89 / 107
第2部
第2部 25話 パーレスの世界 (神視点)
しおりを挟む
本日は2回更新します
◆◆◆◆◆◆
パーレス・グルナローズにとって、この世は己の快楽を貪るためにあった。
それは、母親に生き写しのパーレスを溺愛する父親のせいだった。
グルナローズ辺境伯。
暗い赤色の髪と瞳。筋骨逞しく魔力も絶大な、ヴェールラント王国の西の辺境伯。
この男にとって世界は、妻エリーザベスと三男パーレス。そしてそれ以外だ。
グルナローズ辺境伯はエリーザベスとパーレスのピンクブロンドとエメラルドの瞳、そしてその美貌を過剰に讃えて執着した。
「王家の至宝。妖精姫のエリーザベスと、その血を色濃く引いたパーレスは、この世で最も尊い二人だ」
エリーザベスは屋敷から、いや、夫婦の寝室から出ることすら稀だった。そのため頻繁に妊娠出産を繰り返し、辺境伯夫人としての役割はほとんどこなせなかった。
パーレスもまた、屋敷の敷地からほとんど出ることなく育てられた。しかし、なんの不自由もない。
グルナローズ辺境伯は他の兄弟姉妹と露骨に差をつけ、パーレスを盲目的に溺愛したのだから。
パーレスは欲しいものはなんでも貰えた。やりたいことは何でもできた。
気に食わないことが有れば泣き喚けばいい。
「野菜なんて食べない。お菓子ちょうだい」
「この服は嫌だ。もっとキラキラしたのがいい」
「勉強なんてつまらない。やだ!やりたくない!」
兄弟姉妹、使用人、教師はいさめたが、グルナローズ辺境伯に告げ口すればいい。
兄弟姉妹は折檻されて口をつぐんだし、使用人と教師はどこかに消えた。
「パーレス、皆は貴方のために言っているのですよ。我儘はやめなさい」
たまにエリーザベスから叱られたが、聞き流せばいいだけだ。エリーザベスに厳しくするよう言われたグルナローズ辺境伯にだって、泣けばすぐに甘くなる。
「母上ってうるさいなあ。汚いし、部屋から出なければいいのに」
それに、どんどん痩せて醜くなるエリーザベスのことは嫌いだった。言うことなんて聞く気になれない。
当然、パーレスの能力は伸び悩んだし、忍耐も礼儀も社会性も中々身につかなかった。
それでも一応、教育されてはいた。
周囲の努力の甲斐あって、黙ってさえいれば人前に出せるようになった。パーレスは九歳になっていた。
春のある日、グルナローズ辺境伯が言った。
「パーレス、父と共に王都に行くぞ」
「おうと?」
パーレスは最低限の地理知識もない。そんな息子にグルナローズ辺境伯は優しく教えてやった。
「お前と同じ血を引く尊い方々がお住まいの都だ。お住まいである王城があり、そこで【蕾のお茶会】が開催される。
お前はそれに参加するのだよ」
「なんで?」
「貴族の子は、16歳のデビュタントの前に一度は出席する決まりだからだよ。
それに、お前の婚約者候補も参加する。顔合わせに丁度いい」
「婚約者……」
これは流石に知っていた。結婚相手だ。
「お前に相応しい家格と血筋と年頃の令嬢だ。確か二歳下だったか。
ルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢という」
パーレスはこの時、ルルティーナという存在を初めて知った。
【蕾のお茶会】当日。
父親であるグルナローズ辺境伯と何人かの兄弟姉妹と共に、パーレスは参加していた。
なんとか王族への挨拶を済ませた後は、老若男女から美しさと高貴な血筋を褒め称えられた。
「まあ!本当に妖精姫様にそっくり!」
「流石は準王族。先が楽しみですね」
「ふふふ。当然です。僕は妖精姫の息子ですからね!」
礼儀知らずぶりと傲慢さに眉をひそめる者たちの方が多かったし、他の兄弟姉妹はそれを恥じてさっさと離れたが。
「父上とパーレスはお二人でお楽しみください」
「……ああ。勝手にしろ。親戚どもにだけは挨拶を忘れるなよ」
もうこの時点で、パーレスとグルナローズ辺境伯と他の家族との断絶は決定的だった。また、親類や家臣からも家族関係については冷ややかな目を向けられていた。
グルナローズ辺境伯は、まるで周囲に反抗するようにパーレスを側から離さなかった。
自分を溺愛する父親に守られながら、パーレスは華やかな王族の催しに夢中になった。
お茶会の会場である庭園は色とりどりの春の花盛り。洗練された空間。お菓子やジュースも、グルナローズで食べる物より何倍も美味しくて華麗だ。
参加者たちも、華やかに着飾っていて見目がいい。子供達を楽しませるため用意された音楽隊や芸人も一流だ。
「あはは!面白い!火を飲み込んだ!もっと飲みなよ!」
「パーレス、そろそろ移動するぞ。アンブローズ侯爵家に挨拶を……」
「ええ?もう少しだけ見てたい。駄目?」
「ううん。そうか……。ご覧、あそこに居るのがアンブローズ侯爵一家だよ。あの薄紅色のドレスを着た銀髪の少女が見えるか?
彼女がルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢だ」
「銀髪……」
色の薄い女の子だった。目を引く華やかさはないが、触れれば溶ける雪の結晶のような繊細な美しさがある。
地味だけど悪くはない。パーレスはそう思ったが。
「幼い割に所作が美しい。両陛下からもお褒めいただいたそうだ。やはり、お前の婚約者に相応しいな」
パーレスはもちろん褒められていない。なんとなく面白くなくてモヤモヤした。
「ふーん。そうなんだ。でも、顔は大したこないね。地味だし。僕の婚約者には、もっと華やかで可愛い子が相応しいよ」
「確かに、お前やエリーザベスほどの美貌から見れば平凡だろう。だがまだ幼い。育てばもう少しマシになるさ」
「ふうん。なら、結婚してあげてもいいよ」
親子の最低な品評会は、幸いにも周りには聞こえていなかった。
そしてその後。挨拶に行く前にルルティーナが暴行される事件が起きた。
【蕾のお茶会】閉会後、パーレスたちは王都邸に戻った。
グルナローズ辺境伯は渋い顔で愚痴った。
「アンブローズ侯爵家め。面倒事を起こしおって。魔力無しなのはともかく長女の躾も出来ない家の次女か……。
パーレス。あの令嬢はお前に相応しくなかった。婚約者候補から外す」
「んー。いいよ」
こうして、パーレスはルルティーナのことを忘れた。ただし、王都の華やかさは忘れなかった。
「グルナローズ辺境伯領は田舎だ。僕に相応しくない。王都で暮らしたい」
グルナローズ辺境伯に強請り、泣き、拗ねた。愛息子を手元から離したくないグルナローズ辺境伯は渋ったが、半年で折れた。
パーレスは執務室に呼ばれ、固い表情の臣下たちと顔を合わせた。
執事、従者、侍従、教師、護衛騎士など二十名ほどがいる。
「パーレス。お前が王都で暮らすことを許す。
ただしこの者たちを連れて行き、彼らの忠告は聞く様に。他はともかく彼らを解雇することは許さない」
甘やかしにも程があるが、曲がりなりにも辺境伯を継いだ男だ。グルナローズ辺境伯はパーレスが問題を起こさないよう、万が一起こしても揉み消せる人材も用意したのだった。
「ええ……いいけど。でも、デルフィーたちも連れて行っていいよね?」
「この者たちを連れて行くなら好きにしていい」
「やったあ!」
2歳年上のデルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢とその両親は、お気に入りの臣下だ。いつだって、グルナローズ辺境伯と同じかそれ以上にパーレスを甘やかして肯定してくれる。
彼らはパーレスの誘いに応じてくれた。他にも甘やかしてくれる臣下を連れて、パーレスは王都で暮らし始めたのだった。
パーレスを甘やかすお気に入りの臣下たちと、甘やかさないが有能な臣下たちが、心地いい生活を維持してくれた。
パーレスは様々な遊びを覚え、グルナローズ辺境伯からの小遣いをばら撒き愉快に暮らした。忠告は最低限聞いてやったが、目を盗んで遊ぶことも覚えた。
長じて女遊びを覚えてからは、その乱行に拍車がかかる。
「恋なんて簡単だよ。可愛い女の子を見かけたら笑いかければいい。すぐにベッドの上さ」
高貴な血筋の侯爵令嬢も、たまたますれ違った町娘も、夫を亡くしたばかりの寡婦も同じだ。
「可愛い人。きっと僕は君に会うために産まれたんだ」
パーレスが微笑んで、甘い言葉をかければいい。
最もそれが効かない女性も多い。彼女たちは苦笑いを浮かべたり、嫌悪や怒りをにじませて断った。
確かにパーレスは美しい。しかし軽薄で言葉も性格も薄っぺらい。時には辛辣な言葉で拒絶されることすらあった。
しかし、パーレスの中ではあり得ない事なので無かった事になっている。
パーレスは認知が歪んだまま成長してしまったのだ。
そして誰かが矯正しようとしても、デルフィーヌやグルナローズ辺境伯が歪みを肯定するから意味がない。
デルフィーは豊満な身体でパーレスを楽しませながら、赤い唇を歪めて笑った。
「うふふ。流石はパーレス様ですわ。全てを魅了する貴方様こそ、次代のグルナローズ辺境伯に相応しい」
「僕が?」
「ええ。辺境伯閣下も、きっとそうお思いです」
グルナローズ辺境伯は、そんな馬鹿な考えは抱いてなかった。
パーレスには、辺境伯家が持つ伯爵位を継がせて充分な財産を与える。そして、資産運用と家政を任せられる令嬢を娶らせるつもりだ。
後継者の指名もしてある。親類や重臣の意見を取り入れ、最も文武に優れている次男が継ぐことになった。
パーレス以外の家族も臣下納得し、嫡男を支えると誓っている。
ただしグルナローズ辺境伯は、アザレ伯爵家らが『パーレス様こそ次代のグルナローズ辺境伯に相応しい』と、主張することを禁じなかった。
「アザレ伯爵家だけがパーレスの価値がわかっている」
他の家族はもとより、親族と臣下の大半もパーレスを辺境伯令息として認めてない。
兄弟姉妹に至っては、あからさまに蔑んでいる。強く賢く成長した彼らは、最近ではグルナローズ辺境伯に逆らってばかりだ。昔のように折檻して言い聞かせることも出来ない。
グルナローズ辺境伯もまた、歪んだ考えとアザレ伯爵家に傾倒していたのだった。
アザレ伯爵は、パーレスによく言ったものだ。
「このまま説得を続ければ、パーレス様が嫡男に指名される日も近いでしょう」
「うん。そうしたら、もっと良い暮らしが出来るんだよね?」
「もちろんですとも。煩わしいことは私どもにお任せ頂き、パーレス様はこれまで以上に優雅にお過ごしください」
「わかった。アザレ伯爵に任せるよ」
パーレスは無邪気に笑い、好きに暮らした。
18歳の夏。グルナローズ辺境伯が失脚するまでは。
◆◆◆◆◆◆
パーレス・グルナローズにとって、この世は己の快楽を貪るためにあった。
それは、母親に生き写しのパーレスを溺愛する父親のせいだった。
グルナローズ辺境伯。
暗い赤色の髪と瞳。筋骨逞しく魔力も絶大な、ヴェールラント王国の西の辺境伯。
この男にとって世界は、妻エリーザベスと三男パーレス。そしてそれ以外だ。
グルナローズ辺境伯はエリーザベスとパーレスのピンクブロンドとエメラルドの瞳、そしてその美貌を過剰に讃えて執着した。
「王家の至宝。妖精姫のエリーザベスと、その血を色濃く引いたパーレスは、この世で最も尊い二人だ」
エリーザベスは屋敷から、いや、夫婦の寝室から出ることすら稀だった。そのため頻繁に妊娠出産を繰り返し、辺境伯夫人としての役割はほとんどこなせなかった。
パーレスもまた、屋敷の敷地からほとんど出ることなく育てられた。しかし、なんの不自由もない。
グルナローズ辺境伯は他の兄弟姉妹と露骨に差をつけ、パーレスを盲目的に溺愛したのだから。
パーレスは欲しいものはなんでも貰えた。やりたいことは何でもできた。
気に食わないことが有れば泣き喚けばいい。
「野菜なんて食べない。お菓子ちょうだい」
「この服は嫌だ。もっとキラキラしたのがいい」
「勉強なんてつまらない。やだ!やりたくない!」
兄弟姉妹、使用人、教師はいさめたが、グルナローズ辺境伯に告げ口すればいい。
兄弟姉妹は折檻されて口をつぐんだし、使用人と教師はどこかに消えた。
「パーレス、皆は貴方のために言っているのですよ。我儘はやめなさい」
たまにエリーザベスから叱られたが、聞き流せばいいだけだ。エリーザベスに厳しくするよう言われたグルナローズ辺境伯にだって、泣けばすぐに甘くなる。
「母上ってうるさいなあ。汚いし、部屋から出なければいいのに」
それに、どんどん痩せて醜くなるエリーザベスのことは嫌いだった。言うことなんて聞く気になれない。
当然、パーレスの能力は伸び悩んだし、忍耐も礼儀も社会性も中々身につかなかった。
それでも一応、教育されてはいた。
周囲の努力の甲斐あって、黙ってさえいれば人前に出せるようになった。パーレスは九歳になっていた。
春のある日、グルナローズ辺境伯が言った。
「パーレス、父と共に王都に行くぞ」
「おうと?」
パーレスは最低限の地理知識もない。そんな息子にグルナローズ辺境伯は優しく教えてやった。
「お前と同じ血を引く尊い方々がお住まいの都だ。お住まいである王城があり、そこで【蕾のお茶会】が開催される。
お前はそれに参加するのだよ」
「なんで?」
「貴族の子は、16歳のデビュタントの前に一度は出席する決まりだからだよ。
それに、お前の婚約者候補も参加する。顔合わせに丁度いい」
「婚約者……」
これは流石に知っていた。結婚相手だ。
「お前に相応しい家格と血筋と年頃の令嬢だ。確か二歳下だったか。
ルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢という」
パーレスはこの時、ルルティーナという存在を初めて知った。
【蕾のお茶会】当日。
父親であるグルナローズ辺境伯と何人かの兄弟姉妹と共に、パーレスは参加していた。
なんとか王族への挨拶を済ませた後は、老若男女から美しさと高貴な血筋を褒め称えられた。
「まあ!本当に妖精姫様にそっくり!」
「流石は準王族。先が楽しみですね」
「ふふふ。当然です。僕は妖精姫の息子ですからね!」
礼儀知らずぶりと傲慢さに眉をひそめる者たちの方が多かったし、他の兄弟姉妹はそれを恥じてさっさと離れたが。
「父上とパーレスはお二人でお楽しみください」
「……ああ。勝手にしろ。親戚どもにだけは挨拶を忘れるなよ」
もうこの時点で、パーレスとグルナローズ辺境伯と他の家族との断絶は決定的だった。また、親類や家臣からも家族関係については冷ややかな目を向けられていた。
グルナローズ辺境伯は、まるで周囲に反抗するようにパーレスを側から離さなかった。
自分を溺愛する父親に守られながら、パーレスは華やかな王族の催しに夢中になった。
お茶会の会場である庭園は色とりどりの春の花盛り。洗練された空間。お菓子やジュースも、グルナローズで食べる物より何倍も美味しくて華麗だ。
参加者たちも、華やかに着飾っていて見目がいい。子供達を楽しませるため用意された音楽隊や芸人も一流だ。
「あはは!面白い!火を飲み込んだ!もっと飲みなよ!」
「パーレス、そろそろ移動するぞ。アンブローズ侯爵家に挨拶を……」
「ええ?もう少しだけ見てたい。駄目?」
「ううん。そうか……。ご覧、あそこに居るのがアンブローズ侯爵一家だよ。あの薄紅色のドレスを着た銀髪の少女が見えるか?
彼女がルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢だ」
「銀髪……」
色の薄い女の子だった。目を引く華やかさはないが、触れれば溶ける雪の結晶のような繊細な美しさがある。
地味だけど悪くはない。パーレスはそう思ったが。
「幼い割に所作が美しい。両陛下からもお褒めいただいたそうだ。やはり、お前の婚約者に相応しいな」
パーレスはもちろん褒められていない。なんとなく面白くなくてモヤモヤした。
「ふーん。そうなんだ。でも、顔は大したこないね。地味だし。僕の婚約者には、もっと華やかで可愛い子が相応しいよ」
「確かに、お前やエリーザベスほどの美貌から見れば平凡だろう。だがまだ幼い。育てばもう少しマシになるさ」
「ふうん。なら、結婚してあげてもいいよ」
親子の最低な品評会は、幸いにも周りには聞こえていなかった。
そしてその後。挨拶に行く前にルルティーナが暴行される事件が起きた。
【蕾のお茶会】閉会後、パーレスたちは王都邸に戻った。
グルナローズ辺境伯は渋い顔で愚痴った。
「アンブローズ侯爵家め。面倒事を起こしおって。魔力無しなのはともかく長女の躾も出来ない家の次女か……。
パーレス。あの令嬢はお前に相応しくなかった。婚約者候補から外す」
「んー。いいよ」
こうして、パーレスはルルティーナのことを忘れた。ただし、王都の華やかさは忘れなかった。
「グルナローズ辺境伯領は田舎だ。僕に相応しくない。王都で暮らしたい」
グルナローズ辺境伯に強請り、泣き、拗ねた。愛息子を手元から離したくないグルナローズ辺境伯は渋ったが、半年で折れた。
パーレスは執務室に呼ばれ、固い表情の臣下たちと顔を合わせた。
執事、従者、侍従、教師、護衛騎士など二十名ほどがいる。
「パーレス。お前が王都で暮らすことを許す。
ただしこの者たちを連れて行き、彼らの忠告は聞く様に。他はともかく彼らを解雇することは許さない」
甘やかしにも程があるが、曲がりなりにも辺境伯を継いだ男だ。グルナローズ辺境伯はパーレスが問題を起こさないよう、万が一起こしても揉み消せる人材も用意したのだった。
「ええ……いいけど。でも、デルフィーたちも連れて行っていいよね?」
「この者たちを連れて行くなら好きにしていい」
「やったあ!」
2歳年上のデルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢とその両親は、お気に入りの臣下だ。いつだって、グルナローズ辺境伯と同じかそれ以上にパーレスを甘やかして肯定してくれる。
彼らはパーレスの誘いに応じてくれた。他にも甘やかしてくれる臣下を連れて、パーレスは王都で暮らし始めたのだった。
パーレスを甘やかすお気に入りの臣下たちと、甘やかさないが有能な臣下たちが、心地いい生活を維持してくれた。
パーレスは様々な遊びを覚え、グルナローズ辺境伯からの小遣いをばら撒き愉快に暮らした。忠告は最低限聞いてやったが、目を盗んで遊ぶことも覚えた。
長じて女遊びを覚えてからは、その乱行に拍車がかかる。
「恋なんて簡単だよ。可愛い女の子を見かけたら笑いかければいい。すぐにベッドの上さ」
高貴な血筋の侯爵令嬢も、たまたますれ違った町娘も、夫を亡くしたばかりの寡婦も同じだ。
「可愛い人。きっと僕は君に会うために産まれたんだ」
パーレスが微笑んで、甘い言葉をかければいい。
最もそれが効かない女性も多い。彼女たちは苦笑いを浮かべたり、嫌悪や怒りをにじませて断った。
確かにパーレスは美しい。しかし軽薄で言葉も性格も薄っぺらい。時には辛辣な言葉で拒絶されることすらあった。
しかし、パーレスの中ではあり得ない事なので無かった事になっている。
パーレスは認知が歪んだまま成長してしまったのだ。
そして誰かが矯正しようとしても、デルフィーヌやグルナローズ辺境伯が歪みを肯定するから意味がない。
デルフィーは豊満な身体でパーレスを楽しませながら、赤い唇を歪めて笑った。
「うふふ。流石はパーレス様ですわ。全てを魅了する貴方様こそ、次代のグルナローズ辺境伯に相応しい」
「僕が?」
「ええ。辺境伯閣下も、きっとそうお思いです」
グルナローズ辺境伯は、そんな馬鹿な考えは抱いてなかった。
パーレスには、辺境伯家が持つ伯爵位を継がせて充分な財産を与える。そして、資産運用と家政を任せられる令嬢を娶らせるつもりだ。
後継者の指名もしてある。親類や重臣の意見を取り入れ、最も文武に優れている次男が継ぐことになった。
パーレス以外の家族も臣下納得し、嫡男を支えると誓っている。
ただしグルナローズ辺境伯は、アザレ伯爵家らが『パーレス様こそ次代のグルナローズ辺境伯に相応しい』と、主張することを禁じなかった。
「アザレ伯爵家だけがパーレスの価値がわかっている」
他の家族はもとより、親族と臣下の大半もパーレスを辺境伯令息として認めてない。
兄弟姉妹に至っては、あからさまに蔑んでいる。強く賢く成長した彼らは、最近ではグルナローズ辺境伯に逆らってばかりだ。昔のように折檻して言い聞かせることも出来ない。
グルナローズ辺境伯もまた、歪んだ考えとアザレ伯爵家に傾倒していたのだった。
アザレ伯爵は、パーレスによく言ったものだ。
「このまま説得を続ければ、パーレス様が嫡男に指名される日も近いでしょう」
「うん。そうしたら、もっと良い暮らしが出来るんだよね?」
「もちろんですとも。煩わしいことは私どもにお任せ頂き、パーレス様はこれまで以上に優雅にお過ごしください」
「わかった。アザレ伯爵に任せるよ」
パーレスは無邪気に笑い、好きに暮らした。
18歳の夏。グルナローズ辺境伯が失脚するまでは。
11
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
山猿の皇妃
夏菜しの
恋愛
ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。
祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。
嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。
子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。
一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……
それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。
帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。
行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。
※恋愛成分は低め、内容はややダークです
29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません
越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。
孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。
しかし10年後にまさかの生還。
かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。
「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」
これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……?
美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る
gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。
まりぃべる
恋愛
私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。
十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。
私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。
伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。
☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる