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第2章 『その優しい音色ったら』
3.大事なものになれば
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「んくっ、んくっ――ぷはっ」
田舎でも、夏の暑い地域だからか、ミネラル成分多めなんていう気の利いたものが入っている自販機に辿り着けて良かった。
手にしたそれを一息に飲み干した女性の顔色も、少しばかり戻ったように窺えた。
「いくらだった?」
「忘れました」
「金銭のやり取りは揉め事の元になるわ」
「――忘れました」
「……見たところ高校生よね。肝の据わった子だわ」
呆れたように息を吐くと、以降「いくら?」とは言わなくなってしまった。
大人とか子どもとかお金とか、そんなのはどうでも良いことだ。
体調の悪い人間が元気になるのなら、それに越したことはない。
けれど――
「雨足、強くなってきたわね」
窓の外に目をやりながら、女性が言う。
そう。雨が降り始めてしまったのだ。
僕が最寄りの自販機まで戻っている、その間に。
雨が降り始めたことで幾らか気温は下がり、今はこうして車内にいても釜茹でにはならずに済んでいる。
しかし、慌てて庇うようにして持とうにも、道中どうしても濡れてしまったリュック。
中身は――確認するのも怖くて、未だ検めていない。
「すみません。びしょ濡れの身体で入らせてもらって……」
「お互い様よ。急に降り出したものだから、私だって濡れちゃったもの」
そういう彼女は、透けてしまった衣類を隠す為か身体が冷えないようにするためか、仕事着だと言っていた『白衣』を羽織っていた。
看護師さん、なんだな。
「君、どこかに行く途中だったの?」
分厚い雲を見上げたままで、女性が尋ねる。
「はい……図書館まで」
「図書館? ああ、学校の宿題?」
「……まあ、そんなところです」
この人は、彼女の身内だ。
そんな人に会いに行こうとしているなんて言い方をするのは、ちょっと気が引けた。
名前さえ出さなきゃそれでいいことなのに、何を怖がっているのか。
「ごめんなさいね、私なんかと鉢合わせてしまったばっかりに」
「いえ。体調、戻ったようで良かったです」
「――ええ。ありがとう」
横目に、小さく頷いているのが見えた。
沈黙が訪れる中、どこに目を向けたものかと悩んだ挙句、僕も分厚い雲が覆う空に目を向ける形で落ち着いた。
雨は激しさを増す。
つい先ほど確認した速報だと通り雨らしいから、もうしばらくすれば止むことだろうけれど。
「それ、大事なものでも入っているの?」
膝の上に置き、両手で抱きかかえているリュックを指してのことだろう。
「……大事なものになれば良いなって思うものなら、入ってます」
「――そう。なら、重ねてごめんなさいね。その願いが壊れていないことを祈ってるわ」
「…………はい」
確認していないけれど、恐らくは――。
彼女の言葉は、そんなマイナス思考に光が差し込んだようで、心が少しだけ前を向いた。
「もう少しかしらね、ロードサービス。解決したら図書館まで送るわ。雨が止んだら、自転車も後ろに積んでしまいなさい」
「……いえ。お仕事って言っておられたので、大丈夫です。遅れるにしても休まれるにしても、日に中てられてしまった身体でもありますし、ご自分のことを優先なさってください」
「よく出来た子ね。ほんとに高校生?」
「じじいみたいな時間の使い方だ、とは、つい最近言われました」
「ふふっ。良いじゃないね、時間の使い方なんて自分勝手で」
「そうでしょうか?」
「自分の使いたいように使ってないの?」
「そんなことは――」
「なら、それで良いのよ。自分の時間は、自分が満足すればそれで良いの。無駄にさえしなければ、ね」
どこか含みのある――まるで体感したことでもあるように、女性はしんみりとした声で言った。
「っと、来たわね。私は出るから、雨が止むまではここにいたら良いわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
田舎でも、夏の暑い地域だからか、ミネラル成分多めなんていう気の利いたものが入っている自販機に辿り着けて良かった。
手にしたそれを一息に飲み干した女性の顔色も、少しばかり戻ったように窺えた。
「いくらだった?」
「忘れました」
「金銭のやり取りは揉め事の元になるわ」
「――忘れました」
「……見たところ高校生よね。肝の据わった子だわ」
呆れたように息を吐くと、以降「いくら?」とは言わなくなってしまった。
大人とか子どもとかお金とか、そんなのはどうでも良いことだ。
体調の悪い人間が元気になるのなら、それに越したことはない。
けれど――
「雨足、強くなってきたわね」
窓の外に目をやりながら、女性が言う。
そう。雨が降り始めてしまったのだ。
僕が最寄りの自販機まで戻っている、その間に。
雨が降り始めたことで幾らか気温は下がり、今はこうして車内にいても釜茹でにはならずに済んでいる。
しかし、慌てて庇うようにして持とうにも、道中どうしても濡れてしまったリュック。
中身は――確認するのも怖くて、未だ検めていない。
「すみません。びしょ濡れの身体で入らせてもらって……」
「お互い様よ。急に降り出したものだから、私だって濡れちゃったもの」
そういう彼女は、透けてしまった衣類を隠す為か身体が冷えないようにするためか、仕事着だと言っていた『白衣』を羽織っていた。
看護師さん、なんだな。
「君、どこかに行く途中だったの?」
分厚い雲を見上げたままで、女性が尋ねる。
「はい……図書館まで」
「図書館? ああ、学校の宿題?」
「……まあ、そんなところです」
この人は、彼女の身内だ。
そんな人に会いに行こうとしているなんて言い方をするのは、ちょっと気が引けた。
名前さえ出さなきゃそれでいいことなのに、何を怖がっているのか。
「ごめんなさいね、私なんかと鉢合わせてしまったばっかりに」
「いえ。体調、戻ったようで良かったです」
「――ええ。ありがとう」
横目に、小さく頷いているのが見えた。
沈黙が訪れる中、どこに目を向けたものかと悩んだ挙句、僕も分厚い雲が覆う空に目を向ける形で落ち着いた。
雨は激しさを増す。
つい先ほど確認した速報だと通り雨らしいから、もうしばらくすれば止むことだろうけれど。
「それ、大事なものでも入っているの?」
膝の上に置き、両手で抱きかかえているリュックを指してのことだろう。
「……大事なものになれば良いなって思うものなら、入ってます」
「――そう。なら、重ねてごめんなさいね。その願いが壊れていないことを祈ってるわ」
「…………はい」
確認していないけれど、恐らくは――。
彼女の言葉は、そんなマイナス思考に光が差し込んだようで、心が少しだけ前を向いた。
「もう少しかしらね、ロードサービス。解決したら図書館まで送るわ。雨が止んだら、自転車も後ろに積んでしまいなさい」
「……いえ。お仕事って言っておられたので、大丈夫です。遅れるにしても休まれるにしても、日に中てられてしまった身体でもありますし、ご自分のことを優先なさってください」
「よく出来た子ね。ほんとに高校生?」
「じじいみたいな時間の使い方だ、とは、つい最近言われました」
「ふふっ。良いじゃないね、時間の使い方なんて自分勝手で」
「そうでしょうか?」
「自分の使いたいように使ってないの?」
「そんなことは――」
「なら、それで良いのよ。自分の時間は、自分が満足すればそれで良いの。無駄にさえしなければ、ね」
どこか含みのある――まるで体感したことでもあるように、女性はしんみりとした声で言った。
「っと、来たわね。私は出るから、雨が止むまではここにいたら良いわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
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