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10月3日 金曜日
第46話 合唱祭、開演
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「続きまして、合唱祭実行委員長・新垣優也による開会宣言です」
そっと背中を押すような気分になりながら、私はその一言を読み上げる。
相変わらず「品行方正」という形容がしっくりくる新垣くんは、演台にたどり着くと桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をした。それから、講堂内にさっと視線を走らせる。その胸中は今、何を思っているのだろう。
改めて振り返れば、私たち合唱祭実行委員会は今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあったと思う。その中でいろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてもきた。
だからきっと新垣くんも、合唱祭実行委員長として、そういう経緯を踏まえたうえで、今年のこの合唱祭についての想いを語るのだろう──そう思っていたのだけれど。
彼の口から飛び出したのは、全くもって意外な一言だった。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
一瞬、きっちりと一定の長さの挨拶をこなした桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと、一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違う形ではあるかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。私はこっそり唾を飲み込んだ──さあ、今だ。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
新垣くんの凜とした声に感化されたのか、さざ波のように拍手が起こった。つられて手をたたきたくなったが、立場が立場なのでぐっと我慢する。運営側の人間──それも司会がマイクを持った手で拍手をするわけにはいかない。
礼をしてこちらへと戻ってきた新垣くんと入れ違いで、中村くんと湯浅くんが素早くステージに上がる。二人がかりで演台を撤去すると、そこはもう合唱祭の「舞台」にしか見えなくなった。嫌が上にも気分が高まってしまう。
二人がはけるのを見計らって、私は塚本くんにアイコンタクトを送った。かすかにうなずいた塚本くんは、真紀ちゃんと一緒に前のほうの列の席にいた一団をステージへと誘導し始める。
ここはあくまで校内にある講堂なので、例年の音楽ホールのようにリハーサル室や舞台袖の待機スペースなどは使えない。よって席から直接ステージへと上がり、合唱が終わればまた直接席へと戻るシステムにしたのだった。
通常ならこうして全校生徒が集まる場合は一、二年生が一階席、三年生が二階席という割り当てだが、今日は学年に関係なく、合唱に参加する生徒が一階席、しない生徒が一階席奥と二階席に着席している。参加生徒にはグループごとに、極力舞台に上がるのに近い状態で──つまりパート別の並びになるように着席してもらい時間短縮を図ったが、とりあえずはうまくいきそうだ。内心ほっとする。
舞台に整列した中にはよく見知った顔もあった。ソプラノの位置には輝が、アルトの位置には山名さんがいる。
と、ちょうど誘導を終えた真紀ちゃんが塚本くんとともに壁際にはけるのが見えて、私はこの数日幾度となく思ったことをまた思ってしまうのだった。ほんの、ごく数名でいいから保護者を招きたかった、と。
もちろん私たちは私たちで全力を尽くしたと、迷いなく言い切れる。それでも今日のこの開催にこぎ着けた裏には、決して欠くことのできない保護者会からの援護射撃があったのだから。
とはいえ今日のこの舞台を見せたいと思うのは、単なるエゴに過ぎないのかもしれないけれど。
準備が整ったようなので、私はマイクのスイッチを入れた。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲名に続けて作詞者と作曲者、そして指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
そっと背中を押すような気分になりながら、私はその一言を読み上げる。
相変わらず「品行方正」という形容がしっくりくる新垣くんは、演台にたどり着くと桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をした。それから、講堂内にさっと視線を走らせる。その胸中は今、何を思っているのだろう。
改めて振り返れば、私たち合唱祭実行委員会は今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあったと思う。その中でいろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてもきた。
だからきっと新垣くんも、合唱祭実行委員長として、そういう経緯を踏まえたうえで、今年のこの合唱祭についての想いを語るのだろう──そう思っていたのだけれど。
彼の口から飛び出したのは、全くもって意外な一言だった。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
一瞬、きっちりと一定の長さの挨拶をこなした桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと、一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違う形ではあるかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。私はこっそり唾を飲み込んだ──さあ、今だ。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
新垣くんの凜とした声に感化されたのか、さざ波のように拍手が起こった。つられて手をたたきたくなったが、立場が立場なのでぐっと我慢する。運営側の人間──それも司会がマイクを持った手で拍手をするわけにはいかない。
礼をしてこちらへと戻ってきた新垣くんと入れ違いで、中村くんと湯浅くんが素早くステージに上がる。二人がかりで演台を撤去すると、そこはもう合唱祭の「舞台」にしか見えなくなった。嫌が上にも気分が高まってしまう。
二人がはけるのを見計らって、私は塚本くんにアイコンタクトを送った。かすかにうなずいた塚本くんは、真紀ちゃんと一緒に前のほうの列の席にいた一団をステージへと誘導し始める。
ここはあくまで校内にある講堂なので、例年の音楽ホールのようにリハーサル室や舞台袖の待機スペースなどは使えない。よって席から直接ステージへと上がり、合唱が終わればまた直接席へと戻るシステムにしたのだった。
通常ならこうして全校生徒が集まる場合は一、二年生が一階席、三年生が二階席という割り当てだが、今日は学年に関係なく、合唱に参加する生徒が一階席、しない生徒が一階席奥と二階席に着席している。参加生徒にはグループごとに、極力舞台に上がるのに近い状態で──つまりパート別の並びになるように着席してもらい時間短縮を図ったが、とりあえずはうまくいきそうだ。内心ほっとする。
舞台に整列した中にはよく見知った顔もあった。ソプラノの位置には輝が、アルトの位置には山名さんがいる。
と、ちょうど誘導を終えた真紀ちゃんが塚本くんとともに壁際にはけるのが見えて、私はこの数日幾度となく思ったことをまた思ってしまうのだった。ほんの、ごく数名でいいから保護者を招きたかった、と。
もちろん私たちは私たちで全力を尽くしたと、迷いなく言い切れる。それでも今日のこの開催にこぎ着けた裏には、決して欠くことのできない保護者会からの援護射撃があったのだから。
とはいえ今日のこの舞台を見せたいと思うのは、単なるエゴに過ぎないのかもしれないけれど。
準備が整ったようなので、私はマイクのスイッチを入れた。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲名に続けて作詞者と作曲者、そして指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
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