【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
78 / 107
第2部

第2部 14話 近衛騎士隊特別訓練 中編(アドリアン視点)

しおりを挟む
 イアン殿が呆れたように溜め息を吐く。

「三人中三人が魔法無し体術のみで瞬殺かあ」

 その隣では、近衛騎士隊長が頭を抱えていた。

「情け無い……」

 そう、全く相手にならなかった。
 三人は宮廷治癒魔法師たちからの治療を終え、呆然と座り込んでいる。俺は三人を見下ろしながら分析した。

「魔法発動まで時間がかかり過ぎる。発動中は隙だらけで攻撃を避けることすらできない。そもそも体の動きも遅過ぎるし、骨折程度で悲鳴をあげて狼狽える。
 本当に貴殿らは騎士か?」

 一応、近衛騎士隊に入隊するまでに騎士の叙勲を受けているはずだ。それには、魔法、体術、剣術、馬術などの各種技能と礼儀作法、さらには高位貴族からの承認が必要なはずだが……。

「だ!黙れ卑怯者!」

「そうだ!魔法発動中に攻撃するなど騎士の風上にもおけない!」

「体術なぞ賤しい技術は!誇り高き騎士に不用だ!」

「そうだ!流石は下賤の産まれだな!この恥知ら……」

「黙れ」

「ひっ……!」

 俺は、ほんの少しだけ殺気を出した。
 大きく息を吸って怒鳴る。

「騎士を名乗るなら考えを改めよ!
 人間相手にせよ!魔獣相手にせよ!敵は魔法を発動し終わるまで待たない!
 そもそも魔法を使えない状況におちいることもある!
 だから我々騎士は!魔法以外の技術も磨くのだ!
 それを怠り!敵に敗北すれば貴殿らだけでなく守るべき主君を危険にさらすことになる!
 ……お集まりの皆様!私の言っていることは間違っているでしょうか!」

「いいや。その通りだ」

「ベルダール辺境伯が正しい」

「異議ございません」

 イアン殿と近衛騎士隊長は即答した。次いで、三人以外の近衛騎士たちが答えた。
 関係者たちも同意している様子だ。一部は俺を恐怖の目で見ているが。
 そんなに怖いか?

「う、うるさい!うるさい!死ね!惨殺伯爵!【火焔砲ファイヤーボール】!」

 三人のうち一人が魔法を放った。炎の玉を飛ばす魔法だ。人一人焼き殺せるだけの威力がある。
 ああ、ようやく発動したのか。先ほどから頑張って発動させようとしていたものな。

「【氷壁アイスシールド】」

 ぽしゅん。情け無い音と共に、炎は氷の壁に包まれて消えた。

「なっ!わ、私の火焔砲が消えた?何故?」

「そんな馬鹿な!何かあやしい技を使ったな!」

「人間技じゃない!おかしい!」

「この化け物!彼の方の言う通り魔王に違いな……」

「黙れえ!!!」

 近衛騎士隊長の一喝が訓練場を揺らした。

「いい加減にしろ!!!礼儀知らずの卑怯者どもが!!!己の未熟を棚に上げて見苦しい!!!」

 大音声と憤怒の形相に、流石の三人も青ざめて黙り込んだ。

「貴様らはベルダール辺境伯をどなたと心得ているのだ!!!貴様らよりもはるかに格上の辺境伯だぞ!!!それも我が国の国土を侵す魔境浄化に邁進するお方だ!!!貴様らは以前から無礼で怠惰だったが!!!もはや若輩といえど見過ごせん!!!あまりにも無礼だ!!!」

 イアン殿は近衛騎士隊長の肩を叩き、三人を見下した。

「そもそもお前ら程度の魔法なんざ、日々魔獣と戦っているベルダール辺境伯に効くわけないだろ。思い上がりも甚だしい」

「全くだ!貴様らは近衛騎士隊から除名する!一騎士、いや騎士見習いとしてやり直せ!」

「そ、そんな!横暴です!」

「わ、我々を除隊すれば彼の方が黙っていませんよ!」

「そうです!私たちの家族だって!」

 また騒ぎ始めたが、誰も彼らを助けない。観客席には彼らの身内もいるが、どうやら見捨てられたな。
 三人は取り押さえられ拘束された。

「処分については後だ!そこで本当の近衛騎士の実力を見ておれ!」

 晒し者だが、身内からも抗議は入らない。後でまとめて近衛騎士隊長が話をつけるのだろう。

 俺はというと、それからも模擬戦を続けた。流石にあの三人以外は中々の強敵で、いい訓練が出来た。
 また、周囲の俺を見る目もより良くなっていった。

『お見事!』

『ベルダール辺境伯ー!頑張って下さい!』

 嬉しい声援も飛ぶ。
 最終的にイアン殿と手合わせした際は、場内総立ちの大盛り上がりとなった。



 ◆◆◆◆◆◆




 時刻は昼を大きく過ぎていた。
 イアン殿との模擬戦が終われば、後は汗を流して関係者を交えて遅めの昼食をとりながら歓談する手筈だという。
 そこで積極的に交流しようと思ったのだが……。
 イアン殿のヤル気、いや殺る気が凄かった。

「ベルダール辺境伯。いや、アドリアン。俺はお前を殺す気で攻撃する。お前もそうしろ。
いい機会だから、お前がルルティーナに相応しいか確認してやる!
お前からの紹介とはいえあの子は俺の義娘!生半可な男には任せられん!【水玉砲ウォーターボール】!」

「っ!【氷壁アイスシールド】!【氷の矢アイスアロー】!」

 人の頭ほどある水の塊が三十個生まれた。高速で飛ぶ!
 速い!速さも威力も先ほどの【火焔砲】の比ではない!まともに当たれば確実に死ぬ!
 俺は避け、防ぎながら無数の氷の矢を放つ!

 ドォン!ドゴォン!バシャ!ビシュ!ビュッ!

「くっ!」

 氷の矢に貫かれた水の塊が飛び散る。しかし、幾つかは散った後も消えず、小さく高速の粒となって俺を攻撃する。
 何発かは防ぎきれず掠った。訓練用の服が破れて血が滲む。

「初動から殺意が高いですね!【氷剣アイスソード】!」

 ヒュウウー!音を立てて氷の剣が十本現れ、イアン殿に斬りかかる。

「お前相手にはちょうどいいだろう【水流鞭ウォーターウィップ】!」

 イアン殿は笑いながら水を自在に操る。しなる水が、氷の剣を落としていく。

「本気を出せアドリアン!ルルティーナの婚約者を名乗りたいのなら、あの子に相応しいと証明してみろ!」

「っ!……わかりました。お義父様に認めてもらうため!全力を出します!【氷剣】!」

 氷の剣を二十本出し、イアン殿めがけて放つ。

「まだ義父呼ばわりは早い!若造が!うちのルルティーナはやらーん!!!【水壁】!」

 分厚い水の壁が阻むが、いくつかの剣が通過してイアン殿に斬りつける。
 イアン殿は素早く避けている。
 水と氷で視界が悪い!今だ!

「【氷柱クリスタルクラッシュ】!」

「っ!ぐあぁっ!!」

 俺は床から氷の柱を出し、その勢いを活かして跳躍。
 空中の氷の剣を掴み、勢いに乗って斬りつけた。

 チッ!腕で横から払われた!しかし氷の硬さには敵わない!骨にヒビが入った手ごたえがある!

 俺は床を踏み締めて剣を振るう。この距離だ。畳み掛ければ倒せ……。

「【水壁ウォーターシールド】!」

「うぉっ!」

 間一髪。俺は咄嗟に跳躍し、イアン殿の攻撃を避けた!通常は防御に使う水壁を当ててきたか!流石だ!

 大きな歓声が上がる。

『ベルダール殿すごい!床から氷の柱を生やして自分の身体を飛ばした!』

『しかも空中で氷の剣を掴んで攻撃したぞ!』

『アメティスト子爵もだ!魔法の発動が速すぎる!』

『あんな自在に水を操れるのか!』

「ふん!やるな!初恋に浮かれて鈍ったかと思ったが!」

「当たり前です!魔境ではわずかな油断と驕りが命取りですから!」

 魔法と拳と蹴りがぶつかり合う。修練場の床も壁もボロボロに崩壊していった。

「どうしたアドリアン!動きが鈍ってきたぞ!ルルティーナへの想いはそんなものか!」

「まさか!そんな訳ないでしょう!ルティと結婚するのは俺です!【氷柱】!」

 イアン殿のいる床から氷の柱を射出する。くそ!やはり避けたか!
 ふふん!と、鼻で笑われた。

「ルルティーナと結婚する理由はなんだ?ポーション目当てか?共同事業のためか?」

「は?」

 聞き捨てならない言葉に、頭のどこかが切れる音がした。

「ふざけるな!ルティを愛してるからに決まってるだろうが!【氷の剣】!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...