呟くのは宣伝だけじゃありません!~仕事も恋もTwitterで!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
37 / 42
最終章 公開告白を許してください

5.小泉さん、私とちゅーしませんか

しおりを挟む
お祝いをしてくれるという金曜日、待ち合わせ場所に向かった私の足は、鉛の下駄でも履いているんじゃないかってくらい重かった。

「茉理乃ちゃん、こっち!」

私を見つけた路さんが手を振る。

「お疲れさまです」

「お疲れー」

路さんと一緒に店に入っていく。
会場になったのはオシャレなイタリアンバルの個室だった。
すでに小泉さんも橋川さんも来ている。

「滝島さんは……?」

「あいつ、残業だから来られないなんて言うのよ?
ほぼ滝島が茉理乃ちゃんの面倒みてたのに」

「え……」

それほどまでに私と顔をあわせたくないということなんだろうか。
なんで。
どうして。
滝島さんはいつも一方的だ。
あんなに私にかまったかと思ったら、こんなに簡単に突き放す。

「きょ、今日は茉理乃ちゃんがこれからも中の人を続けられるお祝いなんだし。
とりあえず、乾杯しましょう?」

私があまりにも暗い顔をしていたからか、路さんが焦ってフォローしてくれた。
私のために集まってくれたのに、主賓の私が浮かない顔とかよくない。

「そうですね。
今日は私のためにわざわざ、ありがとうございます」

無理にでも笑顔を作る。
いまは飲んで食べて騒いで忘れよう。

乾杯を済ませ、当たり障りのない会話をする。

「小泉さん、この間はどら焼き、ありがとうございました。
上司なんて美味しいってふたつも食べちゃったんですよ」

「うん、こっちこそ、食レポありがとう。
それでさ。
……滝島さんと、なんかあったの?」

小泉さんの言葉で、その場の全員の動きが止まった。

「や、やだ。
小泉、なに言ってんのよ?
なにもないわよね、茉理乃ちゃん」

「オレも思ってた。
滝島さんとなんかあったのかな、って」

路さんが誤魔化してくれたのに、さらに橋川さんが追い打ちをかけてくる。

「も、もう!
橋川くんもなに言ってんの?」

「そういう丹沢姐サンだって気になってるんでしょ」

「……はぁーっ」

大きなため息をつき、路さんは空になったグラスにどぼどぼと勢いよく、手酌で赤ワインを注いだ。

「……そうよ、気になってる。
あれだけ茉理乃ちゃんにかまっていた滝島がTLで塩対応。
しかもこんな会、前の滝島だったら進んでやってた。
……でもね」

ぐいっと一気に、路さんがグラスを呷る。

「いま、一番傷ついているのは茉理乃ちゃんよ?
見たでしょ、来たときの茉理乃ちゃんの顔。
こんなに傷ついてる茉理乃ちゃんに、さらに塩を塗るようなこと、私はできないわ……」

ぎゅーっと路さんに抱き締められた。
ああ、温かいな。
こんなに温かいと、気が緩んできちゃう……。

「……ごめんなさい」

「……ごめん」

潤んでくる瞳を見られたくなくて路さんの腕を借りて顔を隠していたら、ふたつの声が聞こえてきた。

「や、やだな。
あやまらないでくださいよ。
悪いのは私なんだし」

「悪いのは茉理乃ちゃんじゃない、滝島よ」

「路さん……」

優しい言葉で危険水域に達していた涙が崩壊する。

「私、私……」

「いいのよ、泣いちゃいなさい」

場所も考えずに泣きじゃくった。
もしかしたら路さんはこういうことも想定して、個室にしてくれたのかもしれない。

「よし、泣いてすっきりしたら今日は飲も!
終電なんか気にせずに飲むぞー!」

路さんが私のグラスにワインを注いでくれる。

「はい!
今日はダイエットなんか気にせずに、飲みます!」

注いでくれたワインを一気に飲み干す。

「茉理乃ちゃん、いい飲みっぷり!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、丹沢姐サン!
飲み過ぎ、よくない!」

ケラケラ笑ってはやし立てる路さんを、橋川さんが慌てて止めた。

「小泉さん!
あなたも止めて!」

「えー、ああなった丹沢さんは止められないし……」

小泉さんはテーブルの隅でひとり、チーズをつまみにワインをちびちびやりだした。

「オレがひとりで止めんの!?
無理、無理だからー!」

悲痛な橋川さんの叫びが、虚しく響いた。

「だからー、あの人、俺様で勝手だしー」

「うんうん、そうよねー」

ぐだぐだ言う私の話を、路さんがワイン片手に聞いている。
小泉さんは相変わらずひとりでちびちびやっているし、橋川さんはすっかり諦めて聞き役に回っていた。

「そのくせ、無駄に優しいんですよー。
最初から捨てるつもりなら、優しくするなっていうんですよ」

目の前が滲んできて、慌ててずびっと鼻を啜る。
さっきから目の前がゆらゆらしているけど、なんでかな……?

「うん、そうねー」

視界の隅で橋川さんが出ていったのが見えた気がするけれど、どうも意識がはっきりしない。

「あんな人好きになるより、小泉さんを好きになった方がよっぽどいいと思うんですよねー」

ふにゃんと小泉さんに笑いかけたら、え、僕?とちっちゃい目を思いっきり開いて自分を指さした。

「そうだ、小泉さん。
私と付き合いません、か?」

それがなんだか、とてもいい考えに思えた。
滝島さんと違って優しいし、気遣いもできるし。
付き合って損はない、いい人だもん。

「え、ええと、ね?」

なのに小泉さんの歯切れは悪い。
それが不満で、不機嫌になっていく。

「えー、私と付き合うのは不満ですかー?
絶対に損はさせませんよ?
……そうだ。
ちゅー、してみます?」

「ちょ、ちょっと、茉理乃ちゃん!?」

「え、ええっ、と」

路さんの制止を振り切り、きょときょととせわしなく目玉を動かす小泉さんにかまわず、テーブルから身を乗り出してぐいっと顔を近づけた、が。

「……そんくらいでやめとけ」

ぐいっと後ろから、あたまを掴んで止められた。

「なにするん……」

切れ気味に振り返ると、そこには滝島さんが立っている。

「なにやってるんだ、お前は」

黒メタル眼鏡と同じくらい冷ややかな視線を向けられて、一気に酔いが醒めた。

「な、なにって。
小泉さんとちゅー……」

それでも精一杯虚勢を張る。
けれど呆れたようにはぁっ、と短くため息をつかれ、その場に棒立ちになった。

「小泉さん、困ってるじゃないか」

「あ、いや、僕は……、ね」

曖昧に笑ってフォローしてくれる小泉さんがいまは痛い。

「……だって」

「だってじゃない。
帰るぞ」

私のコートとバッグを手に、腕を掴んで滝島さんは強引に歩きだす。
部屋を出るとき、片手であやまる橋川さんが見えた。
きっと、彼が滝島さんを呼んだのだろう。

「イヤッ、離して!
だいたい、滝島さんが!」

「俺が?」

人気のない路地で壁ドンされた。
私を見下ろす冷たい目に、背中がぶるりと震える。

「た、滝島さんが、私の話、聞いてくれないから……」

震える唇でどうにか言葉を絞り出す。
目なんかあわせられなくて俯いていたのに、あごにかかった手が無理矢理上を向かせた。

「勘違いするなよ」

「……え?」

薄暗闇の中、街灯の反射するレンズだけが光って見える。
ギリギリと掴まれるあごが、痛い。

「お前は優しくしてくれる人間を好きになったと勘違いしているだけだ。
だから、小泉さんだって」

「違う!」

「違わない」

ぱっと私から手を離し、また腕を掴んで歩いていく。
通りかかったタクシーを拾って私だけを押し込んだ。

「あたまを冷やせ。
俺のことは忘れろ。
俺はただの中の人のミツミ、だ。
……運転手さん、出してください」

「まっ……」

止める間もなくタクシーは走りだす。
なんで滝島さんはあんなことを言うのだろう。
私が好きなのは間違いなく、滝島さんなのに。

「そうか。
こんなに深く、滝島さんを好きになっていたんだ……」

勘違いって、なに?
そんなの、あるわけがない。
なのになんで、滝島さんはあんなことを言うんだろう……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
……一夜限りの思い出、のはずだった。 婚約者と思っていた相手に裏切られた朝海。 傷心状態で京都の町をさまよっていた時、ひょんな事から身なりの良いイケメン・聡志と知り合った。 靴をダメにしたお詫び、と言われて服までプレゼントされ、挙句に今日一日付き合ってほしいと言われる。 乞われるままに聡志と行動を共にした朝海は、流れで彼と一夜を過ごしてしまう。 大阪に戻った朝海は数か月後、もう会うことはないと思っていた聡志と、仕事で再会する── 【表紙作成:canva】

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...