【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
99 / 107
第2部

第2部 35話 昼食会とエディットの謎 中編

しおりを挟む
「ナルシス伯爵令息からの手紙に、何か問題があるのですか?」

 脳裏に改心して真面目になった、しかし色々と困ったところのある騎士様の顔を浮かべます。
 元婚約者のエディット様に不義理を重ね様々な問題を起こしたナルシス様ですが、今は深く反省しています。
 問題を起こすとは考えづらいです。
 しかし、エディット様のお顔は青ざめるばかり。

「その、実際に読んでいただいた方が早いかと……。こちらが一通目です」

 震える手で差し出された手紙を、私とイザベルさんは読みました。

 それは手紙というより懺悔でした。

 切々と、誠実に、真面目に、己の行いを謝罪し、エディット様の過去の献身に感謝し、その能力を讃えています。
 そして、ミゼール領辺境騎士団に来てからの出来事を書き、これからも今までの償いをしたいと書かれています。
 それはいいのですが……。

「これは……」

「ちょっと……」

 私とイザベル様の顔も青ざめていきます。
 何故ならこんな内容が書かれていたのです!

【以上のように、私は辺境騎士団に来てからも愚行を重ねました。
 お詫びにこの命を、慈悲深く寛容なルルティーナ・プランティエ伯爵閣下と、厳しく導いて下さるアドリアン・ベルダール辺境伯に捧げました。
 しかし、私の命はお二人に拒絶されました。
 ではどうするべきか。私は考え、気づきました。
 多くのご迷惑と心痛をおかけした貴女にこそ、この命を使って頂くべきだと。
 私の命など、閣下たちや貴女に比べれば塵芥も同然。
 貴女が死ねと言えばいつでも死にます。政略の駒にするでも、気晴らしに嬲り殺しにするでも、どうぞお気軽にお申し付けください】

「いやいや!お気軽にお申し付けれるわけないでしょう!」

「怖い怖い!なんなのこの人!?」

「ですよね!おかしいですよねええ!」

 わっと泣き出すエディット様。無理もありません。こんな手紙が元婚約者から届いたら怖いでしょう。

「昔から……お、思い込みが激しくて……うぅ……頑固で……ひっく……困った方ではありましたが……ここまででは無かったはずなんです……」

「こ、これが一通目なんですよね?ちなみにお返事は送りましたか?」

「は、はい。当たり障りのない表現で『すでに慰謝料を頂いております。これ以上の償いは必要ありません。むしろ償いと称しておかしなことをしないでください。もうご縁も無くなっているのでお手紙も結構です』と、お返事いたしました」

 あ、あら。割と厳しい内容。イザベルさんが苦笑いします。

「エディットさんって、いざという時はお強い方なのよ。それに、ナルシス伯爵令息に未練は無いみたいですし」

「はい。未練はありません。
 長く婚約していたので情はありましたが、ナルシス伯爵令息は例の方に心酔してしまいました。
 諌める私や周囲を拒絶し、あまつさえ侮辱したのです。婚約破棄する頃には、未練も情も無くなっていました」

 うっ。例の方とは、私の血縁上の姉である元アンブローズ侯爵令嬢のことでしょう。
 治癒魔法を違法に使ってお金を稼ぎ、美貌で多くの方を惑わせていたそうです。
 ただし治癒魔法は拙く素行が悪かったため、大半の貴族が白眼視するか、逆に利用していたそうです。
 ですが、ごく稀に心から崇拝してしまう方もいました。ナルシス様もその一人です。
 彼らは元アンブローズ侯爵令嬢の言いなりでした。側に侍り金銭を貢ぎ、元アンブローズ侯爵令嬢にとって都合の悪い方を攻撃したのです。
 中でもナルシス様は爵位も財力も高く、近衛騎士になるだけの実力もあるので、沢山問題を起こしました。
 その一番の被害者が、言うまでもなく元婚約者のエディット様です。
 ……縁は切っていますが、元アンブローズ侯爵令嬢は肉親なので罪悪感を感じます……。

「エディット様、肉親が申し訳ありま……」

 凛とした声が遮りました。

「ルルティーナ様、それ以上は仰らないで下さい。あの方はルルティーナ様のお身内でもなんでもありません。
 もしお身内だとしても、ルルティーナ様のせいではありません。ご本人と、諌めなかった元アンブローズ侯爵夫妻のせいです」

「エディット様……」

 真っ直ぐなお言葉と眼差しに目頭が熱くなります。

「まあ、あの方の事はきっかけでしかありません。私とナルシス伯爵令息の相性は、もともと良くありませんでしたから」

「え?とても仲の良い婚約者だったとお聞きしましたが?」

 フッと自嘲されます。

「悪い関係ではありませんでしたが、心を寄せ合うことは出来ませんでした。これは私にも原因があります。
 魔石や魔道具の開発作成や、魔法に秀でた両親や兄と違って、私には突出した才能はありません。魔力量と魔法の才能も平均より少し上程度。凡庸な自分が情け無くて大嫌いでした」

「そんな!エディット様は素晴らしいお方です!18歳という若さですでに領地経営に携われている才媛ではありませんか!」

「同意するわ。その優秀さを見込まれだからこそ、領主としては足りないナルシス伯爵令息の婚約者に選ばれたのでしょう?」

 エディット様は、はにかんだ笑みを浮かべました。

「ふふ。ありがとうございます。家族にも言われました。
『エディットは突出した才能は無いかもしれかいが、何事も平均以上に出来る。人事の采配も上手いし数字にも強い』
『人望も決断力ある。私より社交も上手いし、家族のなかで一番領主に向いていると思うわ。だからこの縁談を受けたのよ』
『もっと沢山褒めて伝えるべきだった。私たちはエディットにいつも助けられているし、優秀さを誇りに思っている』
 だからもう気にしていません。突出した才能が無くても、私に出来ることは沢山あります」

 ご家族はエディット様を認めていらしているのね。ホッとしました。

「ただ、それを伝えられる前の私は自信がなく、騎士としての才にあふれたナルシス伯爵令息に対して過剰に従順になっていました。
 私は自分の意見を伝えられず盲目的に献身し、ナルシス伯爵令息の独善的で強引で人の話を聞かない幼稚なところを助長してしまったのです」

 エディット様、先程からなかなか辛辣です。シアンを思い出しました。

「ともかく、私はナルシス伯爵令息に未練はありません。今生の別れのつもりでお返事を出しました。
 なのに二通目が届いたのです」

 エディット様の顔が再び青ざめていきます。私とイザベルさんは二通目を読みました。

 ナルシス様は、エディット様のお返事に感動したご様子でした。
 エディット様の高潔さを大いに讃え、過去から近年に至るまでの善行や美点を並べ立てます。

【エディット様は素晴らしい。私は、エディット様のお力になりたい。
 ミゼール領の魔境浄化後は、私のような戦うしか能がない愚か者は不要になります。
 どうか、魔境浄化後は貴女様にお仕えさせて頂けないでしょうか?
 もちろん報酬も要りません。私の命などお使い潰し下さい。
 不要でしたら、二度と貴女様のお目を汚さなくてすむよう自害します】

「下僕にしてくれなきゃ自害しますってこと!?」

「これは酷い。ある意味でエディット様への脅迫では?」

「そうなんです。恐らく本人には自覚は無いのですが、自覚が無いところも最悪で……。
 こんな手紙が両親の目に触れたら、今度こそナルシス伯爵家とその一族を社会的に潰してしまいます」

「あら?別にそれで良いのでは?」

 サラッと冷たく言うイザベルさん。

「ここまで自分勝手な贖罪をエディットさんに押し付けるなんて、ナルシス伯爵令息を更に見損なったわ。ナルシス伯爵夫妻も元嫡男への教育と更生が不十分すぎます。
 結果、こうしてエディットさんに心労をかけるなんて相応の罰が必要……」

「そ、それは駄目です!ナルシス伯爵家と一族に何かあっては困ります!」

 エディット様の叫びに当惑します。

「困る?どういう事でしょうか?」

「政略か何かがあるとか?」

「あ……その……」

 エディット様の眼差しが、ご自分が着けている黄色い花のブローチに向けられます。
 イザベルさんが目を瞬かせました。

「あら?エディットさん、もしかして良いご縁があったのかしら?」

「っ!」

 ビシッと音がする勢いで固まるエディット様。イザベルさんは悪い笑みを浮かべて畳み掛けます。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...