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495、煽ってるのはヴィデロさんだろ
しおりを挟む食後もまた釣りに勤しみ、俺たちは一日湖で魔魚及び魚、出てくる魔物と遊んだ。
皆のインベントリが魚で一杯になりそうだったので、最後は魔魚以外はキャッチアンドリリースになっていたけれど、俺も雄太の竿を借りたら普通に普通の魚が釣れて、かなりハイテンションになった。
ヴィデロさんが釣った大物の平べったい魚は俺のインベントリに入っていて、一緒に門番さんたちに自慢しようと笑いあった。ミンスさんに料理してもらって、皆で食べるのもいいなとヴィデロさんも楽しそうだった。
それにしても魔魚が結構多いのには驚いた。HPなんかそこら辺のユニークボスくらいあるんだよ。それが次々釣れるっていうのはどうなんだろう。
釣れるのは俺とヴィデロさんの竿のみだったけど、皆魔魚アイテムシリーズを大分ゲットしてホクホクだ。そしてなぜか『魔魚の肝』をゲットした人は俺にくれるのがお約束になっていた。何でだ。料理すればいいのか? 今度研究しよう。毒抜きとか。そして食べられるようだったら皆にふるまおう。今度は肝パーティーだ。
辺りも暗くなってきたころ、俺たちはノヴェに戻ってきた。雄太たちは辺境に戻って皆に魚を差し入れるんだと言って、魔法陣の中に消えていった。
俺たちもトレに帰ろうか、と手を繋いで冒険者ギルドの魔法陣の中に入る。
そして魔法陣の部屋から出ようとすると、丁度部屋に入ってきた人たちにぶつかりそうになった。
咄嗟にヴィデロさんが腰を引いてくれてぶつからなかったけど、お互いが同時に「ごめんなさい」と謝る。
「あ、ユイルを抱っこしてた剣士さん」
「あら、薬師マック君。こんばんは」
顔を上げると、見たことがある顔だった。ユイルに諭されてた女剣士さんだ。剣士さんは俺とヴィデロさんを見て、「今日はデートだったの?」と笑顔を浮かべた。
「ああ。すまない、道を塞いでしまって」
ヴィデロさんがその問いに答えて、俺の腰に回ったままだった腕に力を込めて、自分の方に引き寄せた。うわ、役得。
「いいのよ。ありがとう。そして結婚おめでとう。素敵な指輪ね」
「ありがとう」
穏やかに礼を言うヴィデロさんに見惚れつつ、俺も女剣士さんにお礼を言う。っていうかなんでこんなに俺たちが結婚したこと出回ってるんだろう。何百もある掲示板のたった一つをそんなに皆見てるもんなのかな。掲示板怖い。
魔法陣に消えていく女剣士さんを見ながら、俺は少しだけ身震いしたのだった。
「皆がマックと俺の仲を祝福してくれるのもいいもんだな」
門に向かう道中、ヴィデロさんがしみじみとそんなことを呟いた。
そうだよね。そう考えたら、いいものだよね。
「ヴィデロさんに言い寄る人とかもいなくなりそうだしね」
俺もうんうん頷くと、ヴィデロさんが苦笑した。
「俺はそんな言い寄られたことなんてないからな。何を心配してるんだか」
「だってヴィデロさん最高じゃん? これ以上ないくらい最高じゃん」
「そう思ってるのはマックくらいだぞ。それに、マックの方が有能だし可愛いしで、多分俺がマックを手元に縛りたいんだ」
「いくらでも縛って。そういうプレイでもどんとこい」
ヴィデロさんの笑い声を聞きながら俺もつられて笑う。
でもね、俺は今まで一度もモテたことってないよ。告白されたのだってヴィデロさんが初めてだし、俺が誰かを好きになったのだってヴィデロさんが初めてだし。
「俺の全部の初めては、ヴィデロさんだよ」
「……」
俺がそう言った瞬間、ヴィデロさんは息を呑んで片手で顔を覆った。
その後、盛大に溜め息をついてから、繋いでいる手をギュッと握って、無言で少しだけ足を動かす速度を速めた。
門に曲がる方の道を曲がらず、工房に向かう方にまっすぐ歩いていくヴィデロさんに「ヴィデロさん?」と声を掛けると、ヴィデロさんはようやく足を緩めて、俺を振り返った。
少しだけ顔を赤くして、視線をちょっとだけそらしてから、また俺を見る。
「詰所に行く前に、二人の家に、一度帰らないか……?」
少しだけ躊躇う様に口を開いたヴィデロさんに、今度は俺の顔に血が上っていった。
……ヴィデロさん、可愛すぎか! こんな街中の道で俺を悶え殺す気か!? 二人の家って……あああああ、最高過ぎてどうしよう。
照れてしまったヴィデロさんと、口を開けば愛を叫んでしまいそうな俺は、無言のまま工房に辿り着いた。
躊躇いながらもドアに手を掛けたヴィデロさんは、ちゃんと開いたことにホッとした顔をしてから、ドアを開けて俺を促した。ってか何気紳士。カッコいい。
俺が入ると、ヴィデロさんも入ってドアを閉めて、そして次の瞬間にはヴィデロさんの腕の中にいた。
「頼むからあんな公衆の前で煽るようなこと言わないでくれ」
抱きしめられながら、ヴィデロさんが溜め息交じりに囁く。
煽るようなことって……それヴィデロさんだよね。滅茶苦茶煽られまくって俺もう悶えまくりだけど。
腕の間からもぞもぞと顔を出してヴィデロさんを見上げると、俺は口を尖らせた。
「煽ったのはヴィデロさんだよ。俺もう、どうしようかと……」
『二人の家』って単語に照れるヴィデロさんとか、照れ隠しに足を速めるヴィデロさんとか。
「『全部の初めて』とか……煽ってる以外の何だっていうんだ……」
「え、あ、告白されたのとか、俺が人を好きになったこととか? え、それがなんで煽って……」
首を傾げた瞬間、言葉を言い終わる前にキスで口を塞がれた。
俺はただヴィデロさん以外にそんな人いないからモテないよって言いたかっただけなんだけど。
と思いつつも、絡められる舌の気持ちよさに思わずうっとりと目を閉じた。
魚を持ち帰るのは、すっかり門番さんたちの夜飯の時間が終わってからになってしまった。
だって、煽り煽られたまますっかり臨戦態勢に入っちゃったんだもん。最高でした。っていうかヴィデロさんのを咥えた時のアングルとヴィデロさんの表情が最高過ぎて、本気になっちゃったよ。スタミナは回復したけど、このほんの少し感じる怠さがすごくいい。
へろっと笑うとヴィデロさんもフッと笑うのが更にいい。
遅くに門の詰所に帰り着いた俺たちは、調理場の後片付けをしていたミンスさんに大きな魚を渡して、歓声を一身に浴びた。
「これ、ヴィデロが釣ってきたのか!? すっげえなあ! 明日、皆に振舞おう。でもいいのか?」
「その大きさはさすがに二人では食いきれないからな」
「まあ、確かにな……」
大きな魚を見たミンスさんが苦笑する。だって1メートル超えだしね。魔魚の次に大きな魚だよ。想像しただけで美味しそうだしエンガワとか大好きだけど、流石に二人では食べきれる量じゃないよ。
ミンスさんは軽く氷系の魔法を魚に掛けると、凍った魚を布に包んで端に寄せた。
「何にせよ、明日が楽しみだ。絶対に美味いの作って見せるからな。ところでヴィデロは今日はこっちか?」
「いや、今日は俺とマックの家に帰る」
「ああ、そうか。そうだよな」
ヴィデロさんの言葉に一瞬ぽかんとしたミンスさんは、ハッと思い出したように「そうだったな」と目を細めた。
明日も俺は休みだからね。仕事に行くヴィデロさんに朝ご飯を出していってらっしゃいするんだ。
満面の笑みで頷くと、俺の顔を見たミンスさんが苦笑して、「外泊届出してけよ。なんだかんだ大変だな」とヴィデロさんを労った。
工房に帰ってきてお茶を淹れていると、ヴィデロさんがカバンの中から魔魚からゲットしたアイテムを並べ始めた。
雄太に「ヴィデロさんがゲットしたならヴィデロさんのもんだろ」と受け取ってもらえなかった『魔魚の澄ヒレ』は、光に透かすと微かに向こうが透けて見えるくらい薄くて、とても綺麗だった。鱗も綺麗な深い青色をしていて、魔魚の時はそこまで綺麗な鱗じゃなかったよな、と思わず首を傾げてしまった。
「一体何匹倒したんだっけな……」
たくさん出てきた魔魚アイテムに、ヴィデロさんが笑う。
「最後高橋たちがノリノリになっちゃったからね。際限なかったよね」
「マックも楽しそうだったな」
「ヴィデロさんも。楽しかった?」
「ああ。今までこんな風にしたことなかったから、最高に楽しかった」
釣りをしながら皆と声を出して笑いあうヴィデロさんは、本当に楽しそうだったのがほんとに嬉しくて、俺もいつも以上にテンション上がっちゃったからなあ。
「また行こうな、魔魚釣り」
「釣るの魔魚限定?」
「勿論普通の魚も食いたいけどな。あの焚火と火魔法で焼いた魚。『串焼き』ってやつか」
ホントに美味しかったらしい。あれは家では作れない美味しさがあるもんね。
俺も同じようにテーブルに魔魚アイテムを取り出しつつ、インベントリに入っている魚の確認をする。魚料理たくさん作れるのは嬉しい。沢山食べてもらおう。
「マックのは肝が多いな」
「ほんとにね。皆肝が出ると俺に何も言わずに渡すから」
「マックなら何とかして食えるようにしてくれると思ったんだろ。信頼されてるんだな」
「すっかりヴィデロさんのことも信頼してると思うけどね」
皆ヴィデロさん呼びをし始めてからは、遠慮という物が大分なくなっていたから。
雄太なんかヴィデロさんとふざけて二人で湖にダイブしちゃうくらい遠慮がなくなったもん。あの時の驚いたヴィデロさんの顔がすごく可愛かった。その後ユイの風魔法で乾かしてもらうはずが雄太が大分飛ばされてたのには笑った。ユイがこっち見て舌を出してたから、きっとわざとだよ。焼きもちでも妬いたのかな。
「このアイテムはマックが預かっていてくれないか?」
魔魚アイテムをまとめたヴィデロさんが、それを俺に差し出した。
そっか。ヴィデロさん専用タンスとか用意しないとね。
とりあえずはインベントリにしまっておいて、今度クラッシュに注文しないと。
頷いて、必要なときは取り出すから言ってねと言うと、ヴィデロさんはわかったと頷いてくれた。
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