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番外編
ヒッポグリュプスとふわふわ豚 後編
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「起きろ」
パフィの声で目を覚ます。まだ真っ暗なのに、どうしたんだろう。
「孵化するぞ」
その言葉で目が覚めた。
バスケットの中に布を沢山敷いて、その上に入れておいたヒッポグリュプスの卵。パフィが部屋の中を明るくしてくれたから、卵がよく見える。
卵をそっと取り出して、抱える。
コツ、コツコツ、と卵の中から音がする。小さな穴が空いて、小さな嘴が飛び出してきた。
穴の周りも卵の内側から突かれているみたいで、ヒビが入っていく。
どうしていいのか分からなくて、じっと見ていたら、メリッと音をさせて、鷲が顔を出した。僕をじっと見てる。真っ黒くてまん丸い目をしてる。可愛い。
「殻を破るのを手伝ってやれ」
「うん」
ヒビが入ってはがしやすそうな殻を取ってあげていると、ヒッポグリュプスの雛は尖った嘴で殻を外側から突き始めた。
卵の殻を半分ぐらい剥がしたら、雛はピィ、と鳴いた。身体を震わせながら立ち上がる。
少し灰色が混じったような白い羽毛に身体の上半分が覆われていて、嘴の根元は白くて、先は真っ黒で尖ってる。身体の下半分も白くて、後ろ足は馬だった。前足は鷲と同じで鳥の爪なのに。後ろ足は蹄で、不思議だ。
羽根はまだ小さいから、飛べなさそう。
小さくて、可愛い。大きくなったらきっとカッコいいんだろうな。
「名を付けてやれ」
名前……苦手なのに。
じっと僕を見つめてくる雛を見る。
ヒッポグリュプスは大きくなったら空を飛ぶんだって。僕のこと、乗せてくれるといいな。
「シエロ」
「またおまえは……」
パフィは呆れた顔をする。
「君の名前はシエロだよ」
空。
大きくなって、自由に空を飛んでくれたらいいな。
ピィピィと鳴くシエロのおでこを撫でる。
「腹が減ったようだ」
「あ、そっか」
パフィは猫の姿になって僕の肩に乗る。シエロをバスケットに入れて厨房に向かう。
ダリア様からもらった豚は血抜きもして解体して、今は肉を寝かせてる。
解体した時に出てきた端肉をちょっと摘んで、シエロの口に近づけると、嘴で挟んで食べた。
「生まれたばかりなのに、上手に食べるね」
『うんざりする程食べるからな、覚悟しておけ』
雛鳥もずっと食べるもんね。
「沢山食べるんだよ」
返事をするみたいに、シエロはピィピィと鳴いた。
夜が明けて、ナインさんの卵も孵化したのか、雛を抱えて食堂にやってきた。
「アシュリー、餌、分けてほしい」
「はい、これ」
器に端肉を入れてナインさんに渡す。
「ありがとう」
ナインさんの雛は僕の雛よりも鳴く気がする。
「名前はつけたんですか?」
「ロイ」
なんだかカッコいい。
ナインさんは僕と違って名前をつける才能があるみたい。
「そうだ、卵の殻なんですけど、レンレン様にあげようかと思ってるんです。生まれてしまったから、レンレン様が望むものとは違うかもしれませんけど」
「ヒッポグリュプスの卵、人間手に入れられない。もらえるだけ凄い。ティールにも、あげる」
僕達から奪ったりしたら、ダリア様やパフィからお仕置きをされると思う。殻で我慢してくれるといいんだけど。
僕とナインさんの手から餌をもらって一生懸命食べる雛たちは可愛い。
「元気に育つといいですね」
「うん」
沢山食べて眠った雛を見ていたら、ドアが勢いよく開いた。
「アシュリー! 遂に孵化したって聞いたよ! 良かったら殻とか羽根とかそのものを魔法薬学の発展の為に」
レンレン様の声で雛が起きて、警戒するような鳴き声をあげる。
知らなかったんだと思うけど、雛はとても弱い。ヒッポグリュプスでも雛の時は弱いと思う。沢山食べて、沢山寝ないといけないのに。
「レンレン様」
「殻を」
「うるさい」
静かにしてほしいとお願いしようと思ったら、ナインさんが術符をレンレン様のおでこに貼った。
「え」
術符が光り出して、レンレン様がその場に座り込んだ。
「魔力奪う術符、力出ないはず」
「うぅ……ティールを顎で使っているという噂は本当だったんだね……」
そう言ってレンレン様が倒れてしまって、慌てて助け起こそうとしたらナインさんに止められた。
「でも」
「大丈夫、見てて」
本当に大丈夫なのかな……不安に思いながらレンレン様を見ていたら、転がって食堂から出て行った。
分かっていたんだけど。レンレン様が僕の想像もつかないことをする人だって。この前は跳ねて逃げて行ったし、今回は転がっていったし……。
床の掃除、もうちょっと真面目にやろう。
「凄いなぁ」
「凄い? あれはおかしい。ティールよりおかしい」
比べる相手がティール様なんだね。確かにティール様も不思議なところがあるけど。
「これ」
ナインさんが術符を束でくれた。
「ティール達来て雛奪おうとしたら、貼る。あとはダンジョン閉じたあと、使う」
トラスがいなくなった僕は、ダンジョンを閉じたあとの魔力のことをどうしたらいいか悩んでた。これからもダンジョンを閉じるのは僕の仕事。でも、トラスがいないからダンジョンを閉じるたびに魔力が身体の中に溜まって具合が悪くなっちゃう。皆に迷惑をかけることになっちゃうから、なんとかしないといけないのに、なにも思いつかなかった。
ナインさんがくれた術符に魔力を入れれば、体調が悪くなることもないし、術符なら他の人たちも使えるし、トラスがいなくても、やっていける気がする。
「ありがとうございます、ナインさん」
「ん」
シエロはいつもおなかを空かせていて、餌をあげるのに大忙し。よく食べてよく寝るからか、どんどん大きくなっている気がする。
「随分育ったな。餌が良かったか」
パフィもそうなんだけど、魔女はいきなり現れる。慣れている僕でも驚くので、慣れてないラズロさんはいつも物凄い驚いてて、パフィ達は楽しそう。
ダリア様はシエロを満足そうに見つめる。
「あの豚は特別なんですか?」
「神への生贄とすべく育てられた特別な豚がな、脱走して長生きしたものだ」
神様への生贄……。
「あの、シエロに食べさせてしまったんですけど、大丈夫でしょうか? シエロに天罰が当たったりしませんか」
シエロは何も知らないで僕が与えたのを食べただけなのに、罰を与えられたらどうしよう。
「神への生贄が欠かされたことはないからのぅ。逃げたのを放っておくほうが悪かろう。それに、我の庵を襲ったのだ。許さぬよ」
ダリア様がここまで言うんだから、大丈夫そう。
安心していたらラズロさんに肘で突かれた。
「安心するところじゃないぞ、アシュリー……。今だいぶ恐ろしいこと言ってたぞ……」
ダリア様を見てもいつもと同じ表情だった。
「大丈夫ですよ、ダリア様は怒ってないです」
「そこじゃない、そこじゃないんだぞ、アシュリー」
「ラズロさん、ダリア様は魔女ですから」
「……アシュリーさんの胆力、すっげぇな」
魔女は僕達と違う、ってことを忘れないことが大事なんだよね。
「時に愛弟子よ、豚の料理を所望する」
「はい、作りますね」
ダリア様が来た時の為に材料を用意してたんだよね。
厨房に立って手を洗う。
氷室から豚肉の塊を持ってきて、まぁまぁの厚みに切る。あんまり厚いと火が通りにくいし、薄くてもだめだから、まぁまぁの厚さに。
「アシュリー、切った肉どうすんだー?」
「粉をまぶしておいておきます」
「やっとくわー」
「ありがとうございます」
タマネギと青リンゴも氷室から持ってきて、玻璃の器に入れて細かく細かくする。ふわふわになるまで。
大きなフライパンに油とジンジャーのみじん切りを落として、火魔法で温める。
ビシオっていうタレとタマネギと青リンゴで豚肉を蒸すように焼こうと思ってる。ビシオは北の国でよく使われる調味料らしくって、しっかりした味がつくけど、油っぽさがない。
ジンジャーから香りがしてきたら、粉をまぶしておいた豚肉を入れて、表面の色が変わるまで焼く。焼きすぎると肉が固くなっちゃうから、色が変わるぐらいまで。上からタマネギと青リンゴと、ビシオをかけて、軽くかき混ぜる。
「アシュリー、これこの前に宵鍋で食った奴が元か?」
「そうです」
「ビシオがこの国でも手に入るようになるなんてなぁ。あー、良い匂い。オレも食いたい」
大皿に焼き上がった豚肉をよそって、野菜やキノコの酢漬けを別の皿によそる。ダリア様の座るテーブルに豚肉と酢漬けの皿を置くと、ダリア様が笑顔になった。
「おぉ、待ちかねたぞ!」
猫の姿のパフィがテーブルに飛び乗り、ダリア様より先に豚肉を食べ始めた。
「パシュパフィッツェ! 我より先に口をつけるなど、けしからんぞ」
『弱肉強食だ』
「大体何故猫の姿なのだ」
『趣味だ、放っておけ』
ダリア様とパフィがにらみあう。
「ケンカはご飯を食べ終わってからにしてくださいね」
ケンカをしてるうちに料理が冷めちゃうから。
言い争いの前に腹ごしらえと思ったのか、冷めたらもったいないと思ったのかは分からないけど、ダリア様とパフィは豚肉を食べ始めた。
「……アシュリーさん、胆力すごくなぁい?」
「そんなことないですけど、おなかいっぱいになったらきっと、ケンカなんてする気にならないと思います」
「腹減るとカリカリするからなぁ」
あっという間に食べ終えたダリア様が言う。
「おかわりを所望する」
たっぷり豚肉を食べたダリア様は、シエロ達を少し見て、問題ない、と言って帰って行った。
『食べに来ただけなんじゃないのか、アレは』
「あんなに立派な豚だもの、食べたいよ」
『確かに美味かった。今日のあれは宵鍋で食べた奴だろう?』
「うん。ザックさんみたいに肉を柔らかいまま焼くのは僕にはまだ難しかったから、固くならないようにタマネギと青リンゴで蒸し焼きみたいにしてみた」
前にエビや貝を蒸し焼きした時に、柔らかさが残っていて美味しかったから、豚肉も蒸し焼きにしてみようと思ったんだよね。
「また作るね」
『もうちょっと肉は厚くてもいいのではないか?』
「あんまり厚いとあの柔らかさにならないよ」
真剣に悩み始めたパフィを抱き上げる。
「今度お出かけした時、ワイルドボアがいたら捕まえてきてね」
『端肉の煮込みも作れよ』
「リエットも作るよ」
『キノコのもだぞ』
「うん」
パフィの声で目を覚ます。まだ真っ暗なのに、どうしたんだろう。
「孵化するぞ」
その言葉で目が覚めた。
バスケットの中に布を沢山敷いて、その上に入れておいたヒッポグリュプスの卵。パフィが部屋の中を明るくしてくれたから、卵がよく見える。
卵をそっと取り出して、抱える。
コツ、コツコツ、と卵の中から音がする。小さな穴が空いて、小さな嘴が飛び出してきた。
穴の周りも卵の内側から突かれているみたいで、ヒビが入っていく。
どうしていいのか分からなくて、じっと見ていたら、メリッと音をさせて、鷲が顔を出した。僕をじっと見てる。真っ黒くてまん丸い目をしてる。可愛い。
「殻を破るのを手伝ってやれ」
「うん」
ヒビが入ってはがしやすそうな殻を取ってあげていると、ヒッポグリュプスの雛は尖った嘴で殻を外側から突き始めた。
卵の殻を半分ぐらい剥がしたら、雛はピィ、と鳴いた。身体を震わせながら立ち上がる。
少し灰色が混じったような白い羽毛に身体の上半分が覆われていて、嘴の根元は白くて、先は真っ黒で尖ってる。身体の下半分も白くて、後ろ足は馬だった。前足は鷲と同じで鳥の爪なのに。後ろ足は蹄で、不思議だ。
羽根はまだ小さいから、飛べなさそう。
小さくて、可愛い。大きくなったらきっとカッコいいんだろうな。
「名を付けてやれ」
名前……苦手なのに。
じっと僕を見つめてくる雛を見る。
ヒッポグリュプスは大きくなったら空を飛ぶんだって。僕のこと、乗せてくれるといいな。
「シエロ」
「またおまえは……」
パフィは呆れた顔をする。
「君の名前はシエロだよ」
空。
大きくなって、自由に空を飛んでくれたらいいな。
ピィピィと鳴くシエロのおでこを撫でる。
「腹が減ったようだ」
「あ、そっか」
パフィは猫の姿になって僕の肩に乗る。シエロをバスケットに入れて厨房に向かう。
ダリア様からもらった豚は血抜きもして解体して、今は肉を寝かせてる。
解体した時に出てきた端肉をちょっと摘んで、シエロの口に近づけると、嘴で挟んで食べた。
「生まれたばかりなのに、上手に食べるね」
『うんざりする程食べるからな、覚悟しておけ』
雛鳥もずっと食べるもんね。
「沢山食べるんだよ」
返事をするみたいに、シエロはピィピィと鳴いた。
夜が明けて、ナインさんの卵も孵化したのか、雛を抱えて食堂にやってきた。
「アシュリー、餌、分けてほしい」
「はい、これ」
器に端肉を入れてナインさんに渡す。
「ありがとう」
ナインさんの雛は僕の雛よりも鳴く気がする。
「名前はつけたんですか?」
「ロイ」
なんだかカッコいい。
ナインさんは僕と違って名前をつける才能があるみたい。
「そうだ、卵の殻なんですけど、レンレン様にあげようかと思ってるんです。生まれてしまったから、レンレン様が望むものとは違うかもしれませんけど」
「ヒッポグリュプスの卵、人間手に入れられない。もらえるだけ凄い。ティールにも、あげる」
僕達から奪ったりしたら、ダリア様やパフィからお仕置きをされると思う。殻で我慢してくれるといいんだけど。
僕とナインさんの手から餌をもらって一生懸命食べる雛たちは可愛い。
「元気に育つといいですね」
「うん」
沢山食べて眠った雛を見ていたら、ドアが勢いよく開いた。
「アシュリー! 遂に孵化したって聞いたよ! 良かったら殻とか羽根とかそのものを魔法薬学の発展の為に」
レンレン様の声で雛が起きて、警戒するような鳴き声をあげる。
知らなかったんだと思うけど、雛はとても弱い。ヒッポグリュプスでも雛の時は弱いと思う。沢山食べて、沢山寝ないといけないのに。
「レンレン様」
「殻を」
「うるさい」
静かにしてほしいとお願いしようと思ったら、ナインさんが術符をレンレン様のおでこに貼った。
「え」
術符が光り出して、レンレン様がその場に座り込んだ。
「魔力奪う術符、力出ないはず」
「うぅ……ティールを顎で使っているという噂は本当だったんだね……」
そう言ってレンレン様が倒れてしまって、慌てて助け起こそうとしたらナインさんに止められた。
「でも」
「大丈夫、見てて」
本当に大丈夫なのかな……不安に思いながらレンレン様を見ていたら、転がって食堂から出て行った。
分かっていたんだけど。レンレン様が僕の想像もつかないことをする人だって。この前は跳ねて逃げて行ったし、今回は転がっていったし……。
床の掃除、もうちょっと真面目にやろう。
「凄いなぁ」
「凄い? あれはおかしい。ティールよりおかしい」
比べる相手がティール様なんだね。確かにティール様も不思議なところがあるけど。
「これ」
ナインさんが術符を束でくれた。
「ティール達来て雛奪おうとしたら、貼る。あとはダンジョン閉じたあと、使う」
トラスがいなくなった僕は、ダンジョンを閉じたあとの魔力のことをどうしたらいいか悩んでた。これからもダンジョンを閉じるのは僕の仕事。でも、トラスがいないからダンジョンを閉じるたびに魔力が身体の中に溜まって具合が悪くなっちゃう。皆に迷惑をかけることになっちゃうから、なんとかしないといけないのに、なにも思いつかなかった。
ナインさんがくれた術符に魔力を入れれば、体調が悪くなることもないし、術符なら他の人たちも使えるし、トラスがいなくても、やっていける気がする。
「ありがとうございます、ナインさん」
「ん」
シエロはいつもおなかを空かせていて、餌をあげるのに大忙し。よく食べてよく寝るからか、どんどん大きくなっている気がする。
「随分育ったな。餌が良かったか」
パフィもそうなんだけど、魔女はいきなり現れる。慣れている僕でも驚くので、慣れてないラズロさんはいつも物凄い驚いてて、パフィ達は楽しそう。
ダリア様はシエロを満足そうに見つめる。
「あの豚は特別なんですか?」
「神への生贄とすべく育てられた特別な豚がな、脱走して長生きしたものだ」
神様への生贄……。
「あの、シエロに食べさせてしまったんですけど、大丈夫でしょうか? シエロに天罰が当たったりしませんか」
シエロは何も知らないで僕が与えたのを食べただけなのに、罰を与えられたらどうしよう。
「神への生贄が欠かされたことはないからのぅ。逃げたのを放っておくほうが悪かろう。それに、我の庵を襲ったのだ。許さぬよ」
ダリア様がここまで言うんだから、大丈夫そう。
安心していたらラズロさんに肘で突かれた。
「安心するところじゃないぞ、アシュリー……。今だいぶ恐ろしいこと言ってたぞ……」
ダリア様を見てもいつもと同じ表情だった。
「大丈夫ですよ、ダリア様は怒ってないです」
「そこじゃない、そこじゃないんだぞ、アシュリー」
「ラズロさん、ダリア様は魔女ですから」
「……アシュリーさんの胆力、すっげぇな」
魔女は僕達と違う、ってことを忘れないことが大事なんだよね。
「時に愛弟子よ、豚の料理を所望する」
「はい、作りますね」
ダリア様が来た時の為に材料を用意してたんだよね。
厨房に立って手を洗う。
氷室から豚肉の塊を持ってきて、まぁまぁの厚みに切る。あんまり厚いと火が通りにくいし、薄くてもだめだから、まぁまぁの厚さに。
「アシュリー、切った肉どうすんだー?」
「粉をまぶしておいておきます」
「やっとくわー」
「ありがとうございます」
タマネギと青リンゴも氷室から持ってきて、玻璃の器に入れて細かく細かくする。ふわふわになるまで。
大きなフライパンに油とジンジャーのみじん切りを落として、火魔法で温める。
ビシオっていうタレとタマネギと青リンゴで豚肉を蒸すように焼こうと思ってる。ビシオは北の国でよく使われる調味料らしくって、しっかりした味がつくけど、油っぽさがない。
ジンジャーから香りがしてきたら、粉をまぶしておいた豚肉を入れて、表面の色が変わるまで焼く。焼きすぎると肉が固くなっちゃうから、色が変わるぐらいまで。上からタマネギと青リンゴと、ビシオをかけて、軽くかき混ぜる。
「アシュリー、これこの前に宵鍋で食った奴が元か?」
「そうです」
「ビシオがこの国でも手に入るようになるなんてなぁ。あー、良い匂い。オレも食いたい」
大皿に焼き上がった豚肉をよそって、野菜やキノコの酢漬けを別の皿によそる。ダリア様の座るテーブルに豚肉と酢漬けの皿を置くと、ダリア様が笑顔になった。
「おぉ、待ちかねたぞ!」
猫の姿のパフィがテーブルに飛び乗り、ダリア様より先に豚肉を食べ始めた。
「パシュパフィッツェ! 我より先に口をつけるなど、けしからんぞ」
『弱肉強食だ』
「大体何故猫の姿なのだ」
『趣味だ、放っておけ』
ダリア様とパフィがにらみあう。
「ケンカはご飯を食べ終わってからにしてくださいね」
ケンカをしてるうちに料理が冷めちゃうから。
言い争いの前に腹ごしらえと思ったのか、冷めたらもったいないと思ったのかは分からないけど、ダリア様とパフィは豚肉を食べ始めた。
「……アシュリーさん、胆力すごくなぁい?」
「そんなことないですけど、おなかいっぱいになったらきっと、ケンカなんてする気にならないと思います」
「腹減るとカリカリするからなぁ」
あっという間に食べ終えたダリア様が言う。
「おかわりを所望する」
たっぷり豚肉を食べたダリア様は、シエロ達を少し見て、問題ない、と言って帰って行った。
『食べに来ただけなんじゃないのか、アレは』
「あんなに立派な豚だもの、食べたいよ」
『確かに美味かった。今日のあれは宵鍋で食べた奴だろう?』
「うん。ザックさんみたいに肉を柔らかいまま焼くのは僕にはまだ難しかったから、固くならないようにタマネギと青リンゴで蒸し焼きみたいにしてみた」
前にエビや貝を蒸し焼きした時に、柔らかさが残っていて美味しかったから、豚肉も蒸し焼きにしてみようと思ったんだよね。
「また作るね」
『もうちょっと肉は厚くてもいいのではないか?』
「あんまり厚いとあの柔らかさにならないよ」
真剣に悩み始めたパフィを抱き上げる。
「今度お出かけした時、ワイルドボアがいたら捕まえてきてね」
『端肉の煮込みも作れよ』
「リエットも作るよ」
『キノコのもだぞ』
「うん」
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