これは報われない恋だ。

朝陽天満

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475、秘密裏の実験

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 俺は今、こっそりとアリッサさんの部屋に来ている。

 ヴィルさんとアリッサさんとアリッサさんの部下数名と打ち合わせをしている中に縮こまって話を聞いていた俺の役目は、アリッサさんをジャル・ガーさんの元に秘密裏に運ぶことと、ヴィルさんから送られてきた機材、そして解析用植物をアリッサさんと共に無事気付かれずにアリッサさんの部屋に連れ戻すこと。

 何だ簡単じゃん、なんて思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。

 アリッサさんは基本あの建物を出てはいけないらしいから。本人も本当はこんなことでもない限り出ようとは思わないって言ってたし。

 そして、基本宰相さんの部屋なので、宰相さんが不意に現れないとも限らないってのが一番のネック。

 これはしっかりとユキヒラも巻き込んで話を進めることに決めたらしいアリッサさんは、打ち合わせの席にユキヒラも巻き込んでいた。体育会系眼鏡ユキヒラに二度目の邂逅だ。

 ユキヒラもいまいち居心地が悪かったのか、俺と二人ただ黙って部屋の隅で話を聞いていただけだった。







「持ち込むのは『FCM』でいいわね」

「『CFCS』は?」

「あの機材はちょっと大きすぎるわ。とりあえずこっちと転送した物が同一のもので、DNAの配列がひとつも違いないことを確認出来ればいいんでしょ」

「『TIN』なんかは」

「すぐには手に入らないわよ。分野違いですもの」



 こんな風に、俺には全くチンプンカンプンな単語が並んで打ち合わせが進んでいく。

 ユキヒラもちょっとだけ険しい顔をしていることから、あんまり理解していないんだと、思いたい。

 手元の資料を見ながら首を捻っていると、話がまとまったのか、アリッサさんが資料を閉じてこっちを向いた。



「じゃあ、幸平はアンドルースの動きを見ていてね。健吾君は、私の運搬をお願い」

「俺そんなスパイみたいなことすんの嫌なんですけど」

「運搬って……アリッサさん」



 口を尖らすユキヒラと、突っ込む俺。



「これが成功しないと俺が今までやってきたことはすべて無駄になりそうなんだよ」

「で、将来こいつをむこうに送り込んでこいつに苦行を強いると? 翻訳ねえと言葉も通じない場所に?」



 実験内容を聞いたユキヒラは、最終的に皆が何をしたいのかを察したみたいだった。

 話が分からないから口をとがらせてたわけじゃなくて、そのことで憤慨していたわけか。



「それもあるが、それはまず第一歩ってところだな。そこからどう展開するかが問題になる。一人だけ送っても、それは向こうの世界の発展には全く意味を為さない。その後だ。もしあの世界と行き来出来るようになったら、この世界の人口増加による土地不足も緩和される一つの手になるかもしれない」

「あの世界だってかなり狭いだろ。今の所人の住めない土地も多いけど。魔物とかいう害獣だって山ほどいるのに、こっちから行った非力なやつらがどうやって向こうで暮らすっていうんだよ」

「そのためのADOだろ。向こうの世界に生身で行っても、ちゃんと身体能力もその他の技術も、しっかりと習得出来ていたのは、母が確認済みだ」

「そうね。こっちに戻ってきてからログインしたら、初期ステータスが面白いことになっていたわ。魔道具制作レベルも最初から高かったし。ADOをプレイした後生身で向こうに行くとすると、そのステータスが反映されるんじゃないかと踏んでるのよ。言語は……頑張って実用化されるまでに私が翻訳機の魔道具でも製作すればいい。まずは第一歩を踏み出したところなのよ。先は長いの」



 だから、お願い。と顔の前で手を合わせるアリッサさんの視線に押されたように、ユキヒラはしかめっ面のまま口を噤んだ。

 小声でお前はいいのかよ、なんて訊いてきたけど、すっかり覚悟をしている俺は「何が?」と返していた。その答えを聞いて、ユキヒラは盛大に溜め息を吐いていた。

 そして、諦めたように協力することを了承していた。



 

『宰相は執務室内。国内の持ち込まれる書類を午前中に片付ける予定。俺も手伝わされることになった。くそ』

『了解』



 ユキヒラからのメッセージの答えを返して、俺はアリッサさんと手を繋いだ。

 アリッサさんは街にいる人のような軽装をしていて、腰にはインベントリに繋がっているちいさなポーチ型カバンを付けている。

 魔力も大分上がったから、セィ城下街からジャル・ガーさんの所に一度の転移で跳べるようになった俺は、迷いなくジャル・ガーさんの部屋の中・に転移した。

 今日は実験の日だから扉は締め切られてるんだ。

 部屋の中では、石化を解かれたジャル・ガーさんとケインさんと獣人さん数人、そして赤片喰さんが来ていた。赤片喰さんはすごく居心地が悪そうにしながら、獣人さんに肩を組まれている。

 時たまじろりとジャル・ガーさんの視線が赤片喰さんに向くのは、きっとまだ信用されてないからかもしれない。



 俺とアリッサさんが現れると、赤片喰さんの肩に止まっていた鳥が宙に舞った。

 そしてピヨ、と鳴く。



『来たな。時間が勿体ない。早速送る』



 メッセージと共に目の前に光がキラキラと集まっていく。

 そして、なんだかよくわからない機械が出てきた。

 それをアリッサさんが慣れた仕草で移動させる。

 そして、カバンから取り出したのは、よくわからない機械。

 それに送られて来た機械のコンセントを差し込む。そして、機械を難なく起動させた。



「これね、こっそりと遊びで作っていたコンセント用充電用魔道具よ。これ一台しかないからアンドルースにも教えてないの。中に雷の魔法が込められた魔石を填め込んで、それをここから放出できるように中を加工したのよ。使える機会が出来て嬉しいわ」



 笑顔で説明してくれたアリッサさんは、さっそく起動したよくわからない機械を色々と弄っていた。



「設定よし。ヴィルフレッド、お願い」

『了解』



 ピヨ、の声と共に、今度は紙が送られてきた。その紙に小さな袋がくっつけられていて、紙にはよくわからない数字とグラフが並んでいる。

 アリッサさんは内容がわかっているのか、それをじっと見てからヴィルさんに「ありがとう」と声を掛けた。

 そして、袋の中から種を取り出して、よくわからない機械の中に入れている。



「ちゃんと作動してね……」



 祈るように呟いて、アリッサさんが機械についているパネルを弄る。

 周りでは獣人さんたちが興味津々で見守っているけれど、誰も手を出そうとはしていない。

 俺も何も言えずにごくりと生唾を呑み込んで見守っていた。



「……ねえ、ジャル。魔素が改変することなんてあるのかしら?」



 ポツリとアリッサさんが呟く。

 よくわからないその問いに、ジャル・ガーさんが何言ってんだ見たいな顔をしてアリッサさんを見下ろした。



「改変なんて普通にあるだろ。魔素が変化したもんが魔物で、そこから出てくるアイテムも魔素が変化したもんだな。あとは……勝手に出来上がるアーティファクトとかも魔素の改変だろ。それに、お前らの身体も魔素が変化して作られてるものだろうが」

「そうよね……これは、どう受け取ればいいのかしら……」



 ジャル・ガーさんの答えを聞いて、アリッサさんが額を押さえて資料とモニターを交互に覗き込む。



「ヴィルフレッド、聞いて。配列が少しだけ足りないわ。これじゃそっちで作れる作物にはなりえない。ということは、有機質を送るのは難しいってことよ」

『機器自体が改変されているってことはないのか?』

「作動状況は全く変わりなかったわ。不調もなし。ってことは、この種自体がちゃんとした形として送られてこなかったってことになると思う。まあ、機器類の変調ってのも視野に入れるとして。この種を獣人の村で育ててみて貰う約束をしていたけれど、育つかわからないわ」

「一応預かっておこう。ケイン」

「はいよ。ヒイロに渡しときます」



 アリッサさんはくっついてきた紙の資料をケインさんに渡して、普通に育つとこんな作物になるということを説明していた。

 そして、もう一つヴィルさんから送ってもらう。

 それも機械にセットして、またも厳しい顔をした。



「これも……さっきよりも多く配列が抜けてるわ。これじゃ成功とは言えないわね……」

「ちょっといいか?」



 溜め息を吐いたアリッサさんに、ジャル・ガーさんが声を掛けた。

 そして、宙を指さす。



「最初のその変な魔道具が送られてきた時は大丈夫だったんだけどな、こっちの種が送られてきた時な、なんか異様にこの中の魔素を喰ってたんだわ。多分魔素が足りねえからちゃんとした物が送られねえんじゃねえかと思うんだけどよ。ここを魔素で満たしてみて、もう一度やってみればいいんじゃねえか?」

「魔素……関係あるの?」

「ああ、大ありだ。お前さんが向こうに帰った時も、ここの魔素があらかたなくなったんだぜ。すぐにもとに戻るからそこまで問題じゃなかったんだけどな。何かを捻じ曲げる時は、大抵魔素は必要不可欠なんだ」

「……そう、そうよね。向こうに戻ってから、向こうの考えに凝り固まってたわ。でも私、魔力がそこまで高くないのよね……」

「そんな時こそケインの出番だろ」

「獣人使いが荒いですってばジャル様」



 仕方ない、という様にケインさんが腰を上げて、魔法陣を描いた。



「どうぞ。まだ送るもんあるなら今のうちだよ」



 そしてすとんと今まで座っていた場所に腰を下ろして見物態勢に入る。

 何をしたのかさっぱりわからなかったけど、きっとこの部屋に魔素を増やしたか何かしたんだろうなと静かに見守る。



「ヴィルフレッド、もう一度」

『了解』



 またも鳥の声と共に光が一か所に集まる。さっきより心なしか眩しい気がする。

 そして出てきたのは、さっきと同じような、データの付属された何かの種。



「今度こそ……」



 アリッサさんが機械に入れて、スイッチを押す。そして、画面を見て、歓声を上げた。



「ほんとに魔素だわ……! 配列の抜けが大分減った」

『大分ってことは、まだ抜けがあるってことか』

「ええ。さっきよりは格段に少ないけれど。でもやっぱり完ぺきではないわね」

「一瞬で部屋の魔素がなくなっちまったからな」

『魔素か……やはり奥が深いな』



 ヴィルさんのログを読みながら、確かに、と頷く。

 フッと機械の電源が落ちて、魔石の電気がなくなったことがわかった。



「結構持たないわね。魔石の替えがないから、ここまでね。ありがとうヴィルフレッド」

『どういたしまして。でも希望は見えてきたわけだ』

「ええ。解決論は見えたけれどそこまでの道が見えないってところね」



 皆もありがとう、と獣人さんたちに頭を下げたアリッサさんは、大きめの機材をインベントリ内にしまい込んだ。そして、資料と種はケインさんの手に。

 時間はまだ2時間程度しか経っていなかった。



『宰相机仕事終わり。席を立った』



 ちょうどそこにユキヒラからのメッセージが入る。さすがにアリッサさんの所にいきなり行こうとは言わないと思うけど、今アリッサさんの部屋に行ってもアリッサさんの抜け殻がないから、ばれたら大変なことになるってのはわかる。アリッサさんがログインしていない場合は抜け殻がベッドに寝てるらしいから。



「じゃあ、私は戻るわね。出来ればヴィデロの顔も見たかったけれど、今度また遊びに来てほしいわ」



 アリッサさんは笑顔でそういうと、俺の手を握った。

 そう、今日はヴィデロさんが仕事で、一緒にここに来れなかったんだ。森の見回りをしてるらしいんだけど、帰りに歩いて帰ったらヴィデロさんとばったり会えたりするのかな。

 じゃあ送って来るね、と俺は魔法陣を描いた。

 一瞬にしてアリッサさんの部屋に着く。



「ほんと、転移魔法陣って便利ねえ。これは公式で公開しない方がいいのかしら。健吾君はどうやって使えるようになったの?」

「俺の場合は、古代魔道語を覚えてから、転移の魔法陣だけピンポイントで覚えさせられて、それが発動するかは賭け以外の何物でもありませんでした。多分クラッシュが危なくなかったら発動しなかったかもしれないです」

「そっか。特殊条件付きなのね。ありがとう。ギルドに転移魔法陣も備わったことだし、公開するのはやめておきましょうか」

「そうですね。使える人は少ないみたいですし」

「それと蘇生薬、あと病気を治す薬も。健吾君の活躍でレシピが出回るようになったんでしょ。ありがとう。あなたがいなかったら、こんなにも私の思い描いたようには進まなかったわ」



 転移し終わっても、アリッサさんは俺の手を掴んだまま。その手を上下にぶんぶん振った。



「しかも、ヴィデロのあんな笑顔を見れるようになるなんて。ほんとにあの子、笑わない子だったのよ。見るたびに泣きそうになるわ」



 ありがとう、と声を掛けられたことで、俺は大事なことをアリッサさんに報告してないってことに気付いた。



「そうだ。あの、事後承諾で申し訳ないんですけど」

「何?」

「ヴィルさんから聞いてるかもしれないんですけど」



 ちょっと言いにくいな、と思いながら報告する。



「ヴィデロさんと、この間婚姻の儀を受けて来てしまいました」

「まあ……」



 目を見開いたアリッサさんに、思いっきり頭を下げる。



「息子さん、貰っちゃいました! 報告順番が違ってすいません!」

「うそ、やだ……ほんとに? あの子とあの儀式を受けれたの……?」



 アリッサさんが返してきた言葉で、アリッサさんも婚姻の儀を受けたんだということがわかった。そっと頭を上げると、アリッサさんは驚いた顔のまま、固まっていた。



「あの子ね、私がまだこっちにいた時、あの子の父親とぶつかったことがあったのよ。その時言った言葉がいまだに私の胸にあって」



 アリッサさんは俺の手を握りしめたまま、その手に額をくっつけた。

 目を伏せて、無理やり笑みを浮かべたような表情を作ると、震える声を出した。



「あの子、私とあの子の父親以外の人を、信用したことがなかったって。誰も信じられなかったんだって、そう言って……それが、婚姻の儀を一緒に受ける相手が出来たなんて」



 アリッサさんの震える言葉に、俺の胸も震えた。



「あなたたちを見ていると、本当に好き合っているのはわかっていたのよ。でも、婚姻の儀って本当に相手を思いやっていないと受けれない物なのは知ってる? 入口に花が咲いていなかった? 相手を思う気持ちがあの花を咲かせるんですって、神殿の司祭の方が教えてくれたのよ。そして、花が咲いてもドアが開かないと、2人の間を認めないって。だから、この世界は重婚も出来ないし、婚姻に関する詐欺が出来ない仕組みなのよ。だからこそ、あの子があの神殿の扉を開けることは出来ないと思ってたの。ありがとう。健吾君、ありがとう」



 俺の手とアリッサさんの手、そしてアリッサさんの髪に隠れて表情は全く見えなかったけれど、手が濡れたような気がしたから、もしかしたらアリッサさんは泣いてるのかもしれない。

 何かを言おうと口を開きかけた時、ユキヒラからチャットが届いた。



『宰相が魔道具を取りに行くとか言ってる。そっちに行くかもだから戻ってこい』

『今部屋にいる。すぐ逃げる』



 急いでメッセージを返していると、アリッサさんの手が離れた。

 そして、送り終わった時には、アリッサさんは普段の顔に戻っていた。



「今日はありがとう。私がここから出られればいいんだけど、立場的に微妙過ぎて難しいのよ。また頼むかもしれないから、その時はよろしくね。うちの子として。歓迎するわ」



 そう言うなり、奥のベッドがある方に歩いて行ってしまった。そして、ベッドに寝転んで、すぐに目を瞑る。

 ログアウトしたみたいだった。

 ってことは俺の出番は終わり。

 俺は急いでMPを回復すると、ジャル・ガーさんの所に跳んだ。



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