【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep9 嘘つき男と02

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 あからさまな男の嘘に、一瞬妙な間が空いてしまったが、俺は男の嘘を聞き流すことにし、心優しい成金息子を続ける。

「……えーっと。名前を聞いても?俺はルークだ。君は?」

「私のことはハンスと」

 ハンス。
 帝国の、ハンス?
 待て。その名前聞き覚えがある。
 ……思い出した。
 誰もが知っているその名は。

「……帝国の有名な童話に出てくる少年の名だね」

「あぁ、同じ名前なんだ」

 誰にでもわかる明らかな偽名を名乗られる。
 ……マジでこいつ、なんなの?

「……とりあえず食事にしようか」
 俺はひきつった笑顔で、色々な言葉と感情を飲み込むことにした。



 食事をとる頃にはあたりはすっかり闇に包まれていた。
 少し肌寒いが、焚き火の暖かさが心地よい夜だ。

 何を尋ねても流れるようなウソしか返ってこない気がして、俺たちは会話のない食事をとる。

 俺は3日分の食料を持っていたので、男にもパンと燻製肉を切り分ける。
 警戒して食べないかと思い、切り分けている時点で自分で食べてみせた。
 男はじっと俺を観察していたが、特に警戒することなく頬ばりはじめる。
 食べ方もどことなく気品を感じた。

 食事をしている途中マルテが騒ぎだしたので、餌用の干し肉と香草を多めに与える。
 少し気が立っていたようだが落ち着いたようで、鼻を鳴らし始めた。

 慣れない人間と慣れない場所で野営。

 人間も飛竜も感じるストレスは同じだなーとか思いながら、憮然とした態度で俺は焚き火のそばにもどった。

 そんな俺の様子を観察し、口元を手で覆い何か考え込んでいた嘘つき男が静かに口を開いた。

「……サンドレア王国との密談の帰りだ」

 一瞬俺は眉をひそめて男を見る。
 なんだ?
 突然どうした?

「王国にはマルゴーン帝国の内通者など私以外にもいる。詳しくは話せないが、大きく情勢が変わる出来事が起きた。急ぎ帰っている途中に、君に助けられた」

 なるほど。
 密談のため王国に赴き、幸か不幸か茶会での婚約破棄を知ることとなった。
 で、急ぎ帝国へもどっているのか。

「……なぜ、突然話す気になったんだ?」

「君が私を助けてくれ、尽くしてくれたから。恩には誠実に報いるべきと判断した」

「なぜ、ずっと見え透いた嘘を?」

 俺の言葉に、男はさらりと返す。
「君がずっと嘘をついているからだ」


 その言葉に俺は息を呑んだ。


 俺の嘘は見透かされていたのか。
 確かに、出会う前からすでに俺は自分を偽っている。
 そして出会ってからも何ひとつ、本当のことを話していない。

 男が俺に嘘をついていることを隠そうともせず、それが無性に腹立たしかったが、そもそも腹を立てることが筋違いだ。

 彼への振る舞いを恥ずべきなのは、まず俺なのだから。

「…嘘をついていたことを詫びさせてくれ」
 俺は態度を改めた。

「君の名は?」

「グレイだ」
 そう言うと、男ははじめて俺のことを見た。

 フードの奥で視線がぶつかる。強い光を宿した瞳。
 まただ。既視感を感じる。

「俺はスノーヴィア辺境伯に仕える者だ。おそらくは君と同じ理由で、王都から急ぎ帰領している途中だった」
 自らのことを正直に話し、俺は誠意を示す。

 男は再び考えるような仕草をした後、目深に被っていたフードを脱いだ。

 明るい白金色の髪に、ほんの少し日焼けしているがきめ細かく整った肌。
 印象的なのはその髪から覗く瞳。深みのある澄んだ琥珀色。
 その瞳をみて、ようやく度々感じた既視感の正体にたどり着いた。

 サンドレア王城の廊下で視線を交わした男だ。

 生粋の帝国人には見えなかった。少し他民族の血が混ざったような造形。
 それも相まってか、不思議と目が離せない魅力と美貌の持ち主だ。

「私のことはヴァンと。近しい者はそう呼ぶ」

 ヴァンはそう言って琥珀の瞳で俺を見る。
 さっきまでとは違い、偽りの言葉は一切感じられない。

 嘘には嘘を。真実には真実を。
 そう言わんばかりの目をしていた。
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