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10.小説が公開されている理由
しおりを挟む“召喚大陸サモンディア”には、中央にある湖を取り囲むようにして9つの国がある。
方角で例えると、北に位置するのが神聖国。その西隣に帝国があり、帝国の南に合衆国があって、合衆国を挟んで独裁国が隣接している。独裁国の隣、南側に位置するのが共和国で、そこから公国、思想国、連邦国、王国と並んで、王国の北隣が神聖国、という並びになっている。
つまり帝国と独裁国は合衆国を挟んで、南北から攻撃を仕掛けていた形だった。だけど3国とも戦争とは別に、活性化している湖からの瘴気の侵食に対処するのに苦心していた。
神聖国の聖堂騎士団はその湖を易々と渡って合衆国、帝国、独裁国にそれぞれ直接乗り込み、独裁国の聖女タカナを処刑し合衆国と帝国の上層部を捕縛して神聖国に引き上げた。
だけどそんな神聖国も、聖女を失った独裁国があっさり滅ぶとは思っていなかったらしく、対応が後手に回った。
そのあおりをまともに受けたのが、独裁国の南隣の共和国だった。独裁国もそうだけど共和国も規模が比較的小さな国で、国力に比例する形で国防戦力もたかが知れていた。
「ナッちゃんの国が!」
神聖国が救援に差し向けた聖堂騎士団が再び湖を渡って上陸した時には、共和国は瘴気の魔物たちに蹂躙されてほぼ壊滅状態になっていた。これまで湖の上を漂うだけだった瘴気が地上の領土を得たことで、瘴気の魔物が一気に実体化して大量に増えたのだ。
そして独裁国跡地の北側にある合衆国の強固な防衛線よりも、南側の共和国の国境防備は明らかに脆弱だった。
かろうじて救援が間に合い、共和国は滅亡だけは免れた。だけど国民と国土の大半を失い、軍隊はほぼ壊滅。そしてナッちゃんは、聖女ナツハは戦場に散った。
元々、聖女の修行もロクにさせないでその権威だけを目当てに恋愛ゲームに興じていたくせに、共和国首脳部の子息たちは危機が迫るとナッちゃんに聖女の務めを果たせと迫り、護衛も大して付けずに前線に行かせた。多少は修行を進めていたもののまだまだ未熟だった聖女ナツハは、押し寄せる瘴気の魔物を押し留めることができなかった。
聖女ナツハの最期は詳細には描写されなかった。だから生々しい想像をせずに済んで本当に助かったんだけど、これは多分“小説家になれる!”の規約上で言うところの「過度な暴力描写」に引っかかるからだろう。この小説は全年齢版で公開されているから。
その代わり、聖堂騎士団に収容された聖女ナツハの遺体は凄惨なことになっていたと書かれていて、結局想像しちゃってアタシは吐いた。
「ちょっと礼愛?アンタどんどん顔色ヤバくなってるよ?」
「マジ無理すんなって。今にもぶっ倒れそうじゃん」
クラスメイトの子たちに心配されるけど、それでもアタシは学校を休まなかった。独りでいたら家でも召喚されるっていう強迫観念だけがアタシを学校に通わせ続けた。心配してくれたクラスメイトたちが登校も下校も付き添ってくれて、おかげで独りになる時間はほとんどなくて助かった。
けど、アタシはそのことに満足にお礼も言えないほど、精神的に追い詰められていた。
そうそう。共和国を救援した聖堂騎士団には、ここで初めて神聖国の聖女アスカが同行した。修行が終わり国内浄化も半ば済ませていた彼女は、すでに戦力としてみなせるようになっているのだろう。
でもそのせいで、聖女アスカは聖女ナツハの遺体を目の当たりにすることになった。
「ナッちゃん!?」
聖女アスカは彼女の顔を見るなり叫んだ。
「ナッちゃん……嘘でしょ!?なんで、なんでここにいるの!?」
ああ。やっぱりこの子、飛香だったんだ。
まあ、今更判明したところでもうどうにもなんないけど。ナッちゃんは死んだし、早苗多も香亜紗先輩ももう殺されちゃったし。
飛香は血と泥で汚れるのも構わずに、ナッちゃんの遺体に縋りついて号泣した。そして生き返らせたい、聖女の力で何とかならないかと聖堂騎士団の団長さんに訴えて、「聖女の力は瘴気を浄化することだけだ」とにべもなく突っぱねられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
小説の中で、ついに8人目の聖女が召喚された。召喚したのは連邦国で、聖女の名前は「ヤワラ」だった。
うちの部の一年生で、アタシもよく知ってる子だった。
「ああ……やっぱり……」
茉莉也先輩、柔ちゃん、その次は、礼愛。アタシの名前「ライア」の次が「飛香」で、綺麗に一巡する。
そして未だ聖女を召喚してないのは王国だけ。神聖国の東隣で、連邦国の北に位置する国。
「……あれ」
ふと気付いて、アタシはルーズリーフにサモンディアの9ヶ国を描き並べてみた。大陸の正確な形なんて分かんないから大雑把にドーナツみたいに円をふたつ描いて、小説に書かれてるとおりに国を書き込んだ。
それから召喚された聖女の名前と、どこの国に召喚されたのかも書き加えてゆくと。
「…………やっぱり」
並んでた。
反時計回りに、綺麗に順番を揃える形で。
そう、アスカからライアまで、「聖女の名前」はループしていた。それだけでなく、「聖女を召喚した国」の順番と並びもループしていたんだ。
つまり、残る「王国」が「聖女ライア」を召喚することで、この召喚の連環が幾重にも完成することになるってわけ。
この小説を作者がわざわざ公開している理由が、ようやく分かった気がする。多分、これ自体が何かの儀式なんだ。
魔術だの何だのは全然分かんないからただの当てずっぽうだけど、なんとなく間違ってない気がする。
連邦国が聖女ヤワラを召喚したのは、独裁国があっさり滅ぼされたからだった。聖女のいない国がどういう運命を辿るか目の当たりにしたんだから、そりゃそうなるよね。
でも、だからって召喚されたばかりでまだなんにも分かってない柔ちゃんに「聖女の務めを果たせ」「この国を救ってくれ」って泣きついたってダメだと思う。そもそも彼女、美大目指してる文系女子だよ?瘴気の魔物とのバトルとか絶対似合わない子なのに。
そのあたりから気付いたこともある。多分この作者、というかなんかの儀式をやってそうな魔術師?って、召喚する個々の聖女の能力とか特徴とか全然分かってないんだ。
きっと、ただ単に名前だけで選んでるんだろう。そしてうちの学校を選んだ理由も、「サナタ」とか「タカナ」とか、繋げるのが難しそうな名前が揃ってたから……ってだけだったんだろう。
そんなのもらい事故もいいとこじゃん。そんなんで召喚されるわ元の世界に戻れないわ小説の世界で殺されちゃうわ、理不尽にも程があるってえの!
なんか、一周回ってイライラしてきた。
召喚される時に作者に会えたりしないかな。もし会えれば絶対に一発ぶん殴ってやるんだから!
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