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*WEB連載版
第49話 お断りという名の裏切り
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クライヴくんはことりとティーカップを置いた。
「マティアス殿下が言っていましたよ。あのルベルド殿下と愛し合える女性が現れたのは嬉しいことだし、それがアデライザ先生であることはとても喜ばしいことだ、と。でももう一つの仕事のほうはどうなっているのか……とも気を揉んでおられました」
もう一つの仕事……。それは、家庭教師の仕事のついでに頼まれたスパイの仕事のことだった。
スパイ仕事の内容は、ルベルド殿下の研究が何かを探ること。成功報酬として言い値を支払う、とのことだった。
ルベルド殿下の研究がなにか、すでに私は知っている。それは『魔力を増幅させること』だ。……いや、もっと正確にいうならば、『備わっているはずの魔力を顕現させること』だ。
私はそのせいであんなことになってしまったけど……。
「………………」
「先生? どうされましたか?」
「えっ!?」
「顔が真っ赤ですが……」
「あっ、いえ、なんでもないの! 気にしないでください!」
私は慌てて手を振った。
いけない、変なこと考えちゃった。
でも、思えばあれがルベルド殿下とこういう関係になる切っ掛けだったのよね。
あの時のことを思い出すだけで恥ずかしくて顔から火が出そうになるけど。あれはもう忘れよう、うん。
「ま、まあ、もう一つの仕事もは、その……そのうち……。でも……、あ」
言いながら私は気づいていった。『スパイ』という言葉の重さに。……それは、ルベルド殿下を裏切るということだ。
それに、もう一つ。ルベルド殿下が魔力を発現させようとしているということが、言い値で買い取りしようとするほどにマティアス殿下が欲している情報だ、ということに。
「…………」
「どうかなさいましたか、先生?」
「う、ううん、何でもないわ」
私はあくまで笑顔を作ったけれど、内心では冷や汗を流していた。
マティアス殿下からの仕事は二つ。家庭教師としてルベルド殿下がいつ社交界に出ても困らないようにすることと、それからルベルド殿下の研究を探るスパイの仕事と。
しかもスパイの仕事に関しては言い値で情報を買ってくれる。
……マティアス殿下にとって、ルベルド殿下がなにを研究しているのかは、言い値で買い取るほどの重大な情報である。つまり、『備わっているはずの魔力を顕現させる』研究はそんなにもマティアス殿下にとって重大ということだ。
そして、もしそれをマティアス殿下が知ったとき……、どうなってしまうというのだろうか。
もしかしてルベルド殿下の身に危険が及んだりするの?
マティアス第一王子ってもの凄い美形だったけどどうにも胡散臭い人だったし……。
「先生?」
ルベルド殿下が心配げにこちらを見つめている。
私は大きく息を吐いて、気持ちを切り替えた。
今さら考えても仕方がないことだものね。
私はルベルド殿下の婚約者なのよ。だから、もう……、スパイの仕事はしないわ。
「……すみませんが、クライヴくん。ごめんなさい、とマティアス殿下には伝えてもらえますか」
「え?」
「もう一つの仕事はお断りします、と」
「……そうですか」
クライヴくんの顔に苦笑が浮かぶ。
「マティアス殿下、がっかりするだろうな。でも、先生のその判断は正しいと思います」
ふっとクライヴくんが目を細める。まるで眩しいものでも見るかのように。
「……僕は先生が羨ましいですよ。マティアス殿下を簡単に裏切れて」
「え……」
「あ、すみません。言葉が強すぎました。……でも正直言って、僕は少しだけ、ほんのちょっとだけ、先生に嫉妬します」
「そ、そうですか。ごめんなさい、よく分からないけど気を悪くさせたなら……」
「僕は」
私の言葉を遮り、彼は言った。まるで自分に言い聞かせるように。
「僕の恋は、きっと叶わないですから。だから先生が余計に羨ましいんでしょうね。好きな人を守る、ただそれだけに専念できるから」
「クライヴくん……」
「じゃあ、僕はこれで」
と彼は席を立つ。
「これからすぐに王都に向かいます。そこでマティアス殿下に先生の決意を伝えます」
え……。いいのかしら、私がマティアス殿下を裏切った、と伝えられてしまって……。
でも仕方ないわよね。いつまでも宙ぶらりんなままでいるわけにはいかないもの。
ここはきちんと、私はもう完全にルベルド殿下の味方だとマティアス殿下に知ってもらおう。それは家庭教師としての私ではなく、一人の女としての私の表明でもあるんだ。妻としてルベルド殿下と新しい家庭を作る、という表明。家族は裏切れない、という表明。……実家のオレリー家の人たちには蔑ろにされてるけどね。でも私は、それでも家族は大切にしたいのよ。
……って、
「えっ!? いまから王都ですか!?」
「はい」
「で、でも、クライヴくんきのう王都から帰ってきたばかりって……」
「これが僕の仕事ですから」
とクライヴくんは微笑む。
その笑顔はいつも通りの爽やかなものだったけれど、どこか寂しげなものでもあった。
彼が去ってから、私は一人でコーヒーを飲んでいた。
『僕の恋は、きっと叶わない』――クライヴくんの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
(……どうして?)
ロゼッタさんはクライヴくんのことを好いているのに。それは、私もよく知っているのに。
それなのに、なんで『この恋は叶わない』なになるの?
クライヴくんとロゼッタさんの間には、気持ちだけではどにもならない事情があるってこと?
クライヴくんとロゼッタさんのことといい、マティアス殿下の胡散臭さといい……、この館、私が知らないことがまだまだ多いみたいね……。
とにかく、私がルベルド殿下をお守りしなきゃね。
「マティアス殿下が言っていましたよ。あのルベルド殿下と愛し合える女性が現れたのは嬉しいことだし、それがアデライザ先生であることはとても喜ばしいことだ、と。でももう一つの仕事のほうはどうなっているのか……とも気を揉んでおられました」
もう一つの仕事……。それは、家庭教師の仕事のついでに頼まれたスパイの仕事のことだった。
スパイ仕事の内容は、ルベルド殿下の研究が何かを探ること。成功報酬として言い値を支払う、とのことだった。
ルベルド殿下の研究がなにか、すでに私は知っている。それは『魔力を増幅させること』だ。……いや、もっと正確にいうならば、『備わっているはずの魔力を顕現させること』だ。
私はそのせいであんなことになってしまったけど……。
「………………」
「先生? どうされましたか?」
「えっ!?」
「顔が真っ赤ですが……」
「あっ、いえ、なんでもないの! 気にしないでください!」
私は慌てて手を振った。
いけない、変なこと考えちゃった。
でも、思えばあれがルベルド殿下とこういう関係になる切っ掛けだったのよね。
あの時のことを思い出すだけで恥ずかしくて顔から火が出そうになるけど。あれはもう忘れよう、うん。
「ま、まあ、もう一つの仕事もは、その……そのうち……。でも……、あ」
言いながら私は気づいていった。『スパイ』という言葉の重さに。……それは、ルベルド殿下を裏切るということだ。
それに、もう一つ。ルベルド殿下が魔力を発現させようとしているということが、言い値で買い取りしようとするほどにマティアス殿下が欲している情報だ、ということに。
「…………」
「どうかなさいましたか、先生?」
「う、ううん、何でもないわ」
私はあくまで笑顔を作ったけれど、内心では冷や汗を流していた。
マティアス殿下からの仕事は二つ。家庭教師としてルベルド殿下がいつ社交界に出ても困らないようにすることと、それからルベルド殿下の研究を探るスパイの仕事と。
しかもスパイの仕事に関しては言い値で情報を買ってくれる。
……マティアス殿下にとって、ルベルド殿下がなにを研究しているのかは、言い値で買い取るほどの重大な情報である。つまり、『備わっているはずの魔力を顕現させる』研究はそんなにもマティアス殿下にとって重大ということだ。
そして、もしそれをマティアス殿下が知ったとき……、どうなってしまうというのだろうか。
もしかしてルベルド殿下の身に危険が及んだりするの?
マティアス第一王子ってもの凄い美形だったけどどうにも胡散臭い人だったし……。
「先生?」
ルベルド殿下が心配げにこちらを見つめている。
私は大きく息を吐いて、気持ちを切り替えた。
今さら考えても仕方がないことだものね。
私はルベルド殿下の婚約者なのよ。だから、もう……、スパイの仕事はしないわ。
「……すみませんが、クライヴくん。ごめんなさい、とマティアス殿下には伝えてもらえますか」
「え?」
「もう一つの仕事はお断りします、と」
「……そうですか」
クライヴくんの顔に苦笑が浮かぶ。
「マティアス殿下、がっかりするだろうな。でも、先生のその判断は正しいと思います」
ふっとクライヴくんが目を細める。まるで眩しいものでも見るかのように。
「……僕は先生が羨ましいですよ。マティアス殿下を簡単に裏切れて」
「え……」
「あ、すみません。言葉が強すぎました。……でも正直言って、僕は少しだけ、ほんのちょっとだけ、先生に嫉妬します」
「そ、そうですか。ごめんなさい、よく分からないけど気を悪くさせたなら……」
「僕は」
私の言葉を遮り、彼は言った。まるで自分に言い聞かせるように。
「僕の恋は、きっと叶わないですから。だから先生が余計に羨ましいんでしょうね。好きな人を守る、ただそれだけに専念できるから」
「クライヴくん……」
「じゃあ、僕はこれで」
と彼は席を立つ。
「これからすぐに王都に向かいます。そこでマティアス殿下に先生の決意を伝えます」
え……。いいのかしら、私がマティアス殿下を裏切った、と伝えられてしまって……。
でも仕方ないわよね。いつまでも宙ぶらりんなままでいるわけにはいかないもの。
ここはきちんと、私はもう完全にルベルド殿下の味方だとマティアス殿下に知ってもらおう。それは家庭教師としての私ではなく、一人の女としての私の表明でもあるんだ。妻としてルベルド殿下と新しい家庭を作る、という表明。家族は裏切れない、という表明。……実家のオレリー家の人たちには蔑ろにされてるけどね。でも私は、それでも家族は大切にしたいのよ。
……って、
「えっ!? いまから王都ですか!?」
「はい」
「で、でも、クライヴくんきのう王都から帰ってきたばかりって……」
「これが僕の仕事ですから」
とクライヴくんは微笑む。
その笑顔はいつも通りの爽やかなものだったけれど、どこか寂しげなものでもあった。
彼が去ってから、私は一人でコーヒーを飲んでいた。
『僕の恋は、きっと叶わない』――クライヴくんの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
(……どうして?)
ロゼッタさんはクライヴくんのことを好いているのに。それは、私もよく知っているのに。
それなのに、なんで『この恋は叶わない』なになるの?
クライヴくんとロゼッタさんの間には、気持ちだけではどにもならない事情があるってこと?
クライヴくんとロゼッタさんのことといい、マティアス殿下の胡散臭さといい……、この館、私が知らないことがまだまだ多いみたいね……。
とにかく、私がルベルド殿下をお守りしなきゃね。
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