透明色のカンバス

石田ノドカ

文字の大きさ
2 / 33
序章 『都会っ子、田舎へ行く』

2.よろしくおねがいします

しおりを挟む
「――と、これで最後だな」

 一時間くらいだろうか。
 この夏、僕の部屋として充てられた空き部屋に、全ての物を運び終えた。
 六畳、障子扉の和室。子ども一人が使うにはそれなりに広く、エアコンまでついている。
 元々は、僕が産まれる前に亡くなったひいばあちゃんが使っていた部屋らしく、その名残らしい立派な化粧台と箪笥だけは捨てられずに取ってある。

 しかし画材類が多く、如何せん伸び伸びとは出来なさそうだ。寝泊りする為の部屋としてだけ使って、絵を描くのはまた別のところでやる方がいいだろう。
 だだっ広い縁側があったし、そうでなくても父の進言通りどこかに出掛けてみても良い。

「さて――」

 と、父は自分の荷物を担ぎ直した。
 そうして扉を開けたところで、コップを二つ乗せたおぼんを手に持つばあちゃんと鉢合わせる。

「何だぁ浩司、もう行くだか?」

「うん。裕美子を待たせてるからね」

「海外だ言うとったな。先に行っとんさるんだか?」

「スケジュール的に、どっちか行ってないと困るみたいで」

「そんなら昨日来たら良かったが。じじばばなんて年中暇しとるんだから」

「昨日までかかってギリギリまで詰めてたんだよ。おかげで、裕美子の方は悠希と別れの挨拶も出来なかったんだから」

 高々一ヶ月超、今生の別れでもあるまいし、大袈裟な言い方だ。

「んくっ、んくっ――ぷはっ! うん、実家の麦茶が一番美味い!」

「市販の安物だで。さっさと裕美子さんとこ行って来んさい」

 せっかく持って来てもらったお茶を、一息に飲み干してわざとらしい感想。
 進んで気を遣うのは下手くそなようだ。
 とは言えばあちゃんの方もまんざらではないようで、口ではそう言いながらも口角が少し上がっている。

「行って来ます、母さん。帰って来たら父さんにもよろしく。悠希も、宿題だけは忘れんように、適当に楽しんでな。何かあったらメッセージでも送ってくれ」

「うん。父さんも気を付けて。母さんにもよろしく言っておいてね」

「おう! んじゃまた、夏休み明けにな」

「ん、行ってらっしゃい」

 景気のいい声を笑顔を残すと、父はそのまま僕の部屋を、家を後にした。
 玄関先くらいまでは見送らないと、とばあちゃんと共に玄関扉をくぐる頃には、停めてあったはずの車も既になくなってしまっていた。

「異国の地に置いとったら心配で仕方ないんだろうなぁ。一途過ぎて眩しいっちゃな、かなわん」

 ばあちゃんは、冗談めかして言った。
 僕の知っている父は、昔からああだ。
 良くも悪くも裏表がも一切ない。実家でも、あんな調子だったのだろう。

 ラブラブ、ってほど色めきだってる訳じゃないけど、母や僕のことを何より大切にしていて、それを下手に隠そうともしない。
 そんな父だから、母も凄く信頼しているのが分かるような振る舞いを無意識にする。
 その二人の間に産まれた子である僕でさえ眩しく思うくらい、運命にでも導かれたように素敵な夫婦だ。

「さて。浩司の分までスイカ切ってあげるけぇ、好きに食べんさい」

「ん。ありがと、ばあちゃん」

 頷きつつ言って、はっと気付く。
 車内にいた時はあれだけ緊張していて、きっと簡単に会話することも難しいんだろうな、なんて考えていたのが嘘みたいに、僕は普通に言葉を交わせていた。
 二人の人柄、雰囲気というやつが、知らぬ間にそうさせたのだろうか。

「――ばあちゃん」

「何だぁ?」

 今日から、ひと月以上も世話になるのだ。

 高校二年生。
 少しくらい、ちゃんとしないと。

「あの……よろしく、お願いします」

「うんうん、好きにゆっくりしんさい」

 振り返って向けられる、その素敵な笑顔に。
 僕に、何か少しでも出来ることがあるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

処理中です...