1 / 29
謎が謎を呼ぶ御伽横丁
謎な辞令
しおりを挟む「は? 転勤?」
高橋 朏(みかづき)は、上司の前でポカンっと呟いた。
年の頃なら十代後半の可愛い娘。真っ黒さらさらな黒髪ストレートを首もとで一つ結わきにした彼女は、今時珍しい中卒である。
十五歳でこの会社のアルバイトに入り、十八歳で正社員に雇用された。
そして半年。突然、慣れ親しんだ職場を離れろとの半強制的な転勤の辞令が下る。
わが社が全国展開しているのは知っているが、あまりに無情すぎはしないだろうか。
朏は、困惑げな面持ちで上司の柏木を見つめた。
「君はバイトから数えると既に勤続四年にもなるしね。一度、我が社の主要箇所を回るのも良いかと思うんだ」
ほくそ笑む上司の顔。整った顔立ちの美丈夫なのに、そこはかとない詐欺臭の漂う笑顔。
それは仕事というより、何かしらを企む悪童のように見えた。
そのせいか、彼と短くない付き合いの朏は、この辞令に嫌な予感をびしばし感じる。
「あ~、アタシは未成年ですし? 家族もいないんで、新地移動はキツいかなあと.....」
そう。彼女は天涯孤独。
交通事故で両親を失った朏だが、幸いなことに保険金で己の生活を賄えた。
彼女の両親は自身の家族とも疎遠で、親戚が居るにはいるが、誰もが朏の後見人を渋る。
そりゃそうだろう。付き合いのない親戚など他人と同じだ。さらにその子供で未成年の後見人なんか面倒ごとでしかない。
結果、朏は中学卒業済みであったため一人暮らしを始めた。
団体保証会社の伝で借家の契約更新をしたり、進学を諦めてアルバイトに精をだしたり。
色々、今時の同年代と違う人生を送ってきている。
この先、何があるか分からない。手元にある親の保険金は、高校に進学したら消えてしまう程度の金額だ。大学なんて夢のまた夢。
最初の頃は、その保険金を切り崩しつつ暮らしていたが、今は一端な正社員である。
逆に貯蓄も出来るようになって一安心していたところに、今回の辞令だった。
.....やっと人並みの生活が訪れたのに。また、新居から新たな生活圏を築かなきゃならないなんて、御免だよぅぅ。
朏は半泣きな内心を上手に隠し、なるべくなら辞退したいなあと、ごにょごにょ言いわけする。
それに褪めた一瞥をくれ、上司は仕方なさげに呟いた。
「.....そうか。でも行ってもらうからな。正直、一刻を争う事態でね。これがチケットと通行証。そして新たな社員証。新生活の費用は全て会社持ち。その他経費も申請可能。ぶっちゃけ、君に行ってもらわないと我が社は終わる」
.....え? 会社が終わるって?
その言葉と共に別室から現れた屈強な男達。黒スーツに黒いグラサンという、如何にも怪しげないでたちに、彼女は思わず呆気にとられた。
すると、三人いる彼らの内二人が、ガシッと朏の両腕を己の腕と組む。
組まれた腕は固く、とても彼女に振り払える力ではない。
「.....は?」
再びポカンとした朏に各種詳細の詰まったブリーフケースを渡し、彼女の上司がひらひらと手を振った。
「後のことは任せてくれ。君の荷物も梱包してそちらに送る。借家もちゃんと引き払っておくし、周りに説明もしておくから」
「はああぁぁーーーっ?!」
お間抜けな絶叫をあげつつ、朏は屈強な男性らに引きずられる。いや、ほぼ足の浮いた状態だ。運ばれるの方が正しいかもしれない。
.....なにこれっ? アタシの意志は? 人権はどこだぁぁーーーっ!!
そうして、脳内阿鼻叫喚な朏を押し込めた社用ヘリコプターが颯爽と本社ビル上空を飛び去っていった。
遠い点になりつつあるヘリコプターを窓辺で見送りながら、上司は苦い嘆息とともに独りごちる。
今時の若者らしい少し長めな髪を、軽く掻き上げつつ。
「頼んだよ、高橋君。なるべく長く生き延びてくれ」
その呟きに混じる不穏な言葉。上司の独り言など知らない朏は、機内で盛大にパニクっていた。
「アタシ、どうなるんですかあっ?!」
「現地に送ります」
非常に冷淡な操縦士の声。二人の間は透明で分厚いアクリル坂で隔てられている。丸く並んだ小さな穴が、お互いの声を通わせていた。
防護用だろうか。こんな空の上で襲われたら御互いに御陀仏だ。それを想定してのガードに違いない。
実際朏も、このアクリル坂がなくば、引き返せーーーっ! .....と、操縦士に掴みかかってやりたい気分なのだから。
そんな焦燥を死に物狂いで押さえ込み、彼女は何がどうなったのか現状把握を試みる。
「現地ってっ? アタシ、転勤の辞令がおりたこと以外、何も説明されてないんですけどっ?!」
「詳細を書面で頂いておられませんか?」
「あ」
上司に渡されたブリーフケース。
それを思い出した彼女は、周囲に視線を巡らせる。
目的のモノはすぐに見つかった。朏と共にヘリコプターに押し込まれたらしいブリーフケースが、別の座席にポテっと置かれている。
慌ててケースを開け、朏は貰った辞令から詳細説明、及び規約書を隅から隅まで読み耽った。
それを読み進めるにつれ、彼女の顔が怪訝そうに曇りだす。
.....規約書? 契約書でなく? なんなの、これ。
読んだ内容に愕然とし、朏は色のない顔で操縦士の後頭部を見つめた。
「御伽街の御伽横丁って..... どこの都道府県ですか?」
「.....現存する地球世界にはありません」
「.....この職務、生きること。.....って?」
「.....そのままです。とにかく、生き延びてください。逃げも隠れもOKです。武器防具の購入も可能。全て会社側が払います。貴女は台帳にサインするだけで良い」
.....いや、武器に防具って時点で変でしょ? おかしいよね? ここ、日本だよね? 御伽街とか日本語だし、向かう場所も日本だよねっ?!
各書類には、それぞれ要点のみが簡潔に記載されている。
辞令にあったのは勤務地と職務。詳細説明には、その土地の大まかな状況と生活圏の確保方法。
いわく、『跳梁跋扈する悪意を掻い潜り、日々の糧を得て隠れ家を造れ。そのための資金は惜しまない。
中には友好的な生き物もいるだろう。彼らの手を借りるも良し、用心深く距離を取るも良し。その判断は本人に任せる。』.....って?
.....どこのスペクタクル・アドベンチャーの宣伝だ?
誇大妄想を疑う説明文に、朏は目眩を覚える。
.....生き物て。人ですらない? そんなんがいるの? なに? この、妄想力がチラチラ絶対領域にかかりそうな文面はっ!!
そして規約書。
期間は五年。給与は辞令前の三倍。無事に乗りきった場合の成功報酬が五千万円。
.....逃げ隠れって。武器防具必須で? 待って待って待ってっ?!
「これじゃあまるで、昨今流行りのデスゲームみたいじゃないですか」
しかも化け物つき。.....と思いつつも、決定的な言葉は飲み込む朏。
だが操縦士の返事は、せっかく呑み込んだ彼女の妄想を代弁するモノだった。
「.....そんな単純なモノなら、どれだけマシだったことか。勝者などいない世界です。築かれるのは敗者の屍のみ。しかも、すぐ死なれては話にならないため、優れた若者を選んで送り込まなきゃならない不条理」
.....すぐ死なれては? え? ちょっと.....?
「.....辞令には五年とあります。これが期間ですか?」
「そうです。今日からキッチリ五年。その間生き延びたら、こちらの世界に戻ってこられます」
淡々とした口調の操縦士。その慣れた感が、朏の背筋に悪寒を走らせる。
彼は今まで、何人にどれだけこの説明を繰り返してきたのだろう。
.....冗談じゃないわよっ! 生き延びることが仕事? しかも、この地球上には存在しない街っ?! リアル裏世界? それとも異世界ってことなの? そんな得体の知れない世界と会社側は、どう結び付いているのよっ!!
頭の中を駆け巡る疑問の嵐。それを振り払って、朏は恐る恐る操縦士に尋ねた。
「.....ちなみに、今まで期間を終了して戻ってきた人はいますか?」
「...............」
「答えろよぉぉーーっ!!」
.....いや、待て待て待てぇぇーっ! ほんと、待ってください、神様、御願いしますっ!!
本気泣きで暴れ、朏は操縦士と後部を隔てるアクリル板を力任せに叩く。
帰るぅぅーーーっという彼女の切羽詰まった叫びが谺するヘリコプターは、ある空域で、とぷんっと風に溶けた。
こうして否応もなく、彼女の異世界ライフが始まったのである。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる