58 / 107
第1部
番外編【毒針のシアンは迷わない】6話(最終話)
しおりを挟むアメティスト子爵家庭園にて。
夕闇の攻防は、あっさりと決着がついた。
刺客は三人だった。
「ぎっ……!げぶっ……!」
「ぐあっ!がっ……!ひっ!」
ドス黒い顔色で絶命している者が一人、泡を吹きながら痙攣している者が一人、背後からシアンに組み敷かれ武器を……シアンが最も得意とする暗器【毒針】を喉元に突きつけられている者が一人。
【毒針】は、長く鋭く中が空洞になっている特殊な針だ。一見すると、異様に細い串にも見える。
この【毒針】に毒や薬を仕込み、体術や魔法を駆使して攻撃するのが、シアンの必殺の技だ。
仲間内で【毒針のシアン】と呼ばれる所以である。
とはいえ、今回の刺客はあまりに手応えがなかった。気配の隠し方も雑で、人数も少な過ぎる。
(たわいもない。この程度ならニトとリルに任せてもよかったですね。さて、どこの刺客でしょうか?【帝国】からの刺客では無いようですが……)
シアンは組み敷いている刺客に、侵入した目的と雇い主を聞く。刺客は沈黙を保とうとした。
「素直に話した方が身のためですよ。それとも、あそこの死体と同じように苦しんで死にたいのですか?」
「だ、黙れ!だ、誰が貴様のような下女ごとき……」
グチャ!
「いっ!ぎああぁっ!いぎゃあああっ!」
「雑談は結構。質問にだけ答えてください」
シアンは刺客の片目を毒針で突き刺し、ぐりぐりとかき回してやった。目玉が潰れる上に毒が染みるという、壮絶な拷問だ。
「半端な実力しかない暗殺者もどきが一丁前に意地を張らないでください。時間がもったいないんですよ。
侵入した目的はなんですか?雇主は誰ですか?」
「うぎょえあああああ!ぐぎゃあああああっ!」
シアンは淡々と話しながら毒針を動かし続ける。あまりの激痛に刺客は失禁した。
(また失禁ですか。元アンブローズ侯爵家の三人もそうでしたが、王都は下のゆるい人が多いのでしょうか?)
脳裏に、元アンブローズ侯爵家の三人を浮かべる。
ルルティーナを助け出した後、シアンは潜入中の【影】と連携し、大いに暗躍した。
元アンブローズ侯爵家の三人の名誉を失墜させ、地獄の苦しみを味合わせるためである。
シアンが調合した【自白と興奮作用がある薬】を、茶や食事に混ぜて接種させ、【夏星の大宴】で醜態をさらさせたのである。
さらに罠にかけて追い詰め、肉体的にも精神的にも痛めつけ、あの生き地獄に突き落としたのだ。
全ては王家からの命令でもあったが、シアンの個人的な復讐でもあった。
(もっといたぶりたかったですが……。
まあ、あんな外道どものことはどうでもいい。それより、かなり地面が汚れてしまいました)
シアンは眉をひそめて憂う。
滞在中の害虫駆除については、アメティスト子爵家には一任されている。ルルティーナとアドリアンにたかる虫を排除するためなら、いくらでも屋敷を壊すなり汚すなりして良いと言っていたが……。
(申し訳ない。ニトたちに、速やかに掃除しておくよう伝えておかなくては。ああ、余計な仕事が増えてしまった。これが終わったら、お詫びにあの子達が好きなお菓子を用意してあげましょう。うふふ。ニトは果物を使った甘いお菓子、リルはスパイスやハーブがきいたしょっぱいお菓子が好きでしたね)
「ぎいいぃえええー!たすっ!たすけっ!ぐぎあああっ!」
後輩の笑顔を浮かべつつ手を止めないシアン。絶叫し続ける刺客。異様な光景を残光が照らす。
「げぎあああっ!いだいいぃっ!ぎあああぁっ!めがあああ!おれのめがあああ!」
「あら?完全に潰れちゃいましたね。次はもう片方の目がいいですか?それとも肉と爪の隙間に刺して差し上げましょうか?うーん。ありきたりでしょうか?鼻の穴を増やしてみます?」
「ぎいいいっ!いだいいぃっ!だったすけでええ!」
「うるさいですねえ。はあ……助かりたいならさっさと吐け。お前が吐くまで続けるぞ」
「いうぅっ!いうからやめ……!ゆるひてえぇ!」
「はいはい。初めからそうして下さいよ」
シアンは、泣き喚きながら白状する刺客を白けた目でながめつつ、情報を頭に叩き込んだ。
(ああ、あの男か。なるほど。例によって団長閣下への妬み僻みですか)
雇い主は、とある伯爵家の当主だった。
【帝国】やルビィローズ公爵にははるかに及ばないが、それなりに大物といえる。
領地は適度に栄えていて、個人資産もたっぷり。おまけに手堅い官職についているのだが……昔からアドリアンを嫉妬し、憎悪しているのだ。
口説いた女がアドリアンの名を出して振ったのが切っ掛けらしいが、その女は『しつこく言い寄られたから、適当な強面の騎士の名を出しただけ』などと言っていたので、完全に八つ当たりである。
(今までは悪評を垂れ流すか、地味な嫌がらせをするだけでした。しかし、今回の陞爵とルルティーナ様との仲睦まじさから、嫉妬と憎悪が殺意になったと言うことですか。で、衝動的に暗殺者崩れを雇ったと。眩い光には虫が集まるものですが、なんというお粗末さと浅ましさか。
しかも団長閣下を暗殺させた上に、お美しく有能なルルティーナ様をさらって我が物にしようと……。
外道め。許さない。徹底的に潰してやる)
刺客たちは大切な証拠であり駒だ。すでに死体になっている一人以外は、この場では殺さない。所定の場所に監禁して利用することにした。
(死体は脅しに使いましょうか。やれやれ。予定より忙しくなりそうですね。監禁して、団長閣下へ報告し、ニトたちと情報共するまでどれくらいかかるか。残念ですが、ルルティーナ様の就寝時間には間に合いませんね)
愚痴っても仕方ないと気を取り直し、こういった時のための【影】仲間の一人に連絡を飛ばし、馬車を手配させる。
馬車の到着を待つ間、念のため刺客たちを拘束しようとした。
「な、なあ、あんた……」
泡を吹いていた方の刺客が、怯えと媚びをたっぷりこめて見上げている。解毒剤が効いてきたのだろう。
「はい。なんでしょう?追加の情報でも……」
「へへっ。ち、違う。と、取り引きしねえか?」
刺客は卑屈な薄笑いを浮かべて言った。
「俺らの雇い主は金払いがいい。あの惨殺伯爵よりずっとだ。おまけに、あの白髪女を連れていけば報酬は倍に……!あがっ!がっ!~~っ!ぎぃ!~~っ!」
シアンは一切の迷いなく、毒針をベラベラと動く舌に投げつけた。毒針は舌ばかりか下顎まで貫通し、刺客は白目を剥いて悶絶する。
「お生憎様。私の主はあのお二人だけです」
毒針のシアンはにっこり微笑み、迷いのない動きで作業に戻ったのだった。
おしまい
◆◆◆◆
ここまで読んで頂きありがとうございます。
明日から別の番外編の連載がはじまります。
25
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
山猿の皇妃
夏菜しの
恋愛
ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。
祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。
嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。
子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。
一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……
それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。
帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。
行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。
※恋愛成分は低め、内容はややダークです
29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません
越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。
孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。
しかし10年後にまさかの生還。
かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。
「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」
これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……?
美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る
gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。
まりぃべる
恋愛
私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。
十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。
私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。
伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。
☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる