これは報われない恋だ。

朝陽天満

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656、気が早いけど

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「健吾、もしよかったら、気が早いけれど、弟との結婚指輪をこっちで作ったらどうだ? 転移装置で送れるから、健吾から弟に指輪を贈らないか?」

「け、結婚、指輪?」



 仕事中、いきなりのヴィルさんの提案に、俺は挙動不審になった。

 ADOでは、ヴィデロさんに指輪のプレゼントを貰った。でも俺は貰うばっかりだった。



「こっちの世界の結婚指輪。どうだ? 昨日ふと式は挙げるんだろうかとか、籍はどうするかとか母と話になってな。気が早いが、指輪とかも必要だよなと俺たちだけで盛り上がったんだ。でも、ああいうものは他人からのプレゼントだと意味ないだろ」

「まあ、そうですね。俺も何かあげたいとは思ってました。でも、ヴィデロさん、こっちに来たとして、籍、そう、戸籍とかはどうなっちゃうんですか?」



 ふと浮かんだ疑問をヴィルさんにぶつけると、ヴィルさんはくすっと笑った。だって、戸籍がなかったら正式に結婚って出来ないじゃん。なんて思う俺は相当浮かれてる自覚がある。



「戸籍なんて、母とのDNA鑑定書を持って裁判所に行って親子関係を証明すれば、すぐに手に入るよ。まあ、父親は俺の親と同じ、ってことになってはしまうけれどな」

「え……そうなんですか?」

「ああ。母はあの事故の後、しばらく行方不明だっただろ。その時に既に身籠っていて、消えた先で生み育てた、という話にしようとはなっている」

「その身籠ってたってこと以外はそのままですね」

「そうだな。ただ、そうなるとあいつの年齢が少し上になってしまうかもしれないが、一歳や二歳の違いはこの年になるとそこまで関係ないから心配ないだろ。ってわけで、しっかりと健吾と結婚できるから、安心しろよ」

「……」



 ウインクするヴィルさんに尊敬のまなざしを向けると、後ろから佐久間さんに「お兄ちゃん指輪買ってっておねだりしとけよそこは」とボソッと呟かれて、我に返る。

 ダメダメ、今度こそ俺がヴィデロさんに贈り物をするんだ。結婚指輪、いくらくらいかな。どこに貴金属屋さんってあるのかな。向こうだったらほぼすべて雑貨屋か防具屋で揃うのに。何気便利だよな、雑貨屋。





 というわけで、外に出るという佐久間さんの大きな車に乗せられて、買い物に来た俺。っていうか業務中にこんな風に出歩いていいのかな。

 その疑問を佐久間さんにぶつけると、佐久間さんは笑いながら「ヴィルの考えてることは俺には理解不能だが、いいっていうんだからいいんじゃねえ?」と答えた。ほんとにいいのかな。

 帰りはバスで、と言いおいて、佐久間さんは俺を下ろすと、走り去っていった。

 後ろには貴金属店。

 あれよあれよという間に、俺はヴィデロさんとのおそろいの指輪を買うことに決定していた。逆らえない流れって怖い。

 諦めた後に思い浮かぶのは、そういえばヴィデロさんの指、どれくらいだっけ、ということ。向こうの世界では細かいサイズがないから簡単だけど。サイズわからないのに買えるかなあ。

 そう思いつつ、貴金属店に足を踏み入れる。

 店の中に品よくディスプレイされている貴金属類が、俺にとっては異世界状態に見えて、思わず入り口で立ち止まると、奥から一人の男性が「何かお探しですか」と穏やかな声を掛けてくれた。



「あの、結婚指輪を」



 買いたくて、と続けようとして、長そでTシャツとパーカーのいで立ちに、ハッとする。

 ぜんぜんこの店にそぐわない格好だよな、と困惑していると、とても品のいいスーツを着た店員さんがニコッと笑った。



「結婚指輪をお探しですね。おめでとうございます。どうぞこちらへ。ゆっくりとお選びください」

「あの、でもサイズがわからなくて」

「あとでお直しもできますよ。測ってからという手もありますが、お急ぎですか? 後日お二人でご来店いただくことも可能ですか?」

「それはちょっと難しい、です……」



 勧めてもらった椅子に腰を下ろすと、店員さんはすぐに俺の前にいい香りの紅茶を出してくれた。



「では、まずはお客様の指のサイズを調べさせていただいてもいいでしょうか」



 御手をお貸しください、と言われて左手を出すと、店員さんは懐から小さなケースを取り出して、その中から指輪のサイズを測るリングを取り出し、俺の指に丁寧に填めた。



「お相手の方は、何をしていらっしゃる方ですか?」

「騎士です」

「騎士……とは」

「剣を腰にさして」

「ああ……とても格式高い方なのですね」



 店員さんが納得したようにそんなことを言う。っていうかこっちの世界にも騎士とかいるのかな。格式高いって……日本には絶対にいないと思うんだけど。店員さんは何か知ってるのかな。



「では、……大きめですと、このサイズなどでしょうか。指とは誰一人同じ形の方はいないのです。ですので、私共はアフターケアもご満足いただける物を提供していきたいと思っております。今まさにピッタリでも、将来体型が変わる方も少なからずおられます。その時にはまたご来店いただければ、その方に一番ピッタリの指輪をご提供させていただいておりますので、いつでもお持ちください」



 そう言うと、店員さんはカタログを俺の前に差し出して見せてくれた。

 その中で一番気に入った細身の指輪を指さすと、すぐに店員さんは俺の指にぴったりな物と、それよりもかなり大きめの物二つの並んだケースを目の前に置いてくれた。



「24Kのリングにツァボライトと呼ばれるグリーンガーネットをあしらった指輪でございます」

「うわあ……綺麗」



 俺の目が留まったのは、ヴィデロさんの髪の色と目の色っぽい配色の指輪。細くて綺麗だったんだ。







 安くはないけど、想像したほどお高いわけでもなかったおそろいの指輪を買った俺は、バスに乗って会社に戻って来た。

 ヴィルさんにそれを見せると、「悪くないね、健吾はセンスがある」と笑って片方を受け取った。

 明日の朝早くに転送してくれるらしく、俺はいつもよりもさらに早めのログインをすることになった。

 そして、次の日。

 朝早くに何とかログインした俺は、ヴィデロさんの腕をすり抜けようとして、ヴィデロさんに捕まった。



「こんな朝早くから、どこに行く気なんだ?」



 がしっと掴まれた身体は、答えないと離して貰えそうもなかったので、事情を説明する。

 すると、ヴィデロさんも一緒に行くと言ったので、2人で外出用に着替えた。



 流石にまだ早いこんな時間に人はなく、ジャル・ガーさんの石化を解いて挨拶すると、ジャル・ガーさんがドアを開かないようにしてくれた。



「お前ら早いな。何か魔力が増えてるが、どうした。またなんかあるのか」

「ヴィルさんから物が送られてくるんです」

「酒か?」



 目を輝かせたジャル・ガーさんに苦笑しながら否定すると、ジャル・ガーさんはがっくりと肩を落とした。あれ、ケインさんから酒禁止令出てませんでしたっけ。酒臭いのはユイルに近付けられないって。もう時効なのかな。毎回冒険者たちに酒を掛けられてるもんね。



 そんな話をしているうちに、目の前に山ほどの物資が現れた。

 俺が買った指輪だけじゃなくて、酒の山。もしかして、ヴィルさんはジャル・ガーさんが酒って言いだすのを見越していたのかな。

 俺はお目当ての物を手にすると、それを早速開けて、ヴィデロさんに見せた。



「指輪……?」

「うん。俺が自分で買った指輪。サイズがわからないから、大きめの物を買ったんだけど、合うかな」



 もちろん、もう一つは俺の本来の身体にすでにつけてある。

 驚いているヴィデロさんの手を取って、左手の薬指に填めると、その指輪は綺麗に填まった。



「……大事にする」



 ヴィデロさんは、指輪の填まった指を見て、目を細めて、ちゅ、とその指輪にキスをした。



「俺の身体に、おそろいのが填まってるんだ。結婚指輪だって言って買ったから、気が早いんだけどね」



 へへ、と笑うと、後ろで酒に喜んでいたジャル・ガーさんがぬっと大きな身体でヴィデロさんの指輪を覗き込んだ。



「こりゃあ……そうか。とうとう決心しやがったのか、ヴィデロ」

「ああ。こんな素晴らしい物もプレゼントしてもらったんだ。どうあっても向こうに渡らないとな」

「確かに素晴らしすぎるプレゼントだ。マック、いいもんやったな。もしかしてヴィルのやつにさっさとそろいの指輪を買って渡せと唆されたのか?」

「え、何でわかったんですか」



 思わず素で返してしまうと、ジャル・ガーさんとヴィデロさんが揃って苦笑した。



「だってあいつはどうあってもマックを弟の嫁にしたいんだろうさ。まだこいつが渡ってねえってのによ。頑張るねえお兄ちゃんは」

「ああ。いい兄を持ったと思う」



 二人は、顔を見合わせて、拳を合わせた。

 最後の言葉、ぜひヴィルさんに聞かせてあげたいよ。



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