麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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【第1部 異世界転移】 第6章:別れ編

第3話

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 圭の悩みは夢だけではなかった。
 すっかり性へと慣らされた体は一人で満足できない体へと圭を変えてしまっていた。

「んっ、………んっ……」

 性器を擦る。今までならこれで達することができていたのに、射精へと誘えない。
 卑猥な動画を見ても欲情はしても絶頂には程遠かった。
 おそるおそる後孔へと手を伸ばす。ふっくらと膨らんだ括約筋が指を簡単に飲み込んだ。
 淫魔の秘薬を飲まされ続けた体は直腸を淫らな粘液で濡らす。クチュリと音をさせ、圭の指を中へ中へと引きずり込む。

「あっ」

 前立腺へと届き、しこりを押した。快感の度合いが格段に違う。共に性器を擦ればあっという間に射精した。
 しかし、物足りないと体が叫ぶ。欲しいのはもっと奥。欲しがる肉壁が疼いて堪らなかった。
 自分の指では届かない。満足できない体は徐々に心を蝕んでゆく。
 我慢の限界だった。奥の柔肉を激しく突かれたい。太く硬い剛直でグリグリと抉られたい。想像するだけで生唾が口内を満たした。
 こんなオナニーなんかじゃ耐えられない。もっと欲しい。

 スマホの検索画面を表示させる。アダルトショップの通販サイトでディルドやバイブを眺めた。卑猥な形をした写真と共に書かれている説明文に興奮する。
 欲しくて堪らなかった。しかし、こんな物を通販で買ってバレる訳にはいかない。
 自宅には必ずと言って良いほど祖父母や母がいる。いくら箱ではバレないと書かれていても、開けないとは限らない。圭が通販で物を購入することなんてほとんどないからだ。先日、送りつけ詐欺のニュースをテレビで見て、家族で気を付けねばと話したばかりでもある。普段、圭宛ての荷物など届かないため、確認と称して荷物の箱を開けないとも限らない。
 それに、どれが良いのか分からなかった。直径などは表記されていても、実際に商品を見てみないとそれがどれ程の大きさなのか想像できない。
 考えに考えた末、ある決意を固めた。

 休日、姉がバイトに行った隙を見計らい、姉の部屋へと忍び込む。香水の良い香りが漂っていた。ピンク色を基調とした部屋は女性らしさに満ちている。クローゼットを開き、目についたスカートを一枚拝借した。ついでにドレッサーに置かれていた小さな花の付いたヘアピンも一つ。
 急いで部屋から飛び出した。自室へと戻り、用意していた大き目のショルダーバッグの中にその二つを押し込む。

「かーちゃーん、俺、出かけてくるねー」
「あらぁ、どこ行くの?」
「新宿! ヒロたちと」
「行ってらっしゃーい。遅くならないうちに帰って来るのよぉ~?」

 特に咎められることもなく家を出た。昔から仲の良い幼馴染の名前を出したのが良かったのだろう。
 バスに乗り、駅へと向かう。タイミング良く到着した新宿行きの急行列車へと飛び乗った。

 休日の電車内はそれなりに混んでいた。朝の満員列車並みという程ではないが、それでも空いている席が見当たらず、つり革に掴まる乗客で空いているつり革すらほとんど見つからない。
 扉近くのスペースに立ち、流れる景色を眺めていた。

 電車に乗るのは久しぶりだ。高校が徒歩圏内ということもあり、滅多に乗らない。自宅からバスで駅まで行かねばならないし、買い物などは祖父が車を出してくれて休日に家族で郊外の巨大なショッピングモールに行くことの方が多い。前回電車に乗ったのは夏休みに友人たちと遊びに行った時くらいまで遡るのではないだろうか。

 視界に映る景色が城の窓から見えていた城下の風景とは全く違う。城から見えていたのは、もっと素朴な建物ばかりだった。新宿が近づくにつれ、高層ビル群の姿が目立ってくる。この光景を見ているだけでもあの世界とは真逆の環境でお互いに生きてきたのだなと思ってしまう。

 扉に額を付けて溜め息を吐き出した。日に日にアレクを心配する思いは募るばかりだった。
 真っ赤に染まってゆく白い軍服。もう2度とあんなことをさせたくなかったのに。傍にいてあげられていたら、死ななくて良い命もあったのではないだろうか。

(俺……また、間違ったのかな……)

 肩を落とす。最近、俯くことが多くなった気がする。

「アレクは、真っ白い服の方が似合ってるよ……」

 あんな毒々しい赤なんて彼には似合わない。彼はまっすぐで、清廉な魂を持っていると思う。ただ、感情の表し方が下手くそなだけで。
 夢の中以外では久しぶりに呟いた彼の人の名。ジクジクと胸が痛んだ。

 新宿の駅名を告げるアナウンスが車内に響く。いつの間にか目的の駅へと到着していた。

「うわ、うわわわわ……」

 人の波に揉まれながら何とかホームの隅の方へと脱出する。人込みは苦手だ。この波に上手く乗れない。友人や家族と電車で遠出する時には、はぐれないようにと手を繋がれることがよくある。いつも大丈夫だと言うが、あまり信用されていないと思う。

 駅の中の障碍者用トイレへと向かった。鍵をかけて一呼吸。便座の蓋をしてその上に持って来たショルダーバッグを乗せる。ジッパーを開き、ベージュ色のスカートを取り出した。

「……よし」

 意を決してスカートを身に着ける。膝丈のスカートは文化祭で着たようなミニスカートと違い、まだ足が半分隠れている分だけ安心感があった。
 ズボンを脱いでバッグの中へとしまう。そしてマスクとマフラーで顔を隠した。
 鏡を見ながら右耳の上辺りにヘアピンを付ける。大きな目がクリクリとした女の子のように何とか見える……と信じたい。
 マフラーをするにはまだ少し早い気もしたが、女の子のオシャレはいつでもシーズン先取りだ。姉も冷え性に悩んでいるし、電車の中でもマフラーを付けている子を見かけた。きっとそこまで違和感があるという格好ではないはずだ。

 トイレから足早に出てスマホで目的地へのルートを表示させる。
 人の波に揉まれながらも何とか目当ての店へと到着した。特徴的な顔のペンギンマークと頻繁に耳にする店のテーマソング。文字に特徴のあるポップが至る所に飾られている若者御用達の店。

 エレベーターに乗り目的の階のボタンを押す。自宅で何度も確認して覚えてきたため、ここまでは至ってスムーズだ。
 3階でエレベーターから降り、近くに掲示されていた店内のマップで目的地を確認する。足早に向かい、ピンク色の暖簾をくぐった。

(わー! 本当にめちゃくちゃいっぱいあるー!)

 棚にぎっしりと置かれたバイブやコンドームなどを目にして思わず赤面してしまう。

(ひえー! 俺、あ、アダルトコーナー入っちまった~!!)

 顔を両手で覆って身悶えた。広いとは言えないそのコーナーは、左右どちらを見ても天井近くまで商品がずらりと並んでいる。

(しまった、こんなことしてる場合じゃねえ! さっさと選んで出なきゃ!)

 指の隙間からドキドキしながら棚の商品を盗み見ていたが、ハッと我に返りバイブコーナーの前に立った。
 太さも色も長さも様々なバイブのラインナップに悩んでしまう。ネットではよく分からなかったから実物を見ればピンとくるかと思ったが、種類が豊富過ぎて余計に目移りしてばかりいた。

(えっと、アレクのは多分……)

 「デカい」「極太」などの煽り文句が箱に書かれたバイブの前で箱を見比べた。彼のサイズを思い出して選ぶと、自然とバイブコーナーの中でも巨大な物に行きつく。

(う~ん……多分、コレ……くらいだと思ったんだよな……)

 「驚異の25センチ」と書かれた真っ赤なバイブを手に取った。自分の手と比較してみても、確かこれくらいだったと記憶している。
 持っていた籠の中にバイブを入れた。目的の物さえ見つけてしまえば、さっさと逃げるに限る。16歳であることがバレたらどうなるか分からない。
 カモフラージュのために籠の中に入れていた安物のTシャツでバイブを隠し、レジへと向かった。ドキドキしながら会計を済ませる。
 圭の身長では男物の服を着ていたら高校生だとバレるかもしれない。むしろ、いつも中学生にすら間違われるのだ。年上に見られることなんて皆無である。
 そこで苦肉の策として考え出したのが女装作戦だった。女子なら低身長で押し通せる。文化祭で吹っ切った女装をまさかまた人生の中で体験するとは思ってもいなかったが。

 会計していると、レジの若い男性店員と目があった。とりあえず不審者ではないというアピールでニコリと笑む。男性店員が頬を赤くしながら袋へと商品を入れてくれた。どうやらバレてはいないようだ。バクバクと高鳴っていた心臓が少し落ち着いた気がする。
 今年のお年玉の残りで商品を購入し、会計を済ませると脱兎のごとく店から飛び出した。
 商品の入ったレジ袋をショルダーバッグの中に隠す。これでミッション終了だ。ドッと疲れが溢れた。

「あっ、すいません」

 道の端で安堵からボーッとしていたつもりであったが、歩いている人にぶつかってしまった。よろけてその場に尻もちをついてしまう。

「俺の方こそごめん……って、君、めちゃくちゃ可愛いな」

 何だか既視感のあるセリフに眉をひそめた。手を差し出されたが、苦笑しながら固辞して自力で立ち上がる。

「すみません。お……私の方こそ、こんな所で邪魔でしたよね。失礼しました」

 ペコリとお辞儀をしてその場を去ろうと思ったが、手首を取られて進めなくなってしまう。

「あの、離してください」
「えー、そんなツレないこと言うなよ。なぁ、一人っしょ? 遊んでこーよ」
「早く家に帰らなきゃいけないので……」
「……鞄の中のオモチャで遊ばなきゃいけないから?」

 耳元で囁かれてゾワリと背筋に悪寒が走る。男を見ると、ニマニマといやらしい笑みを湛えていた。圭の顔面が一気に青褪める。

「離してください。帰りますんで」
「やだーって俺も言ってんじゃん」

 振りほどこうとしても手首を掴む力は強い。ぶつかったのは偶然ではなかったのか。どこから見られていた? 怖くて小さく震え始める。

「なあ、気持ち良いことして遊ぼうぜ? 俺、こう見えて結構テクニシャンよ?」

 男が歩き始めた。強引に手首を引かれ、連れて行かれる。

「本当に困ります! 離してください!!」
「やーだよー」

 今日は助けてくれる姉もいない。周囲の通行人も誰も興味すら持っていないようだ。怖くてショルダーバッグのストラップをギュッと握り締める。

「彼女、嫌がってるようじゃないか」
「え……」

 圭の手を引く男の肩を掴む男性がいた。どうやらその力は強いらしく、男は苦悶の表情を浮かべている。

「いって、やめ、ちょ、あんた何だよ」
「通りがかりだ」
「いってー!!」

 男性が男の肩を地面へと押し倒した。無様にその場に転び、肩を押さえて呻いている。

「ちくしょー、何だってんだよ、くそ野郎が!」

 肩を押さえたまま男は駅の方向へと走り去って行った。男の背中を一瞥し、男性が圭へと向き直る。

「君、大丈夫? なんか無理矢理っぽく見えたからおせっかいかと思ったけど助けたつもりなんだけど、もしかして知り合いとかだったりした? 彼氏、とか……」
「いえ、全然知らない人で困ってたんです。どっか連れてかれそうで。あの、ありがとうございました。助かりました」

 深々と礼をする。男性は少し頬を赤らめて照れているようだった。
 ホッと胸を撫で下ろす。極度の緊張から解放され、気が抜けたからだろうか。お腹が盛大にグゥと鳴った。

「もしかして、お腹減ってる?」
「いえ、だ、大丈夫です!」

 顔の前で大きく手を振ったが、またしても腹の虫が大合唱を奏でてしまう。顔中真っ赤にしながら俯いた。

「あのさ、もしも良かったらなんだけど、すっごく美味しいパンケーキの店があるって友達から聞いて行きたい店があるんだけど、男一人じゃちょっと恥ずかしくて入れないから付き合ってって言ったら迷惑かな?」
「え?」

 男性はポリポリと気恥ずかしそうに頬を掻いていた。改めて顔を見てみた。シュッとしたイケメンだ。スポーツマンタイプの体付きで、細面の顔は韓流アイドルのように整っている。
 それに、ジャケットもよく似合っていてどう見てもモテそうだ。こんな人が声を掛ければ誰だって女子は喜んでついて行ってくれるだろうに。

「私と、ですか?」

 赤面したままコクリと男性が一つ頷いた。人好きするタイプの笑みを浮かべながら。
 知らない人と一緒にどこか行くのは気が引ける。しかし、助けてもらったという手前、無碍に断りづらい部分もある。

「あ、もちろん、ご馳走するよ。俺の我が儘なんだから」
「でも、知らない人と一緒に行くのはちょっと……」
「えっと、一目ぼれしたから、ここですぐ別れたくないって言ったら、信じてくれたりする?」
「ええっ!?」

 驚いて目を見開いた。顔面を真っ赤に染めて目を泳がせている姿に嘘偽りがあるようには見られない。
 そっと手首を取られた。そこは先ほど逃げて行った男に力任せに握られて赤くなっている。

「それに、ほら、さっきの男がまた戻って来ないとも限らないじゃん? 駅の方行ったし。君のこと一人にするの気が引けて」

 言われてみればそうだ。あの男がもう現れないという保証はどこにもない。赤くなった手首を見てゾッとした。

「あの、じゃあ、ちょっとだけ……なら」
「マジ? やった! ありがとう!!」

 キラキラとした笑顔を向けられて少し胸がキュンとなる。女子だったら一発で落ちている。間違いない。ドギマギしていると、肩にかけていたショルダーバッグを男性がヒョイと持った。

「え?」
「俺、女の子に何か持たせるのとか好きじゃないんだよね」

 そして車道側に立ち、圭の隣を歩き始める。腰にそっと手を添えて。

「タクシー乗ろうか。ちょっとだけここから離れてるんだ。あっ、変なお店とかじゃないから安心して良いよ」

 コクリと一つ頷いた。爽やかな笑みが眩しい。エスコートし慣れた感じが大人の魅力を醸し出していた。

「俺、吉田淳一。早稲原大学に通う4年で……」
「あ、それ、俺……私の姉も通ってる大学です!」
「マジで!? じゃあ、もしかしたら会ってるかもね。えっと、君の名前は……」
「……圭子、です」

 流しのタクシーを拾い、車内で互いに自己紹介をした。名前に関しては少しだけ仮名を名乗ったが。
 淳一が連れてきたのは、都内一等地に建つ高級ホテルのカフェだった。慣れた様子でパンケーキを頼むと、分厚い3段重ねのスフレケーキが圭の目の前に登場する。

「う………………っまぁぁぁぁぁっ!」

 一口頬張っただけで頬が溶けてしまいそうだった。そんな圭を見て、淳一こそ蕩けそうな笑みを浮かべる。

「すごく美味しそうに食べるんだね。何か俺まで幸せになってくるな」

 ジッと見つめられて赤面する。淳一が注文したのはホットコーヒーのみ。圭は小首を傾げる。

「淳一……さんは、ケーキ頼まなくて良かったんですか?」
「俺? 俺は良いの。そこまで甘い物好きじゃないし」
「え、じゃあ、何でパンケーキ食べたいって……」
「そこは圭子ちゃんともっと一緒にいたかったからっていう男心、分かってくれるかなぁ?」

 ボッと圭の顔が赤くなる。ごまかすようにパンケーキを口に運んだ。

「あと、俺のことは淳一で良いよ」
「でも淳一さんは年上だから……」
「みんな呼び捨てにするから、あんまり『さん』付けって慣れてないんだよね。それに好きな子から呼び捨てにされるのって嬉しいじゃん」

 期待の眼差しを寄せられている。キラキラ輝く瞳が眩しい。少し逡巡した後、小さな声で「淳一」と呼んでみた。コーヒーを持つ手を震わせながら机に突っ伏して悶絶する姿に少しだけ引いた。

「ヤバい……圭子ちゃんからの、すげえ破壊力ある……」

 心臓に手を置きながら息を荒げる淳一を苦笑しながら見つめていた。ただのイケメンかと思っていたが、何だかちょっと残念なイケメンの匂いがする。

「パンケーキ少し食べますか?」

 話題を変えたくて目の前のケーキを指さした。いくらフワフワのスフレケーキとは言え、3段もあるパンケーキは少し多い。食べきれないこともないが、お腹いっぱいになりすぎてしまいそうだ。

「え、食べさせてくれるの!?」

 満面の笑みを湛えながら驚いた表情をした淳一が大きく口を開けて待っている。

(え……もしかして、これ俺が「あーん」ってしてやるタイプのやつ? うげぇ~バカップルのやるやつじゃん)

 店内は満席と言えど、他の客たちは料理の写真を撮ったり話に花を咲かせていたりと圭たちのことには興味などなさそうだ。誰も見ていないのであれば、さっさと済ませて帰るに限る。
 手元のパンケーキを一口大に切り、淳一の口の中へと入れた。淳一は咀嚼すると、ゴクリと音をたてて飲み込んだ。

「圭子ちゃんと間接キス、しちゃったね」

 嬉しそうに話す淳一に愛想笑いを向ける。手にしていたフォークを替えてもらいたくなったが、さすがにあからさま過ぎるだろう。平常心という言葉を心の中で何度も反芻しながら残りのパンケーキをなるべく早く食べ終えた。後半、少し胸やけした。

「圭子ちゃんの連絡先って教えてもらえないかな」

 パンケーキを食べ終えてそろそろ帰りたいオーラを出し始めたところで、淳一がスマホ片手にニッコリと笑う。もう二度と会う気などなかった圭にとってはヒクリと口角を上げて引きつり笑いを浮かべるしかなかった。

「あんまり、初めて会った人とかに連絡先とか教えちゃダメって母や姉から言われていますので……」

 これは嘘ではない。スマホを買ってもらう際、両親らと約束をしたことだ。
 同年代のクラスメイトなどは良いが、あまり知らない人と安易に連絡先を交換しないこと。トラブルに巻き込まれないようにするため、いくつか約束をした内の一つだった。

「でも、俺、圭子ちゃんとはなんか運命みたいなの感じるんだよね」

 カフェオレのカップを握っていた圭の手を淳一の手が触れてきた。ゾクリと背筋に悪寒が走る。反射的にカップから手を離してしまった。幸い、カップの中はほとんど空だったため、カチャンと小さな音をたてるだけで済み、ホッとする。何だか高級そうな絵柄の描かれたカップだったため、弁償などという話になれば相当な金額を言われてしまいそうだ。

「……すみません」

 ペコリと頭を下げた。何と言われようとも家族との約束を違えるつもりはない。

「んー、じゃあさ、もしもだよ? もしも、また俺と圭子ちゃんが会うことがあったら、その時はもう知らない仲じゃないじゃん? そしたら教えてよ」

 淳一の提案に思案する。この広い東京で再び淳一と会う可能性など相当低いだろう。新宿に来たのだって数か月ぶりだし、滅多に来ない。いつもは学校の周辺くらいしか行動範囲ではないのだから、また出会うことなんて宝くじに当選するくらいの確率だろう。

「分かりました。次会った時、その時は交換します」

 にっこりと笑みを作った。あくまで社交辞令の笑顔だ。
 淳一も圭の言葉に満足したのか、机の端に置かれていた会計伝票を持ってレジへと向かう。やっとこれで帰れると安堵する。何だかとても長い一日だった気がしたが、スマホを見るとまだ自宅を出てから3時間程度しか経ってはいなかった。濃密な出来事がありすぎて疲れてしまった。

 カフェを出て、淳一とはその場で別れた。名残惜しそうに駅まで送ると言い募ってきたが、丁重に断った。さっさと帰りたかったし、何より一人きりになりたかった。
 駅の障碍者トイレでスカートとズボンを履き替え、電車を乗り継ぎ自宅へと戻る。自室へ戻ると既にクタクタで、ベッドへとダイブした。

(ねーちゃんの服……返さなきゃ……)

 ウトウトしながら考えるも瞼が重い。頭の中もボーッとしてまどろみの中へと沈むのに時間はかからなかった。
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