透明色のカンバス

石田ノドカ

文字の大きさ
26 / 33
第2章 『その優しい音色ったら』

3.大事なものになれば

しおりを挟む
「んくっ、んくっ――ぷはっ」

 田舎でも、夏の暑い地域だからか、ミネラル成分多めなんていう気の利いたものが入っている自販機に辿り着けて良かった。
 手にしたそれを一息に飲み干した女性の顔色も、少しばかり戻ったように窺えた。

「いくらだった?」

「忘れました」

「金銭のやり取りは揉め事の元になるわ」

「――忘れました」

「……見たところ高校生よね。肝の据わった子だわ」

 呆れたように息を吐くと、以降「いくら?」とは言わなくなってしまった。
 大人とか子どもとかお金とか、そんなのはどうでも良いことだ。
 体調の悪い人間が元気になるのなら、それに越したことはない。

 けれど――

「雨足、強くなってきたわね」

 窓の外に目をやりながら、女性が言う。
 そう。雨が降り始めてしまったのだ。
 僕が最寄りの自販機まで戻っている、その間に。

 雨が降り始めたことで幾らか気温は下がり、今はこうして車内にいても釜茹でにはならずに済んでいる。
 しかし、慌てて庇うようにして持とうにも、道中どうしても濡れてしまったリュック。
 中身は――確認するのも怖くて、未だ検めていない。

「すみません。びしょ濡れの身体で入らせてもらって……」

「お互い様よ。急に降り出したものだから、私だって濡れちゃったもの」

 そういう彼女は、透けてしまった衣類を隠す為か身体が冷えないようにするためか、仕事着だと言っていた『白衣』を羽織っていた。
 看護師さん、なんだな。

「君、どこかに行く途中だったの?」

 分厚い雲を見上げたままで、女性が尋ねる。

「はい……図書館まで」

「図書館? ああ、学校の宿題?」

「……まあ、そんなところです」

 この人は、彼女の身内だ。
 そんな人に会いに行こうとしているなんて言い方をするのは、ちょっと気が引けた。
 名前さえ出さなきゃそれでいいことなのに、何を怖がっているのか。

「ごめんなさいね、私なんかと鉢合わせてしまったばっかりに」

「いえ。体調、戻ったようで良かったです」

「――ええ。ありがとう」

 横目に、小さく頷いているのが見えた。
 沈黙が訪れる中、どこに目を向けたものかと悩んだ挙句、僕も分厚い雲が覆う空に目を向ける形で落ち着いた。

 雨は激しさを増す。
 つい先ほど確認した速報だと通り雨らしいから、もうしばらくすれば止むことだろうけれど。

「それ、大事なものでも入っているの?」

 膝の上に置き、両手で抱きかかえているリュックを指してのことだろう。

「……大事なものになれば良いなって思うものなら、入ってます」

「――そう。なら、重ねてごめんなさいね。その願いが壊れていないことを祈ってるわ」

「…………はい」

 確認していないけれど、恐らくは――。
 彼女の言葉は、そんなマイナス思考に光が差し込んだようで、心が少しだけ前を向いた。

「もう少しかしらね、ロードサービス。解決したら図書館まで送るわ。雨が止んだら、自転車も後ろに積んでしまいなさい」

「……いえ。お仕事って言っておられたので、大丈夫です。遅れるにしても休まれるにしても、日に中てられてしまった身体でもありますし、ご自分のことを優先なさってください」

「よく出来た子ね。ほんとに高校生?」

「じじいみたいな時間の使い方だ、とは、つい最近言われました」

「ふふっ。良いじゃないね、時間の使い方なんて自分勝手で」

「そうでしょうか?」

「自分の使いたいように使ってないの?」

「そんなことは――」

「なら、それで良いのよ。自分の時間は、自分が満足すればそれで良いの。無駄にさえしなければ、ね」

 どこか含みのある――まるで体感したことでもあるように、女性はしんみりとした声で言った。

「っと、来たわね。私は出るから、雨が止むまではここにいたら良いわ」

「……はい。ありがとう、ございます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

処理中です...