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*WEB連載版
第47話 べったりイリーナ
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イリーナが赤月館にやってきてから三日が経過していた。
「はぁ……」
ルベルド殿下への授業を終えた私は、息をつきながら教室代わりにしている書斎から出た。
最近の授業は大変である。
なにせイリーナが引っ付いているから。
……ルベルド殿下ではなく、私に、だ。
ルベルド殿下に授業をしていると、
「ねぇねぇお姉さま、お義兄さま! そんなことより聞いて下さいます? わたくし、ドレスを持ってきたんですの! なのにパーティーもないなんてもったいないですわよ。お義兄さま、お姉さまのためにも婚約パーティーを開くべきですわ!」
なんてふうに授業中に割り込んでくるのだ。
「おいアタマ銀髪ラフレシア、もう婚約パーティーはしたんだよ。お前の出る幕はないの」
「まぁ、そんなこと言っちゃって。どうせお姉さまったらドレスの一つも着ていないのでしょう? そんなのパーティーとは言いませんわ! そんな暗く沈んだこの館に颯爽と現れたわたくしがお姉さまをドレスアップしますの!」
「それはちょっと興味あるな!」
「殿下乗らないで! イリーナの話に乗らないで! イリーナもここにいるならついでに一緒に授業をちゃんと受けなさい!」
「えー、わたくしお勉強嫌いですわ~」
「同じく嫌いですわ~」
「殿下! 声真似しない!」
そんなこんなで授業どころではないのだ。
そして今イリーナは私の腕を引っ張って、廊下を歩き出そうとしていた。
「お姉さま! わたくしのお部屋に行きましょう? わたくし、ドレスを持って来てるんですの。お化粧道具もありますわ。香水だって持って来てるんですのよ。ちょっとくらいならお姉さまに分けてさしあげてもよろしくてよ、お姉さまだってお洒落するべきですもの。まったくぅ、あんな素敵な殿方が婚約者なのに化粧っ気もないなんて……女としてあり得ませんわ、もったいない。お姉さまったら何考えてるんですの?」
と言われても……困ってしまうわけで……。
「あのね、イリーナ、ここはルベルド殿下の邸なんですからね。少し落ち着いて……」
私がため息混じりにそう言うと、イリーナは不機嫌そうな顔になる。
「あらぁ? なんですかその態度は」
なんて唇を尖らせてくるのだ。
「せっかくわたくしがお姉さまをお綺麗にしてあげようっていうのに。もっと感謝してほしいんですけど」
さらにイリーナは、はぁー、なんてこれ見よがしなため息をついてきた。
「お姉さまったら隣国の王子様と結婚なさるっていうのに全然綺麗じゃないんですもの」
「それはほっといて」
「もうっ、お母様が言っていらしたのですわ、どうせお姉さまのことだから身ぎれいにもしてないだろうから、お洒落で可愛いあなたがお姉さまのことを気にかけてお人形さんみたいに可愛らしくしてあげるのよ、って」
「お母様が……?」
お母様って、私のこと『失敗作』呼ばわりしてはばからない人だけど……、それが突然私のこと気にかけはじめてなんなのよ。なんか怖いわ。
「なにせノイルブルク王国と我がブレジアン王国の架け橋になるんですもの、お姉さまったら。オレリー家も大出世ですわ。もしかしたら爵位が上がるかもってお父さまが大騒ぎしていますわよ。ふふっ。お姉さまのそのお役目、いつまで保つか分かりませんけどね」
イリーナは嬉しそうだ。
ああ、そういう……。隣国とはいえ王家と婚姻を結ぶということは、今まで私のことを蔑ろにしてきた人々が手のひらを返すようなとんでもないことなのだと、改めて思う。
とはいえ、あまりにもあからさますぎてねぇ……。
私はもういちどため息をついた。
「ねえ、イリーナ。気持ちは嬉しいんだけどね、もう少し自分の立場をわきまえないとダメよ。今日だってルベルド殿下がもの凄く嫌そうな顔してたじゃないの」
「そんなことありませんわ! ルベルド殿下は笑っていらしたもの! きっとお姉さまが綺麗になるのが嬉しいのよ!」
自信満々に言い切るイリーナだけれど、あれは笑っていたのではない、苦笑いしていたのだ。ルベルド殿下……。いつ堪忍袋の緒が切れか分かったものではない。
しかし意外だったのはイリーナの行動である。
てっきりルベルド殿下にべったりするのかと思っていたのだが、べったりしてきたのは私だったのだ。
……一応、私からの注意を聞き入れてくれた、ということなのだろうか。
一国の王子様への無礼よりかは実の姉への無理難題のほうがマシだと思ったのかもしれない。……ワガママなりに、少しは考えているということだ。
それともこういう作戦なの? 私と殿下を遠ざけるっていう。
でもほんと勘弁してほしいわよ。
いつダドリー様が来るか分からないってストレスもあるのに……。
そうそう、殿下にはダドリー様のことは一応軽くは言っておいたけど、ゆっくり事情を話すまではいかなかった。本当ならちゃんと事情を話して手を回すなり何なりしないといけないのに……。ああ、もうっ。
「とにかく、あまり殿下に迷惑をかけないようにね」
「わたくしが迷惑を掛けようとしているのはお姉さまですから、そのご指摘はスルーさせていただきますわ!」
自覚あるんかい。
「いえね? それって結局殿下にも迷惑掛けてるからね?」
「まあ、お姉さまがそこまでいうんでしたら仕方ないですね。今日のところは引き下がりますわ。今日のお姉さまはブスのままでいるがいいですわよ! ではまた明日。ごきげんよう、お姉さま!」
そう言って、彼女はスキップしながら去って行ったのだった。
まったく、もう……。
あの子のテンションが謎だわ。
私はイリーナが去ったのを見送ってから、きびすを返して書斎に入ろうとした。
……殿下へのフォローをしておかないとね。明らかに機嫌悪くなってきてるから。
それにダドリー様のこともちゃんと相談しないと……。
が、そんな私に話しかけてくるものがいた。
「アデライザ先生、ちょっといいですか?」
それは、クライヴくんだった。
……何だろう。まさか、イリーナが何かしたとか? いやまさか。
「はい、なんですか?」
「すみません、ここだと話しづらいので……、食堂に行ってコーヒーを飲みながらお話ししたいのですが」
「分かりました行きます」
「決断早いですね」
「コーヒーを出されたらね……!」
「ふふ、先生らしいですね」
くすりと笑うクライヴ君。彼はいつも爽やかな笑顔を見せてくれる、好感の持てる少年。こんな子が弟だったらいいのになぁ。……イリーナとは大違いだ。
「はぁ……」
ルベルド殿下への授業を終えた私は、息をつきながら教室代わりにしている書斎から出た。
最近の授業は大変である。
なにせイリーナが引っ付いているから。
……ルベルド殿下ではなく、私に、だ。
ルベルド殿下に授業をしていると、
「ねぇねぇお姉さま、お義兄さま! そんなことより聞いて下さいます? わたくし、ドレスを持ってきたんですの! なのにパーティーもないなんてもったいないですわよ。お義兄さま、お姉さまのためにも婚約パーティーを開くべきですわ!」
なんてふうに授業中に割り込んでくるのだ。
「おいアタマ銀髪ラフレシア、もう婚約パーティーはしたんだよ。お前の出る幕はないの」
「まぁ、そんなこと言っちゃって。どうせお姉さまったらドレスの一つも着ていないのでしょう? そんなのパーティーとは言いませんわ! そんな暗く沈んだこの館に颯爽と現れたわたくしがお姉さまをドレスアップしますの!」
「それはちょっと興味あるな!」
「殿下乗らないで! イリーナの話に乗らないで! イリーナもここにいるならついでに一緒に授業をちゃんと受けなさい!」
「えー、わたくしお勉強嫌いですわ~」
「同じく嫌いですわ~」
「殿下! 声真似しない!」
そんなこんなで授業どころではないのだ。
そして今イリーナは私の腕を引っ張って、廊下を歩き出そうとしていた。
「お姉さま! わたくしのお部屋に行きましょう? わたくし、ドレスを持って来てるんですの。お化粧道具もありますわ。香水だって持って来てるんですのよ。ちょっとくらいならお姉さまに分けてさしあげてもよろしくてよ、お姉さまだってお洒落するべきですもの。まったくぅ、あんな素敵な殿方が婚約者なのに化粧っ気もないなんて……女としてあり得ませんわ、もったいない。お姉さまったら何考えてるんですの?」
と言われても……困ってしまうわけで……。
「あのね、イリーナ、ここはルベルド殿下の邸なんですからね。少し落ち着いて……」
私がため息混じりにそう言うと、イリーナは不機嫌そうな顔になる。
「あらぁ? なんですかその態度は」
なんて唇を尖らせてくるのだ。
「せっかくわたくしがお姉さまをお綺麗にしてあげようっていうのに。もっと感謝してほしいんですけど」
さらにイリーナは、はぁー、なんてこれ見よがしなため息をついてきた。
「お姉さまったら隣国の王子様と結婚なさるっていうのに全然綺麗じゃないんですもの」
「それはほっといて」
「もうっ、お母様が言っていらしたのですわ、どうせお姉さまのことだから身ぎれいにもしてないだろうから、お洒落で可愛いあなたがお姉さまのことを気にかけてお人形さんみたいに可愛らしくしてあげるのよ、って」
「お母様が……?」
お母様って、私のこと『失敗作』呼ばわりしてはばからない人だけど……、それが突然私のこと気にかけはじめてなんなのよ。なんか怖いわ。
「なにせノイルブルク王国と我がブレジアン王国の架け橋になるんですもの、お姉さまったら。オレリー家も大出世ですわ。もしかしたら爵位が上がるかもってお父さまが大騒ぎしていますわよ。ふふっ。お姉さまのそのお役目、いつまで保つか分かりませんけどね」
イリーナは嬉しそうだ。
ああ、そういう……。隣国とはいえ王家と婚姻を結ぶということは、今まで私のことを蔑ろにしてきた人々が手のひらを返すようなとんでもないことなのだと、改めて思う。
とはいえ、あまりにもあからさますぎてねぇ……。
私はもういちどため息をついた。
「ねえ、イリーナ。気持ちは嬉しいんだけどね、もう少し自分の立場をわきまえないとダメよ。今日だってルベルド殿下がもの凄く嫌そうな顔してたじゃないの」
「そんなことありませんわ! ルベルド殿下は笑っていらしたもの! きっとお姉さまが綺麗になるのが嬉しいのよ!」
自信満々に言い切るイリーナだけれど、あれは笑っていたのではない、苦笑いしていたのだ。ルベルド殿下……。いつ堪忍袋の緒が切れか分かったものではない。
しかし意外だったのはイリーナの行動である。
てっきりルベルド殿下にべったりするのかと思っていたのだが、べったりしてきたのは私だったのだ。
……一応、私からの注意を聞き入れてくれた、ということなのだろうか。
一国の王子様への無礼よりかは実の姉への無理難題のほうがマシだと思ったのかもしれない。……ワガママなりに、少しは考えているということだ。
それともこういう作戦なの? 私と殿下を遠ざけるっていう。
でもほんと勘弁してほしいわよ。
いつダドリー様が来るか分からないってストレスもあるのに……。
そうそう、殿下にはダドリー様のことは一応軽くは言っておいたけど、ゆっくり事情を話すまではいかなかった。本当ならちゃんと事情を話して手を回すなり何なりしないといけないのに……。ああ、もうっ。
「とにかく、あまり殿下に迷惑をかけないようにね」
「わたくしが迷惑を掛けようとしているのはお姉さまですから、そのご指摘はスルーさせていただきますわ!」
自覚あるんかい。
「いえね? それって結局殿下にも迷惑掛けてるからね?」
「まあ、お姉さまがそこまでいうんでしたら仕方ないですね。今日のところは引き下がりますわ。今日のお姉さまはブスのままでいるがいいですわよ! ではまた明日。ごきげんよう、お姉さま!」
そう言って、彼女はスキップしながら去って行ったのだった。
まったく、もう……。
あの子のテンションが謎だわ。
私はイリーナが去ったのを見送ってから、きびすを返して書斎に入ろうとした。
……殿下へのフォローをしておかないとね。明らかに機嫌悪くなってきてるから。
それにダドリー様のこともちゃんと相談しないと……。
が、そんな私に話しかけてくるものがいた。
「アデライザ先生、ちょっといいですか?」
それは、クライヴくんだった。
……何だろう。まさか、イリーナが何かしたとか? いやまさか。
「はい、なんですか?」
「すみません、ここだと話しづらいので……、食堂に行ってコーヒーを飲みながらお話ししたいのですが」
「分かりました行きます」
「決断早いですね」
「コーヒーを出されたらね……!」
「ふふ、先生らしいですね」
くすりと笑うクライヴ君。彼はいつも爽やかな笑顔を見せてくれる、好感の持てる少年。こんな子が弟だったらいいのになぁ。……イリーナとは大違いだ。
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