【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

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第2部

第2部 25話 パーレスの世界 (神視点)

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本日は2回更新します

◆◆◆◆◆◆

 パーレス・グルナローズにとって、この世は己の快楽を貪るためにあった。
 それは、母親に生き写しのパーレスを溺愛する父親のせいだった。

 グルナローズ辺境伯。
 暗い赤色の髪と瞳。筋骨逞しく魔力も絶大な、ヴェールラント王国の西の辺境伯。
 この男にとって世界は、妻エリーザベスと三男パーレス。そしてそれ以外だ。

 グルナローズ辺境伯はエリーザベスとパーレスのピンクブロンドとエメラルドの瞳、そしてその美貌を過剰に讃えて執着した。

「王家の至宝。妖精姫のエリーザベスと、その血を色濃く引いたパーレスは、この世で最も尊い二人だ」

 エリーザベスは屋敷から、いや、夫婦の寝室から出ることすら稀だった。そのため頻繁に妊娠出産を繰り返し、辺境伯夫人としての役割はほとんどこなせなかった。

 パーレスもまた、屋敷の敷地からほとんど出ることなく育てられた。しかし、なんの不自由もない。
 グルナローズ辺境伯は他の兄弟姉妹と露骨に差をつけ、パーレスを盲目的に溺愛したのだから。
 パーレスは欲しいものはなんでも貰えた。やりたいことは何でもできた。
 気に食わないことが有れば泣き喚けばいい。

「野菜なんて食べない。お菓子ちょうだい」

「この服は嫌だ。もっとキラキラしたのがいい」

「勉強なんてつまらない。やだ!やりたくない!」

 兄弟姉妹、使用人、教師はいさめたが、グルナローズ辺境伯に告げ口すればいい。
 兄弟姉妹は折檻されて口をつぐんだし、使用人と教師はどこかに消えた。

「パーレス、皆は貴方のために言っているのですよ。我儘はやめなさい」

 たまにエリーザベスから叱られたが、聞き流せばいいだけだ。エリーザベスに厳しくするよう言われたグルナローズ辺境伯にだって、泣けばすぐに甘くなる。

「母上ってうるさいなあ。汚いし、部屋から出なければいいのに」

 それに、どんどん痩せて醜くなるエリーザベスのことは嫌いだった。言うことなんて聞く気になれない。

 当然、パーレスの能力は伸び悩んだし、忍耐も礼儀も社会性も中々身につかなかった。
 それでも一応、教育されてはいた。
 周囲の努力の甲斐あって、黙ってさえいれば人前に出せるようになった。パーレスは九歳になっていた。

 春のある日、グルナローズ辺境伯が言った。

「パーレス、父と共に王都に行くぞ」

「おうと?」

 パーレスは最低限の地理知識もない。そんな息子にグルナローズ辺境伯は優しく教えてやった。

「お前と同じ血を引く尊い方々がお住まいの都だ。お住まいである王城があり、そこで【蕾のお茶会】が開催される。
 お前はそれに参加するのだよ」

「なんで?」

「貴族の子は、16歳のデビュタントの前に一度は出席する決まりだからだよ。
 それに、お前の婚約者候補も参加する。顔合わせに丁度いい」

「婚約者……」

 これは流石に知っていた。結婚相手だ。

「お前に相応しい家格と血筋と年頃の令嬢だ。確か二歳下だったか。
 ルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢という」

 パーレスはこの時、ルルティーナという存在を初めて知った。


 【蕾のお茶会】当日。

 父親であるグルナローズ辺境伯と何人かの兄弟姉妹と共に、パーレスは参加していた。
 なんとか王族への挨拶を済ませた後は、老若男女から美しさと高貴な血筋を褒め称えられた。

「まあ!本当に妖精姫様にそっくり!」

「流石は準王族。先が楽しみですね」

「ふふふ。当然です。僕は妖精姫の息子ですからね!」

 礼儀知らずぶりと傲慢さに眉をひそめる者たちの方が多かったし、他の兄弟姉妹はそれを恥じてさっさと離れたが。

「父上とパーレスはお二人でお楽しみください」

「……ああ。勝手にしろ。親戚どもにだけは挨拶を忘れるなよ」

 もうこの時点で、パーレスとグルナローズ辺境伯と他の家族との断絶は決定的だった。また、親類や家臣からも家族関係については冷ややかな目を向けられていた。

 グルナローズ辺境伯は、まるで周囲に反抗するようにパーレスを側から離さなかった。
 自分を溺愛する父親に守られながら、パーレスは華やかな王族の催しに夢中になった。

 お茶会の会場である庭園は色とりどりの春の花盛り。洗練された空間。お菓子やジュースも、グルナローズで食べる物より何倍も美味しくて華麗だ。
 参加者たちも、華やかに着飾っていて見目がいい。子供達を楽しませるため用意された音楽隊や芸人も一流だ。

「あはは!面白い!火を飲み込んだ!もっと飲みなよ!」

「パーレス、そろそろ移動するぞ。アンブローズ侯爵家に挨拶を……」

「ええ?もう少しだけ見てたい。駄目?」

「ううん。そうか……。ご覧、あそこに居るのがアンブローズ侯爵一家だよ。あの薄紅色のドレスを着た銀髪の少女が見えるか?
 彼女がルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢だ」

「銀髪……」

 色の薄い女の子だった。目を引く華やかさはないが、触れれば溶ける雪の結晶のような繊細な美しさがある。
 地味だけど悪くはない。パーレスはそう思ったが。

「幼い割に所作が美しい。両陛下からもお褒めいただいたそうだ。やはり、お前の婚約者に相応しいな」

 パーレスはもちろん褒められていない。なんとなく面白くなくてモヤモヤした。

「ふーん。そうなんだ。でも、顔は大したこないね。地味だし。僕の婚約者には、もっと華やかで可愛い子が相応しいよ」

「確かに、お前やエリーザベスほどの美貌から見れば平凡だろう。だがまだ幼い。育てばもう少しマシになるさ」

「ふうん。なら、結婚してあげてもいいよ」

 親子の最低な品評会は、幸いにも周りには聞こえていなかった。

 そしてその後。挨拶に行く前にルルティーナが暴行される事件が起きた。


 【蕾のお茶会】閉会後、パーレスたちは王都邸に戻った。
 グルナローズ辺境伯は渋い顔で愚痴った。

「アンブローズ侯爵家め。面倒事を起こしおって。魔力無しなのはともかく長女の躾も出来ない家の次女か……。
 パーレス。あの令嬢はお前に相応しくなかった。婚約者候補から外す」

「んー。いいよ」

 こうして、パーレスはルルティーナのことを忘れた。ただし、王都の華やかさは忘れなかった。

「グルナローズ辺境伯領は田舎だ。僕に相応しくない。王都で暮らしたい」

 グルナローズ辺境伯に強請り、泣き、拗ねた。愛息子を手元から離したくないグルナローズ辺境伯は渋ったが、半年で折れた。

 パーレスは執務室に呼ばれ、固い表情の臣下たちと顔を合わせた。
 執事、従者、侍従、教師、護衛騎士など二十名ほどがいる。

「パーレス。お前が王都で暮らすことを許す。
 ただしこの者たちを連れて行き、彼らの忠告は聞く様に。他はともかく彼らを解雇することは許さない」

 甘やかしにも程があるが、曲がりなりにも辺境伯を継いだ男だ。グルナローズ辺境伯はパーレスが問題を起こさないよう、万が一起こしても揉み消せる人材も用意したのだった。

「ええ……いいけど。でも、デルフィーたちも連れて行っていいよね?」

「この者たちを連れて行くなら好きにしていい」

「やったあ!」

 2歳年上のデルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢とその両親は、お気に入りの臣下だ。いつだって、グルナローズ辺境伯と同じかそれ以上にパーレスを甘やかして肯定してくれる。
 彼らはパーレスの誘いに応じてくれた。他にも甘やかしてくれる臣下を連れて、パーレスは王都で暮らし始めたのだった。

 パーレスを甘やかすお気に入りの臣下たちと、甘やかさないが有能な臣下たちが、心地いい生活を維持してくれた。

 パーレスは様々な遊びを覚え、グルナローズ辺境伯からの小遣いをばら撒き愉快に暮らした。忠告は最低限聞いてやったが、目を盗んで遊ぶことも覚えた。

 長じて女遊びを覚えてからは、その乱行に拍車がかかる。

「恋なんて簡単だよ。可愛い女の子を見かけたら笑いかければいい。すぐにベッドの上さ」

 高貴な血筋の侯爵令嬢も、たまたますれ違った町娘も、夫を亡くしたばかりの寡婦も同じだ。

「可愛い人。きっと僕は君に会うために産まれたんだ」

 パーレスが微笑んで、甘い言葉をかければいい。

 最もそれが効かない女性も多い。彼女たちは苦笑いを浮かべたり、嫌悪や怒りをにじませて断った。
 確かにパーレスは美しい。しかし軽薄で言葉も性格も薄っぺらい。時には辛辣な言葉で拒絶されることすらあった。

 しかし、
 パーレスは認知が歪んだまま成長してしまったのだ。
 そして誰かが矯正しようとしても、デルフィーヌやグルナローズ辺境伯が歪みを肯定するから意味がない。

 デルフィーは豊満な身体でパーレスを楽しませながら、赤い唇を歪めて笑った。

「うふふ。流石はパーレス様ですわ。全てを魅了する貴方様こそ、次代のグルナローズ辺境伯に相応しい」

「僕が?」

「ええ。辺境伯閣下も、きっとそうお思いです」

 グルナローズ辺境伯は、そんな馬鹿な考えは抱いてなかった。
 パーレスには、辺境伯家が持つ伯爵位を継がせて充分な財産を与える。そして、資産運用と家政を任せられる令嬢を娶らせるつもりだ。

 後継者の指名もしてある。親類や重臣の意見を取り入れ、最も文武に優れている次男が継ぐことになった。
 パーレス以外の家族も臣下納得し、嫡男を支えると誓っている。

 ただしグルナローズ辺境伯は、アザレ伯爵家らが『パーレス様こそ次代のグルナローズ辺境伯に相応しい』と、主張することを禁じなかった。

「アザレ伯爵家だけがパーレスの価値がわかっている」

 他の家族はもとより、親族と臣下の大半もパーレスを辺境伯令息として認めてない。
 兄弟姉妹に至っては、あからさまに蔑んでいる。強く賢く成長した彼らは、最近ではグルナローズ辺境伯に逆らってばかりだ。昔のように折檻して言い聞かせることも出来ない。
 グルナローズ辺境伯もまた、歪んだ考えとアザレ伯爵家に傾倒していたのだった。

 アザレ伯爵は、パーレスによく言ったものだ。

「このまま説得を続ければ、パーレス様が嫡男に指名される日も近いでしょう」

「うん。そうしたら、もっと良い暮らしが出来るんだよね?」

「もちろんですとも。煩わしいことは私どもにお任せ頂き、パーレス様はこれまで以上に優雅にお過ごしください」

「わかった。アザレ伯爵に任せるよ」

 パーレスは無邪気に笑い、好きに暮らした。

 18歳の夏。グルナローズ辺境伯が失脚するまでは。


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