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第2部
第2部 10話 アメティスト子爵家のお茶会 後編(モブ視点)
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「一度魔境となった土地は、浄化をした後も不毛の地だと聞くが?」
「私の婚約者であるベルダール辺境伯とミゼール領辺境騎士団、そして、ミゼール領の領民たちの努力の賜物ですわ。彼らは長年に渡り浄化後の土地を開墾し、土壌を改良しました」
(ああ、確か【夏星の大宴】でも国王陛下がそのようなことを仰せられていたわね)
セシルは開墾の苦労は知識でしか知らないが、土壌の改良が根気のいる仕事なのは知っている。
ルルティーナは、開墾と土壌改良について詳しく話した。気の遠くなるような苦労の連続だ。また、アドリアンら騎士たちも土地を耕しているという。
主に農業事業を行なっている家はもちろん、それ以外の家も反応した。
「騎士団長みずからが率先して鍬を持つとは、素晴らしいお心がけですね」
「ええ、やはり上が動いてこそ下も動くというものです」
噂でしか知らないアドリアン・ベルダールという人物に対し、敬意と親近感が募ってゆく。
周囲の言葉に、ルルティーナの笑顔が輝く。
「はい!ドリィは素晴らしい人なんです!」
(ど、ドリィ?惨殺伯爵をドリィと呼んでるの!?)
「ルルティーナ、はしたないですよ」
「あっ。私ったら、また。失礼しました。社交に慣れておらずお恥ずかしい限りです」
ポッと顔を赤らめ、眉を下げて謝るルルティーナ。キュンと、セシルら招待客の胸が鳴る。
(か、可愛い。守って差し上げたくなる方ね。言動もなにもかも自然で演技してるようには見えないわ。
……もしかして。【夏星の大宴】で、ベルダール辺境伯がプランティエ伯爵から離れなかったのは可愛すぎて心配だったから?)
「はっはっは!私的なお茶会の場だ。気にするな。それに、君の可愛らしい惚気ならいくらでも聞きたいね!」
「ええ、本当に。プランティエ伯爵とベルダール辺境伯のお話をもっと聞かせて頂きたいわ」
「ラピスラズリ侯爵閣下、ナルシス伯爵夫人、義娘を甘やかさないで下さい」
「固いことを言うな。皆も聞きたいだろう?」
(……聞きたい)
全員が表情や仕草で同意したので、アメティスト子爵夫人は諦めた。
「さあ、プランティエ伯爵。君の婚約者の話を聞かせてくれ」
ルルティーナはキラキラした笑顔で、いかにアドリアンが努力家で素晴らしいか。お互いに愛し合っているか、語り出した。
「ドリィは、魔境討伐にも演習にも率先して参加しています。お強いのでほとんど怪我をされることはありませんが、責任感が強く無理をされることもあります。私からも注意するようになりました」
「ほう。アレは頑固な男だが、君の忠言なら聞くのか?」
「はい。いつも私の話を良く聞いて下さります。ドリィも職務上譲れないことはありますので、全てではありませんが……。
ドリィはいつも、私の気持ちを思い遣ってくれます」
ルルティーナの手が首飾りに触れる。青空を固めたようなサファイアが煌めく。愛おしそうに撫でながら、話は続いた。
「私のドレスとジュエリーは、ほとんどがドリィからの贈り物です。私が似合うよう、喜ぶようにと考えて用意してくれています。
それだけではありません。ドリィは私を何度も救って、力になってくれました」
ルルティーナは首飾りから手を離し、ティーカップを取った。カップの中の翡翠色が揺れる。
「私もドリィの力になりたくて、土地に適した作物を探しました。結果、翡翠蘭が適しているとわかったのです。
嬉しい誤算もありました」
「ほう。誤算か」
ラピスラズリ侯爵は少し考えた後、実に楽しそうに笑った。
「わかった。味が良くなったことと、アメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人の美しさに磨きがかかった事だね」
「流石はラピスラズリ侯爵閣下。仰る通りです。従来のものより美容効果の高い翡翠蘭が採れるようになりました。良くおわかりですね」
「ふふふ。当然さ。ただでさえ美しいアメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人だが、白絹のように滑らかな肌には目を奪われた。月の女神が降臨したのかと思ったよ」
(っ!お二人の美容法はこのお茶ですって!?お茶でこんなに変わるものなの?)
アメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人の、上品な笑い声が聞こえた。
「相変わらず閣下はお上手ですこと」
「私も母も肌艶ばかりでなく、体調が良くなって助かっておりますのよ」
「ええ。ルルティーナには感謝しています。ポーション作成だけでも忙しいというのに、医学と薬学の勉強も怠らない。婚約者のために作物を探す。
その過程で、これ程素晴らしいハーブティーを生み出してくれました。
それもこれも、ベルダール辺境伯とご縁があってのこと」
「ええ。お二人の婚約あっての共同事業ですわ。
この翡翠蘭ハーブティーは、ポーションと共にミゼール領の新たな産業となるでしょう」
「はい。これからもドリィと私、そして領民と共にミゼール領を盛り立てて参ります」
「素晴らしい!魔境浄化成功の象徴にもなるだろう!プランティエ伯爵!ぜひ購入させてもらいたい!」
「私も購入させて頂きたいわ」
「私も!」
「ありがとうございます。皆様のお土産に包ませて頂きましたので、まずはそちらをお召し上がりください。
販売については、シトリン商会に一任しております」
「はい。当シトリン商会は海外からの輸入品を主に扱っておりますが、これを機にミゼール領の特産品も扱います。
我がシトリン商会のモットーは『彼方の憧れをお手元に』
これまでに無い新しい特産品を皆様にお届けいたします」
わあっと歓声が上がった。
皆、思い思いに話しながら、翡翠蘭ハーブティーを飲む。
いつの間にかお代わりが注がれているし、菓子のサーブもされていた。
(流石はアメティスト子爵家。給仕も素晴らしいわね。特にあの水色の髪の侍女。
さりげなくこちらの反応を伺い、適切に動くことで次の行動を誘導して……)
セシルはハッと気づく。
(すっかり話に引き込まれたわ。お二人を応援したくなったし、翡翠蘭ハーブティーが欲しくなった。
惚気話で商品の宣伝をするだなんて、プランティエ伯爵は想像以上に強かでしっかりした方だわ)
この瞬間、セシルの腹は決まった。
噂ではなく、自分がルルティーナたちから受けた印象を信じることにしたのだ。
ルルティーナは可愛らしい令嬢であり、強かな淑女だ。アドリアンのことを心から好いている。
アメティスト子爵家も彼女の気持ちを尊重し、後押ししている。
噂は二つとも嘘だろう。
(それに、翡翠蘭のハーブティーはお二人の共同事業であり、ラピスラズリ侯爵ら高位貴族が関心を持つほどのもの。おまけに魔境浄化成功の象徴とも言われれば……。
ミゼール領の復興は王家の悲願。後押しもされている。
お二人の婚約を壊そうとすれば、高位貴族どころか王家を敵に回しかねない)
ここでセシルは気づいた。
(なら、二つの噂についてはプランティエ伯爵のお耳に入れた方がいいかしら?すでに把握されているかもしれないけれど……)
セシルはしばし悩んだが、思い切って打ち明けることにした。
考えているうちに、「もしも噂をご存知でないなら、対応が遅れてしまわれるかもしれない」と、思ったのだ。
結果、それは当たりだったらしい。
◆◆◆◆◆◆
お茶会の帰り際、セシルは忘れ物を取りに帰るふりをして引き返し、ルルティーナに伝えた。
噂は二つ。
一つは、「ベルダール辺境伯が、プランティエ伯爵を利用するために囲い込んで婚約した。アメティスト子爵家も加担している」
そしてもう一つは。
「か弱く哀れなプランティエ伯爵は、幼い頃からの恋人がいる。その恋人に密かに支えられていたから、虐げられても殺されずに済んだ。あと少しで恋人と結ばれるはずだったのに、ベルダール辺境伯が強引に攫った。
恋人は、さる高貴な生まれの方である」
という、急速に広まりつつある噂だ。
それを聞いたルルティーナの反応はというと。
「……は?私のドリィをどこまで侮辱する気?許さない……!」
プリムローズのように愛らしい少女が激怒すると、ここまで恐ろしい覇気を纏うのか。
セシルは現実逃避気味に感想を抱き、その怒りの深さに怯えた。
「ルルティーナ、ベルダール辺境伯だけではありません。貴女への侮辱でもあります。私の義娘に勝手な妄想を押し付けて……!」
「……」
ルルティーナの隣で憤怒に震えるアメティスト子爵夫人も、背後に無言で立つ侍女も、怒気だけで人を殺せそうだ。
セシルは噂について洗いざらい喋らされた後、大量の土産と共に解放されたのだった。
「……噂を流した奴、殺されないといいわね」
無理かもしれない。セシルは、顔も知らぬ愚か者の冥福を祈るのであった。
「私の婚約者であるベルダール辺境伯とミゼール領辺境騎士団、そして、ミゼール領の領民たちの努力の賜物ですわ。彼らは長年に渡り浄化後の土地を開墾し、土壌を改良しました」
(ああ、確か【夏星の大宴】でも国王陛下がそのようなことを仰せられていたわね)
セシルは開墾の苦労は知識でしか知らないが、土壌の改良が根気のいる仕事なのは知っている。
ルルティーナは、開墾と土壌改良について詳しく話した。気の遠くなるような苦労の連続だ。また、アドリアンら騎士たちも土地を耕しているという。
主に農業事業を行なっている家はもちろん、それ以外の家も反応した。
「騎士団長みずからが率先して鍬を持つとは、素晴らしいお心がけですね」
「ええ、やはり上が動いてこそ下も動くというものです」
噂でしか知らないアドリアン・ベルダールという人物に対し、敬意と親近感が募ってゆく。
周囲の言葉に、ルルティーナの笑顔が輝く。
「はい!ドリィは素晴らしい人なんです!」
(ど、ドリィ?惨殺伯爵をドリィと呼んでるの!?)
「ルルティーナ、はしたないですよ」
「あっ。私ったら、また。失礼しました。社交に慣れておらずお恥ずかしい限りです」
ポッと顔を赤らめ、眉を下げて謝るルルティーナ。キュンと、セシルら招待客の胸が鳴る。
(か、可愛い。守って差し上げたくなる方ね。言動もなにもかも自然で演技してるようには見えないわ。
……もしかして。【夏星の大宴】で、ベルダール辺境伯がプランティエ伯爵から離れなかったのは可愛すぎて心配だったから?)
「はっはっは!私的なお茶会の場だ。気にするな。それに、君の可愛らしい惚気ならいくらでも聞きたいね!」
「ええ、本当に。プランティエ伯爵とベルダール辺境伯のお話をもっと聞かせて頂きたいわ」
「ラピスラズリ侯爵閣下、ナルシス伯爵夫人、義娘を甘やかさないで下さい」
「固いことを言うな。皆も聞きたいだろう?」
(……聞きたい)
全員が表情や仕草で同意したので、アメティスト子爵夫人は諦めた。
「さあ、プランティエ伯爵。君の婚約者の話を聞かせてくれ」
ルルティーナはキラキラした笑顔で、いかにアドリアンが努力家で素晴らしいか。お互いに愛し合っているか、語り出した。
「ドリィは、魔境討伐にも演習にも率先して参加しています。お強いのでほとんど怪我をされることはありませんが、責任感が強く無理をされることもあります。私からも注意するようになりました」
「ほう。アレは頑固な男だが、君の忠言なら聞くのか?」
「はい。いつも私の話を良く聞いて下さります。ドリィも職務上譲れないことはありますので、全てではありませんが……。
ドリィはいつも、私の気持ちを思い遣ってくれます」
ルルティーナの手が首飾りに触れる。青空を固めたようなサファイアが煌めく。愛おしそうに撫でながら、話は続いた。
「私のドレスとジュエリーは、ほとんどがドリィからの贈り物です。私が似合うよう、喜ぶようにと考えて用意してくれています。
それだけではありません。ドリィは私を何度も救って、力になってくれました」
ルルティーナは首飾りから手を離し、ティーカップを取った。カップの中の翡翠色が揺れる。
「私もドリィの力になりたくて、土地に適した作物を探しました。結果、翡翠蘭が適しているとわかったのです。
嬉しい誤算もありました」
「ほう。誤算か」
ラピスラズリ侯爵は少し考えた後、実に楽しそうに笑った。
「わかった。味が良くなったことと、アメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人の美しさに磨きがかかった事だね」
「流石はラピスラズリ侯爵閣下。仰る通りです。従来のものより美容効果の高い翡翠蘭が採れるようになりました。良くおわかりですね」
「ふふふ。当然さ。ただでさえ美しいアメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人だが、白絹のように滑らかな肌には目を奪われた。月の女神が降臨したのかと思ったよ」
(っ!お二人の美容法はこのお茶ですって!?お茶でこんなに変わるものなの?)
アメティスト子爵夫人とシトリン子爵夫人の、上品な笑い声が聞こえた。
「相変わらず閣下はお上手ですこと」
「私も母も肌艶ばかりでなく、体調が良くなって助かっておりますのよ」
「ええ。ルルティーナには感謝しています。ポーション作成だけでも忙しいというのに、医学と薬学の勉強も怠らない。婚約者のために作物を探す。
その過程で、これ程素晴らしいハーブティーを生み出してくれました。
それもこれも、ベルダール辺境伯とご縁があってのこと」
「ええ。お二人の婚約あっての共同事業ですわ。
この翡翠蘭ハーブティーは、ポーションと共にミゼール領の新たな産業となるでしょう」
「はい。これからもドリィと私、そして領民と共にミゼール領を盛り立てて参ります」
「素晴らしい!魔境浄化成功の象徴にもなるだろう!プランティエ伯爵!ぜひ購入させてもらいたい!」
「私も購入させて頂きたいわ」
「私も!」
「ありがとうございます。皆様のお土産に包ませて頂きましたので、まずはそちらをお召し上がりください。
販売については、シトリン商会に一任しております」
「はい。当シトリン商会は海外からの輸入品を主に扱っておりますが、これを機にミゼール領の特産品も扱います。
我がシトリン商会のモットーは『彼方の憧れをお手元に』
これまでに無い新しい特産品を皆様にお届けいたします」
わあっと歓声が上がった。
皆、思い思いに話しながら、翡翠蘭ハーブティーを飲む。
いつの間にかお代わりが注がれているし、菓子のサーブもされていた。
(流石はアメティスト子爵家。給仕も素晴らしいわね。特にあの水色の髪の侍女。
さりげなくこちらの反応を伺い、適切に動くことで次の行動を誘導して……)
セシルはハッと気づく。
(すっかり話に引き込まれたわ。お二人を応援したくなったし、翡翠蘭ハーブティーが欲しくなった。
惚気話で商品の宣伝をするだなんて、プランティエ伯爵は想像以上に強かでしっかりした方だわ)
この瞬間、セシルの腹は決まった。
噂ではなく、自分がルルティーナたちから受けた印象を信じることにしたのだ。
ルルティーナは可愛らしい令嬢であり、強かな淑女だ。アドリアンのことを心から好いている。
アメティスト子爵家も彼女の気持ちを尊重し、後押ししている。
噂は二つとも嘘だろう。
(それに、翡翠蘭のハーブティーはお二人の共同事業であり、ラピスラズリ侯爵ら高位貴族が関心を持つほどのもの。おまけに魔境浄化成功の象徴とも言われれば……。
ミゼール領の復興は王家の悲願。後押しもされている。
お二人の婚約を壊そうとすれば、高位貴族どころか王家を敵に回しかねない)
ここでセシルは気づいた。
(なら、二つの噂についてはプランティエ伯爵のお耳に入れた方がいいかしら?すでに把握されているかもしれないけれど……)
セシルはしばし悩んだが、思い切って打ち明けることにした。
考えているうちに、「もしも噂をご存知でないなら、対応が遅れてしまわれるかもしれない」と、思ったのだ。
結果、それは当たりだったらしい。
◆◆◆◆◆◆
お茶会の帰り際、セシルは忘れ物を取りに帰るふりをして引き返し、ルルティーナに伝えた。
噂は二つ。
一つは、「ベルダール辺境伯が、プランティエ伯爵を利用するために囲い込んで婚約した。アメティスト子爵家も加担している」
そしてもう一つは。
「か弱く哀れなプランティエ伯爵は、幼い頃からの恋人がいる。その恋人に密かに支えられていたから、虐げられても殺されずに済んだ。あと少しで恋人と結ばれるはずだったのに、ベルダール辺境伯が強引に攫った。
恋人は、さる高貴な生まれの方である」
という、急速に広まりつつある噂だ。
それを聞いたルルティーナの反応はというと。
「……は?私のドリィをどこまで侮辱する気?許さない……!」
プリムローズのように愛らしい少女が激怒すると、ここまで恐ろしい覇気を纏うのか。
セシルは現実逃避気味に感想を抱き、その怒りの深さに怯えた。
「ルルティーナ、ベルダール辺境伯だけではありません。貴女への侮辱でもあります。私の義娘に勝手な妄想を押し付けて……!」
「……」
ルルティーナの隣で憤怒に震えるアメティスト子爵夫人も、背後に無言で立つ侍女も、怒気だけで人を殺せそうだ。
セシルは噂について洗いざらい喋らされた後、大量の土産と共に解放されたのだった。
「……噂を流した奴、殺されないといいわね」
無理かもしれない。セシルは、顔も知らぬ愚か者の冥福を祈るのであった。
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