麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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【第1部 異世界転移】 第3章:デート編

第4話③

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 広場のベンチに腰掛けながらジュースを飲む。隣には景品で手に入れた大きなぬいぐるみと、未だショックから立ち直れていないアレクと共に。

「うーん……」

 隣でウジウジと悩んでいる男は放っておいて、マジマジとぬいぐるみを凝視する。真っ白な毛で覆われ、ウサギのように長い耳を垂らしている。大きな赤い瞳がチャーミングなぬいぐるみだ。

「よし、お前の名前は今日から『ウサ太郎』と命名しよう」
「ウサタロー?」
「良い名前だろ」

 キリッとした顔で言えば、プッと吹き出される。そんなにおかしなことを言っただろうか。

「名前など付ける必要はあるのか?」
「あるよ! 何でも名前を付ければ愛着っての沸いてくるだろ? こいつは今日の思い出」

 ウサ太郎の頭を撫でる。触り心地の良い毛並みに自然と笑みが浮かぶ。
 高校生にもなってぬいぐるみ遊びをする趣味はないが、自分の物が何もないこの世界で初めて一つだけ手に入れた所有物だった。
 きっと、これを見るだけで今日の楽しかった記憶が蘇るだろう。そうすれば、つまらない退屈な日常も少しだけ明るくなるかもしれない。
 待っていれば、またこんな風に楽しいことが訪れると。そんな期待を抱いていても良い気がしてくるのだ。

 ジュースを飲み終え、空いたカップをアレクに手渡した。自分の分と一緒に捨てて来てくれるらしい。ゴミ捨てくらいしてこようかと提案したが、迷子になられると迷惑だからとキッパリ断られてしまった。正論過ぎてグゥの音も出なかった。
 ウサ太郎を膝の上に置き替え、ベンチでアレクの帰りを待つ。段々と広場に人が増えてきた。ベンチが空いている時間に来られて良かったかもしれない。

「お兄ちゃん、花冠はいかが?」
「花冠?」

 声をかけられた方へと視線を寄せる。小学校低学年くらいの女の子が籠の中に花冠を入れて立っていた。

「ごめんね。俺、お金持ってないんだ」
「えー……」

 少女の顔がクシャリと歪む。申し訳なく思うが、どうしようもない。代わりにウサ太郎を渡しても良いが、きっと邪魔になってしまうだろう。
 困っていると調度アレクが戻って来た。

「どうした」
「えっと……」
「あっ、おじちゃん! 花冠はいかがですか?」
「おじ……」

 またしてもショックを受けた表情を受けていたが、少女から金額を聞き一つ購入する。

「おじちゃん、ありがとー!」

 大きく手を振りながら少女が去って行った。アレクは手にしていた花冠を圭の頭の上に置く。

「俺?」
「俺に花冠など似合うと思うか?」
「似合わないと思う」

 ハッキリ言えば、ギロリと睨まれる。ハハハと笑いながら頭上に置かれた花冠を手に取ってみた。白や水色の花で織り込まれた冠は手作りらしい不器用さも見られる。あの少女が作ったのだろうか。そうだとしたら籠の中の量を作るのは大変だったはずだ。

「ありがとう」

 頭の上に再び乗せて礼を言えば、ムスリとした顔をしたままアレクは顔を反らした。少し頬が赤く見えるのは照れているからだろうか。ほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまったが、さすがにそれを口に出すほど馬鹿じゃない。
 しばらくベンチで休んでいると広場でダンスが始まった。北欧の民族衣装のようないでたちで若い男女が躍っている。その頭の上には皆、花冠を乗せていた。

(あー、これか。あの子が売ってたの、ディズニーの耳みたいな感じ?)

 きっと、このダンスの仮装のようなものだったのだろう。アレクが少女に支払っていたのは銀貨2枚。多分この花冠一つに対しては高価だろう。祭りならではのご祝儀価格みたいなものだろうか。

「ねえ、何でみんなこの花冠つけてんの?」
「それは、国が花で溢れて皆に幸せが訪れるようにと願った生誕祭の願掛けのようなものだ」
「へー」

 祭りのしきたりであれば頷ける。
 広場で踊る男女は皆、他の人たちよりもずっと幸せそうにキラキラして見えた。今が人生の中で最も幸福だとでも言わんばかりの笑顔に満ちている。
 羨ましくなるくらいに。

「……そろそろ戻るか」
「え? もう?」

 まだまだ見足りない。回っていない場所だってたくさんある。

「もう時間切れだ」
「あっ……」

 アレクが顎で指し示す方を見れば、城の近衛兵らしき人物たちが焦ったように辺りを見回していた。膝に乗せていたウサ太郎で咄嗟に鼻から下を隠す。

「急ぐぞ」

 コクリと頷いた。人気のない場所まで移動すると転移で一気に城内へと戻った。部屋の中には、憤怒の顔をしたユルゲンが仁王立ちしていた。

「お早いお帰りで」
「早かっただろう。気を遣ってやったんだ。もっと感謝して良いぞ」
「生誕祭で休みをいただいていた中、急に呼び出された私への謝罪はなくてもよろしいですか?」
「俺は夕方まで誰も寄り付くなと言ったはずなんだがな」

 言い合いを続ける2人を放って、圭はキョロキョロと部屋の中を見渡した。調度良い椅子を見つけて窓辺へと運ぶ。その上にウサ太郎を置き、頭に花冠を乗せた。

「今日からお前の定位置はそこな」

 ポカポカと日の当たる特等席だ。気のせいかもしれないが喜んでいるように見える。
 ユルゲンとのやり取りはその後しばらく続いていたが、アレクはげんなりした顔をしながら変化の魔法を解き、執務へと向かって行った。圭へとかけられていた魔法も同時に解かれる。

「これはどうしたんですか?」
「これ? アレクが弓当てで取ってくれた」
「いえ、それではなく、その上の」
「花冠? アレクが買ってくれた」
「そうですか……陛下が……」

 目を大きく見開き、ユルゲンがまじまじとウサ太郎を凝視している。そして頭上の花冠を手に取った。

「これを買った場所では、男女が躍っていませんでしたか?」
「あ、うん! 踊ってた! 有名なんだね、アレ」
「ええ、生誕祭の名物ですから。今年結婚する、もしくはこれから結婚を控えている男女なんです。花冠を贈り合うのは愛の証明。フフッ、随分と陛下から気に入られたようですね」
「えー、多分、そんなんじゃないよ。これ売ってた女の子が困ってたから買ったとかそんなんだよ」
「まあ、どちらでも良いではありませんか。せっかくですから、枯れない魔法をかけておきましょう。結婚する男女も、こうして花冠に魔法をかけてもらって永久の幸せを祈るんです」

 ユルゲンの掌が白く光る。渡された花冠は何も変わらないように見えるが、きっとこれで萎れることはないのだろう。つくづく魔法というのは不思議な力である。

「花冠を共に渡し合うから、結婚する男女は花婿、花嫁というのです。ケイ様も早くお互いに渡せるようになると良いですね」
「えー……」

 仮に渡し合うとしても、それは可愛い女の子が良い。間違っても自分より大きくて逞しい同性ではない。
 しかし、あれほど怒り狂っていたユルゲンがここまでご機嫌になってくれたのをまた損ねるようなことを言うのは得策ではない。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
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