【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
102 / 107
第2部

第2部 38話 妖精姫の苦難とポーション

しおりを挟む
 内心で首を傾げていると、王妃陛下の柔らかな声がかかりました。

「ダヴィッド。赦しを得たのに跪いたままでは、二人も話しにくいですよ。貴方もお座りなさい」

「は。しかし……」

「うむ。巻き込んでしまった二人には、事情を知る権利があるゆえ説明したい。と言ったのは其方だろう?」

「……仰る通りです」

 グルナローズ辺境伯閣下は下座に座り、話し始めました。

 話が進むほどに悲しみと憤りが湧きます。
 それは、エリーザベト・グルナローズ前辺境伯夫人の苦難の半生でした。
 王族という高貴な生まれであり、『妖精姫』とも称された民に愛された方にする扱いとは思えません。

「母エリーザベトは父に嫁いだ翌年から、私たち四男四女を産み続けました」

 前グルナローズ辺境伯と前夫人の結婚は政略結婚ですが、前グルナローズ辺境伯は前夫人を熱愛していました。
 前夫人も望まれて嫁ぐことを喜ばれていたので、誰もがお幸せになると信じていたそうです。
 しかし……どうやら前グルナローズ辺境伯は、前夫人の心身に対する思いやりを持たなかったようです。

「父は嫉妬深く執着心の強い男でした。母を本邸に軟禁し、毎年のように妊娠出産させたのも、自分以外の男との接触を極力無くすためです。
母は抵抗する術を持たず、『王族の血を遺すのも己の役割』といって己を納得させました。
身体の負担についても、治癒魔法と上級ポーションのおかげで回復しました。しかし……」

 言葉を濁した理由がわかります。私とドリィは思わず顔をしかめてしまいました。

「お身体への慢性的な負担が蓄積されたのですね。そして、御心の負担は治癒魔法でもポーションでも治せない」

「お労しい。軟禁状態では、気晴らしも出来なかっただろうな」

「はい。私どもが物心つく頃には、心身の健康を喪いベッドから出ることも難しくなっていました。私たちが産まれたせいです」

 国王陛下が口を挟みます。

「ダヴィッド、それは違う。お前たちの存在はエリーザベトの救いだ」

「……そうだと良いのですが。母は私たちを慈しんでくれましたから」

 暗い赤い瞳が、遠い過去に向けられました。

「母は優しく、そして時に厳しく子供を叱る人でした。私たちが会いに行けば、可能な限り話をして世話を焼いてくれたんです。
 父と違って」

 前グルナローズ辺境伯は、前夫人と生き写しのパーレスだけを溺愛し、他の令息令嬢を蔑ろにしたそうです。
 ただし必要な教育と指導はしたとのこと。また、パーレスを後継者に指名するような愚は犯しませんでした。
 だからこそ、グルナローズ辺境伯閣下は襲爵出来るだけの優秀さに育ったのでしょう。
 今回の件で、グルナローズ辺境伯は所有する爵位などの権限と財産の多くを喪い、監視がつけられました。
 しかしそれでも、辺境伯という地位は軽くありません。
 優秀でなければ、この場に来ることすら出来なかったでしょう。

「母たちへの異常な執着を除けば、それなりに尊敬出来る父でした。とはいえ、その異常さによって領内に不和をもたらし、国境の守りを疎かにしたのは事実です」

 帝国へのポーションの密輸を見落とした件ですね。その為、前グルナローズ辺境伯は『病気療養』の名目で表舞台から姿を消したのです。
 密輸については私の血縁上の父が関わっているので申し訳な……いえ、あの方たちの罪はあの方たちのもの。
 私は謝罪せず沈黙を保ちます。

「私たちと父の対立は年々激しくなりました。母の心身も損なわれていき、治癒魔法師に余命わずかと宣告されるまでになります。
 そんな中、国王陛下がプランティエ伯爵閣下の【特級ポーション】……正確には【旧特級ポーション】を送って下さったのです」

「私のポーションを?」

「はい。お陰様で母の身体は健康を取り戻し、心も少しずつ回復していきました。長い間無気力だったのですが、我々と治癒魔法師と結託して父から逃れるまで回復したのです。
 現在は、領主館から離れた場所にある別宅で穏やかに過ごしています。まだ心は回復しきってはいませんが、以前よりずっといい状況です。
 プランティエ伯爵閣下、本当にありがとうございます」

「そんな。私は何もしていません。ポーションを送った国王陛下が……」

「確かに、私どもが一番感謝しているのは【旧特級ポーション】を送って下さった国王陛下です。
 しかし、【旧特級ポーション】は貴女様がいなければ産まれなかった。本当にありがとうございます。
 母も、もし貴女様に会えたら感謝を伝えたいと言っていました」

 隣に座るドリィが、優しい眼差しを私に向けます。

「プランティエ伯爵、これもまた君の功績だ。グルナローズ辺境伯殿の賞賛を受けるべきだろう」

「うむ。余も礼を言う。エリーザベトは余の大切な妹だ。だが、助けるのが遅れてしまった。プランティエ伯爵のポーションがなければ間に合わなかっただろう」

「ええ。プランティエ伯爵、私たちも感謝します」

「叔母と従兄弟たちの窮状を救ってくれてありがとう」

 国王陛下、王妃陛下、王太子殿下からまで感謝いただき、涙が出そうになりました。

「っ!は、はい。恐れ入ります」

 その後いくつか話をして、グルナローズ辺境伯閣下は退出されました。

 多めに持ってきていた手土産を渡します。

「こんな貴重なもの頂けません!」

 恐縮と遠慮の嵐でしたが、頼み込む勢いで手に掴ませました。

「その代わり、私とベルダール辺境伯の婚約式に祝辞を送って頂けませんか?西の守護者たるグルナローズ辺境伯から寿ぎを頂ければ、私どもの婚約に大きな名誉と後ろ盾になります」


「っ!重ね重ねご迷惑をおかけした我らグルナローズ辺境伯家を、それでも閣下は重んじて下さるのですか……!はっ!お二人のご婚約式とご結婚式、それぞれに送らせていただきます!他にも何かご用命がございましたら何なりと!」

 感涙するグルナローズ辺境伯閣下をなだめ、どうにかお見送りしました。


 あのお土産が、少しでも前グルナローズ辺境伯夫人のお役に立てばいいのですが……。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...