【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

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第2部

第2部 26話 歪んだ魔の手(前半神視点。後半ルルティーナ視点)

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 グルナローズ辺境伯からの送金は無くなり、口うるさい臣下たちが更に口うるさくなった。

「グルナローズ辺境伯家の危機?領に帰れ?兄上の命令だって?この僕に向かって何様だ!兄上たちなんて醜い色の出来損ないじゃないか!」

「おやめ下さい!ご嫡男様に対しお言葉が過ぎます!」

「そうです。それに、常識的なご命令ではございませんか。帰りましょう」

「ご嫡男様はパーレス様の御到着を待って、グルナローズ辺境伯家の今後について話し……」

「うるさい!そんなに帰りたいならお前たちだけで帰れ!二度と顔を見せるな!」

「……かしこまりました」

「長らくお世話になりました」

 口うるさい臣下たちが居なくなった。
 清々したのに、その日から生活の質が目に見えて下がった。
 よくわからない事を喚く者に絡まれることも増えた。

「お前のせいで娘が死んだ」「お前のせいで破談になった」「娼婦にまで身を落としてしまった」「愛しているのにどうしてわかってくれないの!」「愛妾にすると言ったのに騙したわね」「貴様のせいで息子は大怪我をした」「弁償しろ!」

「わけがわからない!知らないよそんな事!覚えてないから僕じゃない!」

 残った使用人に「もっとちゃんと仕事しろ!僕に近づくまでに排除しろ!」と言っても改善されない。

 これまで甘やかしていた臣下たちの態度も変わった。給金がどうとか、待遇がどうとか、そもそもパーレスの行いが悪いとか、わけのわからないことばかり言う。
 金はどんどん無くなっていくのに、グルナローズ辺境伯も家族も送ってくれない。

「はあ、本当に困ったよ。君は僕を助けてくれるよね?」

 だから、今まで遊んでやった令嬢たちに頼んだ。しかし大半が離れていく。離れなかった令嬢も、パーレス基準では端金しか寄越さない。

「これっぽっちじゃワインも買えないよ。君ってケチなんだね」

 令嬢の美しい顔が涙と絶望で歪む。汚いな。パーレスは嫌気がさした。しかし、遊んだ令嬢の中では最も家の爵位が高く財産もあるのだ。

「で、ですが、私のような令嬢が自由に出来る大金なんて……」

「どうして?侯爵令嬢でしょう?」

「わ、私は跡継ぎでもありませんし、仕事もしていませんから……」

「ふーん。マリーアンヌって、爵位も継げないんだ。思ったより大したことないんだね」

 僕は伯爵位を継ぐのに。パーレスはマリーアンヌ・イオリリス侯爵令嬢を見下した。

「もう良いや。バイバイ」

「そんな……。ま、待って下さい!何でもします!お金も用意しますから捨てないで!」

 パーレスはマリーアンヌの手を振り払い、また別の令嬢や寡婦の元に行って同じことを繰り返した。
 それでも端金しか集まらない。アザレ伯爵家も金銭的な支援は難しいと言う。

 やがてグルナローズ辺境伯家からの手紙で、次兄が辺境伯をつぐことと、パーレスが継ぐ予定だった伯爵位が王家に取り上げられたことを知った。

「どうしてこんな目に!僕が何をしたって言うんだ!」

 何もかも嫌になって、アザレ伯爵家を呼び出して泣きついた。デルフィーヌが豊満な胸で包むように抱きしめてくれる。

「全てはルルティーナ様のせいよ」

「ルルティーナ?」

 どこかで聞いた名前だ。

「ルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢……いえ、今はルルティーナ・プランティエ伯爵。
【特級ポーション】を生み出したポーション職人です」

「アンブローズ侯爵の愚か者め。あのままポーションを作らせていれば、特級ポーションの裏ルートは露見しなかったのに」

「ルビィローズ公爵も情け無いこと。後手に回った挙句、毒杯を賜ったとか。
 まあ、それもこれもルルティーナがアンブローズ侯爵家から出たからですね」

「その結果、グルナローズ辺境伯は裏ルートを見落としていた事を追求され失脚しました。パーレス様の苦境も、元はといえばルルティーナのせいです」

「ルルティーナのせい……」

 デルフィーヌたちの言っていることの半分もわからなかったが、それだけははっきり理解した。
 パーレスが不幸なのはルルティーナのせいだと。

「しかもルルティーナは特級ポーションの利益を独占し、北の辺境伯アドリアン・ベルダールに守られて幸せに暮らしているとか」

「なんて女だ!酷い!酷いよ!」

「ええ、でもご安心下さい。貴方様には、ルルティーナを好きにする権利と力がある。
 ルルティーナはパーレス様と婚約するはずだった。いえ、婚約者なのですから」

「我らにお任せを」

 無茶苦茶な理屈だが、パーレスにとっては都合のいい理屈だ。
 つまり、パーレスにとっての真実になってしまった。

 そしてパーレスは、近衛騎士にアザレ伯爵家の息がかかった令息たちを推薦し、ルルティーナとアドリアンの不穏な噂を流し、二人の婚約は無効だと訴え、ルルティーナに恋文を送った。
 何もかもアザレ伯爵家の考えた筋書き通りで、真実は一欠片もない。しかし、それら全てを真実だと思い込むのに時間はかからなかった。

 やがてパーレスは本気で『ルルティーナは自分の婚約者で昔からの恋人だ。邪悪な魔王アドリアン・ベルダールに引き離されてしまった』と、信じた。

 婚約無効の訴えが退けられても。

「魔王アドリアン・ベルダールの毒牙は貴族院にまで伸びているのか!」

 令息たちが近衛騎士隊から罷免されたのも。

「気の毒に。彼らは魔王の狡猾な罠にかかったんだね」

 噂が事実無根と言われても。

「証拠?当事者である僕が真実だと言っているのに?そんなもの必要なのかい?」

 恋文の返事が返ってこなくても。

「ああ、可哀想なルルティーナ。魔王と魔王の手先たちに手紙を送ることを阻まれているんだね」

 全て自分の都合良く解釈して信じ込んでしまった。

 だからデルフィーヌから言われて頷いた。

「【秋実の大祭】で、ルルティーナを救い出してあげましょう。それが出来るのはパーレス様だけです」



 ◆◆◆◆◆◆


 そして、時は現在に戻る。


「パーレス・グルナローズ辺境伯令息ですね。これはあなたのはかりごとですか?」

 私がたずねると、令息は困ったように微笑みました。18歳という年齢以上に幼く見えます。

「謀?ルルティーナ、何を言ってるんだい?僕は愛する婚約者である君を救いに……」

 私は扇子を取り出して握ります。
 この扇子はお義母様から頂いた鉄扇!固い感触が私に勇気を与えます!

「下らない冗談はやめなさい!私の婚約者はアドリアン・ベルダール辺境伯ただ一人!貴方ではない!」

「ひっ?ど、どうしたんだい?そんな大声を出して。お、お淑やかなルルティーナらしくないよ」

 令息はおろおろと狼狽えながら近づいてきます。そして嫌なことに気づきました。まさか薄紅色に銀糸の刺繍の礼服は、私の色を意識した?き、気持ち悪い。
 ドリィが私の色を纏うのはあんなに幸せなのに。この令息は絶対無理。

「私らしくない?貴方とお会いしたのは今日が初めてですが?名前を呼ぶのもやめて下さい。許可していません」

「可哀想なルルティーナ。魔王に洗脳されてるんだね。もう大丈夫だよ。僕が救い出してあげる」

 話が通じない!もう嫌!

「近づかないで!」

 令息を睨み鉄扇を構える。私は非力で武術は得意ではないけれど、抵抗しないなんてあり得ない。
 お義母様!シアン!そして私のドリィ!力を貸して!

「そ、そんなに興奮してどうしたんだい?ああ、薬が聞いてきたんだね?身体が熱いだろう?君が素直になる薬を紅茶に入れてもらったんだ」

 令息は人形のように整った顔に、気色の悪い笑みを浮かべ近づいてくる。

「さあ、ルルティーナ。素直になって。愛し合おう。
君と僕が初夜を迎えれば僕たちは結婚できる。君も正気に戻るだろう。何もかも元通りでハッピーエンドだ!」

 令息の手が私に伸ばされ……。
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