前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた

文字の大きさ
267 / 271
番外編

ヒッポグリュプスとふわふわ豚 後編

しおりを挟む
「起きろ」

 パフィの声で目を覚ます。まだ真っ暗なのに、どうしたんだろう。

「孵化するぞ」

 その言葉で目が覚めた。

 バスケットの中に布を沢山敷いて、その上に入れておいたヒッポグリュプスの卵。パフィが部屋の中を明るくしてくれたから、卵がよく見える。
 卵をそっと取り出して、抱える。

 コツ、コツコツ、と卵の中から音がする。小さな穴が空いて、小さな嘴が飛び出してきた。
 穴の周りも卵の内側から突かれているみたいで、ヒビが入っていく。
 どうしていいのか分からなくて、じっと見ていたら、メリッと音をさせて、鷲が顔を出した。僕をじっと見てる。真っ黒くてまん丸い目をしてる。可愛い。

「殻を破るのを手伝ってやれ」
「うん」

 ヒビが入ってはがしやすそうな殻を取ってあげていると、ヒッポグリュプスの雛は尖った嘴で殻を外側から突き始めた。
 卵の殻を半分ぐらい剥がしたら、雛はピィ、と鳴いた。身体を震わせながら立ち上がる。

 少し灰色が混じったような白い羽毛に身体の上半分が覆われていて、嘴の根元は白くて、先は真っ黒で尖ってる。身体の下半分も白くて、後ろ足は馬だった。前足は鷲と同じで鳥の爪なのに。後ろ足は蹄で、不思議だ。
 羽根はまだ小さいから、飛べなさそう。
 小さくて、可愛い。大きくなったらきっとカッコいいんだろうな。

「名を付けてやれ」

 名前……苦手なのに。

 じっと僕を見つめてくる雛を見る。
 ヒッポグリュプスは大きくなったら空を飛ぶんだって。僕のこと、乗せてくれるといいな。

「シエロ」
「またおまえは……」

 パフィは呆れた顔をする。

「君の名前はシエロだよ」

 シエロ
 大きくなって、自由に空を飛んでくれたらいいな。

 ピィピィと鳴くシエロのおでこを撫でる。

「腹が減ったようだ」
「あ、そっか」

 パフィは猫の姿になって僕の肩に乗る。シエロをバスケットに入れて厨房に向かう。
 ダリア様からもらった豚は血抜きもして解体して、今は肉を寝かせてる。
 解体した時に出てきた端肉をちょっと摘んで、シエロの口に近づけると、嘴で挟んで食べた。

「生まれたばかりなのに、上手に食べるね」
『うんざりする程食べるからな、覚悟しておけ』

 雛鳥もずっと食べるもんね。

「沢山食べるんだよ」

 返事をするみたいに、シエロはピィピィと鳴いた。



 夜が明けて、ナインさんの卵も孵化したのか、雛を抱えて食堂にやってきた。

「アシュリー、餌、分けてほしい」
「はい、これ」

 器に端肉を入れてナインさんに渡す。

「ありがとう」

 ナインさんの雛は僕の雛よりも鳴く気がする。

「名前はつけたんですか?」
「ロイ」

 なんだかカッコいい。
 ナインさんは僕と違って名前をつける才能があるみたい。

「そうだ、卵の殻なんですけど、レンレン様にあげようかと思ってるんです。生まれてしまったから、レンレン様が望むものとは違うかもしれませんけど」
「ヒッポグリュプスの卵、人間手に入れられない。もらえるだけ凄い。ティールにも、あげる」

 僕達から奪ったりしたら、ダリア様やパフィからお仕置きをされると思う。殻で我慢してくれるといいんだけど。

 僕とナインさんの手から餌をもらって一生懸命食べる雛たちは可愛い。

「元気に育つといいですね」
「うん」

 沢山食べて眠った雛を見ていたら、ドアが勢いよく開いた。

「アシュリー! 遂に孵化したって聞いたよ! 良かったら殻とか羽根とかそのものを魔法薬学の発展の為に」

 レンレン様の声で雛が起きて、警戒するような鳴き声をあげる。
 知らなかったんだと思うけど、雛はとても弱い。ヒッポグリュプスでも雛の時は弱いと思う。沢山食べて、沢山寝ないといけないのに。

「レンレン様」
「殻を」
「うるさい」

 静かにしてほしいとお願いしようと思ったら、ナインさんが術符をレンレン様のおでこに貼った。

「え」

 術符が光り出して、レンレン様がその場に座り込んだ。

「魔力奪う術符、力出ないはず」
「うぅ……ティールを顎で使っているという噂は本当だったんだね……」

 そう言ってレンレン様が倒れてしまって、慌てて助け起こそうとしたらナインさんに止められた。

「でも」
「大丈夫、見てて」

 本当に大丈夫なのかな……不安に思いながらレンレン様を見ていたら、転がって食堂から出て行った。
 分かっていたんだけど。レンレン様が僕の想像もつかないことをする人だって。この前は跳ねて逃げて行ったし、今回は転がっていったし……。
 床の掃除、もうちょっと真面目にやろう。

「凄いなぁ」
「凄い? あれはおかしい。ティールよりおかしい」

 比べる相手がティール様なんだね。確かにティール様も不思議なところがあるけど。

「これ」

 ナインさんが術符を束でくれた。

「ティール達来て雛奪おうとしたら、貼る。あとはダンジョン閉じたあと、使う」

 トラスがいなくなった僕は、ダンジョンを閉じたあとの魔力のことをどうしたらいいか悩んでた。これからもダンジョンを閉じるのは僕の仕事。でも、トラスがいないからダンジョンを閉じるたびに魔力が身体の中に溜まって具合が悪くなっちゃう。皆に迷惑をかけることになっちゃうから、なんとかしないといけないのに、なにも思いつかなかった。
 ナインさんがくれた術符に魔力を入れれば、体調が悪くなることもないし、術符なら他の人たちも使えるし、トラスがいなくても、やっていける気がする。

「ありがとうございます、ナインさん」
「ん」






 シエロはいつもおなかを空かせていて、餌をあげるのに大忙し。よく食べてよく寝るからか、どんどん大きくなっている気がする。

「随分育ったな。餌が良かったか」

 パフィもそうなんだけど、魔女はいきなり現れる。慣れている僕でも驚くので、慣れてないラズロさんはいつも物凄い驚いてて、パフィ達は楽しそう。

 ダリア様はシエロを満足そうに見つめる。

「あの豚は特別なんですか?」
「神への生贄とすべく育てられた特別な豚がな、脱走して長生きしたものだ」

 神様への生贄……。

「あの、シエロに食べさせてしまったんですけど、大丈夫でしょうか? シエロに天罰が当たったりしませんか」

 シエロは何も知らないで僕が与えたのを食べただけなのに、罰を与えられたらどうしよう。

「神への生贄が欠かされたことはないからのぅ。逃げたのを放っておくほうが悪かろう。それに、我の庵を襲ったのだ。許さぬよ」

 ダリア様がここまで言うんだから、大丈夫そう。
 安心していたらラズロさんに肘で突かれた。

「安心するところじゃないぞ、アシュリー……。今だいぶ恐ろしいこと言ってたぞ……」

 ダリア様を見てもいつもと同じ表情だった。

「大丈夫ですよ、ダリア様は怒ってないです」
「そこじゃない、そこじゃないんだぞ、アシュリー」
「ラズロさん、ダリア様は魔女ですから」
「……アシュリーさんの胆力、すっげぇな」

 魔女は僕達と違う、ってことを忘れないことが大事なんだよね。

「時に愛弟子よ、豚の料理を所望する」
「はい、作りますね」

 ダリア様が来た時の為に材料を用意してたんだよね。

 厨房に立って手を洗う。
 氷室から豚肉の塊を持ってきて、まぁまぁの厚みに切る。あんまり厚いと火が通りにくいし、薄くてもだめだから、まぁまぁの厚さに。

「アシュリー、切った肉どうすんだー?」
「粉をまぶしておいておきます」
「やっとくわー」
「ありがとうございます」

 タマネギと青リンゴも氷室から持ってきて、玻璃の器に入れて細かく細かくする。ふわふわになるまで。
 大きなフライパンに油とジンジャーのみじん切りを落として、火魔法で温める。
 ビシオっていうタレとタマネギと青リンゴで豚肉を蒸すように焼こうと思ってる。ビシオは北の国でよく使われる調味料らしくって、しっかりした味がつくけど、油っぽさがない。

 ジンジャーから香りがしてきたら、粉をまぶしておいた豚肉を入れて、表面の色が変わるまで焼く。焼きすぎると肉が固くなっちゃうから、色が変わるぐらいまで。上からタマネギと青リンゴと、ビシオをかけて、軽くかき混ぜる。

「アシュリー、これこの前に宵鍋で食った奴が元か?」
「そうです」
「ビシオがこの国でも手に入るようになるなんてなぁ。あー、良い匂い。オレも食いたい」

 大皿に焼き上がった豚肉をよそって、野菜やキノコの酢漬けを別の皿によそる。ダリア様の座るテーブルに豚肉と酢漬けの皿を置くと、ダリア様が笑顔になった。

「おぉ、待ちかねたぞ!」

 猫の姿のパフィがテーブルに飛び乗り、ダリア様より先に豚肉を食べ始めた。

「パシュパフィッツェ! 我より先に口をつけるなど、けしからんぞ」
『弱肉強食だ』
「大体何故猫の姿なのだ」
『趣味だ、放っておけ』

 ダリア様とパフィがにらみあう。

「ケンカはご飯を食べ終わってからにしてくださいね」

 ケンカをしてるうちに料理が冷めちゃうから。
 言い争いの前に腹ごしらえと思ったのか、冷めたらもったいないと思ったのかは分からないけど、ダリア様とパフィは豚肉を食べ始めた。

「……アシュリーさん、胆力すごくなぁい?」
「そんなことないですけど、おなかいっぱいになったらきっと、ケンカなんてする気にならないと思います」
「腹減るとカリカリするからなぁ」

 あっという間に食べ終えたダリア様が言う。

「おかわりを所望する」



 たっぷり豚肉を食べたダリア様は、シエロ達を少し見て、問題ない、と言って帰って行った。

『食べに来ただけなんじゃないのか、アレは』
「あんなに立派な豚だもの、食べたいよ」
『確かに美味かった。今日のあれは宵鍋で食べた奴だろう?』
「うん。ザックさんみたいに肉を柔らかいまま焼くのは僕にはまだ難しかったから、固くならないようにタマネギと青リンゴで蒸し焼きみたいにしてみた」

 前にエビや貝を蒸し焼きした時に、柔らかさが残っていて美味しかったから、豚肉も蒸し焼きにしてみようと思ったんだよね。

「また作るね」
『もうちょっと肉は厚くてもいいのではないか?』
「あんまり厚いとあの柔らかさにならないよ」

 真剣に悩み始めたパフィを抱き上げる。

「今度お出かけした時、ワイルドボアがいたら捕まえてきてね」
『端肉の煮込みも作れよ』
「リエットも作るよ」
『キノコのもだぞ』
「うん」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく
ファンタジー
旧題:ブサ猫令嬢物語~大阪のオバチャンが乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら……~ *あらすじ* 公爵令嬢ジゼル・ハイマンは、”ブサ猫令嬢”の二つ名を持つ、乙女ゲームの悪役令嬢である。 その名の通り、ブサ猫を連想させるおデブな体と個性的な顔面の彼女は、王太子ミリアルドの婚約者として登場し、ヒロインをいじめまくって最後は断罪されて国外追放される――という悪役令嬢のテンプレキャラに転生してしまったのは、なんと”大阪のオバチャン”だった! ――大阪弁の悪役とか、完全にコントやん! 乙女ゲームの甘い空気ぶち壊しや! とんだ配役ミスやで、神さん! 神様のいたずら(?)に憤慨しつつも、断罪されないため奮闘する……までもなく、婚約者選びのお茶会にヒロイン・アーメンガート(多分転生者)が闖入し、王太子と一瞬で相思相愛になって婚約者に選ばれ、あっけなく断罪回避したどころか、いきなりエンディング感満載の展開に。 無自覚にブサ猫萌えを炸裂させ、そこかしこで飴ちゃんを配り、笑顔と人情でどんな場面も乗り越える、テンプレなようで異色な悪役令嬢物語、始めました。 *第三部終盤より一部他作品『乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい』のキャラが登場しますが、読んでなくとも問題ありません。 *カクヨム様でも投稿しております(番外編のみアルファポリスオンリー) *乙女ゲーム転生ですが、恋愛要素は薄いです。 *HOTランキング入りしました。応援ありがとうございます!(2021年11月21日調べ)。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

処理中です...