573 / 744
連載
656、気が早いけど
しおりを挟む「健吾、もしよかったら、気が早いけれど、弟との結婚指輪をこっちで作ったらどうだ? 転移装置で送れるから、健吾から弟に指輪を贈らないか?」
「け、結婚、指輪?」
仕事中、いきなりのヴィルさんの提案に、俺は挙動不審になった。
ADOでは、ヴィデロさんに指輪のプレゼントを貰った。でも俺は貰うばっかりだった。
「こっちの世界の結婚指輪。どうだ? 昨日ふと式は挙げるんだろうかとか、籍はどうするかとか母と話になってな。気が早いが、指輪とかも必要だよなと俺たちだけで盛り上がったんだ。でも、ああいうものは他人からのプレゼントだと意味ないだろ」
「まあ、そうですね。俺も何かあげたいとは思ってました。でも、ヴィデロさん、こっちに来たとして、籍、そう、戸籍とかはどうなっちゃうんですか?」
ふと浮かんだ疑問をヴィルさんにぶつけると、ヴィルさんはくすっと笑った。だって、戸籍がなかったら正式に結婚って出来ないじゃん。なんて思う俺は相当浮かれてる自覚がある。
「戸籍なんて、母とのDNA鑑定書を持って裁判所に行って親子関係を証明すれば、すぐに手に入るよ。まあ、父親は俺の親と同じ、ってことになってはしまうけれどな」
「え……そうなんですか?」
「ああ。母はあの事故の後、しばらく行方不明だっただろ。その時に既に身籠っていて、消えた先で生み育てた、という話にしようとはなっている」
「その身籠ってたってこと以外はそのままですね」
「そうだな。ただ、そうなるとあいつの年齢が少し上になってしまうかもしれないが、一歳や二歳の違いはこの年になるとそこまで関係ないから心配ないだろ。ってわけで、しっかりと健吾と結婚できるから、安心しろよ」
「……」
ウインクするヴィルさんに尊敬のまなざしを向けると、後ろから佐久間さんに「お兄ちゃん指輪買ってっておねだりしとけよそこは」とボソッと呟かれて、我に返る。
ダメダメ、今度こそ俺がヴィデロさんに贈り物をするんだ。結婚指輪、いくらくらいかな。どこに貴金属屋さんってあるのかな。向こうだったらほぼすべて雑貨屋か防具屋で揃うのに。何気便利だよな、雑貨屋。
というわけで、外に出るという佐久間さんの大きな車に乗せられて、買い物に来た俺。っていうか業務中にこんな風に出歩いていいのかな。
その疑問を佐久間さんにぶつけると、佐久間さんは笑いながら「ヴィルの考えてることは俺には理解不能だが、いいっていうんだからいいんじゃねえ?」と答えた。ほんとにいいのかな。
帰りはバスで、と言いおいて、佐久間さんは俺を下ろすと、走り去っていった。
後ろには貴金属店。
あれよあれよという間に、俺はヴィデロさんとのおそろいの指輪を買うことに決定していた。逆らえない流れって怖い。
諦めた後に思い浮かぶのは、そういえばヴィデロさんの指、どれくらいだっけ、ということ。向こうの世界では細かいサイズがないから簡単だけど。サイズわからないのに買えるかなあ。
そう思いつつ、貴金属店に足を踏み入れる。
店の中に品よくディスプレイされている貴金属類が、俺にとっては異世界状態に見えて、思わず入り口で立ち止まると、奥から一人の男性が「何かお探しですか」と穏やかな声を掛けてくれた。
「あの、結婚指輪を」
買いたくて、と続けようとして、長そでTシャツとパーカーのいで立ちに、ハッとする。
ぜんぜんこの店にそぐわない格好だよな、と困惑していると、とても品のいいスーツを着た店員さんがニコッと笑った。
「結婚指輪をお探しですね。おめでとうございます。どうぞこちらへ。ゆっくりとお選びください」
「あの、でもサイズがわからなくて」
「あとでお直しもできますよ。測ってからという手もありますが、お急ぎですか? 後日お二人でご来店いただくことも可能ですか?」
「それはちょっと難しい、です……」
勧めてもらった椅子に腰を下ろすと、店員さんはすぐに俺の前にいい香りの紅茶を出してくれた。
「では、まずはお客様の指のサイズを調べさせていただいてもいいでしょうか」
御手をお貸しください、と言われて左手を出すと、店員さんは懐から小さなケースを取り出して、その中から指輪のサイズを測るリングを取り出し、俺の指に丁寧に填めた。
「お相手の方は、何をしていらっしゃる方ですか?」
「騎士です」
「騎士……とは」
「剣を腰にさして」
「ああ……とても格式高い方なのですね」
店員さんが納得したようにそんなことを言う。っていうかこっちの世界にも騎士とかいるのかな。格式高いって……日本には絶対にいないと思うんだけど。店員さんは何か知ってるのかな。
「では、……大きめですと、このサイズなどでしょうか。指とは誰一人同じ形の方はいないのです。ですので、私共はアフターケアもご満足いただける物を提供していきたいと思っております。今まさにピッタリでも、将来体型が変わる方も少なからずおられます。その時にはまたご来店いただければ、その方に一番ピッタリの指輪をご提供させていただいておりますので、いつでもお持ちください」
そう言うと、店員さんはカタログを俺の前に差し出して見せてくれた。
その中で一番気に入った細身の指輪を指さすと、すぐに店員さんは俺の指にぴったりな物と、それよりもかなり大きめの物二つの並んだケースを目の前に置いてくれた。
「24Kのリングにツァボライトと呼ばれるグリーンガーネットをあしらった指輪でございます」
「うわあ……綺麗」
俺の目が留まったのは、ヴィデロさんの髪の色と目の色っぽい配色の指輪。細くて綺麗だったんだ。
安くはないけど、想像したほどお高いわけでもなかったおそろいの指輪を買った俺は、バスに乗って会社に戻って来た。
ヴィルさんにそれを見せると、「悪くないね、健吾はセンスがある」と笑って片方を受け取った。
明日の朝早くに転送してくれるらしく、俺はいつもよりもさらに早めのログインをすることになった。
そして、次の日。
朝早くに何とかログインした俺は、ヴィデロさんの腕をすり抜けようとして、ヴィデロさんに捕まった。
「こんな朝早くから、どこに行く気なんだ?」
がしっと掴まれた身体は、答えないと離して貰えそうもなかったので、事情を説明する。
すると、ヴィデロさんも一緒に行くと言ったので、2人で外出用に着替えた。
流石にまだ早いこんな時間に人はなく、ジャル・ガーさんの石化を解いて挨拶すると、ジャル・ガーさんがドアを開かないようにしてくれた。
「お前ら早いな。何か魔力が増えてるが、どうした。またなんかあるのか」
「ヴィルさんから物が送られてくるんです」
「酒か?」
目を輝かせたジャル・ガーさんに苦笑しながら否定すると、ジャル・ガーさんはがっくりと肩を落とした。あれ、ケインさんから酒禁止令出てませんでしたっけ。酒臭いのはユイルに近付けられないって。もう時効なのかな。毎回冒険者たちに酒を掛けられてるもんね。
そんな話をしているうちに、目の前に山ほどの物資が現れた。
俺が買った指輪だけじゃなくて、酒の山。もしかして、ヴィルさんはジャル・ガーさんが酒って言いだすのを見越していたのかな。
俺はお目当ての物を手にすると、それを早速開けて、ヴィデロさんに見せた。
「指輪……?」
「うん。俺が自分で買った指輪。サイズがわからないから、大きめの物を買ったんだけど、合うかな」
もちろん、もう一つは俺の本来の身体にすでにつけてある。
驚いているヴィデロさんの手を取って、左手の薬指に填めると、その指輪は綺麗に填まった。
「……大事にする」
ヴィデロさんは、指輪の填まった指を見て、目を細めて、ちゅ、とその指輪にキスをした。
「俺の身体に、おそろいのが填まってるんだ。結婚指輪だって言って買ったから、気が早いんだけどね」
へへ、と笑うと、後ろで酒に喜んでいたジャル・ガーさんがぬっと大きな身体でヴィデロさんの指輪を覗き込んだ。
「こりゃあ……そうか。とうとう決心しやがったのか、ヴィデロ」
「ああ。こんな素晴らしい物もプレゼントしてもらったんだ。どうあっても向こうに渡らないとな」
「確かに素晴らしすぎるプレゼントだ。マック、いいもんやったな。もしかしてヴィルのやつにさっさとそろいの指輪を買って渡せと唆されたのか?」
「え、何でわかったんですか」
思わず素で返してしまうと、ジャル・ガーさんとヴィデロさんが揃って苦笑した。
「だってあいつはどうあってもマックを弟の嫁にしたいんだろうさ。まだこいつが渡ってねえってのによ。頑張るねえお兄ちゃんは」
「ああ。いい兄を持ったと思う」
二人は、顔を見合わせて、拳を合わせた。
最後の言葉、ぜひヴィルさんに聞かせてあげたいよ。
2,350
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。