呟くのは宣伝だけじゃありません!~仕事も恋もTwitterで!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5章 最後のレッスン

3.俺の役目ももう、終わり

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金曜日、ひさしぶりに出社した途端、大石課長に呼びだされた。

「ゆっくり休めたか」

ニヤニヤ笑いながら嫌みを言ってくる大石課長にイラッとする。
ええ、誰かさんのおかげでしっかり休めましたが?

「それでな。
週明けのプレゼンだが、仙道せんどう社長も同席なさるそうだ」

「……ハイ?」

一瞬、彼がなにを言っているのか理解できなかった。
が、理解すると同時にみるみる血の気が引いていく。

「……仙道社長が、ですか」

「そうだ」

妙に重々しく頷いた大石課長が、芝居がかって見えた。

「……どうして、ですか」

「Twitter運営はもともと、仙道社長の思いつきではじまった。
それの今後が決まるプレゼンなんだ、当然、同席なさるだろう」

大石課長が言っているのはもっともだけど、私はそんなこと、全く想定していないわけで。
そもそも、金田かなだ部長と大石課長、それに他部署の課長が何人かだと聞いていた。
そんな上役たちの前でプレゼンするだけでもドキドキなのに、さらに仙道社長?

「そういうことなので、そのつもりで」

「……はい」

皮肉たっぷりに唇を歪ませ、大石課長が笑う。
そのつもりでって、いまさら!?

当然、今週の仕事が溜まっているから定時になっても帰れない。
病み上がりにこれはないと思うが、なんといってもあの大石課長がそんな言い訳、許してくれるはずがない。

「……めっちゃ遅くなった」

時刻はすでに、午後九時を回っている。
会社を出たらなぜか、滝島さんが待っていた。

「遅い!」

「えっ、は?
なんで?」

「さみーし腹減ってんだ。
さっさと歩け!」

「えっ、はっ?」

戸惑っている私の腕を掴み、説明なんか無しで滝島さんは歩きだす。
少し歩いて入ったのは、いつぞや来たビアバーだった。

「ヴァイツェンとアップルエール。
あとシーザーサラダと自家製ソーセージ。
とりあえず以上で」

メニューをちらっと見ただけで滝島さんが勝手に注文をしてしまう。
店員がいなくなり、口を開いた。

「どうして滝島さんがいるんですか?」

「は?
お前、LINEくらいチェックしろよ」

「は?」

わけもわからないままに携帯を見る。
そこには残業か、何時に終わりそう?
待ってると滝島さんからメッセージが入っていた。

「……すみません、完全に放置してました」

「だろーなー。
返信どころか既読にもなんねー。
もしかして倒れてるんじゃないかって、あと五分遅かったら会社に踏み込もうかと思ってた」

嫌みのように言って、届いたビールをごくりと滝島さんが一口飲む。

「ううっ、すみません……」

穴があったら入りたい。
こんなに心配してくれていたのに気づかないなんて。

「まー、いいけどさー。
待ってたのは俺の勝手だし」

ぐーっと一気に、グラスに残ったビールを滝島さんは空けた。
ついでに通りかかった店員に、新しいのを頼んでいる。

「とりあえず食おうぜ。
腹、減ってるって言っただろ」

「そうですね」

シーザーサラダもウィンナーも届いたのでフォークを握る。
前回も食べたけど、ここの自家製ウィンナーはジューシーで本当に美味しいのだ。
きっとだから、滝島さんはまた頼んだんだと思うけど。

「プレゼンの準備の方はどうよ?」

「……、それがですね!」

噛んでいたウィンナーを飲み込み、勢いよく口を開く。

「今頃になって仙道社長が同席するとかいうんですよ!
ほんと、いまさらですよ!」

フォークを握ったまま拳をテーブルに叩きつけたもののそれでも気が治まらず、グラスのビールを一息に空ける。

「なんでいまさらなんだ?
別に社長が来るからって慌てることないだろ。
伊深のプレゼンは完璧なんだから」

「うっ」

しれっと言い放って滝島さんはビールを飲んでいるが……プレッシャーですよ!

「……このままの内容でいいんですかね」

「まあ、日曜最終確認するけど、問題ねーだろ。
俺が指導したんだし」

「なんですか、その自信」

滝島さんは妙に自信満々だ。
俺様のここまでくると返って清々しい。
それにおかげで、落ち着けた。

「そうですよね、滝島さんの……」

――チロリ、チロリ、チロリ、チロリ……。

話を遮るように携帯が鳴りだす。
断って見た携帯の画面には英人からの電話だと表示されていた。

「ちょっと出てきます」

「ああ」

さらに断って席を外す。
店を出たときには着信音は止まっていた。
はぁーっとひとつ大きく深呼吸して、リダイヤルする。

『なんでお前、家にいないんだよ!』

ワンコールも鳴らないうちに電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてきて、思わず耳から離していた。

「……すみません」

『鍵ねーから中入れねーし。
電話したら出ねーし』

――そんなの知らないし。

などと思ったところで、口に出す勇気はない。

『もういい、帰る。
あ、明日、晩メシ作って待っとけよ』

「あのっ」

そこで唐突に電話は切れた。

「……はぁーっ」

重いため息をつき、店の中に戻る。
滝島さんの後ろ姿を見て、無理にでも笑顔を作った。

「外、寒かっただろ」

「そうですね、ちょっと出ただけで冷えちゃいました」

グラスが空なことに気づき、次を頼むか悩んだ。

「そういや、病み上がりなのにこんなところに連れてきて悪かったな。
そろそろ出るか」

「いえ、待っててくれたのは……嬉しかったので」

「そうか」

くいっと、滝島さんが眼鏡を上げる。
でも、ちょうどキリもいいし、もう飲む気分にはなれそうにない。
同意して席を立つ。

「今日はごちそうさまでした」

「ごちそうさまって割り勘だっただろ」

通りにふたり並び、タクシーがくるのを待った。

「でも、滝島さんの方が……」

「俺の方がたくさん飲んで食ってるんだから当たり前」

「いたっ」

デコピンされた額を押さえる。
割り勘のときはいつもそう。
滝島さんの方が多めに払ってくれる。

タクシーの中では無言だった。
私のマンションが近づいた頃、ようやく滝島さんが口を開いた。

「今日みたいに遅くなる日は連絡しろって言っただろ」

そういえば言われた、迎えに行くからって。
もしかして今日は、だから待っていた?

「まあ、俺の役目ももう終わりだろうけど」

「……!」

きっと滝島さんは、さっきの電話が英人からだって気づいている。

「私は……!」

そこから先の言葉が見つからない。
私は滝島さんをどう思っている?

迷っている間にタクシーはマンションに着いた。

「おやすみ、伊深。
明後日、期待してる」

「おやすみなさい」

走り去るタクシーを見送った。
このプレゼンが成功し、英人とよりが戻れば、滝島さんとの関係は終わりなんだろうか。
それが当たり前なのにどうして私は……嫌だ、なんて思ったんだろう。
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