麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

文字の大きさ
42 / 147
【第1部 異世界転移】 第5章:裏切り編

第5話②

しおりを挟む
 圭を抱えたまま転移し、城へと戻ってきたアレクはずっと押し黙っていた。そして現在、地下へと向かって彼は歩いている。

「どうして……分かったの?」

 沈黙に耐えられず、ずっと抱いていた疑問を口にした。
 アレクは昏い目のまま、唇だけで笑みを作る。

「これだ」

 圭の胸元を指さした。

「胸?」
「正確には、ピアスだ」

 そして低い声で語り始める。アレクが圭へと贈ったピアスには彼の魔力が籠められているらしい。その魔力を追跡し、あの場所へと辿り着いたのだという。

「じゃあ……アレクは、俺がこうするって分かっててコレをくれたってこと?」
「そんなはずないだろう? 魔力を込めたのは〝相手に幸せになってほしい〟という古くからの慣習に倣ったまでだ。皇族の間で昔から伝わるもので、母上も父上から同様のネックレスを貰っていた。だから自分の愛する者に贈り物をする時には、己の魔力を込める。ケイを誰よりも信じていた俺が、逃げるなんて選択肢を持つなんて思うはずがないだろう」

 ああ、また間違えてしまったようだ。
 アレクは圭を疑ってピアスを贈ったのではない。圭の〝幸せ〟を願い贈ってくれたのだ。

「ごめ、んなさい……」

 アレクからの返事はない。その沈黙がまた圭を不安にさせた。

「俺が城を抜け出たのが分かったから、迎えに来たの?」
「違う。その段階で気付いていたなら、もっと早くケイを迎えに行けた」
「じゃあ、どうして……」
「今日、接見した他国の使者から珍しい菓子を手に入れた。ケイが好きそうだと思ったから、茶の時間に合わせて部屋に向かったんだ。そうしたら、どこを探してもケイはいないだろう? 風呂かと思ったが、そこにもいない。そしたら寝台の上に手紙を見つけてな? それを読んだ時の俺の気持ちがケイに分かるか? ……いや、分かるはずもないな。分かるんだったら、あんなことはしないはずだ」

 どんどん墓穴を掘っていく。自分が底なしの沼に堕ちて行くようだった。
 アレクは圭を疑っていたのではない。本心からの善意を向けてくれていた。
 相手が好きな物だから。忙しい時間を割いて、部屋まで戻って来てくれた。
 昨夜だって、圭の体のことを慮って毎夜の性交を取りやめてくれた。
 全部全部、圭のため。アレクは、いつでも圭のことばかりを想ってくれていた。

 そして、その信頼を粉々に打ち砕いたのが圭自身だった。

 今となっては恥ずかしい。心を開いてくれたアレクに対して自信満々に語っていた言葉たちが。
 そのどれもが薄っぺらで、上っ面ばかりでスカスカした言葉たち。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

 ボロボロ泣きながら何度も謝った。もう、アレクは謝罪に何の反応も示さない。

 炭の匂いがする。少し暑い部屋だった。
 数人の男たちが作業を行っている。

「陛下! このような場所にいかがされましたか」
「一つ、印を付けてもらいたくてな」
「おっしゃっていただければ、罪人くらいいくらでも我らの方で引き取りに伺いましたのに」

 罪人という言葉に反応を示す。震える瞳でアレクを見上げた。やはり笑っている。
 でも、目だけは昏いままだった。

「ケイ・アダチ。貴公に、これから罪を言い渡そう」

 部屋の中央に置かれた大きなテーブルの上へと座らせられた。手と足の戒めを外される。自由になったが、圭の真正面に立つアレクによって逃げ道など存在しない。

「貴公はこのシルヴァリア帝国第126代皇帝、アレクサンダー・フォン・トイテンヴェルグを惑わし、そして欺き、以てその存在を愚弄した。これらは不敬罪に加え詐欺罪、そして侮辱罪に相当する。本来、不敬を働いたという時点で既に貴公の極刑は確定しており、これらの罪を加算すると、貴公の血族全てにおいて同様の刑をもって贖う他はない。しかし、貴公にはそれらに値する血族もなく、刑の執行を行うことが極めて困難である」

 低く、ゆっくりとした話し方はまるで判決を読み上げる裁判長であった。いつも圭に見せるアレクの姿はない。
 丸暗記した書面の文章を朗読するように一言一句、間違えることなくスラスラと語られる言葉たちが耳に入る度、圭の顔面は蒼白となっていった。

 今、目の前にいる人物が、昨夜共に夕食を食べ、語らい、眠りについた人物と脳内で一致しない。
 フルフルと無意識の内に首を横に振っていた。

「何か、この決定に対して不平や不満、虚偽などがあるか?」

 ピタリと圭の動きが止まる。そういう意味ではない。そうじゃないのだ。

「あ……ち、ちが……」
「誤りがあると。そう申すか。よろしい。では聞こう」

 目を細め、圭の言葉を促してくる。しかし、圭からは言葉が出ない。
 何をどう話して良いのか全く分からないのだ。気持ちを話しても、行動の是非を話しても、それは全てアレクの言葉を覆す証拠にも手段にもならない。

「……異論がないとして、先を進めることとする」

 ビクリと体を震わせた。何か言わなければ。こういう時は、その姿勢だけでも重要だ。
 アレクとの向き合い方。それをきちんと証明し、わだかまりを解きたい。
 でも正解が分からない。開きかけた口を閉じるしかできなかった。

「ただし、酌量の余地がないとまでは言い切れない」
「え……?」

 思わぬ光明を見た気がした。俯きかけていた顔を上げる。

「貴公のこれまでの行為、発言、それらによって得られた功績の数々を鑑みると、その命を持って償うということのみが贖罪に繋がるのではなく、また、貴公が欺いた本人自身が、その罪の執行を望んでいないということなどから、同刑の執行に関しては寛大な措置を取ることもやぶさかではないと言える」
「アレク……」

 ブワリと目玉に水の膜が浮いた。ボロボロと大粒の涙を零す。

「ごめんな……本当に、ごめん、な……」

 ヒックヒックとしゃくり上げた。こんな自分に、アレクはまだ信頼を寄せてくれている気がした。培った絆が全て失われた訳ではない。そう伝えてくれている。



 今度は全力で応えたい。アレクの信頼に。アレクの想いに。



「しかしながら、一切の咎めをなしとすることは、他の罪を犯した者たちへの示しがつかず、妥当であるとは認められない。よって、ここに、ケイ・アダチの刑を執行する」
「え……?」

 アレクの言っている言葉の意味が分からない。無罪放免という訳にはいかない、そういう意味だろうか。

「印を持て」
「はっ」

 アレクが圭の体をテーブルの上へとうつ伏せで倒した。近くにいた作業員を呼び、圭の手首をテーブルへと押し付けて固定させる。

「アレク!?」
「ああ、場所はココにしよう。後背位で抱いた時、しっかりと見えるのが良い。だが、中央では面白みがない。ずっと残るものだからな。少しくらい遊び心のある位置が良いだろう」

 圭のズボンを脱がし、上衣を肩甲骨までたくし上げる。右の臀部の上付近、腰の上でアレクは指先で円を描いた。

「印は、我が家紋であるな? よし。きちんと奴隷印も織り交ぜてあるか?」
「へえ。抜かりはございません」
「俺の何よりも大切な者だ。くれぐれも失敗などせぬように」
「はっ!」
「待って!? アレク、何? どうする気!?」
「ケイ」

 優し気な声で名を呼ばれ、ビクリと反応する。アレクがテーブルに突っ伏した圭の顔の前まで腰を落とし、目線を合わせてくれる。

「ケイをこのような行為に走らせてしまったのは、きっと俺にも責任があるのだろう? その点に関しては俺の咎だ。ケイの言葉にまんまと踊らされ、その真実を見抜くことができなかった。不甲斐ない俺の罪だ。俺も間違っていたんだ。ちゃんと自分の物には名前を書いておかねばな? それが誰の物かと記しておかねば、モノ自体が勘違いをしてしまう。自分には自由があるなどと、つまらないことを」
「あ……れく……」
「愛しているよ、ケイ」
「アレ……ぎゃあああああああ」

 腰に激痛が走った。
 人間には生存本能があり、極度の痛覚を与えられた時、人はその痛みから逃れようと意識を手放すようだ。
 プツリと圭の意識はそこで途切れていた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...