【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep27 再会

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 ゼクスが発動した転移の眩い光に視界を奪われ、次に目を開くと、知らない部屋に俺とゼクスは佇んでいた。
 足元の転移陣が緩やかに消え、薄暗い静かな場所に俺たちは残される。

 サンドレア王国とは全く違う、乾いた暑さと空気に混じる砂の匂い。
 この場所がマルゴーン帝国であることが肌で感じられた。

 さほど広くはないが、バルコニーが続く開放的な部屋だ。既に月が高く上がっており、その月明かりで室内はよく見渡せた。
 白を基調とした豪勢で美しい装飾の施された内装。
 華やかで独特な色使いの家具や広げられた緻密な模様の絨毯は、マルゴーンらしさを感じられる調度品ばかり。
 マルゴーン帝国の貴族階級の書斎といったところだろうか。



 徐ろに歩き回ろうとした俺の手を不意にゼクスが掴み止めた。

「……終わるまで待ってろ」

 そう言われ「何が?」と俺は尋ねようとして。隣の部屋から漏れてくる音に気づき、硬直した。

 荒く不規則な息遣いと微かに聞こえる囁き。
 布が擦れる音にベッドの軋む音。
 絶え間なく湿ったものがぶつかりあう艶かしい音。

 容易に想像できた。
 隣の部屋で行われているのは、誰かと誰かの情事だ。

 俺は慌ててゼクスの傍にしゃがみこむ。
 そして、しばらくしてすぐ。その違和感に気づいた。

 隣の部屋で行われているその情事は、愛する者同士が交わす行為ではなかった。
 たまに響く強打音や乱暴に力を加えられ軋む寝台の音。
 それらの後に続く、喉の奥を鳴らすような卑しい嗤い声と苦痛に掠れた喘ぎ声。

 そして。
 その喘ぐ声音に聞き覚えがあることに、俺は体の芯が冷え切るのを感じた。
 胸が嫌にざわつき、隣の部屋へすぐにでも押し入る衝動に駆られる。
 しかし俺が立ちあがろうとする前に、ゼクスが再度俺の腕を掴み、首を横に振った。

 ……何だよ。
 何なんだよ、この状況は!?

 薄暗い部屋で俺はゼクスと息を殺して座り込み、その暴力じみた情事が鳴り止むのをただただ待った。



 ほどなくして、隣の部屋から響いていた音が止んだ。

 淡々と交わされる短い会話。
 誰かが出て行き、扉の閉まる音。
 ベッドが軋み、気怠げに起き上がる音。

 こちらの部屋に人が来る気配がした。

 ゼクスはその気配と共に立ち上がった。
 俺は呆然とゼクスを見上げる。立ち上がる事が出来なかった。

「……この時間は歓迎しないと言ったはずだが」
 俺たちの潜む部屋に入ってきた男は、ゼクスの姿を見て、驚くことなく冷たくそう言い捨てた。

 緩やかな帝国らしい腰巻きに薄い羽織りを肩にかけている。
 情事の直後だからか、まだ羽織っただけの半裸状態だ。
 上半身の美しい体躯とすらりと伸びた素足が露わになっていた。

「それに、誰を連れてきた」
 明らかに不愉快といった声音で俺を一瞥する。

 俺はゼクスの後ろ、物陰に隠れていた。
 男の冷たい視線に思わず怯む。
 向けられたことのない、突き放すような視線だった。

 ずっと鳴り止まない嫌な鼓動の早さを落ち着かせたくて、少し深呼吸をし、俺はようやく立ち上がる。
 あの時は従者の姿じゃなかった。そう思い、眼鏡を外して胸ポケットにしまった。

 薄暗い物陰から、月明かりが照らす場所まで歩み出る。

 俺を警戒するように一瞥していた部屋の主である男は、月明かりに照らされた俺の姿を見て、その顔を一瞬にして変貌させた。

 驚きと困惑が滲む表情。
 その琥珀色の瞳は、戸惑いに揺れながらも変わらず美しかった。

「…………グ、レイ……」

「……久しぶりだな、ヴァン」

 俺はどんな顔をしたら良いのかわからず、少しだけ愛想笑いをして彼の名前を呼んだ。



「どうして君が。ヴィルゴ殿の使者と共にいるんだ?」
 立ち尽くしたままヴァンが尋ねてくる。

 声音は落ち着いているが、この状況にかなり動揺しているのが何となくわかった。

「今はヴィルゴ宰相閣下の侍従をしているんだ。
 それで……えっと。話すと長くなるんだが、俺にはちょっと変わった能力があって。その能力がヴィルゴの助けになるとかで……スノーヴィアからサンドレア王国の彼のもとに一時的に来ていて……」
 なんだろうか。
 俺も動揺していて全然上手く話せない。

「ヴィルゴ殿が以前、歴史を予知する者がいると言っていたが。君だったのか……」
 ヴァンは何か思い当たったのか、そう呟くと口元を手で覆い、考え込む仕草をした。

 あぁ、懐かしいな。

 焚き火を囲み話していた時も、ヴァンはああやって幾度も考え込む仕草をしていた。
 懐かしさを感じるヴァンの姿に、俺は思わず目を細めて微笑む。

 俺のその顔に気づいたヴァンは、少し慌てたような素振りをして視線を逸らした。
 ヴァンの表情に俺も我に帰り、思わず俯き視線を逸らす。

 妙な沈黙が流れた。

「グレイ、私は……、っ……」
 再びこちらを見てヴァンは何か言おうとし、片方の足をビクリと強張らせた。

 怪訝に思い、俺はヴァンの足元に視線を落とす。
 腰巻きから覗くヴァンの素足。
 その内腿からふくらはぎへは、白濁の液が伝っていた。

 俺とヴァンの間で先程の情事がありありと思い起こされる。
 互いに俯いたままヴァンの素足から目を逸らせず、再びの沈黙が続く。

 ヴァンは一度静かに深呼吸をして、ものすごく言い出しにくそうにこう告げた。
「……すまないが、身体を洗い流したい。少し時間をくれるだろうか」

 ゼクスは欠伸をしながら「はやくしろよ」と一言。
 俺は目を泳がせて「ごゆっくりどうぞ」と一言。

 ヴィルゴ喜べ。
 このタイミングに俺をここに転移させた嫌がらせは、俺にもヴァンにも効果バツグンだ。

 …………やりづらすぎる。
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