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第1章 『絵描きとクラシック』
15.魔女の一撃
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翌日。水曜日。
外へ出られたら図書館へでも行こうかと思ったけれど――今日も、生憎の雨だ。
昨日以上に強く降る雨粒が窓を叩く所為で、すぐ隣にいるじいちゃんとの会話もままならない。
互いに苦笑しつつ諦めて、僕は宿題に取り掛かった。
湿気が強くほんのり肌寒い、昼下がりのことだった。
夏らしからぬ温度感に溜め息を吐きつつ、薄いタオルケットを膝に掛ける。
冬から出しっぱなしにしてある炬燵に、電源を入れないままで足を突っ込んだ。
意外にもひんやりとした空気が溜まっていて、ちょっと気持ちいい。
そうしてノートを開いて――そこでようやく、何となく目が覚めてしまった早朝に済ませたことに気が付いた。
羅列された文字の最後には、今日の日付が書かれていたのだ。
「あー……」
途端に、暇になってしまった。
やるべきことさえも終えてしまっていたと分かった今、気分は一瞬でやる気を失った。
どうしようか。
明日の分でも書こうか。
そんなことを思案し始めた時だった。
『ゆうくん、ちょっと手伝ってくれんか?』
扉の越しに、ばあちゃんの声が聞こえた。
キッチン部屋の方から呼んでいるらしい。
「はーい」
短く返して、僕は炬燵から抜け出て居間を後にした。
少しの廊下を渡って、キッチンへと続く扉を開ける。と、そこにはじいちゃんが難しい顔で座っていた。
「えっと?」
机を挟んだ向かいへと腰を下ろしつつ、二人に尋ねる。
「ぎっくり腰。ちょっとお遣い頼まれてくれんかぁ?」
「あらら。別に良いけど、どこまで?」
「商店街の酒屋さんまで頼みたいんだ。足で三十分ぐらいの片道だけど、悪いなぁ」
「この雨じゃ自転車は難しいしね――って、酒屋さん? あれ、二人とも飲まないよね? それに、僕未成年だから受け取るのも難しいと思うんだけど」
「お酒じゃなくて、そこで売ってるつまみの類だ。ご先祖様のお墓参りと、うちの仏壇にもちょっと欲しくてなぁ。そこいらで買えるものでええならええんだけど、私のお父さんやその前の先祖様が、その酒屋さんのつまみをえらく気に入ってて、墓参りだお盆だって時期にはいつも買いに行くんだ」
「分かった。商店街って、あっちの方のだよね? 酒屋さんって一個しかない?」
凡その方角を指さしつつ尋ねる。
この辺りで徒歩三十分圏内の商店街といえば、浮かぶのは昔何度か通ったあそこしかない。
「一個しかないでぇ。箕島酒店って名前のお店だ」
「ん。じいちゃんは、ばあちゃんの手料理の匂いでも嗅いでゆっくり寝てて。何かあったらスマホ持ってるし、電話番号は――はい、これにかけてくれたらいいからね」
机上に見つけた付箋へと殴り書きして渡す。
「ごめんなぁ、悠希」
「良いってこれくらい。若者で高校生なんて、時間と体力しか取り柄がないんだから」
「はっはっは、なら存分にこき使って――あ痛たたたた!」
「何とも分かり易いバチですねぇ、まったく。ありがとう、ゆうくん」
「いいよいいよ。ばあちゃんも、帰ったら何か手伝うし、程々にやってて」
「ふふっ。はいはい、ありがとうね」
ふわふわと嬉しそうに笑うばあちゃんに見送られて、僕はキッチンを後にする。
財布とスマホをポケットに、手には傘を持ったことを確認したところで、忘れてた忘れてたと慌てて駆けてきたばあちゃんからお酒代を確かに預かって、家を出た。
外へ出られたら図書館へでも行こうかと思ったけれど――今日も、生憎の雨だ。
昨日以上に強く降る雨粒が窓を叩く所為で、すぐ隣にいるじいちゃんとの会話もままならない。
互いに苦笑しつつ諦めて、僕は宿題に取り掛かった。
湿気が強くほんのり肌寒い、昼下がりのことだった。
夏らしからぬ温度感に溜め息を吐きつつ、薄いタオルケットを膝に掛ける。
冬から出しっぱなしにしてある炬燵に、電源を入れないままで足を突っ込んだ。
意外にもひんやりとした空気が溜まっていて、ちょっと気持ちいい。
そうしてノートを開いて――そこでようやく、何となく目が覚めてしまった早朝に済ませたことに気が付いた。
羅列された文字の最後には、今日の日付が書かれていたのだ。
「あー……」
途端に、暇になってしまった。
やるべきことさえも終えてしまっていたと分かった今、気分は一瞬でやる気を失った。
どうしようか。
明日の分でも書こうか。
そんなことを思案し始めた時だった。
『ゆうくん、ちょっと手伝ってくれんか?』
扉の越しに、ばあちゃんの声が聞こえた。
キッチン部屋の方から呼んでいるらしい。
「はーい」
短く返して、僕は炬燵から抜け出て居間を後にした。
少しの廊下を渡って、キッチンへと続く扉を開ける。と、そこにはじいちゃんが難しい顔で座っていた。
「えっと?」
机を挟んだ向かいへと腰を下ろしつつ、二人に尋ねる。
「ぎっくり腰。ちょっとお遣い頼まれてくれんかぁ?」
「あらら。別に良いけど、どこまで?」
「商店街の酒屋さんまで頼みたいんだ。足で三十分ぐらいの片道だけど、悪いなぁ」
「この雨じゃ自転車は難しいしね――って、酒屋さん? あれ、二人とも飲まないよね? それに、僕未成年だから受け取るのも難しいと思うんだけど」
「お酒じゃなくて、そこで売ってるつまみの類だ。ご先祖様のお墓参りと、うちの仏壇にもちょっと欲しくてなぁ。そこいらで買えるものでええならええんだけど、私のお父さんやその前の先祖様が、その酒屋さんのつまみをえらく気に入ってて、墓参りだお盆だって時期にはいつも買いに行くんだ」
「分かった。商店街って、あっちの方のだよね? 酒屋さんって一個しかない?」
凡その方角を指さしつつ尋ねる。
この辺りで徒歩三十分圏内の商店街といえば、浮かぶのは昔何度か通ったあそこしかない。
「一個しかないでぇ。箕島酒店って名前のお店だ」
「ん。じいちゃんは、ばあちゃんの手料理の匂いでも嗅いでゆっくり寝てて。何かあったらスマホ持ってるし、電話番号は――はい、これにかけてくれたらいいからね」
机上に見つけた付箋へと殴り書きして渡す。
「ごめんなぁ、悠希」
「良いってこれくらい。若者で高校生なんて、時間と体力しか取り柄がないんだから」
「はっはっは、なら存分にこき使って――あ痛たたたた!」
「何とも分かり易いバチですねぇ、まったく。ありがとう、ゆうくん」
「いいよいいよ。ばあちゃんも、帰ったら何か手伝うし、程々にやってて」
「ふふっ。はいはい、ありがとうね」
ふわふわと嬉しそうに笑うばあちゃんに見送られて、僕はキッチンを後にする。
財布とスマホをポケットに、手には傘を持ったことを確認したところで、忘れてた忘れてたと慌てて駆けてきたばあちゃんからお酒代を確かに預かって、家を出た。
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