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9月26日 金曜日
第43話 容赦なき口上(2)
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「でしたら。たった二日間──正確には一日半でしたか? その程度の休校措置で生じた遅れが、『合唱祭』という純然たる生徒活動を無理矢理制限しなければ取り戻せないほどに深刻になるような、それほどまでに柔軟性に欠けるカリキュラムと、対応力に欠ける教師陣だと、教頭先生はそういうお考えでいらっしゃるという認識でよろしいのですね?」
山名さんのお母さんが語調を強めた。
「そんな、心外ですね。我が校におきましてそのようなことは決して……」
「いいえ、教頭先生がおっしゃっているのはそういうことです」
山名さんのお母さんはぴしゃりと言った。それだけでも教頭先生は口をつぐまざるをえなかっただろうけど、保護者会代表の攻めの姿勢は続く。
「それから、もちろんご理解いただけると思いますけれど、先生方が無下にしようとなさっているのは、生徒の努力だけではありませんからね。参加する生徒の多くが朝練に参加していますし、そうなればその親も必然的に普段より早起きを強いられますから。弁当を持たせようと思えば尚更。当然私たちも例外ではありません──ねえ、高野さん?」
「ええ。実行委員が練習や準備に遅刻するわけにはいきませんでしょうから、うちの子も毎日早くに家を出ていますよ」
真紀ちゃんのお母さんが応じたところで、スマホが運んでくる音声が途切れた。
「はい……? 実行委員……?」
むしろ、ここまで言われないと察することすらできなかったのか、と私はなんだか冷めた気分になる。
「あら、ご存じありませんでした? うちの娘も高野さんのお嬢さんも、合唱祭実行委員会のメンバーなんですよ。毎年、年度初めに結成されているでしょう?」
そんなこと、教頭先生が知らないのはわかっている。そして知らないことで分が悪いと感じるであろうことも、当然わかったうえでの指摘だ。
「まあ、教頭先生が把握していらっしゃらないのも無理はありませんけれどね。今年に限らず実行委員会による活動は、純然たる生徒活動だというお話ですし」
だからこそ学校側の──あなたの出る幕ではない、というわけだ。
「このたびのことは、いかんせん急なお話でしたから、会議を開いたりする間もありませんでしたし、その意味で、私たちの主張を現時点での保護者会の総意と申し上げることはできません。ですが」
山名さんのお母さんは絶妙なところで言葉を切った。
「会長である私と副会長である高野さんの意見は同じです。それに、メールでの簡易的なものにはなりますが、保護者会本部役員の半数以上から、委任の旨はお伝えいただいております」
ピラピラ、と紙を扱う音が聞こえてきた。おそらく、委任状ならぬ「委任メール」を印刷したものを取り出したのだろう。
「私たちは御校を、素晴らしいカリキュラムと有能な教師陣を備えた素晴らしい学校だと信じているからこそ、合唱祭の中止には断固、反対いたします」
保護者会の実態を知っているわけではないけれど、それこそ山名さんや真紀ちゃんのお母さんのような、一部の役員を中心に回っているだろうことは想像に難くない。だから「その意味で」総意ではない、というのはなかなかに真相を語る言い回しだ。正規の手続きを踏めていないだけで、実質的には総意と呼べるものなのだ。そしてそれはきっと、教頭先生にも伝わっている。
「御校が我々保護者の期待通りの学校であれば先の休校措置は合唱祭中止の事由には値しませんし、ゆえにこのような形で『純然たる生徒活動』が阻害されるのは、生徒たちにとって理不尽極まりないことであると思われます」
山名さんがお母さんのことを「口が達者」だと評した意味がよくわかる。言葉に力を込めるのが上手いのだ。単に説得力のある言い回しを選んでいるだけではない。強調する内容、タイミング、すべてが、言ってしまえば計算しつくされている。
もちろん、その背後に私たちが提供した情報の利があるのは確かだろうけれど、それを最大限に利用できるというのは間違いなく一つの「能力」だ。
「ですがこのような理不尽がまかり通り、それによって生徒たちが精神的苦痛を強いられるというのであれば、保護者会として見過ごすわけにはまいりません。よって近く本部役員に招集をかけ問題提起させていただきます。当然ですが」
相手に選択の余地を与えない論理展開も、互いの立場の強調という一種の脅しの使いどころも巧みで、私は内心舌を巻いた。いつかディベート大会に出ないといけなくなったりしたときには、山名さんのお母さんに教えを乞うことにしよう──なんてことを思っていると、とどめの一撃が振り下ろされた。
「……それにここだけの話、中止命令は教頭先生の名誉や評判を傷つけかねないレベルの悪手だと思いますよ。今まで手を貸してこなかったことに口だけは出す──文句だけはつけるなんて、まるで気に入らない部下の邪魔ばかりしているコネ出世の無能上司のようだって」
山名さんのお母さんが語調を強めた。
「そんな、心外ですね。我が校におきましてそのようなことは決して……」
「いいえ、教頭先生がおっしゃっているのはそういうことです」
山名さんのお母さんはぴしゃりと言った。それだけでも教頭先生は口をつぐまざるをえなかっただろうけど、保護者会代表の攻めの姿勢は続く。
「それから、もちろんご理解いただけると思いますけれど、先生方が無下にしようとなさっているのは、生徒の努力だけではありませんからね。参加する生徒の多くが朝練に参加していますし、そうなればその親も必然的に普段より早起きを強いられますから。弁当を持たせようと思えば尚更。当然私たちも例外ではありません──ねえ、高野さん?」
「ええ。実行委員が練習や準備に遅刻するわけにはいきませんでしょうから、うちの子も毎日早くに家を出ていますよ」
真紀ちゃんのお母さんが応じたところで、スマホが運んでくる音声が途切れた。
「はい……? 実行委員……?」
むしろ、ここまで言われないと察することすらできなかったのか、と私はなんだか冷めた気分になる。
「あら、ご存じありませんでした? うちの娘も高野さんのお嬢さんも、合唱祭実行委員会のメンバーなんですよ。毎年、年度初めに結成されているでしょう?」
そんなこと、教頭先生が知らないのはわかっている。そして知らないことで分が悪いと感じるであろうことも、当然わかったうえでの指摘だ。
「まあ、教頭先生が把握していらっしゃらないのも無理はありませんけれどね。今年に限らず実行委員会による活動は、純然たる生徒活動だというお話ですし」
だからこそ学校側の──あなたの出る幕ではない、というわけだ。
「このたびのことは、いかんせん急なお話でしたから、会議を開いたりする間もありませんでしたし、その意味で、私たちの主張を現時点での保護者会の総意と申し上げることはできません。ですが」
山名さんのお母さんは絶妙なところで言葉を切った。
「会長である私と副会長である高野さんの意見は同じです。それに、メールでの簡易的なものにはなりますが、保護者会本部役員の半数以上から、委任の旨はお伝えいただいております」
ピラピラ、と紙を扱う音が聞こえてきた。おそらく、委任状ならぬ「委任メール」を印刷したものを取り出したのだろう。
「私たちは御校を、素晴らしいカリキュラムと有能な教師陣を備えた素晴らしい学校だと信じているからこそ、合唱祭の中止には断固、反対いたします」
保護者会の実態を知っているわけではないけれど、それこそ山名さんや真紀ちゃんのお母さんのような、一部の役員を中心に回っているだろうことは想像に難くない。だから「その意味で」総意ではない、というのはなかなかに真相を語る言い回しだ。正規の手続きを踏めていないだけで、実質的には総意と呼べるものなのだ。そしてそれはきっと、教頭先生にも伝わっている。
「御校が我々保護者の期待通りの学校であれば先の休校措置は合唱祭中止の事由には値しませんし、ゆえにこのような形で『純然たる生徒活動』が阻害されるのは、生徒たちにとって理不尽極まりないことであると思われます」
山名さんがお母さんのことを「口が達者」だと評した意味がよくわかる。言葉に力を込めるのが上手いのだ。単に説得力のある言い回しを選んでいるだけではない。強調する内容、タイミング、すべてが、言ってしまえば計算しつくされている。
もちろん、その背後に私たちが提供した情報の利があるのは確かだろうけれど、それを最大限に利用できるというのは間違いなく一つの「能力」だ。
「ですがこのような理不尽がまかり通り、それによって生徒たちが精神的苦痛を強いられるというのであれば、保護者会として見過ごすわけにはまいりません。よって近く本部役員に招集をかけ問題提起させていただきます。当然ですが」
相手に選択の余地を与えない論理展開も、互いの立場の強調という一種の脅しの使いどころも巧みで、私は内心舌を巻いた。いつかディベート大会に出ないといけなくなったりしたときには、山名さんのお母さんに教えを乞うことにしよう──なんてことを思っていると、とどめの一撃が振り下ろされた。
「……それにここだけの話、中止命令は教頭先生の名誉や評判を傷つけかねないレベルの悪手だと思いますよ。今まで手を貸してこなかったことに口だけは出す──文句だけはつけるなんて、まるで気に入らない部下の邪魔ばかりしているコネ出世の無能上司のようだって」
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