前世の婚約者ってなんですか?~溺愛御曹司と甘い現世生活~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第6章 すれ違いの生活

4.本当のファーストキス

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土日も清人は仕事で、起きたときにはすでにいない。

「どう、しよっかな……」

自分の声がむなしく家の中に響く。
いつのまにか休日は、清人とふたりで過ごすのが当たり前になっていた。
こんな広い家にひとりなんて、淋しさを助長するだけだ。

「実家、行ってみようかな……」

工場は清人の会社と契約を結んでいるのだ、もしかしたら私が知らない情報が得られるかもしれない。

「うん、それがいい」

善は急げとばかりに準備をし、家を出た。
清人はハイヤー呼べばいいのに、って言うだろうけど、電車で帰る。
そうしたい気分だったから。

「ただいまー」

「げ、姉ちゃん帰ってきた」

がらがらと玄関を開けたところで、ちょうど二階から降りてきた温人と目があった。

「帰ってきたら悪いか」

苦笑いしながら家に上がる。

「ただいま、父さん、母さん。
……ってこれ、なにしてるの?」

なぜか茶の間から隣の仏間にかけて、足の踏み場もないほど散らかりまくっていた。

「おかえりー、すずちゃん。
あのね、いま、工場の倉庫を整理してるの」

母はほわほわ笑っているが、それがなぜ、こうなる?

「倉庫には、家には置けなくなったものを入れたままにしていたんだ。
いい機会だからそれも整理しようと思ったんだ」

父はそう言いながら手元の書類を整理して箱に詰めていた。

「んー、じゃあ、私が帰ってきたのって、ナイスタイミング?」

「そうだな。
手伝ってくれたらお駄賃に、焼き肉食いに連れていってやる」

「ラジャ」

例のごとく焼き肉に釣られ、整理に参加する。
家のもの、とかいいつつも、積まれた箱の中身はほとんど、書類のようだった。

「帳簿って何年取っとくの?」

「十年。
それより古いのは処分していい」

「ラジャ」

黙々と箱を開けて書類を整理していく。
でも家のものもやっぱりあるみたいで、たまに。

「うわっ、懐かしー」

開けた箱の中には、私と温人の通知表や卒業アルバムが入っていた。

【もう少し、お友達との輪に入りましょう】

「いまだって無理だし。
でもちゃんとやっていけてるし」

小学校の通知表に書かれた評価に、ついついツッコんでしまう。

昔は本当に酷かった。
いまは女性相手なら多少なんとかなるが、小さい頃はそれもダメで。
しゃべるとあのとおり、テンパってどもっちゃうし、それで笑われて口を開かなくなった。
でも、ある日をきっかけに、親しい人とならしゃべれるようになったんだよね……。
あれって、なにがあったんだっけ?

「おい、手が止まってるぞ」

「はい、スミマセン」

考えていたら父から怒られた。
懐かしさに浸っている時間はくれない……のかと思ったら。

「うわーっ、小さいすずちゃん、やっぱり可愛いー」

今度は母が、アルバムの箱を引き当てたようだ。

「ほら、見て見て」

母が開いたアルバムの中には、赤ちゃんの頃の私が写っている。

「可愛いー」

うん、いまの私とは比べものにならないくらい可愛いよ。
ほっぺはふくふくだし、唇もベビーピンクだし。

「すずちゃん、ちっちゃいときはいっぱいおしゃべりする子だったのに、幼稚園に上がってから全然しゃべらなくなって、心配したのよね」

ページをめくるごとに私は大きくなっていくが、表情はどんどん暗くなっていく。
物陰や人陰に隠れていることが多くなり、――そして。

「これ、誰?」

隠れる私のあたまを撫でている老人に、全く見覚えがなかった。
でも、服を掴んでいるところからいって、信頼しているのは確か。

「ああ、雨山のおじいちゃまね。
鎌倉のおじいちゃん、って言った方がわかるかしら?」

「鎌倉のおじいちゃん……?」

聞いたことある響きに、記憶のページを猛スピードでめくっていく。

「あー、鳩サブレのおじいちゃん!」

鳩サブレのおじいちゃん――もとい鎌倉のおじいちゃんは、曾祖父の友人だ。
そしてそのあだ名のごとく、うちに来るときは毎回、鳩サブレを持ってきたので、私の中ではそう記憶されている。

「え、ちょっと待って。
鎌倉のおじいちゃんが雨山さんって、あの雨山さん?」

雨山なんて名字は珍しい。
まさか、偶然だとは思えない。

「そうねー、涼鳴の嫁ぎ先の、雨山さんよー」

母はなんでもないようにほわほわ笑っているけれど、これってどういうことですか?

「……AAが自転車事業からはじまったのは知ってるな」

「……うん、まあ」

父は書類整理の手を休めずに、話に加わってきた。

「祖父さん……お前のひい祖父さんの頃はその下請けをしてたんだ」

「そうなんだ」

そういえば、お義父さんが言っていた。

『それにしても晴風自転車とは、えらく懐かしい名前だな』

あれはきっと、こういう意味だったんだ。

「先代の時代に廃止されて会社としては付き合いがなくなったが、祖父さんと雨山のご隠居は個人的に付き合いがあってな。
ちょくちょくうちに遊びに来てたんだ」

「ふーん」

僅かに、覚えている。
鎌倉のおじいちゃんのこと。

『涼鳴ちゃんは絶対に美人になる。
将来は――の嫁に』

んー?
んんー?
左側に私を座らせてあたまを撫でるおじいちゃんの右側に、誰かいたはず。

「ねー、鎌倉のおじいちゃん、誰か連れてきてなかった?」

「清人くんだろ」

「……は?」

いやいや、そんなはずは……って状況的に、清人?

立ってきた父は母から受け取ったアルバムをぱらぱらとめくり、あるページを開いて私に渡した。

「ほら」

そこにはまだ幼稚園児の私と、同じくらいの年の小さな男の子が写っている。
これが清人といわれれば、そうな気がしないこともない。

「清人くんはお前を気に入って、いつも一緒に遊んでいたぞ」

「ちょっと待って。
ならなんで、あのとき話してくれなかったの!?」

そうすれば少しくらい、素直に……。

「だってお前、完全に忘れてたし。
言ったところでどうせ、嫌がっただろうが」

「うっ」

た、確かにそうですね……。

「それに、清人くんがお前が覚えているかどうか試したいっていうから、あんな作り話を」

「やっぱり作り話だったんだ」

「なんだ、信じてたのか」

父はとぼけているけれど。
あまりにもみんなが前世押しだから、私が忘れているだけでもしかして……なんてちょっぴり考えていたのも事実だ。

「とにかく、清人くんは全く見ず知らずの人間ではないということだ。
納得したか」

「した。
し、いまとなってはどうでもいい」

きっと本当に初対面だったとしても、清人を好きになっていたと思うから。

夕方には片付けもあらかた終わり、父は約束どおり焼き肉を食べに連れていってくれた。

「泊まっていけばいいじゃないか。
清人くんには連絡を入れて」

「ううん、帰る。
清人をひとりにしておけないから」

「あらあら、妬けてきちゃうわね」

「じゃあ、また来る」

笑う両親に見送られて家に帰る。
こんな状況じゃなきゃ、父の勧めどおり実家に泊まっただろう。
でもいまは、少しでも清人をひとりにしたくないから。

「ただいま」

私が家に着いてもまだ、清人は帰ってきていなかった。

「……だよね」

お風呂を済ませてベッドに潜り込む。
明日も休みだから、できれば今日は清人が帰ってくるまで起きていたい。

「ちっちゃい頃に会ってたんだ……」

記憶をたどると、鎌倉のおじいちゃんの向こうに男の子がいた気がする。
その子はいつもにこにこ笑っていて、私が黙っていてもひとりで話していた。

『すーちゃんは僕のお嫁さんだもんね』

小さな清人がにっこりと満面の笑みで言った途端、目が覚めた。
どうも、うとうとしていたみたいだ。

「言ってた、そういえば……」

きっと、おじいちゃんの言葉を真に受けていたんだと思う。
まさか、それを現実にしようとしたんだろうか。

「いやいや、ありえないって……」

でも、清人ならありえそうっていうか。
それにあのとき、他になんか……。

「……あっ」

そうだ、近所の公園で清人と遊んでいたら、同じ幼稚園の子にいつものようにいじめられた。
なんかしゃべれ、って。

「な、ななな、なんか、って。
す、すず、は」

「なに言ってんのかわかんねーよ、ブース!」

笑われて、悔しくて俯いた。
でも彼のいうことは正しい。
だって私がなにを言っているのかなんて、聞き取れる人はいない。

「笑うな!
すーちゃんはブスなんかじゃない!」

清人は庇ってくれたけど、あの当時の清人はへなちょこでこてんぱんにやられた。
私を助けてくれた清人がやられたのに腹が立って向かっていって、大人が駆けつけたときには私たちふたりとも、ぼこぼこにされたあとだった。

「き、きよくん、ご、ごご、ごめん」

「なんですーちゃんがあやまるの?
悪いのはあいつらだろ」

「で、でも」

ぎゅーっと私を抱き締めた清人が、ちっちゃい子を慰めるように背中をぽんぽんしてくれる。

「ねえ。
すーちゃんって可愛い声してるんだ?
もっと聞かせてよ」

「き、きき、きよくん?」

「すーちゃん、可愛い。
だって僕の、お嫁さんだもんね」

ちゅっと清人の唇が私の唇に触れて……。



「ぎゃー!」

回想は自分の絶叫と共に途切れた。
もしかしてあれがファーストキス、ファーストキスなのか!?

「うっ、ずっと昔に清人に奪われてたんだ……」

なんかそれが、嬉しい。
この話をしたら清人も喜んでくるかな。

幼き日の清人が、私のしゃべりを笑わなかったうえに可愛いって言ってくれたので、それを境に少しずつ周りとは再びしゃべれるようになっていった。
清人はあの一件があったからか、もう二度とうちには来なかったけど。

「早く帰ってこないかな……」

日付はもう、とっくに変わっている。
なのに、清人は帰ってこない。
連絡もない。

「清人……」

でもこの日、待っても待っても清人は帰ってこなかった。
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