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439、お祝い探し
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ヴィルさんの後を付いていくと、ヴィルさんはクラッシュの店に迷わず入っていった。
カランとドアベルが鳴り、クラッシュがこっちを向く。
「あ、いらっしゃい、マック、ヴィル。2人そろってどうしたの? 探し物?」
「ああ。弟の結婚祝いに何がいいか相談しに来たんだ」
レジで精算を済ませていたプレイヤーが「ここで? 結婚?」と呟いているのを聞いてしまった俺は、そうだよなあと苦笑した。
「弟って……ヴィデロが結婚……?」
怪訝な顔をして呟いたクラッシュは、ハッとしたようにこっちを凝視した。
そしてカウンターから店の方に出てくると、俺より若干高い背で、俺を見下ろした。
目がキラキラしてる。なんか、完全に面白がってないか。
「おめでとう。いつそういう話が出てくるのかってちょっとやきもきしてたんだよ。マックだって成人してるんだしね。それなのにイチャイチャするばっかりで全然結婚の話にならないからさあ。ええと、お祝いはあれでいいんじゃないかな。初夜に使う大人のアイテム」
「自分で作った物をヴィルさんからプレゼントされちゃうわけ?」
「でもほら、最初が肝心……ってもう初めてじゃないのか」
肩を掴んでニコニコしているクラッシュに、ヴィルさんが「初夜に使う大人のアイテム……」と呟いている。周りのプレイヤーも「なんだその大人のアイテムって」とか聞き耳を立ててるから、もし成人してない人がいる場合ヤバいからそろそろその口を閉じた方がいいよクラッシュ。って、見るからに皆成人済みだけど。
「マックはどんなものが欲しい? 俺もささやかながら何かお祝いするよ。親友として!」
「待って、ちょっと待って!」
どんどん進んで行く話に、当の本人である俺たちが置いていかれている。
プロポーズを受けたの、本当にほんの少し前だよ。なのになんでもうお祝いの話になるんだよ。
まだお祝いされる前の段階だってば。
慌ててクラッシュに説明すると、クラッシュは「なあんだ」と残念そうな顔をした。
「早く婚姻の儀を受けておいでよ。盛大にお祝いしない? マックの工房で。もちろん、料理はマックが担当ね。俺は飾り付けでもするかな」
「何で祝われる人が全部提供しないといけないんだよ……こっちでは披露宴とかそういうのはないの?」
「披露宴って何? 結婚は婚姻の儀を受けたら成立するよ」
「それだけ?」
やっぱり不思議に思うけど、こっちの結婚観ってどんな感じなんだろう。俺たちは役所で籍を入れて、披露宴とか神前で誓いを立てるとか新婚旅行とか色々あるのに。でもロイさんは少しの間休んでたから、旅行くらいはあるのかな。
それに、婚姻の儀を受けるとどうなるんだろう。何かが違ってくるのかな。ロイさんは祈ると気分が変わるって言ってたけど。
そこらへんちょっと気になる。
「それだけってマックは何を期待してるんだよ。婚姻の儀ってのは相手と婚姻の契約を結ぶことだよ。それ以外何があるの」
「俺たちは皆に結婚しましたっていうのを知らせるパーティーみたいなのを開いたりするけど。えっと、こっちでは戸籍とかどうなってるんだろ」
「戸籍って?」
「国籍とか家族構成とかを把握する個人のパーソナルデータ。国で管理してるんだよ」
「一人一人!?」
戸籍を持ってない人はほぼいないから、と頷くと、クラッシュは目を剥いていた。
こっちでは戸籍とかそういうのの管理はしないのかな。税金とかどうするんだろう。それに、国……はもうこの国しかないから、街ごとの人口の増減とか、国で把握はしてないのかな。
「マックの国はおかしなことが沢山あるね。人族の人数を把握してどうするの。国中で考えると、魔物に殺されたりする人が結構な数まだいるからさ、そんないちいち把握なんてしないでしょ。大変だもん」
「そっか……そういう脅威があるのか」
「うん。まあ今は異邦人たちが魔物を駆逐してくれるから、そういう被害も減ってきたけどね。ほんとありがたいよ」
店の中にいる人たちに「これからもよろしくね」と美形の笑顔を振りまくクラッシュに、周りの人たちが「もちろん!」「任せとけ!」と応えている。
その光景を微笑ましく見ながら、俺は、結婚祝いからどうしてこんな話になった、と首を傾げた。
そうだ婚姻の儀だ。契約って、何だろう。婚姻の儀を受けることで、俺とヴィデロさんが何か契約を結ぶって事かな。
病める時も健やかなるときも愛するっていう契約かな。そんなのは契約しなくても絶対なのに。契約を破ると何かあるのかな。身体的ペナルティーとかあるなら、婚姻の儀も素直に受けていいのか悩む。あの神殿にいたおじいちゃんに聞いたら教えてくれるのかな。ちょっと受ける前に質問しよう。ヴィデロさんの不利になることは絶対にしない。
ヴィルさんは、おとなしくクラッシュの店の中を物色していた。
棚には結構珍しい魔物の素材とか、採取された物とか、瓶に入っているあらゆるポーション類とかが所狭しと並んでいる。改めてみると、結構楽しいんだ。中央にでんと生えて屋根を貫通している木には、ちょっとした棚が作られていて、そこにもアイテムが乗っていたりするし。年々育って行ってるらしく、一番上の棚は既に天井付近にあり、何も乗せれない状態になっている。
カウンター前の大きな籠に果物が山のように入っていたり、乾燥薬草が天井からぶら下がっていたり、クラッシュの店はとても雰囲気がある。
「マックさ、暇ならそこのテーブルでハイポーション作って納品してくれない? 薬草なら昨日カイルの所から届いたものがあるから」
「いいよ。ヴィルさん置いて勝手に帰るのもあれだし」
「ありがと」
クラッシュに素材を出してもらって、調薬キットを全て並べる。全部使って作ると早いからね。
ヴィルさんが選んでいる間は暇だから、と薬草を磨り始めると、皆がカウンター向こうからこっちに注目していた。
ふとハイポーションの棚を見ると、ランクが高い物は品薄状態になっている。
どれくらい納品すればいいかな。
視線を感じながら調薬キットをフル活用して、待ち時間中に300程納品した俺は、悩んでいるらしいヴィルさんをチラ見してから、今度はマジックハイポーションを作ることにした。
そんなに真剣に弟へのプレゼントを考えるんだ。
真剣な顔をしたヴィルさんが目に入って、俺はちょっとだけ兄弟が羨ましいと思った。一人っ子だからね。
「なあ、天使。天使は弟の趣味がどういう物かわかるか?」
どうにも一人では選べなかったらしいヴィルさんは、とうとうクラッシュに助けを求めていた。
クラッシュも首を傾げて唸る。
「ヴィデロが好きな物……俺、マックしか思い浮かばないや」
「奇遇だな。俺もなんだ」
「他に何をあげてもあんまり喜ばなそうだもんね」
「それなんだよ。弟用の部屋を作っても、嬉しくなさそうだったし、通信の魔道具を渡しても顔を顰めていたし。挙句、こんな高価なものを個人が持てるか、と怒られてしまった」
「通信の魔道具はねえ……うちにもないよ。あれほんと高いし世界にそんなに数ないもん。そんなのあげたの? どれだけ稼いでるんだよヴィル。そんな高価なものヴィデロが貰っても喜ぶわけないじゃん」
「そうか。でもそれは俺の希望じゃないから断る余地はなかったんだけどな。部屋の家具もセィ城下街の家具職人『ロウラー』から仕入れたんだが。お薦めをされて」
「うわあ……ねえ、ヴィルは一体今までどれくらいヴィデロに注ぎ込んでるの?」
「そこまでじゃないよ。何せ何をやろうとしても受け取ってもらえない。無理やり渡しても喜ばない。一番喜んだ顔をしてるのが、マックと手を繋いだ時っていうのがなんていうか、お兄ちゃんとして悲しい反面、嬉しかったり複雑な心境なんだ」
クラッシュの楽しそうな笑い声が店に響き、 プレイヤーたちが口々に「俺はそこまで弟と仲良くないからなあ」「俺、妹に嫌われてるから」「俺は兄がいるけど、ゲーム一つ貸してくれなかったな。今もADOにいるけど、アイテムの一つも融通してくれないし」「兄弟なんてそんなもんだよ」なんて兄弟談義を始める。
ほのぼのと訊きながらマジックハイポーションも300程作り終えた俺は、それをケースにしまって重ねると、調薬キットを片付けた。
「クラッシュ、出来たよ。300ずつでいい?」
「いいよーほんとならもう少し欲しいところだけど」
「うわ、俺、出来立てほやほやのハイポ欲しい。なあ店主さん、売ってくれないか?」
「俺も! マジックハイポくれ。金ならある」
いいよーとカウンターに走っていくクラッシュを見送りながら、俺はヴィルさんの横に立った。
「いいのありました?」
声を掛けると、ヴィルさんは苦笑して俺を見下ろした。
「いいや、全く。もういっそマックにウエディングドレスを着せて目の前に放り出したら一番喜ぶんじゃないかな、なんて思ってしまっている」
「着ません」
即否定すると、ヴィルさんが声を出して笑った。
そして、思い出したように「そうだ」と手を打った。
「あのクワットロの店に連れて行ってくれないか?」
「レガロさんの所ですか?」
「ああ。あの店なら、何かしら弟の喜ぶものがあるかもしれない」
確かに、通常じゃ絶対に手に入らないようなものがわんさかあるし。下手したらアーティファクト級の物すらポンと置いてありそう。必要な人が出てくるかもしれないとか言いながら。
お客対応に追われているクラッシュにまたねと挨拶すると、俺たちは工房に戻ってきた。
そして、工房からレガロさんの店前に転移で跳んだ。ここら辺一体はプレイヤーが通常では入ってこれない場所だから、転移を使うのも楽だな。
レガロさんの店をノックすると、中から「どうぞ」と声がかかった。
中に入るとレガロさんが優雅に一礼して、「いらっしゃいませ」と俺たちを歓迎してくれた。
「今日はどういったご用件でしょうか」
レガロさんは、俺じゃなくてヴィルさんにまっすぐ視線を向けてそう訊いた。
用事があるのがヴィルさんだって、一発でわかるんだよね。さすがレガロさん。
「弟の結婚祝いを探しに来ました。店の中を見せてもらってもいいでしょうか」
「勿論。心ゆくまで探して下さいませ。マック君、お久しぶりです。もしよければ、待ち時間に奥でお茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます」
案内されて、奥のテーブルに着くと、観葉植物の葉の間から楽し気に店内を物色するヴィルさんに目を向けた。
レガロさんは俺にお茶を出してくれると、ヴィルさんに近付いていく。
俺もあとで何かないか店の中を見てみようかな。ヴィデロさんが喜ぶものとかあるかな。
そう考えて、なんだ、ヴィルさんと同じこと考えてるじゃん、なんてちょっとだけ可笑しくなったのだった。
カランとドアベルが鳴り、クラッシュがこっちを向く。
「あ、いらっしゃい、マック、ヴィル。2人そろってどうしたの? 探し物?」
「ああ。弟の結婚祝いに何がいいか相談しに来たんだ」
レジで精算を済ませていたプレイヤーが「ここで? 結婚?」と呟いているのを聞いてしまった俺は、そうだよなあと苦笑した。
「弟って……ヴィデロが結婚……?」
怪訝な顔をして呟いたクラッシュは、ハッとしたようにこっちを凝視した。
そしてカウンターから店の方に出てくると、俺より若干高い背で、俺を見下ろした。
目がキラキラしてる。なんか、完全に面白がってないか。
「おめでとう。いつそういう話が出てくるのかってちょっとやきもきしてたんだよ。マックだって成人してるんだしね。それなのにイチャイチャするばっかりで全然結婚の話にならないからさあ。ええと、お祝いはあれでいいんじゃないかな。初夜に使う大人のアイテム」
「自分で作った物をヴィルさんからプレゼントされちゃうわけ?」
「でもほら、最初が肝心……ってもう初めてじゃないのか」
肩を掴んでニコニコしているクラッシュに、ヴィルさんが「初夜に使う大人のアイテム……」と呟いている。周りのプレイヤーも「なんだその大人のアイテムって」とか聞き耳を立ててるから、もし成人してない人がいる場合ヤバいからそろそろその口を閉じた方がいいよクラッシュ。って、見るからに皆成人済みだけど。
「マックはどんなものが欲しい? 俺もささやかながら何かお祝いするよ。親友として!」
「待って、ちょっと待って!」
どんどん進んで行く話に、当の本人である俺たちが置いていかれている。
プロポーズを受けたの、本当にほんの少し前だよ。なのになんでもうお祝いの話になるんだよ。
まだお祝いされる前の段階だってば。
慌ててクラッシュに説明すると、クラッシュは「なあんだ」と残念そうな顔をした。
「早く婚姻の儀を受けておいでよ。盛大にお祝いしない? マックの工房で。もちろん、料理はマックが担当ね。俺は飾り付けでもするかな」
「何で祝われる人が全部提供しないといけないんだよ……こっちでは披露宴とかそういうのはないの?」
「披露宴って何? 結婚は婚姻の儀を受けたら成立するよ」
「それだけ?」
やっぱり不思議に思うけど、こっちの結婚観ってどんな感じなんだろう。俺たちは役所で籍を入れて、披露宴とか神前で誓いを立てるとか新婚旅行とか色々あるのに。でもロイさんは少しの間休んでたから、旅行くらいはあるのかな。
それに、婚姻の儀を受けるとどうなるんだろう。何かが違ってくるのかな。ロイさんは祈ると気分が変わるって言ってたけど。
そこらへんちょっと気になる。
「それだけってマックは何を期待してるんだよ。婚姻の儀ってのは相手と婚姻の契約を結ぶことだよ。それ以外何があるの」
「俺たちは皆に結婚しましたっていうのを知らせるパーティーみたいなのを開いたりするけど。えっと、こっちでは戸籍とかどうなってるんだろ」
「戸籍って?」
「国籍とか家族構成とかを把握する個人のパーソナルデータ。国で管理してるんだよ」
「一人一人!?」
戸籍を持ってない人はほぼいないから、と頷くと、クラッシュは目を剥いていた。
こっちでは戸籍とかそういうのの管理はしないのかな。税金とかどうするんだろう。それに、国……はもうこの国しかないから、街ごとの人口の増減とか、国で把握はしてないのかな。
「マックの国はおかしなことが沢山あるね。人族の人数を把握してどうするの。国中で考えると、魔物に殺されたりする人が結構な数まだいるからさ、そんないちいち把握なんてしないでしょ。大変だもん」
「そっか……そういう脅威があるのか」
「うん。まあ今は異邦人たちが魔物を駆逐してくれるから、そういう被害も減ってきたけどね。ほんとありがたいよ」
店の中にいる人たちに「これからもよろしくね」と美形の笑顔を振りまくクラッシュに、周りの人たちが「もちろん!」「任せとけ!」と応えている。
その光景を微笑ましく見ながら、俺は、結婚祝いからどうしてこんな話になった、と首を傾げた。
そうだ婚姻の儀だ。契約って、何だろう。婚姻の儀を受けることで、俺とヴィデロさんが何か契約を結ぶって事かな。
病める時も健やかなるときも愛するっていう契約かな。そんなのは契約しなくても絶対なのに。契約を破ると何かあるのかな。身体的ペナルティーとかあるなら、婚姻の儀も素直に受けていいのか悩む。あの神殿にいたおじいちゃんに聞いたら教えてくれるのかな。ちょっと受ける前に質問しよう。ヴィデロさんの不利になることは絶対にしない。
ヴィルさんは、おとなしくクラッシュの店の中を物色していた。
棚には結構珍しい魔物の素材とか、採取された物とか、瓶に入っているあらゆるポーション類とかが所狭しと並んでいる。改めてみると、結構楽しいんだ。中央にでんと生えて屋根を貫通している木には、ちょっとした棚が作られていて、そこにもアイテムが乗っていたりするし。年々育って行ってるらしく、一番上の棚は既に天井付近にあり、何も乗せれない状態になっている。
カウンター前の大きな籠に果物が山のように入っていたり、乾燥薬草が天井からぶら下がっていたり、クラッシュの店はとても雰囲気がある。
「マックさ、暇ならそこのテーブルでハイポーション作って納品してくれない? 薬草なら昨日カイルの所から届いたものがあるから」
「いいよ。ヴィルさん置いて勝手に帰るのもあれだし」
「ありがと」
クラッシュに素材を出してもらって、調薬キットを全て並べる。全部使って作ると早いからね。
ヴィルさんが選んでいる間は暇だから、と薬草を磨り始めると、皆がカウンター向こうからこっちに注目していた。
ふとハイポーションの棚を見ると、ランクが高い物は品薄状態になっている。
どれくらい納品すればいいかな。
視線を感じながら調薬キットをフル活用して、待ち時間中に300程納品した俺は、悩んでいるらしいヴィルさんをチラ見してから、今度はマジックハイポーションを作ることにした。
そんなに真剣に弟へのプレゼントを考えるんだ。
真剣な顔をしたヴィルさんが目に入って、俺はちょっとだけ兄弟が羨ましいと思った。一人っ子だからね。
「なあ、天使。天使は弟の趣味がどういう物かわかるか?」
どうにも一人では選べなかったらしいヴィルさんは、とうとうクラッシュに助けを求めていた。
クラッシュも首を傾げて唸る。
「ヴィデロが好きな物……俺、マックしか思い浮かばないや」
「奇遇だな。俺もなんだ」
「他に何をあげてもあんまり喜ばなそうだもんね」
「それなんだよ。弟用の部屋を作っても、嬉しくなさそうだったし、通信の魔道具を渡しても顔を顰めていたし。挙句、こんな高価なものを個人が持てるか、と怒られてしまった」
「通信の魔道具はねえ……うちにもないよ。あれほんと高いし世界にそんなに数ないもん。そんなのあげたの? どれだけ稼いでるんだよヴィル。そんな高価なものヴィデロが貰っても喜ぶわけないじゃん」
「そうか。でもそれは俺の希望じゃないから断る余地はなかったんだけどな。部屋の家具もセィ城下街の家具職人『ロウラー』から仕入れたんだが。お薦めをされて」
「うわあ……ねえ、ヴィルは一体今までどれくらいヴィデロに注ぎ込んでるの?」
「そこまでじゃないよ。何せ何をやろうとしても受け取ってもらえない。無理やり渡しても喜ばない。一番喜んだ顔をしてるのが、マックと手を繋いだ時っていうのがなんていうか、お兄ちゃんとして悲しい反面、嬉しかったり複雑な心境なんだ」
クラッシュの楽しそうな笑い声が店に響き、 プレイヤーたちが口々に「俺はそこまで弟と仲良くないからなあ」「俺、妹に嫌われてるから」「俺は兄がいるけど、ゲーム一つ貸してくれなかったな。今もADOにいるけど、アイテムの一つも融通してくれないし」「兄弟なんてそんなもんだよ」なんて兄弟談義を始める。
ほのぼのと訊きながらマジックハイポーションも300程作り終えた俺は、それをケースにしまって重ねると、調薬キットを片付けた。
「クラッシュ、出来たよ。300ずつでいい?」
「いいよーほんとならもう少し欲しいところだけど」
「うわ、俺、出来立てほやほやのハイポ欲しい。なあ店主さん、売ってくれないか?」
「俺も! マジックハイポくれ。金ならある」
いいよーとカウンターに走っていくクラッシュを見送りながら、俺はヴィルさんの横に立った。
「いいのありました?」
声を掛けると、ヴィルさんは苦笑して俺を見下ろした。
「いいや、全く。もういっそマックにウエディングドレスを着せて目の前に放り出したら一番喜ぶんじゃないかな、なんて思ってしまっている」
「着ません」
即否定すると、ヴィルさんが声を出して笑った。
そして、思い出したように「そうだ」と手を打った。
「あのクワットロの店に連れて行ってくれないか?」
「レガロさんの所ですか?」
「ああ。あの店なら、何かしら弟の喜ぶものがあるかもしれない」
確かに、通常じゃ絶対に手に入らないようなものがわんさかあるし。下手したらアーティファクト級の物すらポンと置いてありそう。必要な人が出てくるかもしれないとか言いながら。
お客対応に追われているクラッシュにまたねと挨拶すると、俺たちは工房に戻ってきた。
そして、工房からレガロさんの店前に転移で跳んだ。ここら辺一体はプレイヤーが通常では入ってこれない場所だから、転移を使うのも楽だな。
レガロさんの店をノックすると、中から「どうぞ」と声がかかった。
中に入るとレガロさんが優雅に一礼して、「いらっしゃいませ」と俺たちを歓迎してくれた。
「今日はどういったご用件でしょうか」
レガロさんは、俺じゃなくてヴィルさんにまっすぐ視線を向けてそう訊いた。
用事があるのがヴィルさんだって、一発でわかるんだよね。さすがレガロさん。
「弟の結婚祝いを探しに来ました。店の中を見せてもらってもいいでしょうか」
「勿論。心ゆくまで探して下さいませ。マック君、お久しぶりです。もしよければ、待ち時間に奥でお茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます」
案内されて、奥のテーブルに着くと、観葉植物の葉の間から楽し気に店内を物色するヴィルさんに目を向けた。
レガロさんは俺にお茶を出してくれると、ヴィルさんに近付いていく。
俺もあとで何かないか店の中を見てみようかな。ヴィデロさんが喜ぶものとかあるかな。
そう考えて、なんだ、ヴィルさんと同じこと考えてるじゃん、なんてちょっとだけ可笑しくなったのだった。
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