より、生徒の署名では、学校側──というか教頭先生がまるで印籠のように振りかざしている「学生の本分は勉強」という大義名分に対抗できないだろう。
そもそも、休校措置がとられたのは二日で、うち一日は途中下校だったのだから、欠けたのは時限数でいえば十時限にも満たない。
その上今年は午後の授業が合唱祭の練習に充てられることもなかったのだから、冷静になって考えてみればその程度でカリキュラムに遅れが出るはずなんてないのだ。
その意味で輝が「口実」だと言ったのは正しい。その口実を、どうやったら崩せるのだろう……。
「……あの」
私の頭が考え事モードに突入しかけたとき、ふと誰かの声が聞こえた。
「もしかしたらひとつ、方法があるかもしれない」
その言葉に、みんな一斉に声の主を振り返る。山名さんだった。彼女は一斉に自分を振り返った十数人の中から、とある一人に視線を定めた。
「高野さん。あなたと私が二人とも合唱祭実行委員になるなんて──なんというか、大した偶然だなって思ってた。でももしかしたら、このためだったのかもしれないと思わない?」
何の話だろう。「偶然」とは? 二人はもともと知り合いだったのだろうか。こっそり周囲をうかがってみても、みんな同じような反応だ。けれど真紀ちゃんは、何か思い当たることがあったのか「あっ」と声を上げた。
「え、何? どういうこと?」
わけがわからなかったのは私だけじゃなかったようで、輝なんかはキョロキョロと二人を交互に見比べている。
「先輩。私、話してみます」
真紀ちゃんはやや緊張したような面持ちでうなずいた。
「まさか……」
つぶやいたのは桐山会長だ。二人のやりとりの意味がわかったのだろうか。
山名さんは、軽く微笑みながら桐山会長を振り返る。
「さすがね。たぶん、そのまさかよ」
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