【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
65 / 107
第2部

第2部 1話 幸せな日々

しおりを挟む
 あの【夏星なつぼし大宴たいえん】から二ヶ月後。そろそろ秋も半ばに入ったある朝のことです。

 私、ミゼール領辺境騎士団ポーション職人長ルルティーナ・プランティエ伯爵は、ポーション作りに精を出していました。
 場所はミゼール城内のポーション作成室です。

「私が作成する【新特級ポーション】と、皆様が作成する【準特級ポーション】は、材料も作成過程も同じです。光属性魔石と七つの薬草を使います」

 まずは光属性の魔石をトンカチで砕き、乳鉢に入れて乳鉢で細かくすり潰していきます。
 魔石がすり潰される音と光が弾け、私と新入りのポーション職人たちを照らします。全員、私と同じポーション職人の白い衣装を着ています。

「このように、魔石は粉状になるまですり潰します」

「あの硬い魔石をこんな短時間で粉に!?」

「しかもお一人での作業よ。すごい。なんて細かいの」

「私たちが作っていた上級ポーションも、丁寧に魔石を砕いていましたが……」

「ええ、ここまでではありませんでした」

「プランティエ職人長、尊敬します!」

 新入り職人たちが、目をキラキラさせながら私と魔石を見比べます。

 うう……顔が熱い。ちょっと照れてしまうわ。嫌じゃないけど……。むしろ、尊敬してもらえて嬉しいけど……。

 彼らは、元アンブローズ侯爵領のポーション職人です。
 私は知りませんでしたが、元アンブローズ侯爵によって奴隷のように働かされていたそうです。
 アンブローズ侯爵家が取り潰され、彼らのその後は三つに別れました。
 新しい領主の元で働く者。王都など別の場所で独立する者。そして彼ら、私の元で働くことを希望する者たちに。
 彼らは男女共に若い方が多く、とても意欲的です。

 初めてお会いした日のことを思い出します。




『ありがとうございます。私どもが救われたのは、プランティエ職人長様のおかげです』

『それは違います。私はなにもしていません』

 私は驚いて否定しました。彼らを逃して保護したのは国です。

『いいえ。貴女様の存在がなければ元アンブローズ侯爵の悪行は明かされず、何の力もない私ども平民は救われませんでした』

『それにプランティエ職人長は、憧れの【新特級ポーション】を生み出したポーション職人です!』

『しかも私ども領民が慕っていた前アンブローズ侯爵のお孫様です!ぜひ、お仕えさせて下さい!』

 私は彼らの言葉に感激しました。

 私がかつてアンブローズ侯爵令嬢だった頃、彼らアンブローズ領領民の力になることが夢の一つでした。その夢が、形を変えて叶ったのです。

 私は、彼らの敬意に値するポーション職人でありたい。



 誇らしい思い出から意識を現実に戻し、次の工程に移りながら説明します。

「丁寧さはもちろん必要です。また、作業は全て一人でしなければなりません」

「だから、エイルさんユーリさんも見ているだけなんですね」

「その通りだ」

「うん。私たちも【準特級ポーション】を作成する時は一人で作業しているよ」

 実は最初からいた、古参のポーション職人の二人が頷きます。
 また、壁際に立っている私の専属侍女シアンもポーション作成には手を出しません。
 シアンは残念がっていましたが、こればかりは仕方ありません。これからも、シアンの有能さは他の仕事で発揮してもらいます。

「そしてあと二つ、大切なことがあります。
 まずは、薬の女神様に感謝して祈ることです」

 魔石の粉の入った乳鉢を避け、手を洗います。まな板の上に紅玉草ルビィグラスを出し、葉をナイフで刻んで乳鉢と乳棒ですり潰します。
 もちろん、祈りの言葉を口にしながらです。

「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を少しでも癒せますように。魔境を浄化できますように」

 そして心の中だけで『魔境討伐中のドリィたちが無事に帰還できますように』と、祈りました。

 ドリィ。ミゼール領辺境騎士団団長アドリアン・ベルダール辺境伯。
 短く整った濃い金髪、青空のような瞳、黒い騎士装束をまとった雄々しい婚約者の姿が脳裏に浮かびます。
 私の大切な婚約者が、魔境討伐に向かって二週間が経ちます。
 そろそろ帰ってくるはずですが、魔境討伐は魔獣と戦い瘴気を浄化する激務です。

 どうか無事で帰って来て。あの眩しい笑顔を見せて。

「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、ミゼール領辺境騎士団に女神様の加護をお授け下さいませ」

 落陽橙サンセットシトロンの皮を削って粉に。
 翡翠蘭ジェードオーキッドの根を細かく刻み。
 天空百合セレスティアリリィの花を繊維状にほぐし。
 瑠璃玉葡萄アズライトグレープの実の汁を一滴残らず絞り。
 蔓紫水晶アメシストバイン蔓茎つるくきを砕いて、下ごしらえは終わりました。
 大鍋を乗せた魔道釜戸まどうかまどに火を付けます。

「下ごしらえした順に材料を入れて、木べらでかき混ぜます。火力調整は慎重に。かき混ぜる手を止めてはいけません。異臭がでた場合は、すぐに火を止めてください」

 全ての材料が溶け合い、濁った黒い夜空のような色になっていきます。
 手を動かし、鍋の中身を観察し、祈ります。

「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションに力をお与え下さい。辺境騎士団の皆さまを、ドリィを癒す力を……」

 どれだけの時が過ぎたか。
 大鍋から透き通った光があふれます。
 星のない闇夜のような液体が、透き通った光のような液体になりました。

 わあっと歓声が上がります。

「出来ました。完成したら、毒味の一匙を頂きます。これが一番大事な作業です。
 出来上がったポーションに問題がないか確認する、いわば検品作業ですね。
 先に言った二つも大切ですが、毒味の一匙だけは忘れてはなりません。ポーションは万能薬。つまり薬です。
 薬は一つ間違えれば毒になりますから」

 私は、パンセ師匠の言葉を思い出しながら言いました。
 師匠の教えが私の中に生きている。
 嬉しくて口が綻びます。
 皆で毒味の一匙を飲みます。
 身体を爽やかな風と光が通るような感覚。全身に活力がみなぎり……。

「すごい!一口で腰痛が消えた!」

「僕もこんなポーションが作れるようになりたい!」

「ええ!私も!」

 たくさんの方に認められている幸福に満たされます。
 では、彼らにも作業をしてもらおうとしたその時。

 ーーーカーン!カラン!カン!ガン!ガラン!ーーー

「うわ!?何の音だ!?」

「え?鐘の音?緊急事態?」

 慌てる彼らに笑って大丈夫だと告げます。

「騎士様たちが、無事に魔境討伐から帰って来たのを報せる鐘です」

 よかった。今回もドリィは無事だわ。嬉しい。ホッとした。
 ……早く会いたい。

「プランティエ職人長。ここは私たちに任せて、団長閣下方をお出迎えされてはいかがでしょうか?」

「そうですよ!愛しの婚約者様に会いに行って下さい!」

「い、愛しの!?」

 エイルさんとユーリさんの、まるで私の心を読んだかのような言葉。恥ずかしくて顔が熱くなります。
 いつの間にか側にいたシアンが、生温い笑みを浮かべました。

「ルルティーナ様、参りましょう。閣下もルルティーナ様にお会いしたくて限界でしょうし」

「え、ええ。お言葉に甘えるわ……」

 私はシアンと共にポーション作成室を出て、城の正面玄関に向かいます。
 玄関の大扉は開かれていて、こちらに向かう騎士様方の姿が見えます。
 先頭にドリィがいます!あっ!馬から降りて走って来ました!

「ルティ!君の元に帰ってきたよ!」

「ドリィ!お帰りなさ……きゃ!」

 ドリィは私の背中と膝に手を回して抱き上げました。私がドリィを見下ろす姿勢です。
 眩しい笑顔で見上げられてドキドキします。いいえ、そんな場合じゃないわ!ドリィの威厳が台無しよ!

「ど、ドリィ!人前では駄目!下ろして!」

「すまない。少しだけ許してくれ。やっとルティに会えたんだ!」

「きゃあ!ドリィったらもう!」

 ドリィは叫んで、くるくると回りました。黒いマントがふわりと広がります。

「ああ、君の香りがする。薬草の爽やかな香りと君自身の甘い香りだ……ほっとするよ。俺は此処に帰って来れたんだ」

「ドリィ……仕方ないわね。ちょっとだけよ。私も貴方が帰ってきて、ほっとしているから」

 シアンの「うわ。団長閣下変態臭い」、団員様方の「ベタ惚れにもほどがある」「団長、飼い主に再会した犬みてえ」「プランティエ職人長が甘やかし過ぎたせいっすよ」という声が聞こえましたが、聞かなかったことにします。
 さようならドリィの威厳……。

「ルティ、俺は幸せ者だ」

「私も幸せ」

 ドリィの威厳は悲しいことになりましたが、幸せで胸がいっぱいです。私はほとんど無意識のうちに感謝を口にしていました。

「薬の女神様。この幸せな生活をお授け下さりありがとうございます」

 まさかこの幸せな生活に横槍が入るだなんて、この時の私は想像もしていませんでした。



 ◆◆◆◆◆◆


 閲覧頂きありがとうございます。
 よろしければ、お気に入り登録、エール、コンテスト投票、いいね等反応頂ければ幸いです。
 
 第2部の連載を始めました。
 毎日更新予定ですが、書きながら投稿していくので途中で止まるかもしれません。完結まで書き上げられるよう頑張ります。

 皆様からの反応が大きな活力です。よろしくお願いします。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...