前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた

文字の大きさ
265 / 271
番外編

帰郷 後編

しおりを挟む
 立派な馬車に揺られて、僕は故郷のロニタ村に向かってる。ノエルさんの父さん──クレマンさんと、ノエルさんと、パフィ、フルールと一緒に。
 パフィは猫の姿のままで、僕の膝の上で寝てる。クレマンさんは黒猫が魔女だとは思ってないだろうなぁ。
 フルールに興味があるみたいだったけど、テイマーのスキルがあってもフルールほどウサギにそっくりにはできないと思うってノエルさんに言われて諦めてた。

「馬車って思ったより揺れないんですね」

 オブディアン家の馬車が特別かもしれないけど。

「ロニタ村と契約をしてから、街道を舗装したのだよ。凹凸のある道を走ると車輪も故障しやすいからね」
「おかげで遠征も楽になったよ」

 道までキレイにしちゃうなんて、ノエルさん家は凄い。ラズロさんが王家よりお金があるって言ってたけど、冗談じゃなく本当のことだったりするのかも。
 ダンジョンを閉じるのにあちこちに行った時、荷馬車があまり揺れない道があったんだけど、もしかしてあれも……?



「アシュリー、起きて、着いたよ」

 ノエルさんに声をかけられて目が覚める。いつの間にか寝ちゃってたみたい。

「村に着いたんですか?」
「そうだよ」

 開いた扉の先に、見慣れた景色があった。
 いつも見ていた空、村の人達の家。ここでずっと暮らすんだと思ってた村。今の僕が住む場所は別のところにあるけど、ここも僕の帰る場所の一つだと思う。

「アシュリー!」

 名前を呼ぶ声がして、そっちを向いた瞬間抱きしめられた。この抱きしめ方は、母さんだ。

「ちょっと母さん、ずるいよ!」

 兄さんの声が聞こえた。母さんで見えないけど。

「そうだぞ!」

 母さんが離れたと思ったら父さんに抱きしめられた。苦しいんだけど、その苦しいのも嬉しいって思っちゃう。

「おかえり、アシュリー!」
「おかえり!」
「ただいま!」



 三年ぶり?の家は、想像していたより散らかってなかった。バスケットの中にいっぱい詰め込まれているのがいくつもあるけど。

「アシュリーがいなくなってからはしばらくの間、家の中がぐちゃぐちゃでなぁ」
「そうそう、しっちゃかめっちゃかで」

 兄さんが頷く。

「風呂も家のには入れなくなったから、村の風呂に入ろうとしたけど、父さんはその前に水浴びしてからじゃないと入れなくなってさ」
「冬は狩りができないから、そこまで汚れないけど、それでもなぁ」

 王家の土産に茶葉を買ってきたのをカバンから取り出して、厨房に入ってく母さんの後を追う。

「休んでていいんだよ?」
「うん。これね、王都の土産だよ」

 茶葉の入った袋を母さんに渡す。

「おや、茶葉じゃないか。ここじゃなかなか手に入らない高級品だよ」

 鍋に水を入れる。

「もっと散らかってるかと思ってた」

 母さんは肩をすくめる。

「父さん達も言ってたろ。アシュリーがいなくなってすぐは散らかってたよ。食事も貧相になってねぇ」

 頭を撫でられる。

「おまえに頼りきりだったからね」
「でも今はそう見えないよ」

 見回してみても、そんなに汚れてないし。

「そりゃあそうさ。子供のおまえができて、アタシら大人が二人いて、家のことができないなんて恥ずかしいからね、頑張ったもの!」

 そう言って母さんはカラカラと笑った。

「でもこうなるのに一年ぐらいはかかったかねぇ」

 父さんは山にいることが多いし、母さんだって機織りの仕事で忙しい。布を織るのは時間も手間もとてもかかるから。

「今更だけど、ありがとうね、アシュリー。アンタのおかげでアタシらは仕事のことだけ考えられてたよ」
「うん」

 村にいる時は、僕のスキルが中途半端で、家のことぐらいしか役に立てなかった。でもこうやって礼を言われると嬉しい。じんわり胸があったかくなる。良かったって思う。

 沸いた湯の中に茶葉を入れて、スプーンで軽くかき混ぜて止める。茶葉が鍋の底に落ちたら器に注ぐ。
 母さんの持つトレイに器をのせて、父さん達の元に戻る。

「おぉ、茶じゃないか、久しぶりだ」
「アシュリーが土産で買ってきてくれたのか? 高かっただろ、ありがとな」
「せっかくだから喜んでもらいたくて」

 三年も会ってなかったのに、いつも一緒にいたみたいに父さん達は普通だった。

「今だから言うけどな、パフィ様が留守の間にアシュリーが村を出てった後、大変だったんだぞ」
「え、そうなの?」
「おまえ、毎朝パフィ様の元に朝食持って行ったりしてただろ、身の回りの世話をしに」
「うん」

 それは今もだけど。

「村人全員怒られてなぁ」
「機嫌が直らなくてねぇ、困ってたらパフィ様が王都に行くって言って」
「皆は反対しなかったの? パフィがいなくなったら色々困るでしょ?」
「話し合いにはなったけど、パフィ様は魔女だからね、ひと所にずっといるのが珍しいんだって村長が言って」

 そうそう、と父さんが頷く。

「たまに顔を見せてくれたらオレ達も安心だってなってな」

 村の皆はパフィに頼る部分もあったけど、パフィはそういうのが好きじゃないから、自分がいなくてもできるように色々と教えてたもんね。

「そうだったんだ」

 父さんの大きな手が僕の頭をくしゃくしゃに撫でる。

「おまえとパフィ様がいなくなったのは寂しいがなぁ、なんとか協力してやってる。それに今はオブディアン家が村の後ろ盾についてくれたからな、他の村に足元を見られることもなくなった」

 気になっていたことを聞かせてもらって、ほっとした。

「安心した」
「今度こっちから会いに行くよ」

 兄さんが言った。

「本当?」
「おぅ。これでも商人としてそれなりに成長してるんだぞ」
「楽しみにしてるね」

 王都でお世話になってるラズロさん達のこととか、僕のスキルの話とか、話しても話しても、話したいことがなくならなくて、あっという間に時間が過ぎて夜になった。
 明日にまた王都に戻るって言ったら、父さんと母さんに挟まれて寝ることになった。

「小さかったアシュリーも、もう十三か。十六の成人の祝いの為に金を貯めんとな」
「ほんとだねぇ」
「子はあっと言う間に育つとは言うが、本当だな」

 母さんが僕を抱きしめる。

「ずっとずっと、そばで守ってやれると思ってたのに」

 涙声の母さんに、僕も涙が出そうになってきた。

「離れててもな、おまえになにかあったら駆けつけるからな」
「おまえは辛抱強くて泣き言を言わないから、親としちゃ心配だよ」
「でもあと三年で大人になるよ」
「馬鹿だね、親からしたら死ぬまで子供なんだから、守ってやるのさ」
「年を取っても?」
「当たり前だ」

 涙が出てきて、目をぎゅって閉じて、母さんにくっつく。

「まだまだ子供だねぇ」

 優しい声に、涙がどんどん出てきた。
 母さんの手が背中を撫でてくれる。父さんの手が頭を撫でてくれる。
 あっかくて、しあわせな気持ちになる。

 スキルが中途半端だから、父さんも母さんも僕のことを持て余してるんじゃないかって思ってた。
 でもそんなことなかった。こんなに思ってくれてたんだって分かったら、嬉しくて、ほっとして、胸がぎゅってした。

 ダリア様の言葉を思い出す。
 スキルは運命を決めるものじゃなくて、祝福なんだって。父さんと母さんが僕のスキルを知ってがっかりしたように見えたのは、僕が役立たずに思えたからじゃなかった。僕のことを考えて心配になったんだって、今なら分かる。



 早起きした僕は、パフィの庵に向かった。
 寝起きで機嫌があんまり良くないパフィに、お湯を張った桶を渡す。

「おまえは村に戻っても早起きだな」
「パフィ、村の中散歩しようよ」
「歩かんぞ」
「うん、猫の姿でいいから」

 顔を洗い終えたパフィは、猫の姿になった。
 すっかりパフィ用になったカバンの中に入ってもらって、庵を出る。

「ここを出ることになった時は、村にちゃんとお別れしてなかったんだよね」
『そうだろうな』

 パフィにつきあってもらって村の中を散歩する。
 不思議なことに、住んでいた時には気にしなかったこと、気づかなかったことが色々あった。

「ちょっとだけ寂しいね」
『そういうものだ。当たり前にあるものに対して、人は関心を払わんからな。直に王都がおまえにとってそうなるだろう』
「そっか」
『悪いことではない。常に周囲に気を配るということは警戒しているということでもある。記憶にも残らないということは、その必要もない程に安心できる場所だということだからな』

 少し寂しいって思ってたんだけど、パフィのその言葉で安心した。

「そうだね」

 ノエルさんはきっと、僕がまた村に来れるようにしてくれると思う。父さんにも母さんにもまた会いに来れる。兄さんは会いに来てくれるって言ってたし。
 そんな日が来ると思ってなかった。無理だって思ってた。

「ねぇ、パフィ」
『なんだ』
「そのうち旅にも行けるようになるかな?」
『行けるだろうよ』
「何処に行きたい?」
『なぜ一緒に行く前提なのだ』
「え、行かないの?」
『……行ってやらんこともない』

 変わるものはたくさんあるって知った。
 ずっと同じじゃないって。
 でもできたら、パフィとはずっと一緒にいたいって思う。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく
ファンタジー
旧題:ブサ猫令嬢物語~大阪のオバチャンが乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら……~ *あらすじ* 公爵令嬢ジゼル・ハイマンは、”ブサ猫令嬢”の二つ名を持つ、乙女ゲームの悪役令嬢である。 その名の通り、ブサ猫を連想させるおデブな体と個性的な顔面の彼女は、王太子ミリアルドの婚約者として登場し、ヒロインをいじめまくって最後は断罪されて国外追放される――という悪役令嬢のテンプレキャラに転生してしまったのは、なんと”大阪のオバチャン”だった! ――大阪弁の悪役とか、完全にコントやん! 乙女ゲームの甘い空気ぶち壊しや! とんだ配役ミスやで、神さん! 神様のいたずら(?)に憤慨しつつも、断罪されないため奮闘する……までもなく、婚約者選びのお茶会にヒロイン・アーメンガート(多分転生者)が闖入し、王太子と一瞬で相思相愛になって婚約者に選ばれ、あっけなく断罪回避したどころか、いきなりエンディング感満載の展開に。 無自覚にブサ猫萌えを炸裂させ、そこかしこで飴ちゃんを配り、笑顔と人情でどんな場面も乗り越える、テンプレなようで異色な悪役令嬢物語、始めました。 *第三部終盤より一部他作品『乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい』のキャラが登場しますが、読んでなくとも問題ありません。 *カクヨム様でも投稿しております(番外編のみアルファポリスオンリー) *乙女ゲーム転生ですが、恋愛要素は薄いです。 *HOTランキング入りしました。応援ありがとうございます!(2021年11月21日調べ)。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

処理中です...