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悪魔が連れてきた天使
1.天使、召喚される
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At Naha City, Okinawa; 10:30AM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
とうそう、その日がやってきた。
十二月十六日、木曜日。医院は休診日だった。僕はお気に入りのポール・スミスのドレスシャツを身に着け、照喜名医院のエントランスで待ち受けていたが、上間先生たちがこちらへ向かってきたのを確認すると、すぐに館内のスピーカーからクラシックを流した。
“La Primavera”
ヴィヴァルディ「四季」の「春」だ。統計を取ったことはないが、知名度が高い曲の割にはヴィヴァルディが嫌いという人は少ないだろうと思う。
シミュレーションしていたとはいえ、僕は粟国さんとスムーズに会話を楽しむ余裕なんてなかった。軽めのB.G.M.が流れていれば、なんとか場の空気を和やかにできる気がしたのだ。うまくいけばクラシックの話題にも持っていけるし、クラリネットの話もできるだろう。
……って、考えてたんですけど、やっぱりダメです。ガチガチです。
「やあ、みなさん、本日はよくいらっしゃいました」
と、言ってみたものの、すみません。顔が多少、緊張で引きつっているのは自分でもわかってます。
目当ての粟国さんはといえば、かっちりしたグレーのスーツ姿にピンクのブラウス、パールをあしらった十八金のチョーカーを身に着けている。もともと美人なのだが、今日の装いは彼女の美しさを一層引き立てていた。彼女が目の前までやってきたとき、僕は一体何をしゃべっていいのか判らなくなった。
「こちらが、ジュニア研修医の照喜名裕太先生です。今、何科だっけ?」
上間先生が仲介役をしてくれている。さすが元ホスト! 気遣いに少しだけ緊張がほぐれた。
「ローテーションで小児科の研修中です。そろそろ救急外来に移ります」
女性陣が続けて挨拶をした。
「整形外科ナースの東風平多恵子です。はじめまして」
「同じく整形外科ナースの粟国里香です。はじめまして、……かな?」
え、ひょっとして、粟国さん、僕のこと、覚えてくれているの?
「あ、えっと、粟国さんとは内科で、一度だけ回診をご一緒しました」
答えながらも、どきどきと全身が脈打っている。うわっ、どうしよう?
「シミュレーションはしたんだよな?」
上間先生が耳打ちする。
「も、もちろんです」
上間先生は僕に深呼吸をさせた。両肩を軽く回してみる。なんとか落ち着いてきたぞ。よし、作戦開始。
僕らはエントランスを通り抜け、後方の新館へと歩を進めた。
「すっごくきれいな病棟ですね」
粟国さんが微笑みながら周囲を見回している。
「ええ、新築ですから」
僕は診察室の前に掛かっている、古い大きな柱時計を指差した。
「あの時計、父がイギリスから持ってきました」
粟国さんがにっこりと微笑む。
「多恵子から聞きました。イギリスにいらしてたんですよね?」
「ええ、小さい頃、スコットランドに住んでたんです」
「ええ? スコットランド?」
とたんに粟国さんは目を輝かせた。思わず僕は饒舌になった。
「スコットランドにはダンディ大学という、世界でもトップクラスの医学部をもつ大学があるんです。父が研修を受けていましたので、幼稚園の頃まで家族で住んでました」
「すごーい! あたし、いつかイギリスに留学しようかなって考えているんです」
「イギリスはいいところですよ。とくにスコットランドは広々として、空気もきれいで。それでいて洗練されていて」
良かった。イギリスの、特にスコットランドの話ならいくらでも尽きることはない。首都エジンバラやグラスゴーなどの都市、ハイランドの風景、おいしい食べ物、お菓子だってなかなかのものだ。中庭にあるカウンセリング室に到着するまで、僕はずっとしゃべり続けていた。
The narrator of this story is Yuta Terukina.
とうそう、その日がやってきた。
十二月十六日、木曜日。医院は休診日だった。僕はお気に入りのポール・スミスのドレスシャツを身に着け、照喜名医院のエントランスで待ち受けていたが、上間先生たちがこちらへ向かってきたのを確認すると、すぐに館内のスピーカーからクラシックを流した。
“La Primavera”
ヴィヴァルディ「四季」の「春」だ。統計を取ったことはないが、知名度が高い曲の割にはヴィヴァルディが嫌いという人は少ないだろうと思う。
シミュレーションしていたとはいえ、僕は粟国さんとスムーズに会話を楽しむ余裕なんてなかった。軽めのB.G.M.が流れていれば、なんとか場の空気を和やかにできる気がしたのだ。うまくいけばクラシックの話題にも持っていけるし、クラリネットの話もできるだろう。
……って、考えてたんですけど、やっぱりダメです。ガチガチです。
「やあ、みなさん、本日はよくいらっしゃいました」
と、言ってみたものの、すみません。顔が多少、緊張で引きつっているのは自分でもわかってます。
目当ての粟国さんはといえば、かっちりしたグレーのスーツ姿にピンクのブラウス、パールをあしらった十八金のチョーカーを身に着けている。もともと美人なのだが、今日の装いは彼女の美しさを一層引き立てていた。彼女が目の前までやってきたとき、僕は一体何をしゃべっていいのか判らなくなった。
「こちらが、ジュニア研修医の照喜名裕太先生です。今、何科だっけ?」
上間先生が仲介役をしてくれている。さすが元ホスト! 気遣いに少しだけ緊張がほぐれた。
「ローテーションで小児科の研修中です。そろそろ救急外来に移ります」
女性陣が続けて挨拶をした。
「整形外科ナースの東風平多恵子です。はじめまして」
「同じく整形外科ナースの粟国里香です。はじめまして、……かな?」
え、ひょっとして、粟国さん、僕のこと、覚えてくれているの?
「あ、えっと、粟国さんとは内科で、一度だけ回診をご一緒しました」
答えながらも、どきどきと全身が脈打っている。うわっ、どうしよう?
「シミュレーションはしたんだよな?」
上間先生が耳打ちする。
「も、もちろんです」
上間先生は僕に深呼吸をさせた。両肩を軽く回してみる。なんとか落ち着いてきたぞ。よし、作戦開始。
僕らはエントランスを通り抜け、後方の新館へと歩を進めた。
「すっごくきれいな病棟ですね」
粟国さんが微笑みながら周囲を見回している。
「ええ、新築ですから」
僕は診察室の前に掛かっている、古い大きな柱時計を指差した。
「あの時計、父がイギリスから持ってきました」
粟国さんがにっこりと微笑む。
「多恵子から聞きました。イギリスにいらしてたんですよね?」
「ええ、小さい頃、スコットランドに住んでたんです」
「ええ? スコットランド?」
とたんに粟国さんは目を輝かせた。思わず僕は饒舌になった。
「スコットランドにはダンディ大学という、世界でもトップクラスの医学部をもつ大学があるんです。父が研修を受けていましたので、幼稚園の頃まで家族で住んでました」
「すごーい! あたし、いつかイギリスに留学しようかなって考えているんです」
「イギリスはいいところですよ。とくにスコットランドは広々として、空気もきれいで。それでいて洗練されていて」
良かった。イギリスの、特にスコットランドの話ならいくらでも尽きることはない。首都エジンバラやグラスゴーなどの都市、ハイランドの風景、おいしい食べ物、お菓子だってなかなかのものだ。中庭にあるカウンセリング室に到着するまで、僕はずっとしゃべり続けていた。
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