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第2部
第2部 38話 妖精姫の苦難とポーション
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内心で首を傾げていると、王妃陛下の柔らかな声がかかりました。
「ダヴィッド。赦しを得たのに跪いたままでは、二人も話しにくいですよ。貴方もお座りなさい」
「は。しかし……」
「うむ。巻き込んでしまった二人には、事情を知る権利があるゆえ説明したい。と言ったのは其方だろう?」
「……仰る通りです」
グルナローズ辺境伯閣下は下座に座り、話し始めました。
話が進むほどに悲しみと憤りが湧きます。
それは、エリーザベト・グルナローズ前辺境伯夫人の苦難の半生でした。
王族という高貴な生まれであり、『妖精姫』とも称された民に愛された方にする扱いとは思えません。
「母エリーザベトは父に嫁いだ翌年から、私たち四男四女を産み続けました」
前グルナローズ辺境伯と前夫人の結婚は政略結婚ですが、前グルナローズ辺境伯は前夫人を熱愛していました。
前夫人も望まれて嫁ぐことを喜ばれていたので、誰もがお幸せになると信じていたそうです。
しかし……どうやら前グルナローズ辺境伯は、前夫人の心身に対する思いやりを持たなかったようです。
「父は嫉妬深く執着心の強い男でした。母を本邸に軟禁し、毎年のように妊娠出産させたのも、自分以外の男との接触を極力無くすためです。
母は抵抗する術を持たず、『王族の血を遺すのも己の役割』といって己を納得させました。
身体の負担についても、治癒魔法と上級ポーションのおかげで回復しました。しかし……」
言葉を濁した理由がわかります。私とドリィは思わず顔をしかめてしまいました。
「お身体への慢性的な負担が蓄積されたのですね。そして、御心の負担は治癒魔法でもポーションでも治せない」
「お労しい。軟禁状態では、気晴らしも出来なかっただろうな」
「はい。私どもが物心つく頃には、心身の健康を喪いベッドから出ることも難しくなっていました。私たちが産まれたせいです」
国王陛下が口を挟みます。
「ダヴィッド、それは違う。お前たちの存在はエリーザベトの救いだ」
「……そうだと良いのですが。母は私たちを慈しんでくれましたから」
暗い赤い瞳が、遠い過去に向けられました。
「母は優しく、そして時に厳しく子供を叱る人でした。私たちが会いに行けば、可能な限り話をして世話を焼いてくれたんです。
父と違って」
前グルナローズ辺境伯は、前夫人と生き写しのパーレスだけを溺愛し、他の令息令嬢を蔑ろにしたそうです。
ただし必要な教育と指導はしたとのこと。また、パーレスを後継者に指名するような愚は犯しませんでした。
だからこそ、グルナローズ辺境伯閣下は襲爵出来るだけの優秀さに育ったのでしょう。
今回の件で、グルナローズ辺境伯は所有する爵位などの権限と財産の多くを喪い、監視がつけられました。
しかしそれでも、辺境伯という地位は軽くありません。
優秀でなければ、この場に来ることすら出来なかったでしょう。
「母たちへの異常な執着を除けば、それなりに尊敬出来る父でした。とはいえ、その異常さによって領内に不和をもたらし、国境の守りを疎かにしたのは事実です」
帝国へのポーションの密輸を見落とした件ですね。その為、前グルナローズ辺境伯は『病気療養』の名目で表舞台から姿を消したのです。
密輸については私の血縁上の父が関わっているので申し訳な……いえ、あの方たちの罪はあの方たちのもの。
私は謝罪せず沈黙を保ちます。
「私たちと父の対立は年々激しくなりました。母の心身も損なわれていき、治癒魔法師に余命わずかと宣告されるまでになります。
そんな中、国王陛下がプランティエ伯爵閣下の【特級ポーション】……正確には【旧特級ポーション】を送って下さったのです」
「私のポーションを?」
「はい。お陰様で母の身体は健康を取り戻し、心も少しずつ回復していきました。長い間無気力だったのですが、我々と治癒魔法師と結託して父から逃れるまで回復したのです。
現在は、領主館から離れた場所にある別宅で穏やかに過ごしています。まだ心は回復しきってはいませんが、以前よりずっといい状況です。
プランティエ伯爵閣下、本当にありがとうございます」
「そんな。私は何もしていません。ポーションを送った国王陛下が……」
「確かに、私どもが一番感謝しているのは【旧特級ポーション】を送って下さった国王陛下です。
しかし、【旧特級ポーション】は貴女様がいなければ産まれなかった。本当にありがとうございます。
母も、もし貴女様に会えたら感謝を伝えたいと言っていました」
隣に座るドリィが、優しい眼差しを私に向けます。
「プランティエ伯爵、これもまた君の功績だ。グルナローズ辺境伯殿の賞賛を受けるべきだろう」
「うむ。余も礼を言う。エリーザベトは余の大切な妹だ。だが、助けるのが遅れてしまった。プランティエ伯爵のポーションがなければ間に合わなかっただろう」
「ええ。プランティエ伯爵、私たちも感謝します」
「叔母と従兄弟たちの窮状を救ってくれてありがとう」
国王陛下、王妃陛下、王太子殿下からまで感謝いただき、涙が出そうになりました。
「っ!は、はい。恐れ入ります」
その後いくつか話をして、グルナローズ辺境伯閣下は退出されました。
多めに持ってきていた手土産を渡します。
「こんな貴重なもの頂けません!」
恐縮と遠慮の嵐でしたが、頼み込む勢いで手に掴ませました。
「その代わり、私とベルダール辺境伯の婚約式に祝辞を送って頂けませんか?西の守護者たるグルナローズ辺境伯から寿ぎを頂ければ、私どもの婚約に大きな名誉と後ろ盾になります」
「っ!重ね重ねご迷惑をおかけした我らグルナローズ辺境伯家を、それでも閣下は重んじて下さるのですか……!はっ!お二人のご婚約式とご結婚式、それぞれに送らせていただきます!他にも何かご用命がございましたら何なりと!」
感涙するグルナローズ辺境伯閣下をなだめ、どうにかお見送りしました。
あのお土産が、少しでも前グルナローズ辺境伯夫人のお役に立てばいいのですが……。
「ダヴィッド。赦しを得たのに跪いたままでは、二人も話しにくいですよ。貴方もお座りなさい」
「は。しかし……」
「うむ。巻き込んでしまった二人には、事情を知る権利があるゆえ説明したい。と言ったのは其方だろう?」
「……仰る通りです」
グルナローズ辺境伯閣下は下座に座り、話し始めました。
話が進むほどに悲しみと憤りが湧きます。
それは、エリーザベト・グルナローズ前辺境伯夫人の苦難の半生でした。
王族という高貴な生まれであり、『妖精姫』とも称された民に愛された方にする扱いとは思えません。
「母エリーザベトは父に嫁いだ翌年から、私たち四男四女を産み続けました」
前グルナローズ辺境伯と前夫人の結婚は政略結婚ですが、前グルナローズ辺境伯は前夫人を熱愛していました。
前夫人も望まれて嫁ぐことを喜ばれていたので、誰もがお幸せになると信じていたそうです。
しかし……どうやら前グルナローズ辺境伯は、前夫人の心身に対する思いやりを持たなかったようです。
「父は嫉妬深く執着心の強い男でした。母を本邸に軟禁し、毎年のように妊娠出産させたのも、自分以外の男との接触を極力無くすためです。
母は抵抗する術を持たず、『王族の血を遺すのも己の役割』といって己を納得させました。
身体の負担についても、治癒魔法と上級ポーションのおかげで回復しました。しかし……」
言葉を濁した理由がわかります。私とドリィは思わず顔をしかめてしまいました。
「お身体への慢性的な負担が蓄積されたのですね。そして、御心の負担は治癒魔法でもポーションでも治せない」
「お労しい。軟禁状態では、気晴らしも出来なかっただろうな」
「はい。私どもが物心つく頃には、心身の健康を喪いベッドから出ることも難しくなっていました。私たちが産まれたせいです」
国王陛下が口を挟みます。
「ダヴィッド、それは違う。お前たちの存在はエリーザベトの救いだ」
「……そうだと良いのですが。母は私たちを慈しんでくれましたから」
暗い赤い瞳が、遠い過去に向けられました。
「母は優しく、そして時に厳しく子供を叱る人でした。私たちが会いに行けば、可能な限り話をして世話を焼いてくれたんです。
父と違って」
前グルナローズ辺境伯は、前夫人と生き写しのパーレスだけを溺愛し、他の令息令嬢を蔑ろにしたそうです。
ただし必要な教育と指導はしたとのこと。また、パーレスを後継者に指名するような愚は犯しませんでした。
だからこそ、グルナローズ辺境伯閣下は襲爵出来るだけの優秀さに育ったのでしょう。
今回の件で、グルナローズ辺境伯は所有する爵位などの権限と財産の多くを喪い、監視がつけられました。
しかしそれでも、辺境伯という地位は軽くありません。
優秀でなければ、この場に来ることすら出来なかったでしょう。
「母たちへの異常な執着を除けば、それなりに尊敬出来る父でした。とはいえ、その異常さによって領内に不和をもたらし、国境の守りを疎かにしたのは事実です」
帝国へのポーションの密輸を見落とした件ですね。その為、前グルナローズ辺境伯は『病気療養』の名目で表舞台から姿を消したのです。
密輸については私の血縁上の父が関わっているので申し訳な……いえ、あの方たちの罪はあの方たちのもの。
私は謝罪せず沈黙を保ちます。
「私たちと父の対立は年々激しくなりました。母の心身も損なわれていき、治癒魔法師に余命わずかと宣告されるまでになります。
そんな中、国王陛下がプランティエ伯爵閣下の【特級ポーション】……正確には【旧特級ポーション】を送って下さったのです」
「私のポーションを?」
「はい。お陰様で母の身体は健康を取り戻し、心も少しずつ回復していきました。長い間無気力だったのですが、我々と治癒魔法師と結託して父から逃れるまで回復したのです。
現在は、領主館から離れた場所にある別宅で穏やかに過ごしています。まだ心は回復しきってはいませんが、以前よりずっといい状況です。
プランティエ伯爵閣下、本当にありがとうございます」
「そんな。私は何もしていません。ポーションを送った国王陛下が……」
「確かに、私どもが一番感謝しているのは【旧特級ポーション】を送って下さった国王陛下です。
しかし、【旧特級ポーション】は貴女様がいなければ産まれなかった。本当にありがとうございます。
母も、もし貴女様に会えたら感謝を伝えたいと言っていました」
隣に座るドリィが、優しい眼差しを私に向けます。
「プランティエ伯爵、これもまた君の功績だ。グルナローズ辺境伯殿の賞賛を受けるべきだろう」
「うむ。余も礼を言う。エリーザベトは余の大切な妹だ。だが、助けるのが遅れてしまった。プランティエ伯爵のポーションがなければ間に合わなかっただろう」
「ええ。プランティエ伯爵、私たちも感謝します」
「叔母と従兄弟たちの窮状を救ってくれてありがとう」
国王陛下、王妃陛下、王太子殿下からまで感謝いただき、涙が出そうになりました。
「っ!は、はい。恐れ入ります」
その後いくつか話をして、グルナローズ辺境伯閣下は退出されました。
多めに持ってきていた手土産を渡します。
「こんな貴重なもの頂けません!」
恐縮と遠慮の嵐でしたが、頼み込む勢いで手に掴ませました。
「その代わり、私とベルダール辺境伯の婚約式に祝辞を送って頂けませんか?西の守護者たるグルナローズ辺境伯から寿ぎを頂ければ、私どもの婚約に大きな名誉と後ろ盾になります」
「っ!重ね重ねご迷惑をおかけした我らグルナローズ辺境伯家を、それでも閣下は重んじて下さるのですか……!はっ!お二人のご婚約式とご結婚式、それぞれに送らせていただきます!他にも何かご用命がございましたら何なりと!」
感涙するグルナローズ辺境伯閣下をなだめ、どうにかお見送りしました。
あのお土産が、少しでも前グルナローズ辺境伯夫人のお役に立てばいいのですが……。
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